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二、追ってくる過去
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とても長い話だと師匠は前置きをした。
それは師匠の生まれから説明する必要があるらしい。
俺は黙ってそれを聞いた。
「ワタシは今はない小さな国のお姫様で、神に捧げられる贄になるはずだった。そうなったのも、叔父が王であった父を殺し、王位を簒奪したからだったからダ。
丁度、その頃、先代の魔王は反抗的な国や友好的でない国を見せしめに滅ぼして回っていたらしい。ワタシが生贄になる前に、ワタシの国は先代の魔王によって滅ぼされた。
行き場もなく、死ぬことすら出来なくなったワタシに何を思ったのか先代の魔王は優しくしてくれた。そして、そのうちワタシは魔王の子を身篭った」
馴れ初めと呼ぶには甘さのない説明をじっと聞く。
どうやら師匠の人生は見た目にそぐわず、波乱に満ちたものだったようだ。
「お腹の中に宿ったのは双子だった。周囲からは『双子は凶兆。一つの存在に二つの心。だから存在を一つにする為、争い、殺し合う』と言われた。迷信だとワタシは笑ったが、魔王の周りの目は違っていた。
魔族の王の子どもは魔力も強い。そんな二人が自分という存在を賭けて争えば、国は乱れ、世界は滅びるかもしれないと本気で信じる奴もいた。
そんな周囲の声からか、最愛の人は『産まれたら片方は殺そう』と言った」
恐らく、この双子が魔王と、俺の両親を殺した奴なのだろう。
顔が同じだったのも双子なのだと言われれば素直に納得出来た。
「ワタシは恐ろしくなって逃げた。
双子じゃなくても子どもが複数いれば権力争いで殺し合うことだってあるだろう。それなのに、双子だけを危険視をして殺そうとするなんて間違っていると思った。
それに、元々、自身も王位の継承で死にかけたこともあったから、そんなところで子どもを育てるなんてできないと思ったんダ。
逃亡は簡単だった。ワタシは隠匿の魔法が得意だったから。
見た目を変え、魔法を用い、産まずに腹に子どもを抱えたまま、逃げた。
産んでしまえば身動きが取りにくくなるし、女が双子を抱えて旅をするのは目立つからだった。
三年くらい経った頃、腹に収めておくにはあまりにも双子が大きくなりすぎて、産まなければならないところまでなった。仕方なしに、ワタシは知り合いの魔女に頼んで子どもを取り上げてもらうことにした。
産むのには時間が掛かり、痛みのせいで、隠匿の魔法が切れた。そして、ワタシたちはあっという間に見つかった」
そういえば、魔王はどんな気持ちでこの話をきいているのだろう。
急に気になって、俺はちらりと魔王を見た。
自分の出生の話を話されているのにまるで他人事のように随分と落ち着いた顔をしていた。
魔王にとってはよく知っている話なのかもしれない。
少し心配して損をしたような気持ちになる。
「ワタシは結局、先代の魔王に見守られながら、子どもを産んだ。長く腹に押し込めていたせいか、それとも元よりそうだったのか分からない。ただ、ワタシには子どもは死んだと伝えられただけだった」
「死んだ?」
吃驚して俺は思わず声を上げた。
死んだならここにいる魔王やアレは何者なんだろう。
話の前提が大きく狂ってしまうじゃないか。
「嗚呼、そう言われてワタシは先代の魔王とは決別した。
そして、子どもの弔いの為に旅を続けた。旅をしているとナ、この世には親のいない子どもが沢山いることを知った。
わたしは慰めのようにそういう子どもを拾っては育てることにした。それが、アーヤであり、ベスであり、ここにいる全ての子だった。子どもを育てることは嫌なこともまああったが、概ね楽しかった。
ちゃんと産めず、育てられなかった子どもの代わりと思っていたのに、かけがえのないものになった」
師匠は愛しそうに目を細めた。
「それからしばらくして先代の魔王が死んだ。あの人には子どもが居ないはずだったのに、誰かが王位を継いだと聞いた。
ワタシは好奇心でその者に会いに行ったんダ。それは先代の魔王に似ていた。ワタシは一目見て自分の子どもだとすぐに分かった。それが例のアレダ。向こうもワタシが母親だとすぐに分かったと言っていた」
ようやく魔王が出てくるのかと思ったら、それは色違いのアレの話だった。
だったら、兄と呼ばれていた目の前の魔王は、一体どこに行ってしまったのだろう。
「アレの話によると、ワタシが産んだものは人の形をしていなかったが中を割くと、子どもがちゃんと入っていたらしい。それを先代の魔族の王は連れて帰ったということだった。
