推測と仮眠と

六弥太オロア

文字の大きさ
上 下
52 / 136
  「問」を土から見て

30.

しおりを挟む
移動した部屋。

「取調。ではないんですか」

賀籠六絢月咲かごろくあがさ

自販機があり、ひらけている所だ。
取調室ではない。
数登珊牙すとうさんが桶結千鉄おけゆいちかね
絢月咲あがさの向かいに座っている。

「取調というかね」

怒留湯基ノ介ぬるゆきのすけ
絢月咲の隣。

「いろいろ分かってきてさ。えて場所を移動したほうがいいと思ったの」

絢月咲。

「移動して何が変わるんでしょう」

「何も変わりゃしないよ。ただ分かって来たっていうのは、全般的なことだ。いろいろ絡み合って事が起こった。安紫あんじ会に始まり。抗争に続き。いろんな人の間で事が起こったね」

「何がです」

「いろいろだよ。とぼけている?」

「いいえ」

「現にあんたは今ここに居て話をしているわけだ。あんたは本来であればね。直接関わりはないはずだ。西耒路さいらいじ署に巻き込まれている状況ってのには違いないね」

「あなたがたに疑われる心当たりは、何もありません」

「あんたはそう思っている。だから場所を移したらば、どうなるか。ね」

桶結おけゆい

「移したところでどうなるか。取調かいなかってことくらいでしょうに」

怒留湯。

「そういちゃいかんよ」

「しかし」

「最初に言っておこう。絢月咲さんには取調を受けてもらうよりも。優先して欲しいことがあるんだな」

桶結は眼をぱちくり。

「優先して欲しいこと?」

「絢月咲さんの意見をかせて欲しい。というわけで、ここへ来てもらったよ」

「意見」

と絢月咲。

「そう。あんたらの話からまずしよう」

「あんたらってなんでしょう」

「少なくとも、賀籠六絢月咲かごろくあがささんにはこれまで。前科というものはない。表立った活動もそう。あんたが女性であること。その外面的なものから来る印象。あんたは背が高いし俺から見ても綺麗だよ。それにアバター姿はとても人気と来た。動画でアバターとして動いている印象。全体的に悪い印象はないよね。それを売りにしているし。それでバーチャルアイドルとしてやっているからね」

絢月咲は眉をしかめる。

怒留湯。

「ただし」

と言った。

「裏であんたが何しているのかっていうのは。今まで警察に目を付けられたことはない。その前提だ。少なくとも、あんたに関しては。その前提が成り立ってしまうわけ。だが事務所単位だと話が変わって来る」

絢月咲の眼の色が変わる。
数登すとうは怒留湯へ眼をやる。

「俺たちがこれから、あんたの事務所を調べる対象とするかもしれないから」

絢月咲。

怒留湯。

「そう。事務所単位の話になる。あんた個人の前提では、何もなさそうには見える。事務所はどうだろうね」

「捜査って。例えば今のように。一点集中に絞って行う方が。狙いが見つかりやすいんじゃありませんか。違いますか」

「事務所がらみになると自然。あんたの他にも調べる対象は増える。俺らとしてはね」

「今が一点集中で、狙いやすいのではありませんか。例えば私」

と絢月咲は言った。

「そう厭世的な顔をしないでくれる」

絢月咲。

「厭世的というか。私はここで刑事さんとお話しているだけじゃない。それが外部にも噂、雑誌、それから文面、口頭。言われているんですよ。T―Garmeティー・ガルメが取調対象者だって」

