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一章 真紅の王冠(レグルス編)
16.お説教ならしっかり頂戴しましてよ。
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***
王宮のとある一室で、俺たちはレグルス王子の護衛たちに囲まれて事情聴取を受けていた。
大男たちを説得して(というより、言葉でねじ伏せてやったのだが)、上手いこと無事に王宮に送り届けて貰ったまでは良かった。
しかし、時すでに遅し。レグルスが居なくなった王宮では誘拐が疑われ、招待客が一人残らず帰宅を禁じられ、事情聴取を受けるという事態に発展していた。
俺たちは戻ってきて、すぐに国王陛下たちにこれは誘拐ではないと説明した。勿論、これは嘘である。この嘘を吐くのには理由があるのだが、それは後に説明することにする。今、重要なのはこの嘘を吐いたことにより、招待客たちは無事帰宅することになったということだ。
俺たちも同じようにすぐに解放されるかと思ったのだが、当の本人であるレグルスと俺はそうはいかなかった。
レグルス失踪事件の事情を聞かせるようにと、国王陛下の指示の元、大掛かりな事情聴取を受ける羽目になった。その場に呼ばれたのは俺とレグルス、それから誘拐犯三人組と俺の両親。
今度は俺たちが居なくならないようにと、四、五名の護衛にガチガチに囲まれ、王や両親を目の前に話をしなければならない。この状況は流石に緊張する。
俺とレグルス、三人組とは既に打ち合わせ済みで、レグルスと俺が王宮を抜け出してデートをしていたところを暴漢に襲われ、大男たち三人が助けてくれたという説明をした。
とりあえず、手っ取り早く誘拐されたことをなかったことにしたかったので、俺たちはこんな嘘を吐くしか思いつかなかったのだ。
嗚呼、でも、レグルスとデートなんて嘘やっぱり吐くもんじゃなかったな。
普通、デートというのはそれなりに恋愛感情や好意のある相手と行くものだ。アルキオーネのせっかくの初デートが未来のDVクソ男となんて嘘でも許せない。許せないが、背に腹は変えられぬ。
俺は嘘がバレないことを祈りながら、レグルスの横にじっと座っていた。
しかし、こんな嘘でも意外とバレないもので、大人たちはすっかりと騙されてくれた。その代わりと言っては何だが、流石にこのような説明では、俺もレグルスも国王陛下含め、各方面からお叱りを頂戴しまくる羽目にもなったのだが。
まったく、こちらは身体を張ってレグルスを守ろうとしたのに怒られるなんて理不尽極まりない。でも、婚約発表も流れてしまったし、楽しいはずのパーティに水を差すようなことになってしまったのだから仕方ないとも思う。
「申し訳ない」
レグルスは立ち上がると、リゲルや護衛たちに向かって深々頭を下げた。
「いえ、簡単に振り切られるような護衛である私たちが悪いのです。護衛であれば、常に側にいるべきでした」
薔薇園でレグルスの護衛をしていたランブロスが深く反省したように言った。
「ランブロスよ。気に病むことはない。余がレグルスを甘やかしすぎたのだ」
国王がしゅんとした顔でそう首を振った。
「いいえ、陛下のせいではございません。ワタクシのせいですわ。ワタクシが母親としてしっかりしていないから……」
デネボラは顔を隠して泣くような素振りを見せる。
レグルスは冷ややかな目でデネボラをちらりと見た。
気持ちは分かるんだけど、もう少し、もう少しだけ穏便な表情はできないものだろうか。
俺はヒヤリとしながら、レグルスの様子を見守る。偉い人たちが話していると、俺は口を挟めないわけで、 ここは話が振られるまでレグルスに頑張って貰うしかない。
「申し訳ありません」
レグルスはもう一度頭を下げた。
真実を知るためとはいえ、一国の王子に嘘をつかせた上に頭を下げさせる俺はライバル令嬢や悪役令嬢というより、悪女だなと頭の中で呟く。俺、一応、男なのにな。
「いいえ、ワタクシがいけないんです……」
デネボラはハンカチを握り、涙を拭った。
周りでは息を飲む音がした。
すごい。この女、女優みたいだ。その場の空気を掴むのが上手いと言うのだろうか。涙一つで、あっという間に同情的な視線がデネボラに集まる。
「いや、余が母親のいないレグルスを甘やかしすぎたのだろう」
国王はデネボラの肩を抱く。
「貴方……」
デネボラはうるうるとした瞳で国王を見上げた。まるで映画のワンシーンのように自然な流れだった。
それを見ていたレグルスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
両親のいちゃいちゃを見てしまった思春期男子の微妙な気持ちは分からなくもない。ものすごく微妙だよな。アルキオーネの両親も仲が良く、娘である俺の前でキスをする。そのときの恥ずかしくて居たたまれない感じといったら、言葉にできない。
