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「問」を土から見て
30.
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移動した部屋。
「取調。ではないんですか」
と賀籠六絢月咲。
自販機があり、開けている所だ。
取調室ではない。
数登珊牙、桶結千鉄。
絢月咲の向かいに座っている。
「取調というかね」
怒留湯基ノ介。
絢月咲の隣。
「いろいろ分かってきてさ。敢えて場所を移動した方がいいと思ったの」
絢月咲。
「移動して何が変わるんでしょう」
「何も変わりゃしないよ。ただ分かって来たっていうのは、全般的なことだ。いろいろ絡み合って事が起こった。安紫会に始まり。抗争に続き。いろんな人の間で事が起こったね」
「何がです」
「いろいろだよ。とぼけている?」
「いいえ」
「現にあんたは今ここに居て話をしているわけだ。あんたは本来であればね。直接関わりはないはずだ。西耒路署に巻き込まれている状況ってのには違いないね」
「あなたがたに疑われる心当たりは、何もありません」
「あんたはそう思っている。だから場所を移したらば、どうなるか。ね」
桶結。
「移したところでどうなるか。取調か否かってことくらいでしょうに」
怒留湯。
「そう急いちゃいかんよ」
「しかし」
「最初に言っておこう。絢月咲さんには取調を受けてもらうよりも。優先して欲しいことがあるんだな」
桶結は眼をぱちくり。
「優先して欲しいこと?」
「絢月咲さんの意見を訊かせて欲しい。というわけで、ここへ来てもらったよ」
「意見」
と絢月咲。
「そう。あんたらの話からまずしよう」
「あんたらって何でしょう」
「少なくとも、賀籠六絢月咲さんにはこれまで。前科というものはない。表立った活動もそう。あんたが女性であること。その外面的なものから来る印象。あんたは背が高いし俺から見ても綺麗だよ。それにアバター姿はとても人気と来た。動画でアバターとして動いている印象。全体的に悪い印象はないよね。それを売りにしているし。それでバーチャルアイドルとしてやっているからね」
絢月咲は眉をしかめる。
怒留湯。
「ただし」
と言った。
「裏であんたが何しているのかっていうのは。今まで警察に目を付けられたことはない。その前提だ。少なくとも、あんたに関しては。その前提が成り立ってしまうわけ。だが事務所単位だと話が変わって来る」
絢月咲の眼の色が変わる。
数登は怒留湯へ眼をやる。
「俺たちがこれから、あんたの事務所を調べる対象とするかもしれないから」
絢月咲。
怒留湯。
「そう。事務所単位の話になる。あんた個人の前提では、何もなさそうには見える。事務所はどうだろうね」
「捜査って。例えば今のように。一点集中に絞って行う方が。狙いが見つかりやすいんじゃありませんか。違いますか」
「事務所絡みになると自然。あんたの他にも調べる対象は増える。俺らとしてはね」
「今が一点集中で、狙いやすいのではありませんか。例えば私」
と絢月咲は言った。
「そう厭世的な顔をしないでくれる」
絢月咲。
「厭世的というか。私はここで刑事さんとお話しているだけじゃない。それが外部にも噂、雑誌、それから文面、口頭。言われているんですよ。T―Garmeが取調対象者だって」
怒留湯。
「で。あんたの事務所を調べようってなったのには。理由があるからそれなりに。ただあんたが怪しいという延長でそうなったわけじゃないのよ」
絢月咲は眉をしかめる。
桶結が言う。
「事務所単位であれば。薬物事案や盗難の件についても秘密裡に行いやすい」
怒留湯。
「だから。そう急くな。いきなりそっちに行かないで。少し待とう」
四人でテーブルを囲む。
ガラス張りの窓。
外側に見えるビルには人もちらほら。
怒留湯は隣に居た、数登へ言った。
「ちゃんとした証拠として扱うのであれば。数登さんの予想を聞いたあとで、うちとしてもきちんと。調べさせてもらうからね」
数登は肯く。
「あんたは葬儀屋だ」
「ええ」
「あんたの調べはあくまでも非公式。俺らは正式。だから俺ら刑事として扱うためなら、俺らも再度調べる。その認識はいい?」
「ええ」
「で」
「ええ。では」
数登。
「絢月咲さんに提供頂いたものがあります」
絢月咲へ言った。
