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一、溺愛始めました。

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「魔王……」

 魔王の登場に思わずほっとしてしまう。
 もう少し魔王が遅ければ、俺の息子には未来がなかったかもしれない。
 こんなときでもない限り魔王に感謝する日はないだろう。

「良かったですね。その貧相なモノがなくならずに済んで」 
 ぼそりと眼鏡は俺だけに聞こえるように呟く。
 コイツだって男の癖になんて恐ろしいことを言うんだ。

 俺は眼鏡を睨め付ける。
 眼鏡は俺を無視し、魔王に向かって笑顔を作った。

 あーーー! ムカつく。
 なんだよ、コイツ!
 人のこと馬鹿にしやがって。
 こんな状態じゃなければ、飛び掛かってぼこぼこにしてやるのに。

「随分と仲良くやっているようだな」 

 魔王は俺たちの姿を見比べてからそう言った。
 どこを見てそんなことを言っているのだろう。
 なるほど。そうか、嫌味か。

「どこが……ん、んんっ」
 俺は喉に違和感を覚え、言葉を切る。

「嗚呼、声を出しすぎたんだな。昨日は少し可愛がりすぎたか」
 喉を押え、顰め面をする俺を見て、魔王は満足げに微笑んだ。

「よかったですね。こんな貧相な身体でもお慈悲を頂けて」
 また俺だけに聞こえるように眼鏡が囁く。

「うるせぇ……な」

 この変態ども、許さない。
 散々、人の身体を弄んでおいて、可愛がったとは何事だ。
 これは可愛がりという名の嗜虐的行為だ。
 暴力だ。暴力反対。絶対許さないんだからな。

 睨んで叫んで詰ってやりたいところだったが、なんだか体が重い。
 既に横になりたくなってきている。

「可愛い顔をしてまだ足りないのか?」
 魔王はそう言いながら俺の側にやってくる。

 俺は怒ったりする気力もない。
 じとっとした目で黙って魔王を見上げた。

「冗談だ。動けるか?」
 魔王は俺に手を差し出す。

 冗談にしては笑えないことを言う。
 嫌な冗談を言う奴だ。
 やっぱり、魔王は始末するべきだ。そう思うが力が入らない。
 今日のところは一先ず置いといてやろう。

 俺はゆっくりと頭を振った。

「立てないのか」

 俺は魔王の言葉に、頷いた。
 立つ気力があればとっくの昔にやってる。

「仕方ない」
 魔王は俺を抱き上げ、ベッドの方へ移動する。

「ラドルファス、その瓶をくれ」
 魔王は俺を抱いたままベッドに座り、カートを指して指示を出す。

 何をする気なんだろう。
 まさか、またいやらしいことをされるんじゃないだろうな。
 もう、何をされても抵抗はおろか、反応すらできる気がしない。早く横にして欲しい。

「仰せのままに」

 仰々しく眼鏡はそう頭を垂れた。
 そして、魔王が運んできたカートの中から水のようなものが入った瓶を眼鏡が持ってくる。

 魔王はそれを俺の前に差し出した。 

「飲めるか?」
「嗚呼」

 もう酷いことをする気はないようだ。
 渡してくれるだけでよいのに、魔王は瓶を俺の唇に当ててくる。
 飲ませてくれようなんて殊勝なことだ。
 俺は変なもんじゃないだろうなと言う目で魔王を見てから、意を決して薄く口を開いた。

「っ!」
 どうやら、魔王は介助をしたことがないようだ。
 瓶の中身がいきなり俺の口の中に入ってくる。
 一度は口内に侵入してきた液体が飲み下されることなく、口の端から流れ出ていく。
 だらしなくボタボタと落ちる液体によって胸や太腿が濡れていく。
 口の中にはレモンとミントのような爽やかな味だけが残った。
 飲ます方も、飲まされる方もらここまで息が合わないと大惨事になるんだな。

「ゲホ、ゲホッ……下手くそ」
 俺は噎せこみながら呟いた。

 本来であれば瓶ごと飲ませるのではなく、コップに注いでから飲ませるべきだったのだろう。
 眼鏡の奴がコップを片手にニヤニヤと笑っているのが見えた。
 わざと渡さないなんて本当に嫌な奴だ。

