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二、追ってくる過去
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◇
先の戦いと怪我の修復の為に使われた魔王の魔力も魔力溜りにあった光のおかげで回復していた。
そろそろ皆のところに戻る時が来ていることに俺は気付いていた。
それでも、こうしてこのまま二人きりでいたら……と一瞬考えた。
本当に一瞬だけ。気の迷いだ。
だって、俺はブライスと約束したし、きっと師匠も心配している。
早く戻らなければならないことは充分に分かってるはずだった。
それでも、俺はやっぱり二人きりの時間が惜しくなって、魔王の頭に手を回して引き寄せた。
こんなふうに甘えられるのは最後かもしれない。
そう思うと、なんだか愛おしくなって俺は魔王の瞼にキスを落とす。
魔王の長い睫毛が俺の吐息で震えた。
俺の唇が魔王の瞼から離れると、魔王はゆっくりと目を開く。
視線が甘い。
俺は軽く目を閉じて唇を差し出す。
魔王は真似するみたいに俺の瞼にそっと口づけし、唇に触れるだけのキスをした。
ダメだ。もう少しこのままいたくなってしまう。
「魔王……」
「さあ、行こうか」
魔王の声に俺は小さく頷いた。
分かっているんだ。
このままじゃいられないことくらい。
でも、戻ってしまったら、きっとこうして素直に縋ることなんて出来なくなる。
俺は迷いながら魔王の手を取る。
魔王はいとも簡単に俺を抱き寄せ、あっという間に空間を跳んだ。
それは一瞬のことだった。暗い世界からぐにゃりと明るい世界へと視界が変わる。
暗闇に慣れた目を光が焼く。
強烈な光に目が眩み、辺りの様子がまるで分からない。
ここはいったい何処だろう。
「ば、馬鹿弟子ーーっ!」
辺りを探る前に、チカチカする光の中で師匠の馬鹿みたいに大きな声が聞こえた。
「師匠?」
「ルカ!」
「……と魔王陛下!?」
返事のようにアーヤとベスの声が聞こえた。
眩しさをじっと堪えるように目を細めると、漸く周りの様子が分かるようになった。
どうやら、魔王が跳んだ先は元いた野営地だったようだ。
ちょうど、アーヤとベスと師匠が驚いたような顔でこちらを見ていた。
どうやら師匠を二人が慰めていたところに俺たちが空間を転移してきたようだ。
よく見ると、こちらを向いている師匠の顔はとんでもないことになっている。
目なんかパンパンに腫れていて、可愛らしい顔が台無しだ。
「あの……ただいま」
「何が、ただいまダ!」
師匠は顔を真っ赤にして拳を振り上げ、俺に詰め寄ろうとする。
慌てて、左からアーヤが、右からベスが、それぞれ師匠を後ろから取り押さえた。
「離せ! 一発殴らせろ!」
「ねぇさんの力じゃ洒落にならないから!」
「ルカの頭が凹んだままになっちゃう!」
「この不良息子! 何度、心配させる!」
ジタバタと手足を動かして、師匠はもがく。
師匠の本当の息子さんの前で息子呼びされるのは何だか微妙な気持ちではあるが、ちょっと嬉しい。
嬉しいけど、この勢いで殴られたら二人の言う通り大変なことになりそうだ。
「どうどうどう!」
「馬みたいに宥めるナ! じゃあ、代わりに魔王! 貴様を殴らせろ!」
師匠は急に矛先を変えると、魔王を睨んだ。
「……」
魔王は少し考え込むような素振りをして見せてから、スッとしゃがみ込み、自らの頭を差し出した。
アーヤとベスは二人仲良く真っ青になり、取り押さえる腕に力を込めた。
「いやいやいや! 一国の王を殴るなんてダメ! 不敬罪!」
「皆で仲良く捕まっちゃうからーっ!」
「不敬罪なんてあってないようなもんダロ!」
「待って待って、師匠の拳が壊れちゃう! コイツの身体は異常なんだから!!」
俺も慌てて師匠の元に走る。
何せ魔王には恐ろしい防御魔法が掛かっているのだ。
俺はぐにゃぐにゃになったフォークのことを思い出していた。
師匠の拳は絶対守らなければならない。
チャンスとばかりに師匠は不用意に近づいた俺の頭を強かに殴った。
「痛っ!」
師匠の拳はしっかりと痛かった。
あれ? 俺に掛かってる防御魔法はどうしちゃったんだ?
