推測と仮眠と

六弥太オロア

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  途上、ヤシと先

12.

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「ただ」

「ただ……?」

賀籠六絢月咲かごろくあがさが言う。
その言うのを聞いているのは杵屋依杏きねやいあと。
八重嶌郁伽やえしまいくかで。

「情報っていう形としてはっきり、おもてに出さない部分。あるかもしれないけれど。それはもちろん、既成事実にならないようなやり方では、出さないっていう意味よ」

絢月咲は、そうして続けた。

「割と物騒だからか。私がそう感じることが増えたって、だけかもしれないけれど。私がね」

「実際。絢月咲が殺人に荷担していたんじゃあ、ないんだから。だがまあ、警察で話もかれているからね」

郁伽は苦笑。
縛りのあるもの。
情報という観点からの、アイドル同士の接触。
その話題で、先程さきほどから続く。

絢月咲。

「アイドル同士でも情報が特に、個人の領域に入るとだけれど。少なくなって来たっていうのはそう。でもU-Orothéeユーオロテのアバターとか見て。あなたたち思ったこと、ない?」

「思ったこと?」

と郁伽。

思ったこと?
依杏もポカンとして聞いている。
思ったことってなんだろう。

アバターを見て思うこと。
なんだ?
例えば仮想空間上での第一印象?
第一印象も何もバーチャルアイドルはアバター自身が動くのだから、それ以外にはあまり考えが及ばない。

仮想で活動するバーチャルアイドルの中で。
中堅で花もない印象。
というかそんな価値観が「ユーオロテ」という名前の上へ、かぶせられていただけ。
なのかもしれない。

アバターの話に至ったわけで。
絢月咲から改めて、ユーオロテのアバター画像を見せられる。
それを見た、というか見せられた郁伽と依杏。
郁伽はともかく。
依杏はユーオロテに関する知識に、とても乏しい部分があり。

だからユーオロテのアバター画像を見たということも。
自分の中では、そうではないと思っていたかったが。
実はこの時、絢月咲に見せられて初めて見たのかもしれない。






衣装としては、音楽で言えばロック調。
脚の部分に切れ込みの入った、黒基調の衣装である。
郁伽がそのアバターを見てどう思ったかは、ともかく。
衣装の部分ではない。
アバターの造り全体の話だ。

依杏は少なくとも。
アバターの美しさ。
ユーオロテのアバターは、どのアイドルが使用しているアバターよりも。
といってもその方面に関する知識の乏しい、依杏の中で思ったことだから。
実際依杏はバーチャルアイドルといってNーRodinエヌロダン以外、あまり知らないのである。
そうだったとしても。
アバターという作りにしては群を、抜いているかもしれない。
と思った。

それが第一印象。
絢月咲には言わないものの。
エヌロダンよりも明らかに。
細部まで作りこまれているのである。
それが依杏にも分かった。
何故か?
例えば郁伽とたまに行くミュージアムのお陰かもしれない。

細部まで作りこまれたアバター。
何か、ユーオロテ自身でこだわりがあったのだろうか。
あるいは、そのアバターの作者自身の拘りか?
それとも、絢月咲の言う「思うこと」だろうか。






セミロング。
衣装と同様に髪の色も黒基調。
だから一見すると地味である。
しかし髪の毛先のその潤いから、流れるような瞳に続き。
乳白色ともオレンジとも言える瞳の色に続く。
冴えるような変化である。
依杏は見ていて、思わずハッとしてしまう。
える眼。依杏の眼が。

アバター作者自身の拘りか。
それともユーオロテの拘りか。
それとも?
全体の造りも流線形りゅうせんけいが見事である。

そのアバター画像を示しつつ。
絢月咲が言う。

「情報としては出ていない。でも、恋人が居たっていう噂だけはあるの」

「恋人」

と郁伽。

「あんたが《思うこと》って言ったのって、それ?」

「そう」

と絢月咲。

「恋人が居た。っていうのは、それは今現在もということですか?」

と依杏。

ユーオロテは亡くなっている。
だが。
その恋人に関してはどうだろう。
今現在という言い方も変かも、しれないが。

絢月咲。

「単なる噂ということで。実際には恋人に関して、なんていう話は情報として。一切出ていないの。この噂は、あくまでもバーチャルアイドルにたずさわる関係者だけに、通じる噂。ということになっている」

「何だかそのへんも厳重だよね」

と郁伽。

絢月咲。

「そうね。たかが情報、されど情報だから」






たかが情報。
されど情報。
たかが、されど。
しかし噂と言えど情報である。

アバターのその流線形に隠された、なにか。か?

