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二、追ってくる過去
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「離せ! 離せよ、この悪魔!」
足を掴まれ、逆さ吊りにされていたのはブライスだった。
「ねぇ、みんな、コイツ悪いヤツなんだ!」
ブライスはジタバタともがきながら叫ぶ。
魔王が悪いヤツ?
そりゃあ、意地の悪いこと言って困らせたり、俺をでろでろのぐでんぐでんにする魔王は悪い奴に決まっているが……
「悪いやつ?」
「この魔王陛下が?」
「おい、魔王、何をしたんダ?」
「……分からないな」
「しらばっくれるなよ。さっき、ルカを虐めてた奴じゃん! いいか、捕まえたからっていい気になるなよ。僕らに何かあったらセスの兄ちゃんがお前を倒すんだからな!」
なるほど。ブライスは目の前の魔王がさっき追い掛けてきた奴と同じだと思っているらしい。
「あー、ブライス? こいつは大丈夫だぞ?」
「大丈夫なわけ……」
「こいつ、黒い方。本物の魔王」
「ホンモノ……??」
ブライスは魔王を仰ぎ見る。
実際には吊るされているので仰いでいるというのには少し違和感のある体勢だった。
ブライスは魔王の顔を確認すると真っ青な顔をした。
可哀想に震えてまでいるぞ。
そりゃ、天下の魔王様に向かって生意気な口叩いてたって分かったらそんな顔色にもなるか。
俺は段々ブライスが可哀想になってきていた。
「魔王、そろそろ離してやってよ。この子は俺の弟みたいなもんなんだ。悪気があってやったわけじゃないみたいだし……」
「分かった。危険がないなら」
魔王がブライスを下ろしてやると、ブライスはすぐに魔王の元から離れて、師匠たちの後ろに隠れた。
「あっ! 逃げた!」
「こら、人違いなら謝りなさい!」
ベスが声を上げ、アーヤが窘める。
ブライスはちょろちょろと動き回り、悪びれる様子もない。
「なるほど……ブライスの頭はよく叩きやすそうだナ」
師匠はため息を吐いてから、にっこりと微笑みながら拳を握ってみせた。
言っても無駄だと判断すると、すぐにそうやって肉体言語で語り合おうとするんだから。
「いやいやいや、俺よりブライスの頭の方が柔らかいからまずいって! 謝る。ブライスはちゃんと謝るから! な?」
「え?」
「は、や、く! 悪いことは言わないから早く謝れ!」
俺は先ほどの師匠の拳を思い出していた。
嗚呼、思い出すだけで痛くなってきた。
「ルカの言う通りよ!」
「手加減しても痛いんだから!」
アーヤとベスも援護に回って説得する。
「あ、あ……ごめんなさい」
3人がかりの必死の説得にブライスは引きつった顔で小さく謝罪を口にする。
だが惜しい。方向が間違ってる。
師匠の方じゃなくて、謝るなら魔王にしないと。
師匠がまた怒り出すぞ。
「こっちじゃないダロ?」
「え、あ……あの、あ、ごめんなさい」
今度こそブライスは魔王に向かって謝った。
よし。ちょっと不満そうな顔してたけどブライスはちゃんと謝ったぞ。
俺は小さくガッツポーズを取り、魔王の横腹を肘で突いた。子どもが謝ってるんだから分かってるだろうなという意味を込めて。
「いや、別に」
魔王は文字通りクールに返す。
分かってない。
大人げない。大人げなさすぎるぞ、魔王。
魔王の奴、少し優しく表情豊かになったと思ったのに、すぐにこれだよ。
お前のその整った顔で冷たく返されると、ちょっと怖いだろうが。
俺は少し強めに魔王の横腹に肘入れた。
しかし、魔王には効かなかった!