ワタシは『死んだことをきちんと確認しなかったこと』と『ちゃんと弔いをせずに去ったこと』を謝った。アレは笑ってワタシを許すと、『魔法を見せてほしい』と言った。
ワタシは嬉しくなって、使える魔法のほとんどを見せた。中でも一番、気に入ったようだったのが隠匿の魔法とそれを見つける方法だった。隠匿の魔法にはちょっとした匂いがあるんダ。それを嗅ぐ方法と、匂い自体を隠すために特別な香料を使うことがあることを教えた」
師匠が何が言いたいのか分からなかった。
でも、なんだか嫌な予感がした。
俺は嫌な予感を振り切るように魔王の外套を掴んだ。
魔王は何も言わず、じっと俺の手を見つめていた。
「ワタシの子は双子だということをすっかり忘れていた。一人が生きていたのなら、もう一人はどうしたという視点が抜けていた。ワタシはもう一人がどうしているかを確認しなければならなかったのに」
俺は魔王の外套を引いた。
魔王は「大丈夫か」と呟いた。
俺は躊躇いがちに頷く。
それでも、嫌な予感が止まらない。
俺は下を見つめた。
「それから、魔族の王の国では、魔族が殺される事件がいくつも起きた。どれも魔力溜りのある地域の魔族が皆殺しにあうというものだった。ワタシは子どもたちを連れて他の国に逃げた。巻き込まれるのが怖かったから。でも、この判断は間違いだった。ワタシは早く気付いて止めるべきだったんだ」
まさかと思った。
魔力溜りに皆殺し。それは俺の両親が殺された状況と酷く似ていた。
「アレはな、引き離された片割れを求め、魔力溜りの側で暮らしていた魔族を殺しまわってたんダ。その魔族たちが自分の片割れを隠したと思い込んで。
魔族を隠すなら魔力溜りに隠すということはワタシが教えたことだった。魔力溜りには色んな魔力が渦巻いてるから魔力を辿って探すことができなくなるんダ。自分が先代の魔族の王から逃げ回っていたとき、そういう場所に隠れていたと言ったのがヒントになったようだった。そして、アレは片割れを探し出した」
そこまで聞いて、ようやく魔王の言っていたことの意味が分かった。
魔王を探す過程で、俺の両親はアレに殺されたのか。
だから、魔王は俺に恨まれても仕方ないと思っているのか。
バカだな。そんなことで恨むわけないだろう。魔王は何もしていないのに。
「ワタシが全てを知ったのは、そこにいる魔族の王がルカをワタシの前に連れてきたときダ。魔王は自分がワタシの子どもであると名乗った。そして、ルカはアレに襲われた魔族の中で唯一の生き残りだと言った。だから、ワタシたちはお前を守る責任があるんダ」
それは師匠の生まれから説明する必要があるらしい。
俺は黙ってそれを聞いた。
「ワタシは今はない小さな国のお姫様で、神に捧げられる贄になるはずだった。そうなったのも、叔父が王であった父を殺し、王位を簒奪したからだったからダ。
丁度、その頃、先代の魔王は反抗的な国や友好的でない国を見せしめに滅ぼして回っていたらしい。ワタシが生贄になる前に、ワタシの国は先代の魔王によって滅ぼされた。
行き場もなく、死ぬことすら出来なくなったワタシに何を思ったのか先代の魔王は優しくしてくれた。そして、そのうちワタシは魔王の子を身篭った」
馴れ初めと呼ぶには甘さのない説明をじっと聞く。
どうやら師匠の人生は見た目にそぐわず、波乱に満ちたものだったようだ。
「お腹の中に宿ったのは双子だった。周囲からは『双子は凶兆。一つの存在に二つの心。だから存在を一つにする為、争い、殺し合う』と言われた。迷信だとワタシは笑ったが、魔王の周りの目は違っていた。
魔族の王の子どもは魔力も強い。そんな二人が自分という存在を賭けて争えば、国は乱れ、世界は滅びるかもしれないと本気で信じる奴もいた。
そんな周囲の声からか、最愛の人は『産まれたら片方は殺そう』と言った」
恐らく、この双子が魔王と、俺の両親を殺した奴なのだろう。
顔が同じだったのも双子なのだと言われれば素直に納得出来た。
「ワタシは恐ろしくなって逃げた。
双子じゃなくても子どもが複数いれば権力争いで殺し合うことだってあるだろう。それなのに、双子だけを危険視をして殺そうとするなんて間違っていると思った。
それに、元々、自身も王位の継承で死にかけたこともあったから、そんなところで子どもを育てるなんてできないと思ったんダ。
逃亡は簡単だった。ワタシは隠匿の魔法が得意だったから。
見た目を変え、魔法を用い、産まずに腹に子どもを抱えたまま、逃げた。
産んでしまえば身動きが取りにくくなるし、女が双子を抱えて旅をするのは目立つからだった。
三年くらい経った頃、腹に収めておくにはあまりにも双子が大きくなりすぎて、産まなければならないところまでなった。仕方なしに、ワタシは知り合いの魔女に頼んで子どもを取り上げてもらうことにした。
産むのには時間が掛かり、痛みのせいで、隠匿の魔法が切れた。そして、ワタシたちはあっという間に見つかった」
