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一、溺愛始めました。
19※
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◇
「アル、アル……忘れていてごめん」
『ルカ、君はわるくないよ。君が幸せならそれでいいんだ』
夢の中のアルはそう優しく囁く。
魔王と同じ声なのに喋り方が全然違う。
やっぱり、魔王は魔王なんだ。
アルと魔王の声が同じだと思うのはただの俺の願望で、全くの別人なんだ。
微かな望みを潰れたのに、それでも、俺はその潰れてぐちゃぐちゃになったものを捨てられずにいた。
「アル、俺は幸せになんてなれないよ」
そう呟くと、どっと絶望が押し寄せてくる。
復讐を誓った日から、俺は全然幸せじゃない。寧ろどんどん落ちていく。
どうやったら喜びを感じ、どうやったら心の底から笑えるのか分からない。
暗く、深い沼の底に落ちていって二度と這い上がれない。そんな気分だ。
『そうか。なら、私がルカを幸せにしてあげる』
「できないよ」
『できるから、望みを言ってご覧』
甘く囁く声に熱が籠る。
「そばにいて……」
許されるならそばにいて欲しい。
「一人は寂しいから」
味方になって欲しい。
「アルとまた笑えたら」
今更、都合のいいことばかり言うけど、アルがいたらどれだけ心強いんだろう。
ただ、いてくれるだけでいい。
それだけで十分なのに、アルはいない。
あの頃に戻りたい。
アルに会えたら、あの頃みたいに笑いあえれば、それだけで俺は救われるんじゃないかと思った。
「なんだそんなことでいいのか」
不意に魔王の声がした。
◇
俺は吃驚して目を開いた。
部屋の中には誰も居なかった。
驚いたが、夢だと分かり安堵する。
とても穏やかな夢を見た。
それなのに何だか身体が熱く鈍い。
ぐるぐると魔王の魔力が廻っていて、お腹の奥が温かかった。
「魔王?」
俺の言葉に返事はない。
そうだ。魔王は俺を置いて出ていったんだ。
それで俺はアルのことを思い出して……
「お前は一体なんなんだよ」
じわりと混乱がインクのように滲む。
俺は魔王が俺にとって何なのか分からなくなっていた。
両親を殺した、憎い存在。
散々、俺の心をぐちゃぐちゃにしていって、憎いはずなのに、苦痛なはずなのに、今では離れていると物足りなさを感じる。
いや、それ以上に、魔王に触れられていると何かが満たされるようなすらあった。
「アルに声が似てるから?」
多分、それだけではない。
きっと全く違っていても絆されてしまっていただろう。
あの熱帯びた濡れた視線、柔らかな唇、絹のような肌、熱く蕩けるような魔力……
俺は魔王の一つ一つを思い出しながら、自分の唇をそっと撫でた。
悪寒にも似た快感が背筋を這ってくる。
腰が甘く痺れる。
まだ、ここに魔王の魔力がある。
俺は腰を大きくくねらせる。
奥が切ない。
魔王の置いていった軟膏が目に入る。
ダメだと分かっていても、手がそちらへ伸びていく。
蓋を開けると、それは甘い香りをさせていた。
俺は魔王を思い出しながら、耽た。
擦る度、熱い肉が蜜をダラダラと零し、シーツに染みをつくる。あれほど出したはずなのにまだこんなになるなんて。
俺の体は浅ましいものになってしまった。
これも全て魔王が悪い。
魔王がこんなこと覚えさせなければ、俺はこんな風にならなかった。
「まおぉ、まお……っっ、んっ」
我慢できず、後ろに手が伸びた。
さっきまでシていたせいか、なんの抵抗もなく柔らかな窪みに指が入り込む。
浅く肉襞を擦ってやると、より一層熱が高まっていく。
「こんなの、ダメ……なのに……」
奥が切ない。
指をぐっと押し込んでみるが、中々奥まで届かない。
もどかしいような快感の中、必死で中を掻き混ぜた。
「あ……っ、ああっ、ん」
いつも魔王はどう触っていたんだっけ。
魔王の触れ方を思い出しながら動かす。
嗚呼、でも、俺が本当に欲しいのはこれじゃない。
分かっていても、手が止まらない。
魔王を思い出せば出すほど、何故か気持ちが良くなった。
あれはきっと魔性なのだ。
俺はそれに当てられてしまったのだろう。
「ん、んっ、んんんっ!」
俺は何度ももどかしくなりながらもなんとか上り詰め、果てた。