「全てにおいて網羅し揃うものだとは言い切れません。数としては十分」
「十分というと」
「再度病院へ、研究の方に回して再び解析していただく。絢月咲さん、それから友葉さんの集めたぶんです」
「友葉の集めたぶん」
桶結は数登へ言った。
「黙って集めたんだな。なんで言わなかった」
「ええ。しかし入海先生や力江さんの遺体、その調査に必要なものは集める。自然とそういう機会が九十九社へ巡ってきた。その場合、僕は機会に乗りますから」
桶結は立ち上がりかけた。
硬い表情だ。だが再び腰を下ろす。
数登。
「そして解析結果が出る」
数登は振り返る。
「最初に解析の話を持って来たのは彼女です」
杵屋依杏。
彼女も来て座る。数登の隣。
スペースにいる人数は五人に増える。
絢月咲。
「あなたがた九十九社に私が依頼した件も。取調室ではないけれど。ここで私は同時に聞かれる、ということですか。既に西耒路署さんには分かられているし」
「なくし物の依頼でしょう」
と数登。
絢月咲は眉をしかめた。
「依頼は個人的なことだったのに。加えて私は今、西耒路署さんに疑われている身です。だからなくし物と言ったってまともに、取り合ってもらえない」
依杏。
「絢月咲さん。絢月咲さんは、事務所のイベントで確か警備にあたっていた人を見た。というか、そういう人たちと面識があるってご自身。仰っていましたよね」
「言ったわ」
絢月咲は依杏の手元を見る。
依杏は資料をめくる。
それぞれ紙の状態。
数登。
「絢月咲さんに、憶えがあるかどうかご確認を」
「確認。何のことでしょう」
「憶えがあるのかどうか」
絢月咲は依杏へ視線を注いだ。
「何の憶えでしょうか」
と数登へ再び尋ねる。
「あなた方は警察ではないでしょう」
「ええ。絢月咲さんに判断いただく必要があります」
「何故私が?」
怒留湯。
「第一。正確な情報を集めることすら難しいんじゃないか。疑われている人にも話を聞かなきゃ成り立たない。あんたらは葬儀屋だしな」
「ええ」
数登は言って微笑んだ。
「サンプルを調査していく上で。依杏さんと友葉さん。お世話になったのは劒物大学病院です」
「裏からまた行ったとか云いたいのか」
と怒留湯。
「いいえ」
数登はかぶりを振る。
「表からです」
「そう」
数登。
「院内に記録というものがあります」
「記録?」
言って桶結は眼をぱちくり。
怒留湯。
「そんなのどこにだってあるよ。記録なんだろう」
「残っていたのが幸い。そして、大きな病院だというのが一点」
数登は手を組んで、絢月咲を見つめた。
「お生まれは」
「え」
と絢月咲。
「何ですか急に」
「訊いているのは僕です」
絢月咲は眉をしかめた。
「お生まれはどちらで」
「大学病院は、確か」
「ええ。あなたの個人的な情報です」
「記録。それって」
「大きい病院です。利用する人も多い。というのは頭に浮かびやすい。絢月咲さんの生まれは《かずら市》」
「御存知なんですね」
数登は微笑んだ。
「今お住まいの場所は、お生まれになった所とは違う。だが元々は劒物大学病院と近かった」
「記録って」
と怒留湯。
「そうか。出生記録を」
「ええ」
「あんたはさ」
怒留湯。
「あれだよ。気になっている。拘り過ぎている。血縁だかなんだかのこと。あんたはまだ拘っている」
「違いません」
数登は苦笑した。
怒留湯。
「やっぱりな」
「さあ」
「出生記録とは言え個人情報だし。そう簡単には見られないはずだ。誰の伝手なのさ」
「アツです」
「即答か」
「ええ。伝手と言えば」
「あの人は」
怒留湯は帽子を取った。
頭をもしゃもしゃやる。
「どこにでも入り込むのな」
「軸丸さんの協力もありました。青奈さんを通していただいて」
「それで、正面か」
「ええ」
数登は絢月咲に向き直って言う。
「絢月咲さんは今疑われている。先程言いましたが、出生記録から見ていけるのは安紫会もまた同様」
怒留湯は眼をぱちくり。
「絢月咲さんが、安紫会と関わりがある証拠?」
数登はかぶりを振る。
桶結。
「出生記録なんだろう」
「ええ」
「俺らには、疑う余地が出来たことになる」
「そこは。ご判断にとしか僕には言えません」
怒留湯。
「なんだろうね。じゃあ切り口を変えよう。地元がこっちでない組員も多いだろうにさ」
「ええ」
と数登。
怒留湯。
「組員の数は多いじゃない」
「ええ。ですが僕らは内部へ深く入り込んで調査というのは難しい」
