推測と繋ぎし黒は

貳方オロア

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  緑静けき鐘は鳴る【中】

21.片付

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改めて。そう。
裏門だ。
山門よりは小さい。
それは明らかである。
裏門だけのエリアというより。その他にもいろいろ。
慈満寺じみつじのあらゆる雑務を行うためのエリア。
というかスペースというのだろう。
簡易ガレージのような物置がある。
それから

山。
なので若干の緑。
少なくとも、銭湯で通った露天の通路より緑は多いかもしれない。
そういえば。
根耒生祈ねごろうぶきは思った。
そうだ。
慈満寺という駅名ではない最寄り駅。
山門を降りていって最寄り駅は「染ヶ山そめがやま」である。

染ヶ山というエリアがあり。
その上に慈満寺じみつじが建っている。
山門や石段や周囲。
あかり湯で露天風呂へ行くための、外の通路。
友葉ともは先輩たちと午後に、ここへやって来る時。
それから本堂裏で見た風景。雑木林。
思ったのは、山にしては緑が少ない、という点。






近づくにつれ。
提灯ちょうちんの持ち主が誰なのか分かる。
田上紫琉たがみしりゅう。慈満寺の僧侶。
確か岩撫衛舜いわなでえいしゅんさんと一緒に、鐘楼しょうろうに居た人だったかな。
四人は会釈した。
田上も会釈を返す。

生祈は、取調の時に話をした刑事を探した。
あと、ちゃぶ台で話をした刑事だ。
怒留湯大誠ぬるゆたいせい桶結俊志おけゆいしゅんじである。
だが探したのだが見当たらず。
田上は裏門を開ける。
四人は入る。
結局楓大そうたに返信していないなあ。
生祈うぶきは少しだけ思う。

「進展の方はどうです」

陳ノ内惇公じんのうちあつきみ
田上へ尋ねる。

「進展ってなんです」

と言って田上はふと。
朝比堂賀あさひどうがへ眼をやる。
田上は顔をしかめる。

朝比は微笑む。













「進展って言って。特に何もないですがね。情況と言っては同じような状態だったということです」

と田上。

陳ノ内。

「それは地下のこと」

「そうですね。あなた方全員、泊まられるんですか。こちらへ」

と田上。

「特に朝比さん」

「ええ」

「あなたには寺側直々じきじきで。通知が行ったはずです」

「ええ」

「大月さんに何か言うおつもりで」

岩撫いわなでさんから、あなたの部屋はまだそのままにしてあると。言伝頂きました」

「ああ、そう」

田上は提灯を心なしか、力を抜くようにして。

慈満寺会館内。
照明がとても明るい。
夜でもこうなのだろう。
照明は明るいが人の気配はあまりない。
夜中である。
裏門を通って入った。
さて。ということで。

裏門を入る時に眼に入ったものがある。
一点の光だった。
それが怪しい動きをしていた。
なんだろう。
と生祈は見た。
どう見ても合図だと思われた。

実際、朝比さんもそちらを見ていたのである。
動く光は合図?
とすればなんの合図だろう。
田上さんは気付いていただろうか。

「刑事さん方は?」

寿采ことぶきさい

田上へ尋ねた。

「今も捜査中の方々もまだ。いらっしゃいます」

「今夜は会館へ泊まられる方々も?」

と采。

「刑事さんの他には、どなたか」

と朝比。

田上へ。

「どなたかですって」

と田上。

九十九つくも社の方々が何名かです。あなたのお仲間でしょう」

「ああ。ええ。遺体の件だと思われますね」

「じゃなきゃ夜中に九十九社を招いたりはしません」

「ありがとうございます」

田上はかぶりを振った。

「あと。参拝にいらしていたかたで。こちらへ来られるという方が若干名」

「この夜中に?」

と采。
彼女は眼を瞬いている。

田上。

「地下のことが気になる方は当然、刑事のかたと話しておきたいことはあるでしょう。例え夜中でもね。イレギュラーですし我々としても『今日の件で』とわれて来られれば断る理由がない。ですから山門はギリギリまで開けていたんです。今は閉めていますが」