長いこと耽ていたような気もするし、短い時間だったような気もする。
でも、淫らな行為をしてしまったことは変わらない。
魔王もいないのに、これじゃあ言い訳が出来ない。
「今、魔王を思い出して、シたんだよな……」
言葉にすると胸の奥がズンと重くなった。
魔王は悪い奴で、憎い相手なのにこれじゃあまるで魔王のことを……
頭の中でそんな言葉が過ぎる。
俺は慌てて頭を振った。
違う。
俺はアイツを憎んでいる。
殺したいと思っている。
それなのに、どうしてこんなに魔王に触れたいと思っているんだ。
これはきっと単なる肉欲だ。
初めてされたのが魔王だから、気持ちいいことと結び付いて、魔王を思い出すとこうなってしまうだけなんだ。
「早く殺せばよかったな……」
早く魔王を殺すことができたならこんな気持ちにもならずに済んだ。
でも、それは物理的に無理だと分かっている。
分かっていても、そう出来ればよかったと思った。
こんなことばかりだ。
俺の望みは多分、一生、誰かに踏み躙られるんだ。
俺は暗い気持ちになってシーツを握り締めた。
「物騒ですね」
俺の言葉に応えるように低い声が聞こえた。
肌が粟立つ。
慌てて頭を上げると、部屋の中に琥珀色の瞳が浮かんでいた。
「いつからそこに……」
「さっきからですよ。全く、自慰しているところに遭遇する方の身にもなってくださいよ」
慇懃無礼というよりもただの無礼な男が俺を見下ろす。
眼鏡のブリッジを人差し指で軽く押し上げると、キラリと眼鏡のレンズが反射した。
やっぱり見られていたのか。
顔が熱くなる。
羞恥心で頭が真っ白になりそうだ。
「う、うるさいな、ちゃんと断ってから入ってこいよ 」
「ちゃんとノックはしましたよ。貴方は色々夢中だったから気付いていなかったようですけど」
「このクソ眼鏡……」
「流石は鳥頭。人の名前が覚えられないようですね」
クソ眼鏡の顳かみには薄らと青筋が見えた。
「名前くらい覚えてるって……」
「なら、ちゃんと名前を呼んだら如何ですか、クソガキ」
「……ラドルファス」
はんっと鼻で笑ってからクソ眼鏡は肩を竦めた。
「結構。食事の準備はできてますよ」
「嗚呼」
どうやら、食事の為に俺に声を掛けてきたらしい。
俺は身体を起こし、テーブルへ向かった。
「アル、アル……忘れていてごめん」
『ルカ、君はわるくないよ。君が幸せならそれでいいんだ』
夢の中のアルはそう優しく囁く。
魔王と同じ声なのに喋り方が全然違う。
やっぱり、魔王は魔王なんだ。
アルと魔王の声が同じだと思うのはただの俺の願望で、全くの別人なんだ。
微かな望みを潰れたのに、それでも、俺はその潰れてぐちゃぐちゃになったものを捨てられずにいた。
「アル、俺は幸せになんてなれないよ」
そう呟くと、どっと絶望が押し寄せてくる。
復讐を誓った日から、俺は全然幸せじゃない。寧ろどんどん落ちていく。
どうやったら喜びを感じ、どうやったら心の底から笑えるのか分からない。
暗く、深い沼の底に落ちていって二度と這い上がれない。そんな気分だ。
『そうか。なら、私がルカを幸せにしてあげる』
「できないよ」
『できるから、望みを言ってご覧』
甘く囁く声に熱が籠る。
「そばにいて……」
許されるならそばにいて欲しい。
「一人は寂しいから」
味方になって欲しい。
「アルとまた笑えたら」
今更、都合のいいことばかり言うけど、アルがいたらどれだけ心強いんだろう。
ただ、いてくれるだけでいい。
それだけで十分なのに、アルはいない。
あの頃に戻りたい。
アルに会えたら、あの頃みたいに笑いあえれば、それだけで俺は救われるんじゃないかと思った。
「なんだそんなことでいいのか」
不意に魔王の声がした。
◇
俺は吃驚して目を開いた。
部屋の中には誰も居なかった。
驚いたが、夢だと分かり安堵する。
とても穏やかな夢を見た。
それなのに何だか身体が熱く鈍い。
ぐるぐると魔王の魔力が廻っていて、お腹の奥が温かかった。
「魔王?」
俺の言葉に返事はない。
そうだ。魔王は俺を置いて出ていったんだ。
それで俺はアルのことを思い出して……
「お前は一体なんなんだよ」
じわりと混乱がインクのように滲む。
俺は魔王が俺にとって何なのか分からなくなっていた。
両親を殺した、憎い存在。