「俺たちも割と。調べるのに手を焼くのだけれど」
「ですが九十九社とは、調査能力は段違いでしょう」
「あんたのは非公式だろう」
「安紫会の全ての組員を調べることは難しい。情報が手に入りやすかった幹部クラスであれば。ただ表面上ですがね」
数登は微笑んだ。
「結論から言いましょう。少なくとも絢月咲さんに関しては、幹部クラスとの血のつながりは見当たらない」
「今姿をくらましている、若頭はどうだ」
と桶結。
「僕らの調べの効かない組員の方々。そのつながりはともかくとして。少なくとも絢月咲さんに関して」
「俺は若頭の話をしているんだが」
「ええ」
数登は桶結へ言う。
桶結は眉をしかめる。
「だがそれで。彼女が組員と関わりがないと。言い切ることが出来る状態にはならないよ」
「ええ」
数登と依杏は、手元の資料を絢月咲の前へ並べて拡げた。
「その上で。改めてお尋ねします」
絢月咲は資料へ視線を向けた。
「これは」
絢月咲は数登を見る。
「イベント会場の」
「ええ」
写真。
「行ったことがあるんでしょうか。あなた?」
数登はかぶりを振った。
「絢月咲さんご自身が出演したという。過去のイベントでのもの」
絢月咲は押し黙った。
沈黙。
やがて言った。
「一般の方の撮影でしょうか」
「ただの撮影ではありません」
「では何の撮影でしょう」
「正確に言うと写真ではなく、警備のために撮影されていた記録の一枚一枚を部分。抜き取ったもの」
絢月咲は改めて資料を見た。
依杏が言う。
「この会場。私も一度、友葉先輩とあなたと一緒に」
絢月咲は肯いた。
「そうね。あなたが、いえ友葉もだけれど、現場へ行ってなくし物に関して詳しく知りたいって言うから。結局、あの時は何の収穫もなかった」
依杏は肯いた。
絢月咲。
「イベント会場という場所の意味でしかなかったでしょう」
「そうです。でも絢月咲さんはそこでハンカチをなくされたって」
「うん」
「今のこの資料は。絢月咲さんが参加していた時のものになります」
「じゃあ、撮影はスタッフさん側ということになるわね」
「そういうことです」
絢月咲は肩をすくめた。
怒留湯。
「なくした物があるんだな。このイベント会場で。安紫会とは関係がなさそうだが」
「正真正銘ライブのイベントですから。リアルでだってイベントはやるんですから」
絢月咲は言って肩をすくめた。
「でも、アバターがどうとかまた言うんじゃない」
「そうじゃなくて」
と依杏。
「憶えがあるかどうかってことです」
依杏は更に資料を追加した。
テーブルの上は紙でいっぱい。
依杏。
「写真と、会場」
「これは」
と絢月咲。
「ちょっと待って」
顔写真だ。
「大事なことなんです。絢月咲さんの憶えがあるかどうか」
「だから……」
と絢月咲。
数登。
「資料と写真を見比べて。憶えがあるのであれば」
「私に?」
「そう動揺しないで。あなたに憶えがある場合は、お伝えすることを増やします」
数登は微笑む。
*
「解析ねえ」
歯朶尾灯。
「解析はうちの西耒路署でもやっていますよ。いろいろ。鑑識なんか特にそうですね」
「でしょうね」
軸丸書宇が言った。
「うちの病院が協力したんですがね」
「へえ」
「タダじゃなかったらしいです」
「でしょうねえ」
歯朶尾。
「解析で病院が動くんです」
「何かまあ、結果としてちゃんと解析はしました。僕がではないですよ」
「どっか研究室でしょう」
「そうですね」
歯朶尾。
「音声分野か。嘘発見器とかとはまた意味合いが違うのかな」
「そう。嘘発見器とかはあれ、身体での脈拍とかでしょう? 解析の方は音声メインに焦点を当てているんです」
「西耒路署では、あなたの言うような。導入はしていないかもしれない。検討を依頼した方がいいか」
「解析って言ってもですね。音声分析の方はまだまだ試用段階っていうものが多いんです。ただ音声認証っていうのは、日を追うごとに段階もレベルも上がっていますね。ていうのは実際に解析を行った教授の受け売りですけれどね」
「あなた薬学のほうですよね」
「そうは言っても教授の尻に敷かれています」
「女性なの?」
「とてもお強いので」
「音声分野で例えば。AI解析みたいなのもあるんですか」
と言ったのは、道羅友葉。
軸丸。
「あるかもしれないな。最近はAIの方も試用試用の連続だし。どんどん出て来ているものね」
「新しいのがね」