「魔王、コップを……」
 俺が言い終わる前に魔王は自分の口に液体を含むのが見えた。

 おい、待てよ。それって……
 俺が口を開く前に魔王の唇が俺の唇を抑え込んだ。
 口に液体を流し込まれる。ゆっくりと渇いた喉が潤っていく。
 口の中の液体が無くなったと言うのに魔王は唇を離すことは無かった。
 それどころか、深く深く角度を変えて噛み付くようなキスをしてくる。

 苦しい。顔を背けたくなるが、そんな力はない。
 俺は抵抗出来ず、されるがままになる。
 魔王は俺の唇や口内を味わうように時間をかけて楽しんだ。
 そして、ゆっくりと唇を離した。

 俺は熱っぽい息を何度も吐いた。
 身体が熱く、火照っている。
 この液体、何だかおかしい。やっぱり、よからぬものが入っているのではないだろうか。

「てめぇ、何を飲ませら」
 舌が縺れ、舌足らずのような言葉になってしまう。

「回復薬だ。飲んだことがなかったか?」
「う、くっ……にゃい」

 回復薬はその名の通り飲むことで自分の中の魔力を使って体力を回復するための薬だ。
 高価な薬ということもあり、今まで手にすることはなかったものだ。
 副作用が強く、身体が熱くなったり、意識が曖昧になったりするのに加え、薬の中の成分が上手く分解できず酩酊状態になることもあるとは聞いていた。
 でも、まさかここまでなるとは思っていなかった。

「身体があつ……地面がぐりゅぐりゅしゅる」
 自分が上を向いているのか、下を向いているのか、それすら分からない。
 もはや正常な判断は出来ない状態だ。

「回復薬で酔うなんて子どもみたいな人ですね」
「うるせ……なんら、もっとマシなものがなかっらのか?」
「一番薄いものにしたのだが、もっと強い薬の方がよかったか? 副作用も酷いぞ」

 魔王の言葉に俺は舌打ちをした。

「これれいい」

 魔王は俺の言葉に満足したように笑うと、もう一度瓶の中身の含み、俺の口内に液体を流し込んだ。
 まるで餌をやる親鳥のように甲斐甲斐しく、何度も液体を含み、流し込む。

「どうだ?」
「ん、なんか……きもちい……」
 頭の中が紗にかかったようにぼんやりとしている。
 甘ったるく舌の縺れたような言葉を返すと魔王は微笑む。

「そうか」
 嬉しそうに呟いてから魔王は俺に深く口づけをした。

「ん……んんっ」
 俺は脱力し、されるがままになる。
 歯列を舌でなぞり、ゆったりと舌を絡ませ、上顎を撫で上げられる。
 たっぷりと弄ばれ、魔王の甘い魔力がじわじわと自分に溶けていくのが分かった。

「まだ欲しいか?」
「ん、まおーのきす?」
 甘えるように魔王の唇を舌でそっと叩く。

「ふふっ、ほし……んっ」
 言い終わる前に唇が塞がれる。

「ルカ……ルカ……」
 魔王が何度も俺の名前を呼ぶ度に理性が溶けていく。
 魔王と俺の境が分からなくなるほど何度も何度も繰り返されるキスに息が上がった。

 イクのとはまた違う気持ちよさに身を委ねる。 
 意識が遠のいていく中、魔王の唇が漸く離れた。

「少し休んでいろ」
 魔王はそう呟くと、俺の頭を撫でた。
 大切なものに触れるように柔く、温かな触り方をされる。
 何だか勘違いしてしまいそうだ。

「まお……」
「いい子だ」
 額に軽く口づけし、魔王は微笑んだ。

 嗚呼、そうだな。
 今日くらい、勘違いしてもいいか。

 俺は満足して目を瞑る。
 身体が鉛になったように重い。


「ルカ、済まない」
 魔王の声がした。

 何を謝っているのか分からない。
 でも、謝るくらいなら最初から何もしなければいいのに。
 とろとろと眠気に支配されながら、そんなことを思った。
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