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一、溺愛始めました。
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◇
「心の準備はいい?」
「嗚呼」
「それじゃあ、再生するわよ」
「……っちょっと待って!」
「もう、何回待ったらいいの?」
ヒルデは焦れたように声を上げた。
それもそのはずだ。
同じやり取りを少なくとも三回はしている。
「もう五回目ですよ?」
眼鏡は呆れた顔をして数を伝えてくる。
五回?
もうそんなになるのか。焦れるわけだ。
どうやら俺は緊張のあまり満足に数も数えられなくなっているらしい。
俺とヒルデと眼鏡の三人は、録画機能付きの鏡の周りを取り囲んでいた。
大の大人が三人もこうやって顔を付き合わせている理由はただ一つ。
これから、昨晩から録画していた鏡を使って、魔王が俺の部屋に忍び込んで何をしているのかを見てやろうと言うわけだ。
「だって……だって、心の準備が」
本当に魔王に処女奪われてたらどうしたらいいんだ。
正直、どう反応するか、自分でも分からない。
「何を今更、可愛子ぶってるんですか。こんなの心の準備なんて言ってないでさっさと見ればいいんですよ」
眼鏡はそう言って、さっさと鏡に付いていた再生ボタンを押した。
「ひっ!」
俺は薄目を開けて怖々と鏡を覗き込んだ。
鏡の中は暗いが、俺が横になっていることが分かった。
暫く同じ姿勢で寝ていた俺が寝返りをうった。
「あ、寝返りをうったわ。やだ、可愛い」
うん。目線が孫を見るおばあちゃんと同じ。それは初孫に対する反応なんだよ。
24歳男性が寝返りうったらなんなんだって話なんだよ。
ヒルデにたっぷりとツッコミたい気持ちを堪え、俺は鏡を見つめる。
「……長くないですか? 少し飛ばしますよ」
眼鏡は代わり映えのしない画面にイライラしたようにボタンを連打する。
すると、俺はさっきの3倍位の早さで寝返りをし出す。
早送り機能も付いているとは優秀な鏡だ。
「あっ! せっかく可愛いところだったのに!」
ヒルデは非難するような口ぶりで叫んだ。
いやいや、本当に普通に寝ているだけなんで変に持ち上げるのはやめて欲しい。
息してるだけで可愛いって言われてるのと大差ないから。
「あ……」
鏡の中に光がちらちらと映り込む。
見にくいが、黒い塊がそろそろと動き、俺の横にピッタリと張り付く。
この黒い塊は魔王じゃないのか!?
俺は食い入るように鏡を見つめる。
いよいよ、魔王が何をしてたか分かるんだ。
……と思ったが、黒い塊は俺に添い寝したまま全く動かなかった。
「?」
「??」
「???」
ヒルデと眼鏡の顔を見る。
二人はとても不思議そうな顔をして鏡を見つめていた。
そのまま、時間だけが過ぎた。
気付くと、鏡の中では少し明るい部屋が映っていた。朝だ。
「流石にこのままってことは……」
ヒルデが呟く。
「しっ!」
鏡なので音なんて聞こえないのに、俺はヒルデの言葉を制していた。
鏡の中で魔王が微かに動いた。
「額にキス??」
魔王は俺のおでこに確かにキスを落としていた。
ついに決定的瞬間を見たと思ったのもつかの間だった。
魔王はよろよろとベッドから這い出ていく。
そして、そのまま画面から消えた。
暫くして眼鏡が現れ、寝ていた俺が身体を起こした。
これが鏡に撮られていた一部始終である。
「これで終わり?」
ヒルデと俺はぽかんと鏡を見つめる。
「だから、言ったでしょう。陛下は許可なく貴方に手を出さないって」
眼鏡のやつだけが、何故か胸を張っていた。
うるせぇな。
お前だってさっきまでぽかんとした顔で鏡を見てただろうが。
「つまり、魔王様は毎晩、添い寝してぴったり張りついてルカに魔力を送ってたってこと?」
「そうなりますね」