「その、参拝の方々はまだ」

「帰られましたよ。今は刑事さん方の動きが中心です。こちらも動いている」

と田上。

「あとはあなたがたです」

と言って朝比へ。

「朝比さんには通知が行ったはずですがね。再度言いますが」

と田上。

「あの勝手に鳴った梵鐘の件。寺側としてはね」

「特に大月さんではないでしょうか」

と陳ノ内。

田上はムッとしている。

「鳴らしたのが。誰かというので激しい言い合いになったんですから」

と田上。

「あれがなければ。事態はあまり大きくならなかったのではとね」

「地下では人が亡くなっていますが」

と陳ノ内。

田上は何も言わない。

「地下で亡くなる方が出なかったかもしれないと。おっしゃいたい」

と陳ノ内。

田上は少々目を細め。

「朝比さんであれば。検討を付けているとかでしょうか」

「何故です」

と朝比。

「今のところ、亡くなった方はともかくね」

と田上。

「怪しいと思われているのはあなたですよ」

「僕ですね」

「ええ。ですからあのような通知が行ったんだ。何も起きなけりゃそのまま寺への派遣は続いたでしょうに」

「九十九社から伺います」

と朝比は微笑む。

田上はまだムッとしている。

「では」

と朝比。

「鳴らなければ。亡くなる方についても変わったかもしれないと」

「地下で亡くなったんです。誰もそのご遺体に触れた者はいないし。それに」

と田上。

「あなたが何を仰いたいのか。さっぱり分からない」

半ば詰め寄り気味。

朝比は苦笑。

「刑事さんの他にどなたか。例えば、的屋さんなど。慈満寺の周囲には小店も多く存在します。参拝や刑事さん方以外にも訪れる方々はいらっしゃる」

「どこから的屋が出たんでしょうね」

と田上。

確かに生祈もそれは思う。
だが、的屋と言われて少しピンと来るものがあった。

夏といえば例えば。
神社やどこか商店街の路上に出店でみせが出る。
今はそれが、誰が中心になって出店が出るのかという。
その点はさておきとして。
出店なら的屋というところ。
小店の多いこのエリアでキャンペーンに乗じてお祭り。
とすれば、出店が出ていても自然な感じがする。
と生祈は思う。

実際、夜の中で一点明かりを眼にしていた。
それはカラフルだった。
裏門のあるエリアからも、おもての山門は見えた。
今は閉じている。






明かりと言って。
懐中電灯ともまた違う。
カラフルな光。
あの光の出るものと言えば、例えばお祭りなんかでは手に入りやすそう。
と思われたのである。
で、的屋?

「例えば」

と朝比。

「今日は恋愛成就キャンペーンでした。そして地下で」

「ああ」

と言って田上。
詰め寄るのをやめて、朝比を見つめた。

「恰好がどうとか仰りたいと」

「参拝のかたのようには。少なくとも見えませんでした。僕にはね」

「確かに」

と田上。

「あの方について何か御存知ごぞんじですか? 朝比さんは」

朝比はかぶりを振った。

「私もあまりよくご遺体は見ていない。ただ写真は見せていただきました。確かにあなたの仰るように、一般の方のようは見えなかったかもしれない」

と田上は続けた。

「なるほど」

「いずれにせよ朝比さん。あなたには通知が出ていることをお忘れなきよう」

「ええ」

「勝手に鳴った梵鐘の件だと思われます」

「ええ」

と朝比。

「その上で」

と田上は再度。
朝比へ詰め寄った。

「あなたには。地下のことへ踏み込む権利はありません」

「ですが」

と朝比。

「片付けはします」

「は?」

田上は眼をぱちくり。

「会館でお借りしている部屋です。今から」

朝比は微笑む。

田上は溜息をついた。






地下ではないが踏み込む。
足先。
とある部屋。
小さな脚大きな脚。
小さな方はばたばたと駆けて畳を踏む。

大きな脚。
慌ただしく上がる者。
そうでない者。
最初、片付けと言ってどんなかと思っていた。
映像として飛び込んで来たのは塔。
何冊も何冊も積まれているもの。
つまり本。
新聞、雑誌はあまりない。
井門掛いもんかけ。
朝比の部屋だ。

「的屋さんというかさ」

大月麗慈おおつきれいじが言う。

出店でみせで手に入れたんだよ。さっきのライトの話だよ」

「それよりも」

と田上。

「あなたが夜遅く一人で。寺に居るというのはまあね。かろうじてご両親がまだ出ているから。しかしだ。あなたのような年齢の子供が起きている時間ではないということが」

「それは分かるけれど」

と麗慈。

「今日は今日で無視出来ないことが。沢山あるんだからさ。例えば地下の件だよ。田上さんも気になるからここにいるんでしょう」

「いや」

と田上。

「気になりはしますがね」

しおりがあるものは別として。
生祈はよく見た。
栞のないものはそもそも、栞を使ってはいないのではないかと思われた。
年代が古いもの新しいもの。
主に文庫。
力学的には倒れそうなものだがバランスを保っている。
生祈と采が相部屋となった部屋と同じに、この部屋にもちゃぶ台。
大きな脚が畳を上がりきる。
そのうち何人かの手が畳方向へ伸びた。
朝比の部屋は確かに片付いていない。

とりあえず。
あまり本の塔は崩れない。
で、そのままとりあえず崩れないならと脇に寄せ。
座る位置を確保。
香りがある。

六月に朝比さんと会った時の名刺。
彩舞音あまねがよく憶えていて、確か白檀びゃくだんだった。
香の名前だ。
今の部屋にその香りがある。
ちんまり置いてある陶器の香炉からだろう。
一輪挿し。






香炉周辺は手を付けなくてよし。
で。
いろいろ脇に寄せたら、あまり片付けるものがなくなった。
新聞を畳んで。
衣服なんかはきちんと掛けてある。
あとは座ることが出来そう。

「段ボールは小会議室に置いてありましたね」

と朝比。
この部屋へ来る前に少し見たのである。

「小会議室のほうがよかったでしょうか」

と田上。

朝比は苦笑。

「段ボールを頂けるのであれば」

「後からいろいろ詰めることにはなるでしょう。段ボールに関してはこちらで訊いておきましょう」

と田上。

麗慈。

「とりあえずお茶持ってくる。あとポテトチップスとか」

「夜食つき?」

と采は苦笑。

さて。
夜食になるのだろうか。
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