言って歯朶尾は肩をすくめる。
「でさあ」
依杏へジト目を向ける歯朶尾。
「あんたらは所構わず収集したわけだろう。データをさ」
依杏は肩をすくめた。
「言い方ひどくありませんか」
「そうだよ。でも事実そうじゃないか」
依杏は赤くなった。
「調査ではっきりさせたい部分は。西耒路署さんでも多かったのではないですか」
「そりゃあね。でもまあ安紫会の伊豆蔵が? 今は全くの別人だったっていうのが判明して」
軸丸の手元を覗く歯朶尾。
安紫会から押収した武器類は、今回は割と少な目だった。
以前に押収した武器類は、そのままになっている。
主に鑑識が占領している部屋である。
「生きている若頭とそうでない若頭。俺が鑑定したのは後者の方の頭蓋骨だったわけ」
歯朶尾。
「その頭蓋骨に何か痕跡でも残っていればもう少し。薬物の結果とかにも早く辿り着けたかもしれない」
「取調。ではないんですか」
と賀籠六絢月咲。
自販機があり、開けている所だ。
取調室ではない。
数登珊牙、桶結千鉄。
絢月咲の向かいに座っている。
「取調というかね」
怒留湯基ノ介。
絢月咲の隣。
「いろいろ分かってきてさ。敢えて場所を移動した方がいいと思ったの」
絢月咲。
「移動して何が変わるんでしょう」
「何も変わりゃしないよ。ただ分かって来たっていうのは、全般的なことだ。いろいろ絡み合って事が起こった。安紫会に始まり。抗争に続き。いろんな人の間で事が起こったね」
「何がです」
「いろいろだよ。とぼけている?」
「いいえ」
「現にあんたは今ここに居て話をしているわけだ。あんたは本来であればね。直接関わりはないはずだ。西耒路署に巻き込まれている状況ってのには違いないね」
「あなたがたに疑われる心当たりは、何もありません」
「あんたはそう思っている。だから場所を移したらば、どうなるか。ね」
桶結。
「移したところでどうなるか。取調か否かってことくらいでしょうに」
怒留湯。
「そう急いちゃいかんよ」
「しかし」
「最初に言っておこう。絢月咲さんには取調を受けてもらうよりも。優先して欲しいことがあるんだな」
桶結は眼をぱちくり。
「優先して欲しいこと?」
「絢月咲さんの意見を訊かせて欲しい。というわけで、ここへ来てもらったよ」
「意見」
と絢月咲。
「そう。あんたらの話からまずしよう」
「あんたらって何でしょう」
「少なくとも、賀籠六絢月咲さんにはこれまで。前科というものはない。表立った活動もそう。あんたが女性であること。その外面的なものから来る印象。あんたは背が高いし俺から見ても綺麗だよ。それにアバター姿はとても人気と来た。動画でアバターとして動いている印象。全体的に悪い印象はないよね。それを売りにしているし。それでバーチャルアイドルとしてやっているからね」
絢月咲は眉をしかめる。
怒留湯。
「ただし」
と言った。
「裏であんたが何しているのかっていうのは。今まで警察に目を付けられたことはない。その前提だ。少なくとも、あんたに関しては。その前提が成り立ってしまうわけ。だが事務所単位だと話が変わって来る」
絢月咲の眼の色が変わる。
数登は怒留湯へ眼をやる。
「俺たちがこれから、あんたの事務所を調べる対象とするかもしれないから」
絢月咲。
怒留湯。
「そう。事務所単位の話になる。あんた個人の前提では、何もなさそうには見える。事務所はどうだろうね」
「捜査って。例えば今のように。一点集中に絞って行う方が。狙いが見つかりやすいんじゃありませんか。違いますか」
「事務所絡みになると自然。あんたの他にも調べる対象は増える。俺らとしてはね」
「今が一点集中で、狙いやすいのではありませんか。例えば私」
と絢月咲は言った。
「そう厭世的な顔をしないでくれる」
絢月咲。
「厭世的というか。私はここで刑事さんとお話しているだけじゃない。それが外部にも噂、雑誌、それから文面、口頭。言われているんですよ。T―Garmeが取調対象者だって」
怒留湯。
「で。あんたの事務所を調べようってなったのには。理由があるからそれなりに。ただあんたが怪しいという延長でそうなったわけじゃないのよ」
絢月咲は眉をしかめる。
桶結が言う。
「事務所単位であれば。薬物事案や盗難の件についても秘密裡に行いやすい」
怒留湯。
「だから。そう急くな。いきなりそっちに行かないで。少し待とう」
四人でテーブルを囲む。
ガラス張りの窓。