「……は?」
それはそれでちょっと気持ち悪い。
知らない間にこっそり布団に入り込んできて抱き枕代わりにされてまたこっそり出ていったってことだよな。
ちょっとした変態じゃねぇか。
「エロいことされた方がまだ健全な気がしてきた……」
「まあ、陛下はああ見えてヘタレなところがありますから、本気で貴方に嫌われるのが怖いんだと思いますよ」
眼鏡はさらりと言ってのける。
やっぱりヘタレだと思っていたのか。
お前の魔王への敬意は何処に行ったんだよ。
ヘタレが回復薬飲ませてベロベロにして人の大切なところに指を突っ込むのかとか言いたい気持ちもある。
でも、言わんとせんことは分かる。
あんなエロいことばっかりしてたくせに、寝ている俺となると途端にびびって、魔力だけ送りこんで満足して帰るなんて、ヘタレが過ぎる。
「ま、まあ、なんにせよ。ルカがそういう目にあってなかったって分かっただけでもよかったわ!」
ヒルデは安心したように手を叩いてそう言った。
確かに、魔王がエロいことを勝手にしていないと確認出来たわけだし、当初の目的は達成出来た訳だ。
これで安心して明日は眠れそうだ。
それにしても、魔王の奴、何だかんだ顔を合わせないようにしていても、こうして魔力を流してくれていたんだ。
魔力を流されてるなんて俺の妄想で、本当は愛想尽かされてるんじゃないかってほんの少しだけ思ったこともあったから、なんか安心した。
……ってなんで俺は安心してるんだよ。
「そうそう。そうですよ。処女二人がああでもないこうでもない言って被害妄想を広げていくよりは大分建設的だったでしょう?」
「ん?」
「え?」
「あ……いけない。本当のことを言ってしまいました」
処女、二人?
まあ、俺がその一人だとして、もう一人は?
眼鏡のことか?
「ねえ、ラドルファス? 貴方はまた墓石の下で眠りたいのかしら?」
ヒルデを見ると、穏やかに垂れた目がカッと開かれ、恐ろしい形相をしていた。
「だって、貴女、処女の癖に色々語っていましたからね、私、おかしくて、おかしくて……ぶぶっ我慢するの大変だったんですよ」
どうやら、もう一人の処女はヒルデのことだったようだ。
じゃあ、眼鏡はどうなんだと言う疑問も湧いてくるが、深くは考えたくもない。
俺は考えていたことを振り払うようにブンブンと頭を振った。
危ない。危ない。
あの眼鏡が非処女だなんて一瞬でも考えるんじゃなかった。
「ラドルファス!! ルカの前だからずっと我慢していたけど、今日という日は許さないわ! もう一回埋めてやる!!」
いつものおっとりとしたヒルデが嘘のようだ。
大きな声を上げ、拳を振るっている。
嗚呼、もしかして、この二人、実はめちゃくちゃ仲が悪いのではないだろうか。
「私に勝てるとでも?」
「やってやるわよ」
二人はがっちりと手を掴み合い、取っ組み合いの喧嘩を始める。
一応、俺よりも大人なんだよな、この二人。
「出来るとは思えませんけど」
「本当に埋めてあげるわよ」
ギリギリと顔を突き合わせ、押し合いをする二人を俺は眺めていた。
あーあ、二人とも何してるんだか。
「嗚呼、そう言えば。大人の女のふりをする貴女は本当に見ていて愉快でしたよ」
「もーー本当に殺す!!」
ヒルデの叫び声に、眼鏡は笑う。
白熱してやがる。
俺は仲裁になんて入らないんだからな。
いつも力で俺を捩じ伏せる眼鏡と、その眼鏡と張り合ってるヒルデ。
間に入って運悪く怪我なんてしたくないもんな。
俺は苦笑しながら二人のやり取りを見守った。
「心の準備はいい?」
「嗚呼」
「それじゃあ、再生するわよ」
「……っちょっと待って!」
「もう、何回待ったらいいの?」
ヒルデは焦れたように声を上げた。
それもそのはずだ。
同じやり取りを少なくとも三回はしている。
「もう五回目ですよ?」
眼鏡は呆れた顔をして数を伝えてくる。
五回?