こんなときに鉄壁の防御力発揮してんなよ。
嗚呼、真顔でこっち見て、「何か用でもあるのか?」みたいな顔してるんじゃねえ。
こっちじゃない。向こうだって。
師匠たちの後ろではブライスが真っ青な顔をして、顔を引っ込めているところだった。
ほら、余計ビビらせやがって。
「魔王は怒ってないぞ、ブライス。魔王もブライスが俺の為にやってるって分かってるってさ。だから気にするなって言ってるんだ!」
一応、フォローしておいてやるから感謝しろよな、魔王。
別に魔王の為ではないんだからな。
ブライスが勇気を振り絞って怖いヤツに向かっていったのに怒られて冷たくされてるのがちょっと可哀想だと思っただけだ。
別に魔王が冷酷非情なヤツだって思われないようにやってる訳じゃないんだからな。
「ルカは魔王様のことがよく分かるんだね」
「お? おお、まあな」
「ふーん……」
なんだ、その微妙な間と顔は。
顔だけ覗かせて何か物言いたげに俺と魔王の顔を交互に見るブライスに引っ掛かるが、考えてもよく分からないのでスルーを決め込む。
「まあ、いいや。とにかくおかえり、ルカ」
「嗚呼、ただいま」
なんだか釈然としないものの俺は素直に返す。
「そうだ。ブライス、怪我はなかったか?」
「うん。すぐに迎えが来てくれたから」
ブライスの言葉に俺はほっとした。
「皆もだよね?」
「勿論ダ。森の中に入ることは禁じておいた。お前のことは心配だったガ、有事には助けが来る手筈にはなっていたからナ。アレに勝てるのは魔王しかいないダロ」
どうやら、あの魔王モドキはこちらに戻って来てはいないようだ。
魔王でさえあんなに手こずってたんだ。
アレが暴れ回って皆に危害を加えていなくてよかった。
「そーんなこと言って、一番ルカのこと心配して森の中突っ込んで行こうとしたのはねぇさんでしょう?」
アーヤは呆れ返ったように告げ口する。
「そ、そんなことないゾ!」
師匠は顔を真っ赤にして頭をぶんぶん振った。
そんなことで照れるなんて師匠も可愛いところがある。
俺がニヤニヤとしていると、威嚇するように師匠は両手を挙げた。
「本当に違うんだからナ!」
「はいはい」
「信じてない!」
「信じてますって」
師匠は深くため息を吐いた。
足を掴まれ、逆さ吊りにされていたのはブライスだった。
「ねぇ、みんな、コイツ悪いヤツなんだ!」
ブライスはジタバタともがきながら叫ぶ。
魔王が悪いヤツ?
そりゃあ、意地の悪いこと言って困らせたり、俺をでろでろのぐでんぐでんにする魔王は悪い奴に決まっているが……
「悪いやつ?」
「この魔王陛下が?」
「おい、魔王、何をしたんダ?」
「……分からないな」
「しらばっくれるなよ。さっき、ルカを虐めてた奴じゃん! いいか、捕まえたからっていい気になるなよ。僕らに何かあったらセスの兄ちゃんがお前を倒すんだからな!」
なるほど。ブライスは目の前の魔王がさっき追い掛けてきた奴と同じだと思っているらしい。
「あー、ブライス? こいつは大丈夫だぞ?」
「大丈夫なわけ……」
「こいつ、黒い方。本物の魔王」
「ホンモノ……??」
ブライスは魔王を仰ぎ見る。
実際には吊るされているので仰いでいるというのには少し違和感のある体勢だった。
ブライスは魔王の顔を確認すると真っ青な顔をした。
可哀想に震えてまでいるぞ。
そりゃ、天下の魔王様に向かって生意気な口叩いてたって分かったらそんな顔色にもなるか。
俺は段々ブライスが可哀想になってきていた。
「魔王、そろそろ離してやってよ。この子は俺の弟みたいなもんなんだ。悪気があってやったわけじゃないみたいだし……」
「分かった。危険がないなら」
魔王がブライスを下ろしてやると、ブライスはすぐに魔王の元から離れて、師匠たちの後ろに隠れた。
「あっ! 逃げた!」
「こら、人違いなら謝りなさい!」
ベスが声を上げ、アーヤが窘める。
ブライスはちょろちょろと動き回り、悪びれる様子もない。