依杏。

「単なる情報では、ないということですか?」

「さあ」

と絢月咲は苦笑。

「単なるガセかもしれない。何せ私はユーオロテと面識すらない。でもね。さっきも言ったけれど、一切出ていないの。情報が何も。ネットだとこの情報はどこにも書かれていない、らしい」

「ネットにないのは、情報源がないんじゃないの」

と郁伽。

「じゃあ、情報の火種ってどこにあるのかしらね」

言った絢月咲。

依杏と郁伽。
お互いかおを見合わせる。

「たぶん。ユーオロテをよく思っていない人達が作った部分も、多いかもしれない。私たち界隈、あるいは活動に近い人たちにしか通じない噂だから」

絢月咲は言った。

「ある意味では、ユーオロテに対する良くない感情の産物とも言えそうね。でも、恋人がカジノに関係しているかもしれないって」

「言ったら」

と依杏は。
思わず合いの手をいれてしまって。

そこを郁伽が引き取り。

「噂というより。実際にカジノという場で、亡くなっているものね。ユーオロテは」

言いながら、少々眉をしかめ。

「そう。噂にしてはね」

絢月咲の表情は神妙で。






カジノに近い恋人。
カジノに近いとは、どういう?

依杏の頭に真っ先に浮かんだのは、青いギターの形をした。
あの建物だった。
ギターといってもボディの部分中心の建物。
郁伽に言われて、その名称のことも憶えた。
ギターの部分。
ネックとボディとヘッド。
青いカジノはボディが建物の中心だ。

ちなみに、次呂久寧唯じろくねい郁伽いくかに言われて憶えたという。
それは置いておいて。

依杏の頭に残っていたのは、青いギターのほうだった。
だけれど、カジノといって今の場なら。
それではない。

依杏。

「噂にしてもカジノに、近いっていうのは」

「そう。だから、さっき私はユーオロテをよく思わない界隈というのは。私の界隈だって言ったけれど」

と絢月咲。

「ユーオロテに恋人がいるっていう噂が本当だとすれば。私の界隈かもしれないっていう予想に。とどめておけなくなるっていうこと。かもしれない」

「そう。可能性としてはあるわね」

と郁伽。

「確かに恋人がカジノに関係していれば。ユーオロテが事務所のプッシュでインディーズ、それも生身で活動。になったとしても。より、生身のほうの機会が巡りやすくはなってくる。スムーズにね」

「そう。転身に渋る面々は多いから。さっきも言ったでしょう」

「じゃあまあ、ユーオロテが恋人つながりでインディーズの活動の場? それを得たって仮定したとする。でも一方で、私たちにはさ。珊牙さんがさんからも連絡はないし。今のところ、何か判断するにも。情報は少ないってことになる」

「確かに少ない、ですよね」

と依杏は苦笑した。

郁伽。

「うん」

言いながら一方で。
郁伽先輩の頭に浮かんだのは、青いギター型より。
赤いメダルの方だったかもしれないなあ。と思いつつ。
依杏。






時差のことが遠くなっている。
いまの布団の中。
九十九つくも社から出て帰宅し。
その少しの間、いまの布団にもぐる少し前。
黒田零乃くろだれの
依杏は文字の、羅列を検索へかけてみる。

いろいろあった。出て来た。
なになに?
画像、音楽、動画、そしてマップ?
最後のはあまり関係ない気がするな。

いや、活動の場が今はアメリカらしいから。
ともするとマップも関係あるのかな?






黒田零乃に関して。
ユーオロテに関する情報より、依杏もある程度なら知っていた。
黒田零乃が数登珊牙と、知り合う前のほうでむしろ。
零乃は華々しく活動および活躍、していたもので。
そういう情報が、依杏が検索にかけたときも沢山出て来て。

零乃はバーチャルではなく、最初から生身のほうでの活動である。
人気のその裏で。
スキャンダラスなアイドルとしてもむしろ。
裏ではなくおもて立って有名だった。
今は日本での活動はしていない。

検索で出てくるのは主に、今はその活動がない以前のもの。
身体能力と小柄ながら、巧みな歌声を操っていた時の。
日本で活動していた頃の華々しい、彼のポートレート。
それから、英語のページだ。

中間がごっそりない。

ないのは、というか中間にごっそりないのは。
そこに数登珊牙すとうさんがが一枚噛んで、彼のスキャンダルに大きな、新しい大穴が開きそうだったことをまるで。
隠すかのような感じ。
スキャンダラス?

依杏としては、多少は知ってはいるものの。
零乃に関する詳しいことは、依杏は何も知らない。
ただ、零乃のスキャンダラスなさが
でビルが崩壊および倒壊したという話を。
やんわりと釆原凰介うねはらおうすけから、慈満寺じみつじで聞いていて。






英語でのページは、活動華々しい以前のものに比べ。
日本語の、時期のものに比べて短いものが目立つ。
あまり大々的に、載せているものは多くない。

ただカジノという点において。
零乃が、五つくらいのカジノの舞台で、何らか披露している様子であれば。
依杏の眼にとまり。
画像。動画。

音楽、マップ……と呼べるか?