そういえば、魔王はどんな気持ちでこの話をきいているのだろう。
急に気になって、俺はちらりと魔王を見た。
自分の出生の話を話されているのにまるで他人事のように随分と落ち着いた顔をしていた。
魔王にとってはよく知っている話なのかもしれない。
少し心配して損をしたような気持ちになる。
「ワタシは結局、先代の魔王に見守られながら、子どもを産んだ。長く腹に押し込めていたせいか、それとも元よりそうだったのか分からない。ただ、ワタシには子どもは死んだと伝えられただけだった」
「死んだ?」
吃驚して俺は思わず声を上げた。
死んだならここにいる魔王やアレは何者なんだろう。
話の前提が大きく狂ってしまうじゃないか。
「嗚呼、そう言われてワタシは先代の魔王とは決別した。
そして、子どもの弔いの為に旅を続けた。旅をしているとナ、この世には親のいない子どもが沢山いることを知った。
わたしは慰めのようにそういう子どもを拾っては育てることにした。それが、アーヤであり、ベスであり、ここにいる全ての子だった。子どもを育てることは嫌なこともまああったが、概ね楽しかった。
ちゃんと産めず、育てられなかった子どもの代わりと思っていたのに、かけがえのないものになった」
師匠は愛しそうに目を細めた。
「それからしばらくして先代の魔王が死んだ。あの人には子どもが居ないはずだったのに、誰かが王位を継いだと聞いた。
ワタシは好奇心でその者に会いに行ったんダ。それは先代の魔王に似ていた。ワタシは一目見て自分の子どもだとすぐに分かった。それが例のアレダ。向こうもワタシが母親だとすぐに分かったと言っていた」
ようやく魔王が出てくるのかと思ったら、それは色違いのアレの話だった。
だったら、兄と呼ばれていた目の前の魔王は、一体どこに行ってしまったのだろう。
「アレの話によると、ワタシが産んだものは人の形をしていなかったが中を割くと、子どもがちゃんと入っていたらしい。それを先代の魔族の王は連れて帰ったということだった。
ワタシは『死んだことをきちんと確認しなかったこと』と『ちゃんと弔いをせずに去ったこと』を謝った。アレは笑ってワタシを許すと、『魔法を見せてほしい』と言った。
ワタシは嬉しくなって、使える魔法のほとんどを見せた。中でも一番、気に入ったようだったのが隠匿の魔法とそれを見つける方法だった。隠匿の魔法にはちょっとした匂いがあるんダ。それを嗅ぐ方法と、匂い自体を隠すために特別な香料を使うことがあることを教えた」
師匠が何が言いたいのか分からなかった。
でも、なんだか嫌な予感がした。
俺は嫌な予感を振り切るように魔王の外套を掴んだ。
魔王は何も言わず、じっと俺の手を見つめていた。
「ワタシの子は双子だということをすっかり忘れていた。一人が生きていたのなら、もう一人はどうしたという視点が抜けていた。ワタシはもう一人がどうしているかを確認しなければならなかったのに」
俺は魔王の外套を引いた。
魔王は「大丈夫か」と呟いた。
俺は躊躇いがちに頷く。
それでも、嫌な予感が止まらない。
俺は下を見つめた。
「それから、魔族の王の国では、魔族が殺される事件がいくつも起きた。どれも魔力溜りのある地域の魔族が皆殺しにあうというものだった。ワタシは子どもたちを連れて他の国に逃げた。巻き込まれるのが怖かったから。でも、この判断は間違いだった。ワタシは早く気付いて止めるべきだったんだ」
まさかと思った。
魔力溜りに皆殺し。それは俺の両親が殺された状況と酷く似ていた。
「アレはな、引き離された片割れを求め、魔力溜りの側で暮らしていた魔族を殺しまわってたんダ。その魔族たちが自分の片割れを隠したと思い込んで。
魔族を隠すなら魔力溜りに隠すということはワタシが教えたことだった。魔力溜りには色んな魔力が渦巻いてるから魔力を辿って探すことができなくなるんダ。自分が先代の魔族の王から逃げ回っていたとき、そういう場所に隠れていたと言ったのがヒントになったようだった。そして、アレは片割れを探し出した」
そこまで聞いて、ようやく魔王の言っていたことの意味が分かった。
魔王を探す過程で、俺の両親はアレに殺されたのか。
だから、魔王は俺に恨まれても仕方ないと思っているのか。
バカだな。そんなことで恨むわけないだろう。魔王は何もしていないのに。
「ワタシが全てを知ったのは、そこにいる魔族の王がルカをワタシの前に連れてきたときダ。魔王は自分がワタシの子どもであると名乗った。そして、ルカはアレに襲われた魔族の中で唯一の生き残りだと言った。だから、ワタシたちはお前を守る責任があるんダ」
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