転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

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一章 真紅の王冠(レグルス編)

1.代われるもんなら代わってくれ!

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 眩しいくらい輝く金色の髪に意志の強そうな真紅の瞳。顔をした麗しい少年が完璧なまでに美しい笑顔を浮かべていた。

 婚約者の写真だと手渡されたそれを見た瞬間、稲妻が走った。陳腐な表現だし、雷に打たれたことなんて一度もないけど、それくらい衝撃的だった。
 閃く光と共に、の中で、だったときの記憶が蘇る。

(この顔は、恋愛アドベンチャーゲーム「枳棘ききょく~王子様には棘がある~」の俺様傲慢クソ王子じゃないか!)

 よく知った男の声が聞こえるような気がした。この懐かしい声。これは自身の声だ。

 こめかみの辺りがズキンと脈打つように痛み出す。痛い。頭が割れそうだ。
 色がじわりと滲んでいく視界の端でお父様が駆け寄ってくるのが見える。

 ゴトリと音を立てて、金の箔押しのされた写真台紙が落ちる。床に転がった写真の中では変わらず、が微笑んでいる。
 嗚呼、そうだ。は、この写真の中の少年――レグルス王子のせいで死んだのだ。


 ***


 わたくしことアルキオーネ・オブシディアンは、前世では月山ツキヤマスバルという名前の男だった。

 昴――俺はごく普通の大学生だった。通っていたのは所謂中堅大学。学部は就職に強そうというイメージから経済学部を選び、なんか緩くて女の子が可愛くてそこそこ飲み会もあるし、楽しそうだからなんて頭の悪い理由でバドミントンのサークルに入っていた。
 前世の俺は流されやすくて物事を深く考えるのが苦手な性格だった。仲良くなりたい女の子が働いていた居酒屋でバイトを始めたときなんて、仲良くなる前にその子は辞めてしまったのに、(万年人不足のせいでろくに休めないのか目の下が真っ黒になっていた)店長に泣きつかれて、辞めることが出来なかったし、結局、死ぬまでそこでバイトをし続けていた。情が深いと言えば聞こえが良いものの、つまるところ、誰にもいい顔がしたいだけのただのヘタレだった。

 そんな俺にも可愛い妹がいた。地味で普通な昴とは違い、性格も良ければ顔も良く、頭も良い自慢の妹だ。
 唯一、欠点をあげるなら引きこもりがちで乙女ゲームにハマっていたことくらいだろうか。所謂、オタク女子というやつで、漫画やゲームが好きなだけなのだから欠点とも言えないくらいの欠点だ。俺も漫画が好きだったし、共通点があって寧ろ好ましいとさえ思っていた。

 そんな妹の最近のお気に入りは、「枳棘ききょく~王子様には棘がある~」という恋愛アドベンチャーゲームだ。所謂、乙女ゲーといわれているもので、ストーリーは至ってシンプル。剣と魔法の世界で二年間の学園生活の中で、学園の王子様たちと協力して学園で起きる事件を解決するというありがちなものだった。

 俺も妹と会話がしたいが為に何度かプレイしたことがある。
 ヒロインの名前は、星の名前で……そう、確かスピカという名前だった。明るくて、正義感が強く、思いやりのある優しい少女という設定で、昴としても非常に好感が持てる子だった。
 一方、スピカのお相手である攻略対象は、誰を選んでも恋愛どころか本当に血の通った人間なのかと疑ってしまうほど酷い性格をしていた。その上、スピカに対してとても冷たい態度をとるから、ゲーム中はやたらとイライラさせられた。
 勿論、ルートに入ればデレることはデレるのだが、嫉妬によってものすごく酷いこと言ったり、自分のトラウマを押し付けてスピカや周りを傷つけてきたり……正直、男の俺でも大ダメージを食らうようなことを平気で言ってくるもんだから、何度も挫けそうになった。
 妹に言わせれば、その冷たさとデレのギャップが良いと言うのだが、俺には全く良さが理解できなかった。
 自分だって彼女と長く続いたことはないが、惚れた女を大切に出来ない男なんてクズだと思う。自慢じゃないが、俺は妹も彼女も泣かせたことはない。振られたり、理不尽なことをされたり、俺が泣かされることの方が多かった気もするけど。

 え、そんな俺がなんで好きでもない乙女ゲームの話をしているかだって?
 俺が死んだ原因は「枳棘ききょく~王子様には棘がある~」にあるからだ。

 妹が大好きなキャラ、レグルス王子の期間限定グッズの販売日、俺は死んだ。
 その日は、雪が降っていた。とても寒く、前日から積もった雪で足元は滑りやすくなっていた。
 妹のことだ。たくさんのグッズを買うのならばきっと手が塞がって危ないに違いない。妹はリュックだから大丈夫だとか色々言っていたが、心配だと言い張って俺はついて行くことにした。

 そして、案の定、その心配は的中した。
 妹は大好きなキャラのグッズをたくさん購入することができて浮かれていた。俺が「はしゃぐと危ないぞ」と言った直後、妹は歩道橋の階段から足を滑らせた。
 俺は咄嗟に妹の手を引いた。
 多分、多分だけど、勢い余って俺は階段を滑り落ちていったのだと思う。ぐるりと世界の上下が変わって、視界には分厚く重い灰色の空と綿毛のように柔らかそうな白い雪いくつも落ちてくるのが見えた。それから、身体に痛みと衝撃が何度も走った。
 いつの間にか真っ暗になっていた視界の中、声が聞こえた。妹が何かを叫んでいるようだ。
 目を開くと、全てが曖昧になった世界に妹がいた。妹の唇が動いている。目を凝らす。
 なんだろうな。嗚呼、「そこは頑張るところじゃないでしょ」って言ってるのか。