しかも、レグルスの場合、両親は国王とあの王妃である。そんな顔をするのも無理もない。
ものすごく分かるけど、今は抑えてくれよ。俺は祈るような気持ちでレグルスを見つめた。
「あのぅ……俺たちはどうすれば……」
本来であれば口を開いてはならないのだろうが、大男は痺れを切らしてそうおずおずと切り出す。
そうだ。国王と王妃のいちゃいちゃを見せられているこっちはどうすればいいのか分からなくなる。
事情聴取のはずが、俺たちは完璧に王妃劇場の舞台の背景になってしまったようだった。
「おお、すまなかった。アントニス殿、バシリオス殿、カロロス殿、王子とご令嬢を助けてくれた上に王宮まで連れてきてくれたこと、礼を言う」
「恐れ入ります」
消え入りそうな声で大男が答える。
「少ないが、金貨だ。受け取ってくれ。アクアオーラ卿」
国王はそう言うと手を上げる。
アクアオーラ卿と呼ばれて、護衛の中でも一際偉そうな男が進み出る。そして、アクアオーラ卿は大男たちに重そうな袋を渡した。
大男は少し驚いたような顔をして、袋を受け取った。
忘れていたが、この大男の名前はアントニスと言うらしい。因みにハゲがバシリオス、ガリガリがカロロスだ。初めて聞いたときは、頭文字が見事にABCと並んでいるので俺は大声を出して笑いそうになった。
アントニスの何か言いたそうな目線に気付く。何か気づいたことがあるらしい。
俺は声に出さず、唇だけで「夜。手筈通りの連絡方法で」と告げた。
アントニスはこくりと頷く。
その後、事情聴取という名のお説教はしばらく続いた。主に、国王とデネボラがレグルスの育て方が悪かったと嘆き、周りがフォローをするという形の新しいお説教スタイルだった。
その間、俺とアルキオーネの両親と、ごろつき三人組は空気と一体化して大気になりそうになっていた。
***
王都にある屋敷に帰る頃、俺はクタクタだった。しかし、やらねばならないことが俺にはあった。
まず、メリーナに頼み、手紙を送るよう手配してもらう。
それから、お父様の元に向かい、本来なら一泊してから領地に帰る予定であったのところを、王都に滞在する日を二日ばかり延ばしてもらうようお願いした。
早ければ今日中、もしくは明日中に決着する。というか、着かせる。その為の準備だった。それ以上長引くと、今度はアルキオーネの誕生日に間に合わなくなる。
あの事情聴取の中で、俺には既に黒幕がなんとなく分かっていた。
勿論、レグルスの命を狙っていたのはデネボラでも、テオでもない。あの二人がこの計画を立てたとすればあまりにもお粗末だからだ。
その黒幕が誰か分かっていたとしても、証拠がなかった。それに動悸も分からない。
そうなると、犯人には自白してもらう必要がある。
窓越しに空を見上げる。キラキラと金の粉を撒いたような空が広がる。
俺は上手く行きますようにと、星に向かってお祈りをした。
王宮のとある一室で、俺たちはレグルス王子の護衛たちに囲まれて事情聴取を受けていた。
大男たちを説得して(というより、言葉でねじ伏せてやったのだが)、上手いこと無事に王宮に送り届けて貰ったまでは良かった。
しかし、時すでに遅し。レグルスが居なくなった王宮では誘拐が疑われ、招待客が一人残らず帰宅を禁じられ、事情聴取を受けるという事態に発展していた。
俺たちは戻ってきて、すぐに国王陛下たちにこれは誘拐ではないと説明した。勿論、これは嘘である。この嘘を吐くのには理由があるのだが、それは後に説明することにする。今、重要なのはこの嘘を吐いたことにより、招待客たちは無事帰宅することになったということだ。
俺たちも同じようにすぐに解放されるかと思ったのだが、当の本人であるレグルスと俺はそうはいかなかった。
レグルス失踪事件の事情を聞かせるようにと、国王陛下の指示の元、大掛かりな事情聴取を受ける羽目になった。その場に呼ばれたのは俺とレグルス、それから誘拐犯三人組と俺の両親。
今度は俺たちが居なくならないようにと、四、五名の護衛にガチガチに囲まれ、王や両親を目の前に話をしなければならない。この状況は流石に緊張する。
俺とレグルス、三人組とは既に打ち合わせ済みで、レグルスと俺が王宮を抜け出してデートをしていたところを暴漢に襲われ、大男たち三人が助けてくれたという説明をした。
とりあえず、手っ取り早く誘拐されたことをなかったことにしたかったので、俺たちはこんな嘘を吐くしか思いつかなかったのだ。
嗚呼、でも、レグルスとデートなんて嘘やっぱり吐くもんじゃなかったな。
普通、デートというのはそれなりに恋愛感情や好意のある相手と行くものだ。アルキオーネのせっかくの初デートが未来のDVクソ男となんて嘘でも許せない。許せないが、背に腹は変えられぬ。
俺は嘘がバレないことを祈りながら、レグルスの横にじっと座っていた。
