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「問」を土から見て
25.
しおりを挟む「あんたの言うDNA鑑定の結果だが」
怒留湯基ノ介は数登珊牙へ言った。
「そろそろ話していいんじゃないの。それとも俺らから、今この場で嬢ちゃん二名に話すかい?」
桶結千鉄も一緒である。
DNA鑑定の結果は既に出ている。
数登と怒留湯たちは、既に知っている事項だ。
知らないのは杵屋依杏と八重嶌郁伽の二人。
そして個人的に数登の調査に関わる人々。
数登自身が知らせていない。
怒留湯は続けて言った。
「あんまり。あんたはうちの署内で、大声を出さない方がいい。特にあんたはな」
数登は怒留湯を見つめた。
依杏は首を傾げた。
怒留湯。
「で。俺らがここに来たのは、DNA鑑定の結果が云々とか。それがメインではないんだ。そっちはついで。あんたらは今三人で署にいる。だから折角なので、この際来て欲しい所がある」
「来て欲しい所とは」
依杏は怒留湯へ尋ねた。
「ですから」
数登はそう言い添えた。
「ディアは劒物大学病院に行って賢明だった」
依杏は言われて、ただただポカンとしていた。
怒留湯が数登に言った。
「今は、あんたらは署にいることを忘れるなよ」
「ええ」
*
組関係者の話だ。
何かを埋め込む。
何かを嵌める。
あるいは描く。
自分自身の身体へ。
組関係者。
今は、全ての組関係者が、というわけではないかもしれない。
何かを埋め込み、何かを嵌め込み、何かを描く。
それは自らの身体表面、例えば皮膚ギリギリであったり、その体内だったり。
例えば、背中から手先や足先にかけての刺青。
手先足先までの刺青というのは、今の時代は難しいかもしれない。
刺青の多く、特に組関係者の彫るもの。
背中であれば昇り龍。
あるいは唐獅子、あるいは武士。
背中へ一面の刺青。
赤と緑のコントラスト。
赤と緑に限らないが、刺青というのは鮮やかなものが多い。
何かを嵌め込み、自らの身体に対する象徴とする場合。
刺青とは違い身体の、その一部へ嵌め込む。
象徴という意味合いではなく、それは誰かに対する証の場合もある。
刺青は身体への彫り込みかつ、何かを描くものだ。
刺青を身体へ刺しこむその段階で、通常の身体とは異なったものへ移ろっていく。
それは表面部分に限った話になるかもしれない。
ただ、刺しこむ当人にとっては表面上に限った話ではない。
通常ではないものを身体へ埋め込むことで、それに際して受ける痛みがある。
それも通常の生活では感じることのないものだ。
刺しこむ過程だけに存在する痛みである。
青。
依杏は、鮫淵柊翠の刺青が青い色であるのを知っていた。
実際に安紫会の事務所で、鮫淵を見たからだ。
そして依杏は、数登が受けた依頼に掛かる頭蓋骨も見ていた。
頭蓋骨で言えば、その奥に通常ではないものがあった。
埋め込まれていたものはサファイア。
郁伽もそれは見ていた。
「一点。僕が安紫会の若頭に聞いた話。そこにヒントがありました。仲間割れが多かったという点」
数登はそう言った。
「それが、あんたの言った答え合わせとやらへ、続く内容なの」
怒留湯は、助手席から質問を投げる。
「ええまあ」
数登。
怒留湯は言う。
「で?」
車内。
捜査車両だ。
一応普通の車で、色は黒。
依杏には車種がよく分からない。
とにかく押し込まれて、三人で座っている。
その他は刑事二人だ。
数登と依杏と郁伽は後部座席。怒留湯は助手席。
桶結が運転している。
「それで。というか車に押し込んでおいて悪いけれど」
怒留湯は頭を掻いた。
「今からどこへ行くか。説明しておいた方がいいかな」
「大体、予想はつきます」
と数登。
「そうかい。残念ながら犯人のところへ、行くんじゃあない」
怒留湯は少々不機嫌な様子で言った。
「じゃ、じゃあやっぱり」
「事件のところ」
依杏と郁伽は顔を見合わせる。
数登は言った。
「次」
「次ですか」
依杏は言ってポカン。
「ええ。少々の答え合わせを。その次です」
「はい」
「ディア、いえ杵屋依杏さんの一存。意外にも的を得ていたという点です」
「やっぱり、あんたが西耒路署で大声を出さないことを祈る」
怒留湯はツッコんだ。
「今は車内ですがね」