外側に見えるビルには人もちらほら。
怒留湯は隣に居た、数登へ言った。
「ちゃんとした証拠として扱うのであれば。数登さんの予想を聞いたあとで、うちとしてもきちんと。調べさせてもらうからね」
数登は肯く。
「あんたは葬儀屋だ」
「ええ」
「あんたの調べはあくまでも非公式。俺らは正式。だから俺ら刑事として扱うためなら、俺らも再度調べる。その認識はいい?」
「ええ」
「で」
「ええ。では」
数登。
「絢月咲さんに提供頂いたものがあります」
絢月咲へ言った。
「全てにおいて網羅し揃うものだとは言い切れません。数としては十分」
「十分というと」
「再度病院へ、研究の方に回して再び解析していただく。絢月咲さん、それから友葉さんの集めたぶんです」
「友葉の集めたぶん」
桶結は数登へ言った。
「黙って集めたんだな。なんで言わなかった」
「ええ。しかし入海先生や力江さんの遺体、その調査に必要なものは集める。自然とそういう機会が九十九社へ巡ってきた。その場合、僕は機会に乗りますから」
桶結は立ち上がりかけた。
硬い表情だ。だが再び腰を下ろす。
数登。
「そして解析結果が出る」
数登は振り返る。
「最初に解析の話を持って来たのは彼女です」
杵屋依杏。
彼女も来て座る。数登の隣。
スペースにいる人数は五人に増える。
絢月咲。
「あなたがた九十九社に私が依頼した件も。取調室ではないけれど。ここで私は同時に聞かれる、ということですか。既に西耒路署さんには分かられているし」
「なくし物の依頼でしょう」
と数登。
絢月咲は眉をしかめた。
「依頼は個人的なことだったのに。加えて私は今、西耒路署さんに疑われている身です。だからなくし物と言ったってまともに、取り合ってもらえない」
依杏。
「絢月咲さん。絢月咲さんは、事務所のイベントで確か警備にあたっていた人を見た。というか、そういう人たちと面識があるってご自身。仰っていましたよね」
「言ったわ」
絢月咲は依杏の手元を見る。
依杏は資料をめくる。
それぞれ紙の状態。
数登。
「絢月咲さんに、憶えがあるかどうかご確認を」
「確認。何のことでしょう」
「憶えがあるのかどうか」
絢月咲は依杏へ視線を注いだ。
「何の憶えでしょうか」
と数登へ再び尋ねる。
「あなた方は警察ではないでしょう」
「ええ。絢月咲さんに判断いただく必要があります」
「何故私が?」
怒留湯。
「第一。正確な情報を集めることすら難しいんじゃないか。疑われている人にも話を聞かなきゃ成り立たない。あんたらは葬儀屋だしな」
「ええ」
数登は言って微笑んだ。
「サンプルを調査していく上で。依杏さんと友葉さん。お世話になったのは劒物大学病院です」
「裏からまた行ったとか云いたいのか」
と怒留湯。
「いいえ」
数登はかぶりを振る。
「表からです」
「そう」
数登。
「院内に記録というものがあります」
「記録?」
言って桶結は眼をぱちくり。
怒留湯。
「そんなのどこにだってあるよ。記録なんだろう」
「残っていたのが幸い。そして、大きな病院だというのが一点」
数登は手を組んで、絢月咲を見つめた。
「お生まれは」
「え」
と絢月咲。
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「訊いているのは僕です」
絢月咲は眉をしかめた。
「お生まれはどちらで」
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「ええ。あなたの個人的な情報です」
「記録。それって」
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「御存知なんですね」
数登は微笑んだ。
「今お住まいの場所は、お生まれになった所とは違う。だが元々は劒物大学病院と近かった」
「記録って」
と怒留湯。
「そうか。出生記録を」
「ええ」
「あんたはさ」
怒留湯。
「あれだよ。気になっている。拘り過ぎている。血縁だかなんだかのこと。あんたはまだ拘っている」
「違いません」
数登は苦笑した。
怒留湯。
「やっぱりな」
「さあ」
「出生記録とは言え個人情報だし。そう簡単には見られないはずだ。誰の伝手なのさ」
「アツです」
「即答か」
「ええ。伝手と言えば」
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怒留湯は帽子を取った。
