転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

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一章 真紅の王冠(レグルス編)

4.初めての文通

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 ***

 突然の訪問から数日後、俺宛てに金の箔押しがされた高級感漂う赤い封筒が届いた。嫌な予感しかしない。
 身に覚えのない手紙に怯えながら中を開いてみれば、それはレグルスからの手紙だった。あのモラハラ王子から来たとは思えない、丁寧な文字で「薔薇を母親に渡したらとても喜んでいた。ありがとう。また会える日を楽しみにしている」という趣旨の内容が書かれていた。

 あれはゲームの中の学園祭のシーンだったか、「俺の婚約者だというのになんでそんなに根暗で陰険なんだ。もっと楽しそうにしてみろ」と髪を毛を引っ張りながらアルキオーネを罵っていたレグルスを思い出す。
 うん、あの性格破綻者と今のレグルスはまるで別人だ。もしかして、あのゲーム内のレグルスが本物でこのレグルスは偽者なんじゃないか。王族ならば影武者の一人や二人いてもおかしくはない。

 俺は疑いながらも渋々、返信を書くことにした。
 令嬢教育を受け、ある程度の文章の書き方は知っているが、手紙を書くのが苦手な俺は、何も考えずに「勿体ないお言葉ありがとうございます。是非、またお越しください」と書いてやった。
 大嫌いな相手に送るメッセージなんて考える労力すら惜しい。こちらは嫌われたいのだからこのくらい雑な内容でいいだろう。
 そうして俺は早々に返信を送ってやったのだった。

 それが初回の手紙のやり取りだった。

 それからというもの、週に二、三度くらいの頻度で、レグルス王子から手紙が来るようになった。最近の都の様子だとか、乗馬が上手くなったとか、剣の練習をしすぎてマメが潰れたとか、些細な近況に加えて、会いたいだとか愛しいだと婚約者である俺への愛の言葉が綴られたものばかり。正直もらった方は読んでいてむず痒かった。王子らしくとても甘い内容に砂糖を吐きそうだ。
 僅か十二歳でこんな手紙を送ってくるのも驚きだが、それを送ってくるのがあのクソ王子だなんて一体どうなっているのだろう。

 対して俺が返す手紙はいつも決まって薔薇の香りのする便箋に「素敵なお手紙をありがとうございます。レグルス様の生活を知ることが出来て大変嬉しく思います」と書いて入れるだけという素っ気ないものだった。
 これは俺にできる、嫌われるための精一杯の努力のつもりだった。

 そもそも、普通は愛される努力をするもので、思いもよらず嫌われることはあっても、嫌われたいから嫌われるような行動をすることなんてないだろう。
 好かれてはならないけれど、今までアルキオーネが築いてきたご令嬢のイメージを崩したくない。それに、不敬を働いたからと殺されたくもない。アルキオーネの優しい性格に、俺のヘタレな性格が加わったおかげで、なかなか、直接、嫌われるような言動がなかなかできないのが現状だ。

 それでも、ずっとチヤホヤされてきた王子のことだ。素っ気ない手紙を数回出せば、嫌われなくとも興味をなくすかと思っていた。それなのに、毎回、送られてくる手紙には必ず「君と会うことができたらどんなに嬉しいだろう。会える日を楽しみにしている」と締められていた。

 流石は王子。挫けない。挫けろよと心底思う。
 この世界のレグルスはクソ王子ではないが、それ以上に厄介なやつだった。何故、こんなにもこの男は俺に情熱的な好意を向けてくるのだろう。

 まさか、素っ気なく書いているつもりだったが、文面からアルキオーネの奥ゆかしさが滲み出てしまっているのか? いやいや、中身は俺だぞ? 男だぞ? それともなんだ。そういうプレイだと思われてるのか?
 手紙を貰う度、悶々とそんな自問自答が浮かんでくるのだった。

 そんなある日、レグルスから届いた手紙の中には、女性の写真が入っていた。前世に比べると、この世界の写真はそう気軽に撮れるものではない。それを送ってくるのだから、最初は何事かと思った。