怒留湯。

「で。あんたの事務所を調べようってなったのには。理由があるからそれなりに。ただあんたが怪しいという延長でそうなったわけじゃないのよ」

絢月咲は眉をしかめる。

桶結が言う。

「事務所単位であれば。薬物事案や盗難の件についても秘密に行いやすい」

怒留湯。

「だから。そう急くな。いきなりそっちに行かないで。少し待とう」

四人でテーブルを囲む。
ガラス張りの窓。
外側に見えるビルには人もちらほら。
怒留湯は隣に居た、数登へ言った。

「ちゃんとした証拠として扱うのであれば。数登さんの予想を聞いたあとで、うちとしてもきちんと。調べさせてもらうからね」

数登は肯く。

「あんたは葬儀屋だ」

「ええ」

「あんたの調べはあくまでも非公式。俺らは正式。だから俺ら刑事として扱うためなら、俺らも再度調べる。その認識はいい?」

「ええ」

「で」

「ええ。では」

数登。

「絢月咲さんに提供頂いたものがあります」

絢月咲へ言った。

「全てにおいて網羅し揃うものだとは言い切れません。数としては十分」

「十分というと」

「再度病院へ、研究の方に回して再び解析していただく。絢月咲さん、それから友葉さんの集めたぶんです」

「友葉の集めたぶん」

桶結は数登へ言った。

「黙って集めたんだな。なんで言わなかった」

「ええ。しかし入海いりうみ先生や力江りきえさんの遺体、その調査に必要なものは集める。自然とそういう機会が九十九つくも社へ巡ってきた。その場合、僕は機会に乗りますから」