頭をもしゃもしゃやる。
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「それで、正面か」
「ええ」
数登は絢月咲に向き直って言う。
「絢月咲さんは今疑われている。先程言いましたが、出生記録から見ていけるのは安紫会もまた同様」
怒留湯は眼をぱちくり。
「絢月咲さんが、安紫会と関わりがある証拠?」
数登はかぶりを振る。
桶結。
「出生記録なんだろう」
「ええ」
「俺らには、疑う余地が出来たことになる」
「そこは。ご判断にとしか僕には言えません」
怒留湯。
「なんだろうね。じゃあ切り口を変えよう。地元がこっちでない組員も多いだろうにさ」
「ええ」
と数登。
怒留湯。
「組員の数は多いじゃない」
「ええ。ですが僕らは内部へ深く入り込んで調査というのは難しい」
「俺たちも割と。調べるのに手を焼くのだけれど」
「ですが九十九社とは、調査能力は段違いでしょう」
「あんたのは非公式だろう」
「安紫会の全ての組員を調べることは難しい。情報が手に入りやすかった幹部クラスであれば。ただ表面上ですがね」
数登は微笑んだ。
「結論から言いましょう。少なくとも絢月咲さんに関しては、幹部クラスとの血のつながりは見当たらない」
「今姿をくらましている、若頭はどうだ」
と桶結。
「僕らの調べの効かない組員の方々。そのつながりはともかくとして。少なくとも絢月咲さんに関して」
「俺は若頭の話をしているんだが」
「ええ」
数登は桶結へ言う。
桶結は眉をしかめる。
「だがそれで。彼女が組員と関わりがないと。言い切ることが出来る状態にはならないよ」
「ええ」
数登と依杏は、手元の資料を絢月咲の前へ並べて拡げた。
「その上で。改めてお尋ねします」
絢月咲は資料へ視線を向けた。
「これは」
絢月咲は数登を見る。
「イベント会場の」
「ええ」
写真。
「行ったことがあるんでしょうか。あなた?」
数登はかぶりを振った。
「絢月咲さんご自身が出演したという。過去のイベントでのもの」
絢月咲は押し黙った。
沈黙。
やがて言った。
「一般の方の撮影でしょうか」
「ただの撮影ではありません」
「では何の撮影でしょう」
「正確に言うと写真ではなく、警備のために撮影されていた記録の一枚一枚を部分。抜き取ったもの」
絢月咲は改めて資料を見た。
依杏が言う。
「この会場。私も一度、友葉先輩とあなたと一緒に」
絢月咲は肯いた。
「そうね。あなたが、いえ友葉もだけれど、現場へ行ってなくし物に関して詳しく知りたいって言うから。結局、あの時は何の収穫もなかった」
依杏は肯いた。
絢月咲。
「イベント会場という場所の意味でしかなかったでしょう」
「そうです。でも絢月咲さんはそこでハンカチをなくされたって」
「うん」
「今のこの資料は。絢月咲さんが参加していた時のものになります」
「じゃあ、撮影はスタッフさん側ということになるわね」
「そういうことです」
絢月咲は肩をすくめた。
怒留湯。
「なくした物があるんだな。このイベント会場で。安紫会とは関係がなさそうだが」
「正真正銘ライブのイベントですから。リアルでだってイベントはやるんですから」
絢月咲は言って肩をすくめた。
「でも、アバターがどうとかまた言うんじゃない」
「そうじゃなくて」
と依杏。
「憶えがあるかどうかってことです」
依杏は更に資料を追加した。
テーブルの上は紙でいっぱい。
依杏。
「写真と、会場」
「これは」
と絢月咲。
「ちょっと待って」
顔写真だ。
「大事なことなんです。絢月咲さんの憶えがあるかどうか」
「だから……」
と絢月咲。
数登。
「資料と写真を見比べて。憶えがあるのであれば」
「私に?」
「そう動揺しないで。あなたに憶えがある場合は、お伝えすることを増やします」
数登は微笑む。
*
「解析ねえ」
歯朶尾灯。
「解析はうちの西耒路署でもやっていますよ。いろいろ。鑑識なんか特にそうですね」
「でしょうね」
軸丸書宇が言った。
「うちの病院が協力したんですがね」
「へえ」
「タダじゃなかったらしいです」
「でしょうねえ」
歯朶尾。
「解析で病院が動くんです」
「何かまあ、結果としてちゃんと解析はしました。僕がではないですよ」
「どっか研究室でしょう」
「そうですね」
歯朶尾。