散々、俺の心をぐちゃぐちゃにしていって、憎いはずなのに、苦痛なはずなのに、今では離れていると物足りなさを感じる。
いや、それ以上に、魔王に触れられていると何かが満たされるようなすらあった。
「アルに声が似てるから?」
多分、それだけではない。
きっと全く違っていても絆されてしまっていただろう。
あの熱帯びた濡れた視線、柔らかな唇、絹のような肌、熱く蕩けるような魔力……
俺は魔王の一つ一つを思い出しながら、自分の唇をそっと撫でた。
悪寒にも似た快感が背筋を這ってくる。
腰が甘く痺れる。
まだ、ここに魔王の魔力がある。
俺は腰を大きくくねらせる。
奥が切ない。
魔王の置いていった軟膏が目に入る。
ダメだと分かっていても、手がそちらへ伸びていく。
蓋を開けると、それは甘い香りをさせていた。
俺は魔王を思い出しながら、耽た。
擦る度、熱い肉が蜜をダラダラと零し、シーツに染みをつくる。あれほど出したはずなのにまだこんなになるなんて。
俺の体は浅ましいものになってしまった。
これも全て魔王が悪い。
魔王がこんなこと覚えさせなければ、俺はこんな風にならなかった。
「まおぉ、まお……っっ、んっ」
我慢できず、後ろに手が伸びた。
さっきまでシていたせいか、なんの抵抗もなく柔らかな窪みに指が入り込む。
浅く肉襞を擦ってやると、より一層熱が高まっていく。
「こんなの、ダメ……なのに……」
奥が切ない。
指をぐっと押し込んでみるが、中々奥まで届かない。
もどかしいような快感の中、必死で中を掻き混ぜた。
「あ……っ、ああっ、ん」
いつも魔王はどう触っていたんだっけ。
魔王の触れ方を思い出しながら動かす。
嗚呼、でも、俺が本当に欲しいのはこれじゃない。
分かっていても、手が止まらない。
魔王を思い出せば出すほど、何故か気持ちが良くなった。
あれはきっと魔性なのだ。
俺はそれに当てられてしまったのだろう。
「ん、んっ、んんんっ!」
俺は何度ももどかしくなりながらもなんとか上り詰め、果てた。
長いこと耽ていたような気もするし、短い時間だったような気もする。
でも、淫らな行為をしてしまったことは変わらない。
魔王もいないのに、これじゃあ言い訳が出来ない。
「今、魔王を思い出して、シたんだよな……」
言葉にすると胸の奥がズンと重くなった。
魔王は悪い奴で、憎い相手なのにこれじゃあまるで魔王のことを……
頭の中でそんな言葉が過ぎる。
俺は慌てて頭を振った。
違う。
俺はアイツを憎んでいる。
殺したいと思っている。
それなのに、どうしてこんなに魔王に触れたいと思っているんだ。
これはきっと単なる肉欲だ。
初めてされたのが魔王だから、気持ちいいことと結び付いて、魔王を思い出すとこうなってしまうだけなんだ。
「早く殺せばよかったな……」
早く魔王を殺すことができたならこんな気持ちにもならずに済んだ。
でも、それは物理的に無理だと分かっている。
分かっていても、そう出来ればよかったと思った。
こんなことばかりだ。
俺の望みは多分、一生、誰かに踏み躙られるんだ。
俺は暗い気持ちになってシーツを握り締めた。
「物騒ですね」
俺の言葉に応えるように低い声が聞こえた。
肌が粟立つ。
慌てて頭を上げると、部屋の中に琥珀色の瞳が浮かんでいた。
「いつからそこに……」
「さっきからですよ。全く、自慰しているところに遭遇する方の身にもなってくださいよ」
慇懃無礼というよりもただの無礼な男が俺を見下ろす。
眼鏡のブリッジを人差し指で軽く押し上げると、キラリと眼鏡のレンズが反射した。
やっぱり見られていたのか。
顔が熱くなる。
羞恥心で頭が真っ白になりそうだ。
「う、うるさいな、ちゃんと断ってから入ってこいよ 」
「ちゃんとノックはしましたよ。貴方は色々夢中だったから気付いていなかったようですけど」
「このクソ眼鏡……」
「流石は鳥頭。人の名前が覚えられないようですね」
クソ眼鏡の顳かみには薄らと青筋が見えた。
「名前くらい覚えてるって……」
「なら、ちゃんと名前を呼んだら如何ですか、クソガキ」
「……ラドルファス」
はんっと鼻で笑ってからクソ眼鏡は肩を竦めた。
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