なんだか雰囲気がそれっぽい?
そう。
青いギターのほうじゃないほう。
話題に出たほうだ。
名前はなんだっけ。
ソフトリーアズか。
内観を見たことはないけれど。
というか実際、珊牙さんは今そこだろうか?
どうだろうか?

依杏はポチっとやる。
開くページ。
ああなんか、郁伽先輩の言っていた。
というかメダルに見憶えが、ある。
たぶん。
これかな?
このページが見事に該当する的なやつか?

と思ったら、突然。
何かポップアップウィンドウが二つ、開いてしまった。
どこか、何かの拍子に触ってしまっただろうか。
依杏はそのウィンドウを消そうと。
カーソルを移動し。

たぶんメダルに見憶えがあるとすれば。
ソフトリーアズと零乃との情報に、違いない、か?













たまに出てくる、ウィンドウ。
デバイス関係なく。
こういうポップアップでのやつはブラウザでも、多くなってきている気がする。
自分で積極的に、今出ているウィンドウに関するソフトウェアなり拡張機能なりを組み込んだ。
とか。
そんな憶えはないにも、関わらずである。

黒田縫李くろだぬいは、検索を入れてみている。
トリーは「イカレている」と言っているし。
ウォレットの心配も、し始めている。

実際。
仮想通貨は、自己責任の部分も多いし。
中央管理者が存在しないというのもある。
値の変動も激しい。

それでも。
数年前よりは確実に普及している。
確実に、その価値を上げてきている存在でも、あるのである。
ただ、イカれる云々うんぬん
いろいろ心配しなければならなくなるのは、トリーだけではない。
自分自身も含めて。

今、検索をしているのは。
何もないから、である。
何もない、というのは。
移動しないエラニーの、内観外観タクシーの車。
そして縫李自身である。何もしていない。
単独で、クラニークホテルへ向かった。
その数登は戻って来ないで、時間が過ぎて。

エラニーは時々。
タオルを出しては車の側面に、ちょっと当てたりしていて。
それでなくても。車体の光沢は豊かなもので。
時間は過ぎる。

仮想通貨のマイナス面についてはいずれ。
トリー、ルロイ、縫李ぬい
あと一人はネット上で。オーカーと名乗る者。
トリーから話題を出したりしながら、かもしれないな。
時間は過ぎる。






エラニーがふいに。
建物のほうへ向いた。
縫李はそれへ敏感に反応する。
タオルを持って屈んでいた状態から素早く身を起こし、その右足が出掛かった。
縫李も、進み始めるエラニーの方へ。
スマホは仕舞しまう。
やはり、数登が戻らないので様子が気になるか。

足の出掛かる先から、エラニーはどんどん歩いていく。
上にあったヤシの木の葉も、駐車場も。
あっという間に遠ざかる。
彼の方は、縫李が来ているのが意外だったか。
ちょっと振り返ると眼を丸くした。

遠くから見ている外観は近くなってきて。
印象が変化する。

近くなると、遠かった外観に質量が加わるためにか。
一種の現実味が加わるという感じで。
白い基調の建物の部分それぞれ。
それぞれに陰って来た、空の色を反映してか。
それに合わせた変化が「上手い」と表現出来るか。

地面から、長く伸びた柱。
各々そのいくつも入った筋の溝を、建物上部へ。
それぞれ四本の柱、それが上を覆う白へ。
つながっていく。覆う四角い形であろう上部へ。

実際のホテルの入口。
というのはガラス作りの回転扉。
それは大人一人分、単位がフィートなら六フィート強くらいの高さ。
ざっと見積もって。

その入口をまもる、白い要塞のような雰囲気。
それがクラニークホテルの外観に当てはまる。
入口までの白い石段も結構、長く見える。
遠くよりも近くで見ていて。
要塞から入口まで。






カジノといって小規模、ソフトリーアズはだ。
小規模といってもカジノのような雰囲気。
あるいは演出はホテルにも反映されている?
らしかった。縫李の見た感じである。

その石段まで続く。
石畳のところへ足裏を掛けて。

「行ってどうします?」

と縫李はエラニーへ尋ねる。

その表情の変化から判断して。
数登よりも、感情が分かりやすい人物かもしれない。
と縫李は思って。

ただ、分かりにくいのはエラニーでギデオン。名前。
エラニーは変わらず眼をぱちくりしている。

縫李。

「何か、考えていることでも」

「考えていること?」

エラニー。
くすっと笑って言った。

「それは、いろいろありますよ」

「いろいろ、ですか」

「例えば」

とエラニー。

「建物が何とうから成っていて。彼はその、どの棟へ向かったかということを。私は何も聞いていません」
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