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「問」を土から見て
21.
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何かを遮るように。
有刺鉄線を張り巡らされている。
それは、一部の箇所にだ。
屋敷の敷地内。
青々とした芝生。
芝生は丁寧に刈りこまれている。
数登珊牙。
彼は門構えを潜った。
そして歩いている。若い衆が三人ついた。
安紫会の事務所だ。
一度、数登は西耒路署のガサ入れに同行した。
その際にも安紫会の事務所を訪れている。
扉の外側では酷く乱暴で、殺気だっていた若い衆たちだ。
三人。数登へ食ってかかった。
それが扉の内側、つまり今の屋敷内ではどうだろう。
屋敷自体も鳴りを潜めている。
そしてこの若者三人もまた、鳴りを潜めたようになった。
だが、背中へ突きつけられた柄はそのままだ。
数登の背中へ。
といってもブルゾンのポケット越しに。
事務所の敷地は門の外と、内側でえらい違いがある。
外側は小店の多い通りだ。
とても事務所があるとは思えない一帯が広がっている。
一方で門構えの、内側である方は緑の多い地帯になる。
三人の歩いていくのは、樹木の間。
背の高い木々。
そこへ立って何年になるのだろう。
筋の覆う木肌。
数登は見上げていた。
ところへはらはら葉が降って、一枚頬に当たった。
樹木の緑は、事務所外側からでも確認出来る。
安紫会の事務所は正面を門構え、脇を高い塀が囲っている。
その他には、監視カメラが数台だ。
案内を受ける以外では、屋敷敷地の内側を視認するということは容易ではない。
通常の状態のままでは、である。
歩く。さくさくと音を立てる芝生。
数登の背中へ柄を突き立てている若者のその手、力が少し緩む。
庭が広がっていく。
その先、更に脇へ回れば日本庭園へ出る。
数登は以前のガサ入れの際、屋敷へ入り込んだのはその日本庭園側からだった。
いまは樹木の多い地帯をゆっくり進む。
やがて数名が眼に入る。
組員だ。
手入れへ回っているのであろう。
自身の腰へ各々括り付けたベルトには、種々の工具。
頭にはタオル。白いタオルを巻いている若い衆たち。
せっせと草刈りをしている。
あるいは土の状態を整えている。
いわば庭仕事なのだろう。
安紫会は、多く部屋住みを抱えた組だ。
こうした作業というのも幹部の命令とあらば、行う。
そんな感じでこなしていくようである。
今この手入れが行われている、少し前。
数日前だ。そこで抗争が起き、庭は荒れ放題になっていた。
それは数登も見ていた。
ただあった緑も襲撃を受けた際に、多く踏み荒らされた様を。
幸い現在は、手入れはおさおさ怠りない様子。
日本庭園側には榑縁がある。
数登は以前、そこから屋敷内へ入ることと相成った。
だが今回はきちんと、正面玄関へ案内される。
正面玄関前には白い提灯が二つ掛かっていた。
事務所としての演出という意味もあるだろう。
数登を案内している若い衆のうち、その一人が先に歩き始めた。
そして扉を開け放つ。
数登はそこへ導かれる。
中へ。
どうやら、洋見仁重はいない様子だ。
数登が見回した。
それでもいない様子。
洋見は安紫会の幹部候補である。
親分である鮫淵柊翠と、若頭である伊豆蔵蒼士は既に事務所へ戻されている。
今は他の疑わしい組員だけが、西耒路署へ残っているという状態。
疑わしいというのは抗争に関わることに関してだ。
洋見もまた、疑わしい候補とされている一人である。
抗争が起きるに当たって、いろんな物事が絡んで来た。
特に洋見が絡むとされるのは、阿麻橘組で出た他殺体の件だった。
証拠はない。
ないものの、安紫会へ乗り込んで仕掛けた阿麻橘組側がそう言っている。
洋見が殺った。だから洋見は絶対に捕らえろ。
洋見としては「心当たりがない」としている。
西耒路署側の捜査は続いている。
数登は屋敷へ上がった。
室内へのまず一歩。
脚を踏みいれる前に飛び込んで来たのは、列。
並んでいる。
組員たちだ。
一列になり通路両脇を固めている。
「出迎え」というところか。
数登の一歩で、ついていた三人も一歩。
室内への脚だ。
そして上がってしまうと、脇の一列は一斉に頭を下げた。
だが挨拶はない。
そして一人が進み出る。
「どうぞこちらへ」
その一人も数登に付いている若い衆へ、加わった。
列の組員たちが、その声を合図にした。