もうそんなになるのか。焦れるわけだ。
どうやら俺は緊張のあまり満足に数も数えられなくなっているらしい。
俺とヒルデと眼鏡の三人は、録画機能付きの鏡の周りを取り囲んでいた。
大の大人が三人もこうやって顔を付き合わせている理由はただ一つ。
これから、昨晩から録画していた鏡を使って、魔王が俺の部屋に忍び込んで何をしているのかを見てやろうと言うわけだ。
「だって……だって、心の準備が」
本当に魔王に処女奪われてたらどうしたらいいんだ。
正直、どう反応するか、自分でも分からない。
「何を今更、可愛子ぶってるんですか。こんなの心の準備なんて言ってないでさっさと見ればいいんですよ」
眼鏡はそう言って、さっさと鏡に付いていた再生ボタンを押した。
「ひっ!」
俺は薄目を開けて怖々と鏡を覗き込んだ。
鏡の中は暗いが、俺が横になっていることが分かった。
暫く同じ姿勢で寝ていた俺が寝返りをうった。
「あ、寝返りをうったわ。やだ、可愛い」
うん。目線が孫を見るおばあちゃんと同じ。それは初孫に対する反応なんだよ。
24歳男性が寝返りうったらなんなんだって話なんだよ。
ヒルデにたっぷりとツッコミたい気持ちを堪え、俺は鏡を見つめる。
「……長くないですか? 少し飛ばしますよ」
眼鏡は代わり映えのしない画面にイライラしたようにボタンを連打する。
すると、俺はさっきの3倍位の早さで寝返りをし出す。
早送り機能も付いているとは優秀な鏡だ。
「あっ! せっかく可愛いところだったのに!」
ヒルデは非難するような口ぶりで叫んだ。
いやいや、本当に普通に寝ているだけなんで変に持ち上げるのはやめて欲しい。
息してるだけで可愛いって言われてるのと大差ないから。
「あ……」
鏡の中に光がちらちらと映り込む。
見にくいが、黒い塊がそろそろと動き、俺の横にピッタリと張り付く。
この黒い塊は魔王じゃないのか!?
俺は食い入るように鏡を見つめる。
いよいよ、魔王が何をしてたか分かるんだ。
……と思ったが、黒い塊は俺に添い寝したまま全く動かなかった。
「?」
「??」
「???」
ヒルデと眼鏡の顔を見る。
二人はとても不思議そうな顔をして鏡を見つめていた。
そのまま、時間だけが過ぎた。
気付くと、鏡の中では少し明るい部屋が映っていた。朝だ。
「流石にこのままってことは……」
ヒルデが呟く。
「しっ!」
鏡なので音なんて聞こえないのに、俺はヒルデの言葉を制していた。
鏡の中で魔王が微かに動いた。
「額にキス??」
魔王は俺のおでこに確かにキスを落としていた。
ついに決定的瞬間を見たと思ったのもつかの間だった。
魔王はよろよろとベッドから這い出ていく。
そして、そのまま画面から消えた。
暫くして眼鏡が現れ、寝ていた俺が身体を起こした。
これが鏡に撮られていた一部始終である。
「これで終わり?」
ヒルデと俺はぽかんと鏡を見つめる。
「だから、言ったでしょう。陛下は許可なく貴方に手を出さないって」
眼鏡のやつだけが、何故か胸を張っていた。
うるせぇな。
お前だってさっきまでぽかんとした顔で鏡を見てただろうが。
「つまり、魔王様は毎晩、添い寝してぴったり張りついてルカに魔力を送ってたってこと?」
「そうなりますね」
「……は?」
それはそれでちょっと気持ち悪い。
知らない間にこっそり布団に入り込んできて抱き枕代わりにされてまたこっそり出ていったってことだよな。
ちょっとした変態じゃねぇか。