 よくよく手紙を読めば、それはレグルスの母親の写真だという。
 なるほど、さっぱり意図が分からない。なんで俺がお前の母親の写真を貰わねばならないのだ。新手の嫌がらせなのか。
 元々深く考えるのが苦手な質なのだ。もう、レグルスのことは考えるだけ無駄だ。俺はもう何も考えずに素直にその写真を受け取ることにした。

 それにしても、レグルスの母はレグルスに似てないようだ。
 レグルスは意志の強そうな眉毛に、自信に満ちた瞳をして既に王族の風格を匂わせている。対してレグルスの母はとても穏やかで優しそう顔をしている。この顔、何処かで見たような……

「ねえ、メリーナ。この方、どなたかに似ていると思わない?」
「嗚呼、お嬢様に少し似ていらっしゃいますね」
 そばにいたメリーナに声をかければ、考える様子もなく、メリーナは答える。

「そうかしら?」
「ほら、ここの優しげな目元とか、控えめな唇、やっぱりお嬢様に似てますよ。お嬢様に似ているのだから奥様にも似ていますね」
「うーん……」

 俺は写真をじっと眺めた。茶髪ブルネットに透き通るような白い肌、瞳の色は深い赤をした女性は写真の中で穏やかそうな笑顔を浮かべている。
 アルキオーネはといえば、やはり目尻の下がった穏やかそうな顔つきをしているが、黒髪に、瞳の色もダークグリーンとブラウンが入り混じったような複雑な色をしている。似ているといえば似ているが、色がまるで違う。

「お嬢様、その写真はどなたなんですか?」
「嗚呼、レグルス様にいただいた写真なんだけど、レグルス様のお母様ですって」

 俺の言葉にメリーナは頷く。
「何処かで拝見したと思いましたが、王妃様でしたか。そう言えば、レグルス殿下が初めてお嬢様を見たとき、ご自身の母上にそっくりで驚いたと聞いたことがあります。確かに似ていますね」

「でも、髪や瞳の色がまるで違いませんか?」
「確かに色という点では似ていませんが、この顔立ちや雰囲気はやっぱりお嬢様に似てますよ」

 メリーナは頑なに自分の言葉を曲げなかった。自分では似ているようには思えないのだが、メリーナが言うのだから他人から見ればそうなのだろう。

 アルキオーネに似ているレグルスの母親。なんだか不思議な感じがする。

 少し写真を眺めてからはっと気づく。
 もしかして、俺との婚約がレグルスの母親が関係してるんじゃないだろうか。俺は違うが、大抵の男はマザコンって言うし、レグルスがマザコンである可能性は大いにある。
 まさか、レグルスのやつ、俺に母親代わりになって欲しいって言うんじゃないよな。俺様モラハラ属性にマザコンを追加されたらそれはもう王子様ではない。ただの事故物件みたいなもんだ。

 この世界のレグルスへの好感度は高めだったのに、ここに来て急降下している。やっぱり、レグルスはレグルスだった。最悪な男で間違いない。

「でも、殿下の母上は亡くなっていたはず……」
 メリーナがぽつりと呟く。

「え?」
「詳しくは知りませんが、今の王妃は別。つまり、継母であるはずですよ」

 メリーナの言葉に俺は何も言えなくなった。

 死んだ実母と生きている継母。
 頭を過ぎるのは、虐待という言葉だった。前世でも、義父や義母から虐待を受ける子どもが沢山いた。まさかとは思うが、レグルスは義母から虐待を受けているのではないか。そして、それが原因で性根が歪んでしまったのではないか。

 いや、違う。俺はすぐに考え直した。
 以前の手紙では、母親が薔薇を喜んでいたと言っていた。つまり、生きている方の母親に薔薇を見せたってことだ。きっと初めて会った日に会話で出てきた薔薇好きな母親というのは義母の方のことだろう。
 それに、虐待が原因で性格が変化しているのだとしたら、もう既にあのモラハラ王子の片鱗が見えていないとおかしい。
 やはりレグルスと義母の関係は決して悪くはないと考えるのが自然に思える。 

 この写真一枚でレグルスのことが少し分かったようで、もっと分からなくなったような気がする。

 俺はそんなに頭が良くない。良ければもっといい大学入ってるだろう。考えても仕方ない。

「メリーナ、お願いがあるの」
 そして、俺はメリーナに薔薇の香りのする便箋を持ってきてもらうよう頼んだ。
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