「音声分野か。嘘発見器とかとはまた意味合いが違うのかな」
「そう。嘘発見器とかはあれ、身体での脈拍とかでしょう? 解析の方は音声メインに焦点を当てているんです」
「西耒路署では、あなたの言うような。導入はしていないかもしれない。検討を依頼した方がいいか」
「解析って言ってもですね。音声分析の方はまだまだ試用段階っていうものが多いんです。ただ音声認証っていうのは、日を追うごとに段階もレベルも上がっていますね。ていうのは実際に解析を行った教授の受け売りですけれどね」
「あなた薬学のほうですよね」
「そうは言っても教授の尻に敷かれています」
「女性なの?」
「とてもお強いので」
「音声分野で例えば。AI解析みたいなのもあるんですか」
と言ったのは、道羅友葉。
軸丸。
「あるかもしれないな。最近はAIの方も試用試用の連続だし。どんどん出て来ているものね」
「新しいのがね」
言って歯朶尾は肩をすくめる。
「でさあ」
依杏へジト目を向ける歯朶尾。
「あんたらは所構わず収集したわけだろう。データをさ」
依杏は肩をすくめた。
「言い方ひどくありませんか」
「そうだよ。でも事実そうじゃないか」
依杏は赤くなった。
「調査ではっきりさせたい部分は。西耒路署さんでも多かったのではないですか」
「そりゃあね。でもまあ安紫会の伊豆蔵が? 今は全くの別人だったっていうのが判明して」
軸丸の手元を覗く歯朶尾。
安紫会から押収した武器類は、今回は割と少な目だった。
以前に押収した武器類は、そのままになっている。
主に鑑識が占領している部屋である。
「生きている若頭とそうでない若頭。俺が鑑定したのは後者の方の頭蓋骨だったわけ」
歯朶尾。
「その頭蓋骨に何か痕跡でも残っていればもう少し。薬物の結果とかにも早く辿り着けたかもしれない」
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遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。
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島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。
工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。
伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。
島津守… 良子の父親。
島津佐奈…良子の母親。
島津孝之…良子の祖父。守の父親。
島津香菜…良子の祖母。守の母親。
進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。
桂恵… 整形外科医。伊藤一正の同級生。
秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。
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パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
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サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ミステリH
hamiru
ミステリー
ハミルは一通のLOVE LETTERを拾った
アパートのドア前のジベタ
"好きです"
礼を言わねば
恋の犯人探しが始まる
*重複投稿
小説家になろう・カクヨム・NOVEL DAYS
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アルバートの屈辱
プラネットプラント
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妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
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