「魔王、しっかり痛い……」
「すまん。言い忘れていたが、お前に掛かってる魔法は簡易なものである程度のダメージ以上にならないと防御されないんだ」
「お前、雑な魔法掛けてんじゃねーよ!!!」
思わず俺は叫んだ。
つまりなんだ、俺に掛けた魔法は手抜き魔法なのか!
「そんなことはどうでもいいダロウ! 分かってるのカ?」
胸を張って師匠は叫ぶ。
忘れてた。今、俺、怒られてたんだっけ。
「はい、ごめんなさい」
「ごめんで済むとでも?」
「本当にすみませんでした」
「そもそも逃げる方向がおかしいよナ。なんで、奥に逃げたんダ」
「だって、皆がいる方に行ったら皆が危ないかなーって」
「そんなのどうとでもするに決まってるダロ! お前の身の安全はどうなるんダ! いいか、お前一人ではどうにもならないことでもな、こちらは今まで何とかしてきたんダ。一人で何とかしようとするナ。荒事ならウチの男共だって慣れているし……」
真剣なお説教を始める師匠。
流石は魔王の母だ。本気で怒る師匠は怖い。
一分も弁解をさせる気のない説教だ。
こうなっては何を言っても怒られるだけ。
ということはだ。口を挟むよりも誠実さを態度で示した方がよい。
誠実な態度と言えば土下座。
本気で土下座したら許してくれるだろうか。
とりあえず、土下座してみてダメだったらアプローチを変えてみるのもいいな。
あとはどのタイミングで土下座すればよいかだな。
ポイントを誤ると火に油を注ぎかねないし、慎重かつ大胆にいくか……
「ルカから離れろ!」
俺が真剣に土下座の仕方を検討していると、突然、子どもの声がした。
振り返ると、俺と魔王に目掛けて突進してくる小さな影があった。
魔王はさっと俺の前に立つと、その影を去なす。
そして、容易く転がされたそれを片手で捕獲した。
先の戦いと怪我の修復の為に使われた魔王の魔力も魔力溜りにあった光のおかげで回復していた。
そろそろ皆のところに戻る時が来ていることに俺は気付いていた。
それでも、こうしてこのまま二人きりでいたら……と一瞬考えた。
本当に一瞬だけ。気の迷いだ。
だって、俺はブライスと約束したし、きっと師匠も心配している。
早く戻らなければならないことは充分に分かってるはずだった。
それでも、俺はやっぱり二人きりの時間が惜しくなって、魔王の頭に手を回して引き寄せた。
こんなふうに甘えられるのは最後かもしれない。
そう思うと、なんだか愛おしくなって俺は魔王の瞼にキスを落とす。
魔王の長い睫毛が俺の吐息で震えた。
俺の唇が魔王の瞼から離れると、魔王はゆっくりと目を開く。
視線が甘い。
俺は軽く目を閉じて唇を差し出す。
魔王は真似するみたいに俺の瞼にそっと口づけし、唇に触れるだけのキスをした。
ダメだ。もう少しこのままいたくなってしまう。
「魔王……」
「さあ、行こうか」
魔王の声に俺は小さく頷いた。
分かっているんだ。
このままじゃいられないことくらい。
でも、戻ってしまったら、きっとこうして素直に縋ることなんて出来なくなる。
俺は迷いながら魔王の手を取る。
魔王はいとも簡単に俺を抱き寄せ、あっという間に空間を跳んだ。
それは一瞬のことだった。暗い世界からぐにゃりと明るい世界へと視界が変わる。
暗闇に慣れた目を光が焼く。
強烈な光に目が眩み、辺りの様子がまるで分からない。
ここはいったい何処だろう。
「ば、馬鹿弟子ーーっ!」
辺りを探る前に、チカチカする光の中で師匠の馬鹿みたいに大きな声が聞こえた。
「師匠?」
「ルカ!」
「……と魔王陛下!?」
返事のようにアーヤとベスの声が聞こえた。
眩しさをじっと堪えるように目を細めると、漸く周りの様子が分かるようになった。
どうやら、魔王が跳んだ先は元いた野営地だったようだ。
ちょうど、アーヤとベスと師匠が驚いたような顔でこちらを見ていた。