「エロいことされた方がまだ健全な気がしてきた……」
「まあ、陛下はああ見えてヘタレなところがありますから、本気で貴方に嫌われるのが怖いんだと思いますよ」
眼鏡はさらりと言ってのける。
やっぱりヘタレだと思っていたのか。
お前の魔王への敬意は何処に行ったんだよ。
ヘタレが回復薬飲ませてベロベロにして人の大切なところに指を突っ込むのかとか言いたい気持ちもある。
でも、言わんとせんことは分かる。
あんなエロいことばっかりしてたくせに、寝ている俺となると途端にびびって、魔力だけ送りこんで満足して帰るなんて、ヘタレが過ぎる。
「ま、まあ、なんにせよ。ルカがそういう目にあってなかったって分かっただけでもよかったわ!」
ヒルデは安心したように手を叩いてそう言った。
確かに、魔王がエロいことを勝手にしていないと確認出来たわけだし、当初の目的は達成出来た訳だ。
これで安心して明日は眠れそうだ。
それにしても、魔王の奴、何だかんだ顔を合わせないようにしていても、こうして魔力を流してくれていたんだ。
魔力を流されてるなんて俺の妄想で、本当は愛想尽かされてるんじゃないかってほんの少しだけ思ったこともあったから、なんか安心した。
……ってなんで俺は安心してるんだよ。
「そうそう。そうですよ。処女二人がああでもないこうでもない言って被害妄想を広げていくよりは大分建設的だったでしょう?」
「ん?」
「え?」
「あ……いけない。本当のことを言ってしまいました」
処女、二人?
まあ、俺がその一人だとして、もう一人は?
眼鏡のことか?
「ねえ、ラドルファス? 貴方はまた墓石の下で眠りたいのかしら?」
ヒルデを見ると、穏やかに垂れた目がカッと開かれ、恐ろしい形相をしていた。
「だって、貴女、処女の癖に色々語っていましたからね、私、おかしくて、おかしくて……ぶぶっ我慢するの大変だったんですよ」
どうやら、もう一人の処女はヒルデのことだったようだ。
じゃあ、眼鏡はどうなんだと言う疑問も湧いてくるが、深くは考えたくもない。
俺は考えていたことを振り払うようにブンブンと頭を振った。
危ない。危ない。
あの眼鏡が非処女だなんて一瞬でも考えるんじゃなかった。
「ラドルファス!! ルカの前だからずっと我慢していたけど、今日という日は許さないわ! もう一回埋めてやる!!」
いつものおっとりとしたヒルデが嘘のようだ。
大きな声を上げ、拳を振るっている。
嗚呼、もしかして、この二人、実はめちゃくちゃ仲が悪いのではないだろうか。
「私に勝てるとでも?」
「やってやるわよ」
二人はがっちりと手を掴み合い、取っ組み合いの喧嘩を始める。
一応、俺よりも大人なんだよな、この二人。
「出来るとは思えませんけど」
「本当に埋めてあげるわよ」
ギリギリと顔を突き合わせ、押し合いをする二人を俺は眺めていた。
あーあ、二人とも何してるんだか。
「嗚呼、そう言えば。大人の女のふりをする貴女は本当に見ていて愉快でしたよ」
「もーー本当に殺す!!」
ヒルデの叫び声に、眼鏡は笑う。
白熱してやがる。
俺は仲裁になんて入らないんだからな。
いつも力で俺を捩じ伏せる眼鏡と、その眼鏡と張り合ってるヒルデ。
間に入って運悪く怪我なんてしたくないもんな。
俺は苦笑しながら二人のやり取りを見守った。
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