桶結も言った。
「それは分かっている」
「焦らすなと言いたい」
「そうだよ」
「ですがどうせゆっくりですよ」
「そうだな」
スピードが出る。
数登は運転が荒い。
だが今運転している桶結は、アクセルを踏むのが静かだった。
運転に、荒いところは微塵も見当たらないのだ。
スピードが上がっても、あまり勢いに影響が出ない。
車線へ入る滑らかさ。
数登の運転は少なからず、タイヤの擦りにも影響は多いだろう。
だが桶結の運転は滑らかなのだ。
依杏は、珊牙さんの運転とはえらい違いだなあと思っていた。
外の景色に加速が加わり、速度のついた車。
滑らかさと速度の加速で、通り越してぐんぐんと景色が変わる。
前方を見据える桶結。依杏は斜め後ろから見つめていた。
それから窓外を見た。
信号ギリギリで、次の車線へ滑り込む。
「署内でも。大声は出さないつもりです」
数登は言った。
「三点目。安紫会は組です」
安紫会は、ずばり組である。
安紫会は西耒路署の管轄内にある。
実際にはマル暴でない、怒留湯と桶結も気にしている組だ。
屋敷の事務所を構え、人数は多く部屋住みも多い組として知られる。
一方で管轄ではないが、西耒路署も注視しているのが阿麻橘組。
後者については、西耒路署側として他の署と連携を取る必要がある。
最初開けていた道は、どんどん小道に入ってくる。
建物は少なくなった。
山道の入口のような場所に出た。
数登が言った「三点目」。
正直、それはそうだろうとしか、依杏には言いようがない。
だが二点目はどういう意味だったのだろう。
少々の考えがいるのは二点目だ。
あとは何の変哲もないように、依杏には思えた。
一点、二点、三点。
車内では口数が減る。
その間も車は走る。
スピードは落ちていく。
少し道が悪くなった。
何の変哲もないポイント?
何か変哲はある?
依杏は車内を見回した。
少ないというよりも、誰彼全員自分の中で考えている様子だった。
依杏としては、裏からの正面突破で行った劒物大学病院のことがある。
そこだけは自分でも一工夫した部分だったのだ。
何しろ、表からの医師直撃ではなく、更に解析への協力を申し出たためだ。
「どうする?」
怒留湯がそう言った。
「大分ここからは道が狭そうだな」
「行けるところまで行きましょう」
と桶結。
「だが我々の考え得る以上であれば、そこからは徒歩ですね」
「先に誰か行っているの? 捜査員」
「俺としては場所だけ聞いたので。今の道の先としてはあまり」
「誰かしら行っているのはそうなんだね」
「ええ。状況が状況ですから」
「なら車で行けないこともないだろう」
「ええ。行けるところまで、ですがね」
「あんたらはどうする?」
怒留湯は、助手席から振り返って言った。
座席の後部に、数登と依杏と郁伽。
「数登さん、三点の続きは今聞ける?」
「ええ」
数登は微笑む。
「安紫会は組です。実際僕らも事務所に伺いました」
「うん」
「僕らが怒留湯さんたちへお渡しして、鑑定いただいたもの。DNAの他に一つ特徴がありました」
「特徴ね」
怒留湯は前方を見つめ直す。
「奥の歯があったはずの、ところに嵌っていたものは何だ。憶えている人が居たら言え」
「サファイアです」
依杏と郁伽はそう言った。
「当たり。で」
怒留湯。
「サファイアっていうけれど、あれは本物なのかなあ」
「贋造品か模造品かはさておきです。ただその特徴は顕著と言えば顕著でした。自然に生えて来たものではなく嵌め込まれたもの。自然に起きた現象ではない」
「そりゃそうだろうね」
再度車は発進したが、砂利道でガクッと一瞬車体が傾いた。
「ええとね」
怒留湯は体勢を立て直す。
「自然に起きた現象だったら大変だ。つまりなんだ。あんたはさ。サファイアが嵌っているという事態が、あまり普通ではないと云いたいの」
「ええ」
と数登。
怒留湯。
「DNA鑑定に回してきた時点で普通ではなかった。サファイアもそうだし、それが嵌っていたものも含めてそうだったと」
「ええ」
郁伽が言う。
「さっき珊牙さんが、『安紫会にも仲間割れは多かった』と云っていたけれど。つまり、サファイアの嵌っていた、頭蓋骨は組関係のものだったかもしれないと。更に言えば、それは仲間割れと通じる何かがあるかもしれない」
