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一章 真紅の王冠(レグルス編)
0.御令嬢の立ち回り
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「およしなさい」
凛とした声が荒屋に響く。
アデシン王国の第一王子であるレグルスは驚いて目を瞠った。
(一体、この子は……この令嬢は誰なんだ。)
そう思わずにはいられなかった。
レグルスにとってその娘はただの小さな、可愛らしい婚約者に過ぎなかった。それなのに、淑やかで控え目だったはずの自分の婚約者が自分の二倍以上もありそうな大男に対して少しも怖がらず、歯向かっている。
「王子を解放しないと痛い目を見るのは貴方たちです。どうか、人質にするならわたくしを」
「いえ、王子でなければいけないんですよ」
人を何人も殺していると言われても何らおかしくはない顔をした、凶悪そうな大男が狼狽えながら返す。
これではどちらが誘拐犯か分からない。あまりにも滑稽だ。レグルスはなんだか可笑しくなってくすくすと笑い声をあげた。
「おい、人質! 笑うな!」
大男は大きなお腹を揺すりながら叫んだ。その手には鋭く光るナイフが握られている。
レグルスは小さく息を飲んだ。
それを見た令嬢は直ぐ様、レグルスを庇うように上半身を前に出し、自分の背にレグルスを押しやる。
「違うでしょう。いいですか? あなたがお話をしているのはわたくしです」
その令嬢は大男に怯むことなく、脅すことも、叫ぶこともなく、ただ胸を張り、静かに言い放った。
「っ!」
大男は圧倒されるように声を詰まらせる。
「勘違いなさらないでください。貴方の雇い主はすぐに捕まるのです。だから、金貨は手に入らない。貴方たちのしていることは無意味です。早くお逃げなさい。もしも、人質が必要とあらば、どうぞ、わたくしを人質に」
あたかもすべてを見てきたかのように令嬢は静かにそう告げた。
驚いたように目を見開き、大男ははくはくと唇だけを動かす。
(何を驚いているんだ?)
レグルスは覗き込むようにして令嬢の顔を見上げた。
月に照らされた令嬢の白く輝く横顔に目が奪われる。濃い影を落とす長い睫毛に縁取られた瞳――その黒曜石を思わせる深い夜陰色した瞳に僅かに星が瞬くのが見えた。
(流れ星……)
美しいとレグルスは思った。夜の女王が如き美貌がそこにはあった。
「お前、何を、何を知っているんだ?」
漸く男の声が聞こえた。酷く掠れて聞き取りづらい声だった。
「何? このあと起こる、おおよそのことでしょうか?」
「なんなんだよ、お前」
男は唸るように呟く。
「わたくし? わたくしはアルキオーネ。アルキオーネ・オブシディアンと申します。お見知り置きを」
令嬢はただ静かに微笑んだ。
凛とした声が荒屋に響く。
アデシン王国の第一王子であるレグルスは驚いて目を瞠った。
(一体、この子は……この令嬢は誰なんだ。)
そう思わずにはいられなかった。
レグルスにとってその娘はただの小さな、可愛らしい婚約者に過ぎなかった。それなのに、淑やかで控え目だったはずの自分の婚約者が自分の二倍以上もありそうな大男に対して少しも怖がらず、歯向かっている。
「王子を解放しないと痛い目を見るのは貴方たちです。どうか、人質にするならわたくしを」
「いえ、王子でなければいけないんですよ」
人を何人も殺していると言われても何らおかしくはない顔をした、凶悪そうな大男が狼狽えながら返す。
これではどちらが誘拐犯か分からない。あまりにも滑稽だ。レグルスはなんだか可笑しくなってくすくすと笑い声をあげた。
「おい、人質! 笑うな!」
大男は大きなお腹を揺すりながら叫んだ。その手には鋭く光るナイフが握られている。
レグルスは小さく息を飲んだ。
それを見た令嬢は直ぐ様、レグルスを庇うように上半身を前に出し、自分の背にレグルスを押しやる。
「違うでしょう。いいですか? あなたがお話をしているのはわたくしです」
その令嬢は大男に怯むことなく、脅すことも、叫ぶこともなく、ただ胸を張り、静かに言い放った。
「っ!」
大男は圧倒されるように声を詰まらせる。
「勘違いなさらないでください。貴方の雇い主はすぐに捕まるのです。だから、金貨は手に入らない。貴方たちのしていることは無意味です。早くお逃げなさい。もしも、人質が必要とあらば、どうぞ、わたくしを人質に」
あたかもすべてを見てきたかのように令嬢は静かにそう告げた。
驚いたように目を見開き、大男ははくはくと唇だけを動かす。
(何を驚いているんだ?)
レグルスは覗き込むようにして令嬢の顔を見上げた。
月に照らされた令嬢の白く輝く横顔に目が奪われる。濃い影を落とす長い睫毛に縁取られた瞳――その黒曜石を思わせる深い夜陰色した瞳に僅かに星が瞬くのが見えた。
(流れ星……)
美しいとレグルスは思った。夜の女王が如き美貌がそこにはあった。
「お前、何を、何を知っているんだ?」
漸く男の声が聞こえた。酷く掠れて聞き取りづらい声だった。
「何? このあと起こる、おおよそのことでしょうか?」
「なんなんだよ、お前」
男は唸るように呟く。
「わたくし? わたくしはアルキオーネ。アルキオーネ・オブシディアンと申します。お見知り置きを」
令嬢はただ静かに微笑んだ。
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