 俺は笑った。こんなのちっとも痛くないし、大丈夫だから。そう言おうとしたが、唇が凍ったように動かなかった。
 妹が泣いてる。いつも笑っていてほしいのに、ごめん。泣かせちゃったな。どうやったら、笑ってくれるんだろう。
 嗚呼、そうだ。グッズ。あれがあればまた笑ってくれるんだろうか。
 俺は探るように手を伸ばす。でも、伸ばしたつもりが腕が鉛になったように重たくて、ピクリとも持ち上がらない。困ったな。
 温かいものが零れて、代わりにゆっくりと手足が冷えていくのが分かった。
 何もかもが曖昧になっていく中、妹の声がしていた。
 ごめん。なんて言ってるか分からないや。兄ちゃん、頭が悪いから、ごめんな。ごめん。最期の言葉すら伝えることも出来なくて、俺ただ目を閉じた。
 それ以降の「俺」の記憶はない。そのまま死んだんだと思う。

 え? レグルスのせいじゃない?
 バカヤロウ。レグルスのグッズを買いに行かなきゃ、俺は死ぬことがなかったんだぞ。それに、大切な妹があの性悪男のせいで危険な目にあったんだ。
 許せるか? 俺は絶対許せない。というわけで、俺はレグルス王子をとっても恨んでいた。

 そんな恨みたっぷりな俺だが、どうやら「枳棘ききょく~王子様には棘がある~」のレグルス王子の婚約者、アルキオーネ・オブシディアンに転生してしまったようなのだ。
 つまり、俺はヒロインであるスピカのライバル令嬢ということになる。なんで、あんないい子と、このクソみたいな王子を取り合わなきゃならないんだ。

 俺はこの事実が脳に蘇った瞬間、床に落ちた写真を踏みつけてやりたい気持ちになった。しかし、アルキオーネの記憶がそれを押し留めた。

「アルキオーネ」
 焦る様なお父様の声に俺はハッとして顔を上げる。

「あ、嗚呼、ごめんなさい。写真を落としてしまいましたわ。大事な写真に傷など付いていないかしら……ねぇ、お父様、どうかこのことは内緒にしてくださいね」
 俺は顔を覗き込んでくるお父様に最上級の笑顔を向ける。
 お父様はほっとした顔で俺の頭を優しく撫でた。

「あ、嗚呼、勿論だとも。この写真はアルキオーネが持つには重かったかもしれないね。どれ、私が持って見せてあげよう」
 お父様は写真を持ち上げると、ソファに座る俺の横に腰掛ける。
 そして、改めて写真を広げて見せてくれた。

「ありがとうお父様」
 危ない、危ない。アルキオーネは病弱気味でお淑やかな優しい少女だ。見た目も麗しく、艶やかな長い黒髪をしていて大和撫子という言葉が良く似合う。自分で言うのも何だが、俺だったら彼女にしたい女ナンバーワンだ。そんな淑女のアルキオーネらしからぬことをしてしまう所だった。

「どうだろう、とても素敵な人だと思わないか?」

 何度見ても写真の中身は変わらない。ゲームのときよりも幼い顔をしているがあのクソ王子だ。
 俺は天を仰ぎたくなった。

「まあ、お父様、勿体なくて身に余るお話ですわ。こんなに病弱なわたくしは、殿下には相応しくございません。どうか、お断りくださいませ」
 十二歳の子どもが使う言葉とは思えないほど綺麗な言葉が自分の唇から紡がれる。

 そうだよ。最初から断って婚約者にならなければレグルスとも顔を合わせず、平穏に過ごせるじゃないか。女嫌いのレグルスだったら、女と結婚するのも嫌なはず。こっちから断っても喜ばれるだけだろう。俺は自分の思いつきが素晴らしいもののように思えた。
 しかし、思惑は物の見事に外れることになる。

「すまない、これは殿下直々にいただいたお話なのだ」

 アルキオーネの父親であるオブシディアン伯爵は悲しそうな顔をした。
 アルキオーネは両親を深く愛していた。お父様を悲しませてしまったことに対して心が痛む。

 その一方で、俺は混乱していた。
 王子殿下ということは、レグルスのことだろう。アルキオーネの記憶では、このアルデシン王国にはレグルス以外の王子はいないということになっている。女嫌いのレグルスが自ら婚約の申し出をするなんてどうなっているんだ。

「そうでしたの。でしたら、お受けしない訳にはいきませんね。お父様のお心を苦しめるような娘で申し訳ございません。わたくしの言ったことはお忘れください」
 俺は混乱をお首にも出さずにに努めて笑顔でそう言った。

 お父様は俺の言葉にあからさまにホッとした顔をしてみせた。
 そうだよな。オブシディアン家は王族からの申し出を断れるような権力なんてないもの。そりゃ、そんな反応になるわ。

 まったく、あの野郎、俺の妹の心を奪うだけに飽き足らず、設定を無視するかのようにアルキオーネに求婚しやがって。絶対に許さねえ。阻止してやる!
 俺は誰にも見えないようにそっと拳を強く強く握った。

 でも、この状況……流石にアホの俺でもきちんと作戦を練って行動しないと、ダメだ。とにかく、両親をなるべく悲しませずに破談にさせねばならないと、俺は決心した。
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