「推測として聞いて下さって構いません」
数登は言った。
珊牙さんが受けた個人的依頼。
頼まれ、現場で土掘りした畑。
出て来た頭蓋骨。
それには奥の歯があったであろう辺りに、サファイアが嵌め込まれてあった。
それは私も見ていたし、郁伽先輩もそうである。
だから、あの時点で既に頭蓋骨は普通のものではなかったのだ。
「今の話の推理の範囲では、頭蓋骨が組関係のものかもしれない。という推理が成り立つのみですね」
郁伽はそう言った。
依杏も言う。
「仲間割れに巻き込まれた、とある組関係の人物のものだとすれば。安紫会の誰かの頭蓋骨、という可能性も出てくる」
車両はどんどん奥へ入って行く。
「DNA鑑定の結果は、あんたと俺らは知っている」
怒留湯は言う。
「ええ」
と数登。
「だが今ここにいる、嬢ちゃん二名は今も知らないわけだ」
数登は肯いた。
「今もまだ、俺らは結果を話さない方がいいのか」
怒留湯はそう言った。
「ええ。出来れば」
と数登。
「じゃあまだ、言わないでおこう。それで続きは」
「仲間割れの話をもう少々。安紫会というのは組です。組とは言いますが、組織と言い換えて。今の場合では分かりやすいかもしれません」
「組織と組は、同義ではないよ」
桶結は運転席からツッコんだ。
砂利道が続いている。
あまり運転を急がない。
「ええ。同義ではありません」
「敢えて語弊を使うのか」
「ええ。あくまでも説明と思っていただければ」
桶結は一瞬、後部座席へ振り返った。
すぐ体勢を戻す。
数登は続ける。
「組織。そこには人が集まるものです。それぞれ考えを持って動く人々です。それぞれ動くために必要になるのが節度。組織を集まるものとして保つためにも節度があります。節度と仲間割れは、組織と組と同じように同義にはなりません」
「うん?」
言って怒留湯は首を傾げる。
数登。
「そして組織は、何かを成り立たせていく必要も生じます」
「ちょっと路が悪いな。少し変更をかけよう。オケ止められる?」
「ええ」
桶結は車を路肩へ寄せて止めた。
「それで?」
怒留湯はドアを開けて、言った。
各々車両の者たちは手を掛ける。
ドアを開けて、数登は降りながら続けた。
「組と組織は同義ではない。節度と仲間割れもまた同義ではありません。なら」
依杏と郁伽も続いて降りる。
「節度を保つために、その都度仲間割れをすることは出来ない」
怒留湯が言う。
「出来ない、ね」
全員徒歩になった。
桶結はキーを手で少々もてあそんでから、仕舞った。
「では仲間割れをする場合。軸丸さんの話も参考になりました」
「軸丸さん?」
依杏は尋ねる。
「釆原記者殿が知らせてくれた研修医だ」
と怒留湯。
依杏は言われたもののポカンとしたままだ。
「参考ってなんだ」
と桶結。
「薬物の話です」
「なんだまた物騒な感じを出すのか」
数登。
「時々、西耒路署から回されてくるものがある。薬物の成分分析が回ってくると彼は云っていた。今のような場合、西耒路署と劒物大学病院では、あらかじめある程度の連携。その体制が整えられているということになります」
怒留湯。
「うん。それで? てかそんなのあったっけ」
「うちの一部だけの話ですよ」
桶結が補足する。
怒留湯が言った。
「あんまり強行犯係には関係ない話だろう」
「そうですね。科学の分野でしょうから」
「で?」
「次。サンプル収集です」
言って数登は依杏を見た。
「それは清水さんの話でしょうか」
依杏はポカンとしたままで言った。
「ええ。西耒路署にいらっしゃる鑑識の清水さんです。清水さんは、ある方の個人的依頼のために自宅へ招かれた」
私の言った話である。
と依杏は思った。
だが珊牙さんは、賀籠六絢月咲さんの自宅であるということは伏せているらしい。
「それは杵屋さんが、清水さんへ助力を頼んだ案件だね」
桶結も言った。
依杏は肯く。
「安紫会から押収した凶器を調べている時に、チラッと聞いたよ。それで続きは」
数登は言った。
「サンプル収集と言って、あくまでも個人的依頼です。そして九十九社の案件です」
怒留湯と桶結は肯いた。
「依杏さんが、清水さんに助力を依頼した。九十九社として、西耒路署に助力を依頼したのです」
「そうだね」
と怒留湯。
数登は続ける。