「なるほど……ブライスの頭はよく叩きやすそうだナ」
師匠はため息を吐いてから、にっこりと微笑みながら拳を握ってみせた。
言っても無駄だと判断すると、すぐにそうやって肉体言語で語り合おうとするんだから。
「いやいやいや、俺よりブライスの頭の方が柔らかいからまずいって! 謝る。ブライスはちゃんと謝るから! な?」
「え?」
「は、や、く! 悪いことは言わないから早く謝れ!」
俺は先ほどの師匠の拳を思い出していた。
嗚呼、思い出すだけで痛くなってきた。
「ルカの言う通りよ!」
「手加減しても痛いんだから!」
アーヤとベスも援護に回って説得する。
「あ、あ……ごめんなさい」
3人がかりの必死の説得にブライスは引きつった顔で小さく謝罪を口にする。
だが惜しい。方向が間違ってる。
師匠の方じゃなくて、謝るなら魔王にしないと。
師匠がまた怒り出すぞ。
「こっちじゃないダロ?」
「え、あ……あの、あ、ごめんなさい」
今度こそブライスは魔王に向かって謝った。
よし。ちょっと不満そうな顔してたけどブライスはちゃんと謝ったぞ。
俺は小さくガッツポーズを取り、魔王の横腹を肘で突いた。子どもが謝ってるんだから分かってるだろうなという意味を込めて。
「いや、別に」
魔王は文字通りクールに返す。
分かってない。
大人げない。大人げなさすぎるぞ、魔王。
魔王の奴、少し優しく表情豊かになったと思ったのに、すぐにこれだよ。
お前のその整った顔で冷たく返されると、ちょっと怖いだろうが。
俺は少し強めに魔王の横腹に肘入れた。
しかし、魔王には効かなかった!
こんなときに鉄壁の防御力発揮してんなよ。
嗚呼、真顔でこっち見て、「何か用でもあるのか?」みたいな顔してるんじゃねえ。
こっちじゃない。向こうだって。
師匠たちの後ろではブライスが真っ青な顔をして、顔を引っ込めているところだった。
ほら、余計ビビらせやがって。
「魔王は怒ってないぞ、ブライス。魔王もブライスが俺の為にやってるって分かってるってさ。だから気にするなって言ってるんだ!」
一応、フォローしておいてやるから感謝しろよな、魔王。
別に魔王の為ではないんだからな。
ブライスが勇気を振り絞って怖いヤツに向かっていったのに怒られて冷たくされてるのがちょっと可哀想だと思っただけだ。
別に魔王が冷酷非情なヤツだって思われないようにやってる訳じゃないんだからな。
「ルカは魔王様のことがよく分かるんだね」
「お? おお、まあな」
「ふーん……」
なんだ、その微妙な間と顔は。
顔だけ覗かせて何か物言いたげに俺と魔王の顔を交互に見るブライスに引っ掛かるが、考えてもよく分からないのでスルーを決め込む。
「まあ、いいや。とにかくおかえり、ルカ」
「嗚呼、ただいま」
なんだか釈然としないものの俺は素直に返す。
「そうだ。ブライス、怪我はなかったか?」
「うん。すぐに迎えが来てくれたから」
ブライスの言葉に俺はほっとした。
「皆もだよね?」
「勿論ダ。森の中に入ることは禁じておいた。お前のことは心配だったガ、有事には助けが来る手筈にはなっていたからナ。アレに勝てるのは魔王しかいないダロ」
どうやら、あの魔王モドキはこちらに戻って来てはいないようだ。
魔王でさえあんなに手こずってたんだ。
アレが暴れ回って皆に危害を加えていなくてよかった。
「そーんなこと言って、一番ルカのこと心配して森の中突っ込んで行こうとしたのはねぇさんでしょう?」
アーヤは呆れ返ったように告げ口する。
「そ、そんなことないゾ!」
師匠は顔を真っ赤にして頭をぶんぶん振った。
そんなことで照れるなんて師匠も可愛いところがある。
俺がニヤニヤとしていると、威嚇するように師匠は両手を挙げた。
「本当に違うんだからナ!」
「はいはい」
「信じてない!」
「信じてますって」
師匠は深くため息を吐いた。
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