桶結は立ち上がりかけた。
硬い表情だ。だが再び腰を下ろす。

数登。

「そして解析結果が出る」

数登は振り返る。

「最初に解析の話を持って来たのは彼女です」

杵屋依杏きねやいあ
彼女も来て座る。数登の隣。
スペースにいる人数は五人に増える。

絢月咲。

「あなたがた九十九社に私が依頼した件も。取調室ではないけれど。ここで私は同時に聞かれる、ということですか。既に西耒路署さんには分かられているし」

「なくし物の依頼でしょう」

と数登。

絢月咲は眉をしかめた。

「依頼は個人的なことだったのに。加えて私は今、西耒路署さんに疑われている身です。だからなくしものと言ったってまともに、取り合ってもらえない」

依杏。

「絢月咲さん。絢月咲さんは、事務所のイベントで確か警備にあたっていた人を見た。というか、そういう人たちと面識があるってご自身。おっしゃっていましたよね」

「言ったわ」

絢月咲は依杏の手元を見る。
依杏は資料をめくる。
それぞれ紙の状態。

数登。

「絢月咲さんに、憶えがあるかどうかご確認を」

「確認。なんのことでしょう」

「憶えがあるのかどうか」

絢月咲は依杏へ視線を注いだ。

「何の憶えでしょうか」

と数登へ再び尋ねる。

「あなたがたは警察ではないでしょう」

「ええ。絢月咲さんに判断いただく必要があります」

「何故私が?」

怒留湯。

「第一。正確な情報を集めることすら難しいんじゃないか。疑われている人にも話を聞かなきゃ成り立たない。あんたらは葬儀屋だしな」

「ええ」

数登は言って微笑んだ。

「サンプルを調査していく上で。依杏さんと友葉さん。お世話になったのは劒物けんもつ大学病院です」

「裏からまた行ったとかいたいのか」

と怒留湯。

「いいえ」

数登はかぶりを振る。

おもてからです」

「そう」

数登。

「院内に記録というものがあります」

「記録?」

言って桶結は眼をぱちくり。

怒留湯。

「そんなのどこにだってあるよ。記録なんだろう」

「残っていたのが幸い。そして、大きな病院だというのが一点」

数登は手を組んで、絢月咲を見つめた。

「お生まれは」

「え」

と絢月咲。

「何ですか急に」

いているのは僕です」

絢月咲は眉をしかめた。

「お生まれはどちらで」

「大学病院は、確か」

「ええ。あなたの個人的な情報です」

「記録。それって」

「大きい病院です。利用する人も多い。というのは頭に浮かびやすい。絢月咲さんの生まれは《かずら市》」

「御存知なんですね」

数登は微笑んだ。

いまお住まいの場所は、お生まれになった所とは違う。だが元々は劒物大学病院と近かった」

「記録って」

と怒留湯。

「そうか。出生記録を」

「ええ」

「あんたはさ」

怒留湯。

「あれだよ。気になっている。こだわり過ぎている。血縁だかなんだかのこと。あんたはまだ拘っている」

「違いません」

数登は苦笑した。

怒留湯。

「やっぱりな」

「さあ」

「出生記録とは言え個人情報だし。そう簡単には見られないはずだ。誰の伝手なのさ」

「アツです」

「即答か」

「ええ。伝手と言えば」

「あの人は」

怒留湯は帽子を取った。
頭をもしゃもしゃやる。

「どこにでも入り込むのな」

軸丸じくまるさんの協力もありました。青奈あおなさんを通していただいて」

「それで、正面か」

「ええ」

数登は絢月咲に向き直って言う。

「絢月咲さんは今疑われている。先程さきほど言いましたが、出生記録から見ていけるのは安紫あんじ会もまた同様」

怒留湯は眼をぱちくり。

「絢月咲さんが、安紫会と関わりがある証拠?」

数登はかぶりを振る。

桶結。

「出生記録なんだろう」

「ええ」

「俺らには、疑う余地が出来たことになる」

「そこは。ご判断にとしか僕には言えません」

怒留湯。

「なんだろうね。じゃあ切り口を変えよう。地元がこっちでない組員も多いだろうにさ」

「ええ」

と数登。

怒留湯。

「組員の数は多いじゃない」

「ええ。ですが僕らは内部へ深く入り込んで調査というのは難しい」

「俺たちも割と。調べるのに手を焼くのだけれど」

「ですが九十九つくも社とは、調査能力は段違いでしょう」

「あんたのは非公式だろう」

「安紫会の全ての組員を調べることは難しい。情報が手に入りやすかった幹部クラスであれば。ただ表面上ですがね」

数登は微笑んだ。

「結論から言いましょう。少なくとも絢月咲さんに関しては、幹部クラスとの血のつながりは見当たらない」

いま姿をくらましている、若頭わかがしらはどうだ」

と桶結。

「僕らの調べの効かない組員の方々。そのつながりはともかくとして。少なくとも絢月咲さんに関して」

「俺は若頭の話をしているんだが」

「ええ」

数登は桶結へ言う。

桶結は眉をしかめる。

「だがそれで。彼女が組員と関わりがないと。言い切ることが出来る状態にはならないよ」

「ええ」

数登と依杏は、手元の資料を絢月咲の前へ並べて拡げた。

「その上で。改めてお尋ねします」

絢月咲は資料へ視線を向けた。

「これは」

絢月咲は数登を見る。