「依頼としては小規模なものです。九十九社で受けた個人的依頼だ。警察の方が動くような規模の話ではない。では何故そこまですんなりと、清水さんはどなたかの自宅に、サンプル収集へ行くことが出来たのか」
依杏と怒留湯は顔を見合わせた。
「先程、ある程度の連携と言いました。西耒路署と劒物大学病院」
「あくまでも一部の話だよ。俺たち強行犯係にはあまり伝えられない」
桶結が補足する。
「つまり部署が違うからね」
と怒留湯も。
「ただ必要になったら、そこからの情報も使うだろうが」
「ええ。それで、今話したサンプル収集の場合も同様です。ある程度の連携が出来ていると。今の場合は『個人宅への訪問』という連携や制度。依頼人のような方々との連携ということになります」
依頼人のような方々。
今の場合、依頼人は賀籠六絢月咲さん。
つまり絢月咲さんのような仕事をしている人々ということになる。
大枠で言えば、アイドル。
「その方々と西耒路署でもまた、連携や体制がある程度出来上がっていた。そう考えることも出来ます」
「清水さんはそれを、分かっていたということか?」
桶結が数登へ近づいて尋ねた。
怒留湯も距離を詰める。
「さあ、そこは」
数登は苦笑する。
「清水さんを含め西耒路署の刑事である。あなた方の知る領域でしょう」
怒留湯と桶結は顔を見合わせる。
数登は更に言った。
「そして。仲間割れについてです」
徒歩で少しずつ進んでいく。
狭かった道が急に開けて来た。
慌ただしく動き回っている人々が、依杏の視界の中に増えていく。
「先程。節度を保つためと僕は言った」
数登。
「では仲間割れではどうでしょう。割れるとなると、影響が出るものがあります。例えば、組織として何かを成り立たせる場合」
「それは仮定の話?」
と怒留湯。
「ええ。組織と組は同義ではありませんが、組としてもまた何かを成り立たせる場合があります」
「うん」
「そこで仲間割れが起きたとする。何か成り立たせるものに影響が、出るのは先程お話しました」
「そうだね。確かに組織だろうが組だろうが、しょっちゅう仲間割れしていたんでは話にならんということだね」
「ええ。組織でも組でも、節度が必要になる場面というのは十分にあります。しかし若頭はあの時僕に、安紫会では仲間割れなんてしょっちゅうだと。仰いました」
桶結は考え込むようにした。
その眉をしかめている。
「では、仲間割れがしょっちゅうだと仰ったことは、どう解釈すればよいのか」
「そこも疑問になるのね」
と怒留湯。
数登。
「ええ。仲間割れでは節度が保たれないという前提で話を進めます。組織でも組でも、節度の必要性があると先程出ました。その節度のためには集まる人と人との間で必要となるものがあります」
「そうね」
「そして、自分と他の人が必ず別の人物であるという認識。それも前提になる」
「何だか小難しい」
怒留湯は頭を掻いた。
「で」
尋ねる。
数登は苦笑した。
「仲間割れが多いとはどういうことか。前提を重ねてお話するならば、自分と他人が別であるという認識が薄くなるところで。とします」
「しますって」
怒留湯。
「そりゃどうもこうも。あれかい、自分と他人が別じゃないと思うから、仲間割れが多くなるとか云いたいのか」
数登は肯いた。
「なんだそれ」
「怒留湯さんの仰るそのままです。自分と他人は別でないという認識がある」
「ええと、よく分からないんだが」
数登。
「例えば」
「それは……」
と言って依杏は黙り込んだ。
「安紫会に部屋住みが多いと言うのも頷けます。今の時代、組関係の人間になる者というのは、割合に少ないと聞きます。組織よりも単独で、何にも縛られずに動くことで組とはまた違う動きを取る形式です」
「最近そういうのは確かに多い。盃事とかが面倒だっていう理由もあるって」
と怒留湯。
「ええ。では部屋住みはどこから来るのかと言えば。例えば組関係の、人間の身内」
「要するに血縁か」
と桶結。
数登は言った。
「ええ。安紫会では血縁の人も多く取り込み構成されている可能性がある」
「その上で、女性の組員、か」
郁伽は言った。
数登。
「あくまでも推測です」
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