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二、追ってくる過去

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「もうそれでいい。アーヤ、ベス。ルカも帰ってきたことだし、そろそろ移動するゾ。随分と待ったことだし、皆に声をかけてきてクレ」
 師匠は準備を促すように手を叩いた。 

「「はーい」」
 師匠に促されるまま、アーヤはブライスを連れて、ベスは俺の背中を押してその場を去ろうとする。
  
「ちょっと待って、師匠」 

 俺は何とかベスを押しのけてその場に留まろうとした。
 ベスは不審そうにキョトンとした顔でこちらを見る。
 ベスだけじゃない、アーヤも師匠も不思議そうな顔をする。

「なんダ? 皆、待ちくたびれているんダ。早く移動しなければ、またここで野営になるダロ?」
「違う。そうじゃなくて……」
「嗚呼、まだ魔王には礼を言っていなかった件カ? 忘れていたナ。今回も来てくれて助かったゾ。また何かあったら宜しくナ」
「違う」
「何が?」
「違うんだ。俺、出てかないと」
 俺はうわ言のように呟く。
 ちゃんと伝えないといけないのに気持ちだけが先走って上手く言葉にできない。

「何を言ってるの、ルカ?」
「戻ってきたばかりじゃない」
「そう、そうだよ。帰ってくるって約束したのに」

 分かりやすく、アーヤもベスもブライスも動揺している。
 そりゃそうか。戻ってきたばかりなのに出ていくなんて吃驚するか。

「また、魔王のところに戻るノカ?」
「いや、俺、一人で……そう、旅でもしてみようかなって思って」

 分かっていた。俺は疫病神なんだ。
 父様と母様が死んだのも、師匠に見つけてもらうまで地を這うように生きていたのも、魔王が傷ついたのも、全部俺のせいなんだ。
 いや、それだけじゃない。きっと今までだってずっと皆に迷惑を掛けてきていたはずだ。
 は俺をずっと探していたようだったし……

「お前が望むなら……」
「ワタシは許さないヨ!」
 魔王の言葉を遮るように師匠が叫んだ。

「なんで、俺だけ」
「事情が違う」
「でも!」

 理由はそれぞれ違うが、出て行った奴は俺以外にも沢山いた。
 それでもここまで強く反対されることはなかったはずだ。
 俺がこっそり抜け出したときも探されないだろうと思って出て行った訳だし。

「死にに行くのをみすみす見逃すようなものダ。許せる訳ないダロ」

 師匠の言葉にアイツを思い出して背筋が寒くなる。

 がまた追いかけてくるかもしれない。死にたくない。怖い。
 でも、一緒にいたら、また皆が危険な目に遭う。
 師匠であれ、アーヤであれ、ベスであれ、ブライスであれ、ここにいる誰かを目の前で失ったら、正気でいられる気がしない。
 魔王ですら、危険な目に遭っているのだ。
 だから、もう一緒にはいられない。

 俺は全てを失った気でいたけれど、失った後でもちゃんと大切なものを作ってきていた。
 そう気付いてしまったのだから、そう扱うしかないだろう。

「だとしても、出ていかないとダメなんだ」
「じゃあ、せめて魔王の元で……」
「それも出来ない」

 そう言うと、師匠の顔が曇る。

 でも、仕方がないだろ。魔王とも、皆とも、離れた方がいいと俺は本気で思っているのだから。

 それに、これは尊い自己犠牲の精神でもなければ、厭世的な気持ちからくるものでもなくて、ただの俺のエゴに過ぎなかった。
 俺の目の前で大切なものを失うところを見たくないという一心からくるものという自覚があった。
 大切なものを目の前で切り刻まれる恐怖から逃げる為に、俺は一人でいることを選ぼうとしているに過ぎない。

「ねえ、ルカ。出ていくのは僕のせい? それなら謝るから、出て行かないでよ」

 ブライスは俺の腕に縋る。
 俺はブライスの手に自分の手を重ねた。
 ブライスの小さな手は温かくて、余計、失うのが怖くなった。

「違う。ブライスのせいじゃない。これは俺のせいだから」
 俺は大きく頭を振った。

「じゃあ一緒に居てよ!」
「だから、それは出来ないんだって」

 地団駄を踏むブライスに俺は辟易としてしまう。
 どんなに駄々を捏ねられても俺は出ていくつもりだった。
 どうやって説得しよう。

「嗚呼、もう埒が明かない。魔王、破棄ダ! こんな契約破棄してヤル! 破棄して新しい契約を結ぶ!」
 師匠は舌打ちをしてからそう告げた。

「え? 師匠、何を?」
「アーヤとベスはもう少し待つよう皆に伝えてクレ。場合によってはこのままここに留まるゾ」
「は、はい」
「行ってきまーす!」

 師匠の言葉にアーヤとベスが弾かれたように動き出す。

「ブライス、ちょっと待ってろ。この分からず屋に分かるように説得してヤル!」
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