どうやら師匠を二人が慰めていたところに俺たちが空間を転移してきたようだ。
よく見ると、こちらを向いている師匠の顔はとんでもないことになっている。
目なんかパンパンに腫れていて、可愛らしい顔が台無しだ。
「あの……ただいま」
「何が、ただいまダ!」
師匠は顔を真っ赤にして拳を振り上げ、俺に詰め寄ろうとする。
慌てて、左からアーヤが、右からベスが、それぞれ師匠を後ろから取り押さえた。
「離せ! 一発殴らせろ!」
「ねぇさんの力じゃ洒落にならないから!」
「ルカの頭が凹んだままになっちゃう!」
「この不良息子! 何度、心配させる!」
ジタバタと手足を動かして、師匠はもがく。
師匠の本当の息子さんの前で息子呼びされるのは何だか微妙な気持ちではあるが、ちょっと嬉しい。
嬉しいけど、この勢いで殴られたら二人の言う通り大変なことになりそうだ。
「どうどうどう!」
「馬みたいに宥めるナ! じゃあ、代わりに魔王! 貴様を殴らせろ!」
師匠は急に矛先を変えると、魔王を睨んだ。
「……」
魔王は少し考え込むような素振りをして見せてから、スッとしゃがみ込み、自らの頭を差し出した。
アーヤとベスは二人仲良く真っ青になり、取り押さえる腕に力を込めた。
「いやいやいや! 一国の王を殴るなんてダメ! 不敬罪!」
「皆で仲良く捕まっちゃうからーっ!」
「不敬罪なんてあってないようなもんダロ!」
「待って待って、師匠の拳が壊れちゃう! コイツの身体は異常なんだから!!」
俺も慌てて師匠の元に走る。
何せ魔王には恐ろしい防御魔法が掛かっているのだ。
俺はぐにゃぐにゃになったフォークのことを思い出していた。
師匠の拳は絶対守らなければならない。
チャンスとばかりに師匠は不用意に近づいた俺の頭を強かに殴った。
「痛っ!」
師匠の拳はしっかりと痛かった。
あれ? 俺に掛かってる防御魔法はどうしちゃったんだ?
「魔王、しっかり痛い……」
「すまん。言い忘れていたが、お前に掛かってる魔法は簡易なものである程度のダメージ以上にならないと防御されないんだ」
「お前、雑な魔法掛けてんじゃねーよ!!!」
思わず俺は叫んだ。
つまりなんだ、俺に掛けた魔法は手抜き魔法なのか!
「そんなことはどうでもいいダロウ! 分かってるのカ?」
胸を張って師匠は叫ぶ。
忘れてた。今、俺、怒られてたんだっけ。
「はい、ごめんなさい」
「ごめんで済むとでも?」
「本当にすみませんでした」
「そもそも逃げる方向がおかしいよナ。なんで、奥に逃げたんダ」
「だって、皆がいる方に行ったら皆が危ないかなーって」
「そんなのどうとでもするに決まってるダロ! お前の身の安全はどうなるんダ! いいか、お前一人ではどうにもならないことでもな、こちらは今まで何とかしてきたんダ。一人で何とかしようとするナ。荒事ならウチの男共だって慣れているし……」
真剣なお説教を始める師匠。
流石は魔王の母だ。本気で怒る師匠は怖い。
一分も弁解をさせる気のない説教だ。
こうなっては何を言っても怒られるだけ。
ということはだ。口を挟むよりも誠実さを態度で示した方がよい。
誠実な態度と言えば土下座。
本気で土下座したら許してくれるだろうか。
とりあえず、土下座してみてダメだったらアプローチを変えてみるのもいいな。
あとはどのタイミングで土下座すればよいかだな。
ポイントを誤ると火に油を注ぎかねないし、慎重かつ大胆にいくか……
「ルカから離れろ!」
俺が真剣に土下座の仕方を検討していると、突然、子どもの声がした。
振り返ると、俺と魔王に目掛けて突進してくる小さな影があった。
魔王はさっと俺の前に立つと、その影を去なす。
そして、容易く転がされたそれを片手で捕獲した。
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