「イベント会場の」

「ええ」

写真。

「行ったことがあるんでしょうか。あなた?」

数登はかぶりを振った。

「絢月咲さんご自身が出演したという。過去のイベントでのもの」

絢月咲は押し黙った。
沈黙。
やがて言った。

「一般のかたの撮影でしょうか」

「ただの撮影ではありません」

「では何の撮影でしょう」

「正確に言うと写真ではなく、警備のために撮影されていた記録の一枚一枚を部分。抜き取ったもの」

絢月咲は改めて資料を見た。

依杏が言う。

「この会場。私も一度、友葉ともは先輩とあなたと一緒に」

絢月咲は肯いた。

「そうね。あなたが、いえ友葉もだけれど、現場へ行ってなくしものに関して詳しく知りたいって言うから。結局、あの時はなんの収穫もなかった」

依杏はうなずいた。

絢月咲。

「イベント会場という場所の意味でしかなかったでしょう」

「そうです。でも絢月咲さんはそこでハンカチをなくされたって」

「うん」

「今のこの資料は。絢月咲さんが参加していた時のものになります」

「じゃあ、撮影はスタッフさん側ということになるわね」

「そういうことです」

絢月咲は肩をすくめた。

怒留湯。

「なくした物があるんだな。このイベント会場で。安紫会とは関係がなさそうだが」

「正真正銘ライブのイベントですから。リアルでだってイベントはやるんですから」

絢月咲は言って肩をすくめた。

「でも、アバターがどうとかまた言うんじゃない」

「そうじゃなくて」

と依杏。

「憶えがあるかどうかってことです」

依杏は更に資料を追加した。
テーブルの上は紙でいっぱい。

依杏。

「写真と、会場」

「これは」

と絢月咲。

「ちょっと待って」

顔写真だ。

「大事なことなんです。絢月咲さんの憶えがあるかどうか」

「だから……」

と絢月咲。

数登。

「資料と写真を見比べて。憶えがあるのであれば」

「私に?」

「そう動揺しないで。あなたに憶えがある場合は、お伝えすることを増やします」

数登は微笑む。













「解析ねえ」

歯朶尾灯しだおあかし

「解析はうちの西耒路さいらいじ署でもやっていますよ。いろいろ。鑑識なんか特にそうですね」

「でしょうね」

軸丸書宇じくまるしょうが言った。

「うちの病院が協力したんですがね」

「へえ」

「タダじゃなかったらしいです」

「でしょうねえ」

歯朶尾。

「解析で病院が動くんです」

「何かまあ、結果としてちゃんと解析はしました。僕がではないですよ」

「どっか研究室でしょう」

「そうですね」

歯朶尾。

「音声分野か。嘘発見器とかとはまた意味合いが違うのかな」

「そう。嘘発見器とかはあれ、身体からだでの脈拍とかでしょう? 解析のほうは音声メインに焦点を当てているんです」

「西耒路署では、あなたの言うような。導入はしていないかもしれない。検討を依頼した方がいいか」

「解析って言ってもですね。音声分析の方はまだまだ試用段階っていうものが多いんです。ただ音声認証っていうのは、日を追うごとに段階もレベルも上がっていますね。ていうのは実際に解析を行った教授の受け売りですけれどね」

「あなた薬学のほうですよね」

「そうは言っても教授の尻に敷かれています」

「女性なの?」

「とてもお強いので」

「音声分野で例えば。AI解析みたいなのもあるんですか」

と言ったのは、道羅友葉どうらともは

軸丸。

「あるかもしれないな。最近はAIの方も試用試用の連続だし。どんどん出て来ているものね」

「新しいのがね」

言って歯朶尾は肩をすくめる。

「でさあ」

依杏へジト目を向ける歯朶尾。

「あんたらは所構わず収集したわけだろう。データをさ」

依杏は肩をすくめた。

「言い方ひどくありませんか」

「そうだよ。でも事実そうじゃないか」

依杏は赤くなった。

「調査ではっきりさせたい部分は。西耒路署さんでも多かったのではないですか」

「そりゃあね。でもまあ安紫会の伊豆蔵いずくらが? 今は全くの別人だったっていうのが判明して」

軸丸の手元を覗く歯朶尾。

安紫会から押収した武器類は、今回は割と少な目だった。
以前に押収した武器類は、そのままになっている。
主に鑑識が占領している部屋である。

「生きている若頭わかがしらとそうでない若頭。俺が鑑定したのは後者の方の頭蓋骨だったわけ」

歯朶尾。

「その頭蓋骨に何か痕跡でも残っていればもう少し。薬物の結果とかにも早く辿り着けたかもしれない」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ミステリH

hamiru
ミステリー
ハミルは一通のLOVE LETTERを拾った アパートのドア前のジベタ "好きです" 礼を言わねば 恋の犯人探しが始まる *重複投稿 小説家になろう・カクヨム・NOVEL DAYS Instagram・TikTok・Youtube ・ブログ Ameba・note・はてな・goo・Jetapck・livedoor

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...