しかし、こんな嘘でも意外とバレないもので、大人たちはすっかりと騙されてくれた。その代わりと言っては何だが、流石にこのような説明では、俺もレグルスも国王陛下含め、各方面からお叱りを頂戴しまくる羽目にもなったのだが。
まったく、こちらは身体を張ってレグルスを守ろうとしたのに怒られるなんて理不尽極まりない。でも、婚約発表も流れてしまったし、楽しいはずのパーティに水を差すようなことになってしまったのだから仕方ないとも思う。
「申し訳ない」
レグルスは立ち上がると、リゲルや護衛たちに向かって深々頭を下げた。
「いえ、簡単に振り切られるような護衛である私たちが悪いのです。護衛であれば、常に側にいるべきでした」
薔薇園でレグルスの護衛をしていたランブロスが深く反省したように言った。
「ランブロスよ。気に病むことはない。余がレグルスを甘やかしすぎたのだ」
国王がしゅんとした顔でそう首を振った。
「いいえ、陛下のせいではございません。ワタクシのせいですわ。ワタクシが母親としてしっかりしていないから……」
デネボラは顔を隠して泣くような素振りを見せる。
レグルスは冷ややかな目でデネボラをちらりと見た。
気持ちは分かるんだけど、もう少し、もう少しだけ穏便な表情はできないものだろうか。
俺はヒヤリとしながら、レグルスの様子を見守る。偉い人たちが話していると、俺は口を挟めないわけで、 ここは話が振られるまでレグルスに頑張って貰うしかない。
「申し訳ありません」
レグルスはもう一度頭を下げた。
真実を知るためとはいえ、一国の王子に嘘をつかせた上に頭を下げさせる俺はライバル令嬢や悪役令嬢というより、悪女だなと頭の中で呟く。俺、一応、男なのにな。
「いいえ、ワタクシがいけないんです……」
デネボラはハンカチを握り、涙を拭った。
周りでは息を飲む音がした。
すごい。この女、女優みたいだ。その場の空気を掴むのが上手いと言うのだろうか。涙一つで、あっという間に同情的な視線がデネボラに集まる。
「いや、余が母親のいないレグルスを甘やかしすぎたのだろう」
国王はデネボラの肩を抱く。
「貴方……」
デネボラはうるうるとした瞳で国王を見上げた。まるで映画のワンシーンのように自然な流れだった。
それを見ていたレグルスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
両親のいちゃいちゃを見てしまった思春期男子の微妙な気持ちは分からなくもない。ものすごく微妙だよな。アルキオーネの両親も仲が良く、娘である俺の前でキスをする。そのときの恥ずかしくて居たたまれない感じといったら、言葉にできない。
しかも、レグルスの場合、両親は国王とあの王妃である。そんな顔をするのも無理もない。
ものすごく分かるけど、今は抑えてくれよ。俺は祈るような気持ちでレグルスを見つめた。
「あのぅ……俺たちはどうすれば……」
本来であれば口を開いてはならないのだろうが、大男は痺れを切らしてそうおずおずと切り出す。
そうだ。国王と王妃のいちゃいちゃを見せられているこっちはどうすればいいのか分からなくなる。
事情聴取のはずが、俺たちは完璧に王妃劇場の舞台の背景になってしまったようだった。
「おお、すまなかった。アントニス殿、バシリオス殿、カロロス殿、王子とご令嬢を助けてくれた上に王宮まで連れてきてくれたこと、礼を言う」
「恐れ入ります」
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俺は声に出さず、唇だけで「夜。手筈通りの連絡方法で」と告げた。
アントニスはこくりと頷く。
その後、事情聴取という名のお説教はしばらく続いた。主に、国王とデネボラがレグルスの育て方が悪かったと嘆き、周りがフォローをするという形の新しいお説教スタイルだった。
その間、俺とアルキオーネの両親と、ごろつき三人組は空気と一体化して大気になりそうになっていた。
***
王都にある屋敷に帰る頃、俺はクタクタだった。しかし、やらねばならないことが俺にはあった。
まず、メリーナに頼み、手紙を送るよう手配してもらう。
それから、お父様の元に向かい、本来なら一泊してから領地に帰る予定であったのところを、王都に滞在する日を二日ばかり延ばしてもらうようお願いした。
早ければ今日中、もしくは明日中に決着する。というか、着かせる。その為の準備だった。それ以上長引くと、今度はアルキオーネの誕生日に間に合わなくなる。
あの事情聴取の中で、俺には既に黒幕がなんとなく分かっていた。
勿論、レグルスの命を狙っていたのはデネボラでも、テオでもない。あの二人がこの計画を立てたとすればあまりにもお粗末だからだ。
その黒幕が誰か分かっていたとしても、証拠がなかった。それに動悸も分からない。
そうなると、犯人には自白してもらう必要がある。
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