再度頭を上げ、立ち尽くす状態へ戻る。
と、その中から一名がどこかへ、すっ飛んで行った。
「出迎え」の列に居たのは十数人だ。
その列を越えて更に、数登たちは歩を進める。
視野が明るくなっていく。
廊下は少々日当たりが悪いのか薄暗かった。
だがそれは廊下を過ぎれば別だった。
荒れていた廊下も、今は整然としている様子。
荒れていたのはガサ入れの時がそうだった。
居間へ出た。その先。
荒れていた一番はそこだ。
西耒路署の鑑識たちが入り、抗争で荒らされていた上を、更にガサ入れで表面まで探り尽くした場所。
横からは開放的である。
外は晴天。縁側。榑縁だ。
数登は少し横へ眼をやる。庭。日本庭園。
芝と松。大きな石。
初々しい緑が午後の光に映えている。
抗争後では大変に乱れていたその場所も、今は平穏そのものだ。
ただ午後の光を浴びる、静かな緑の一帯を保っている。
歩く場所はまだまだある。
すぐさまその横も通り過ぎ、上の階へ行くための階段に辿り着いた。
数登は周囲を見回した。
一階にはまだ見るものがあるだろう。
そのような感じで彼は見回した。
「どうしました」
並んだ組員の列から新たに加わった、四人目の若者が数登へ言う。
「若頭についてです。彼は抗争の際、一階へ下りて来られたと仰っていた。そう思い出しましてね」
数登は、再度見回す。
四人は顔を見合わせる。
だが歩を止めたまま動くことはなかった。
数登はそれへ倣っている。
結局動かなかった。
「上の階へご案内します」
四人目が言った。
数登は以前もここへ来た。
西耒路署の刑事二人と話を聞きに来た。
その時は洋見仁重も居たが、今は一人だ。
伊豆蔵蒼士、若頭。
彼は一人で部屋にいる。
数登は入ると、ついてきた四人目は一礼をして出て行った。
四人目のみがついてきた。
代わりに部屋へ入って来たのは、並ぶ組員の列の中からすっ飛んで行った若者だ。
茶を持って来たのである。
茶を二つほど手荒に置いた。
そして再びすっ飛んで出て行った。
数登はその様子を見て眼をぱちくり。
伊豆蔵は以前と比べると、若干髪が伸びたようだ。
整えてはいるのだろうが、伸びた髪をそのままにしているために乱れはある。
そこへ眼鏡。
数登へ向けるのはレンズ越しの眼差しだ。
幾分穏やかさを含むものだった。
すっ飛んで行った若者。
誰かが通り過ぎたあとの余韻。
それが、少しずつ拡散されて部屋へ散らばったあと。
数登と若頭の二人だけになった。
「どうぞ」
伊豆蔵は言った。
「ええ」
言って数登は腰掛ける。
伊豆蔵の向かいである。
伊豆蔵は数登へ言った。
「入海先生は無事に戻られた、とお聞きしましてね」
入海暁一。
伊豆蔵を往診するために、安紫会の事務所へ来た医師。
そのことだ。
失踪していたが、失踪から戻って来たのである。
「ええ。そのようですね」
数登は言う。
「洋見さん。今はどちらに」
「西耒路署に厄介になっております」
伊豆蔵は苦笑する。
「往診はまあこの通り。私は結局入海先生の往診を受けることは、出来ませんでした。だからそのままですね」
「診察予定の部分がということですか」
「ええ。しかし、私らも考えました」
「考えたと云うのは」
「ええ。私らも今回の件で病院の先生へ、事務所へおいでいただくか否かということをですね」
「なるほど」
「何しろ事務所へ乗り込まれるなんて、私らも考えていなかった。日常的に詰めが甘いのかもしれません」
茶を啜る伊豆蔵。
「素人さんに迷惑を掛けたという。それは紛れもない事実だ。ですから今後はどうするか。よくよく考えなければならない」
「では今後、あなたは診察を受けないということですか」
「そういうことではありませんが……。どなたか先生方に事務所へおいでいただくことに関してですよ。それを控えようか否か、とね。お茶を」
「今はまだ」
数登は言った。
伊豆蔵は続ける。
「何かお話は抗争のこと、ということですが」
「ええ」
「具体的にはどのような」
「組員の方々についてお訊きしたいんです」
数登は湯呑へ手を伸ばした。
「組員と申しますと、我々の」
伊豆蔵は言う。
数登は茶を啜る。置いた。
「ええ。どなたか今回の抗争で、女性の組員の方が襲撃されたという情報はないでしょうか」
「それはまた、随分と物騒な話題ですね」
「ええ」
「起きた物騒を今一度、話題へなさろうとする」
言われて数登は苦笑する。
伊豆蔵の部屋。
数登はここへガサ入れの後に、一度訪れている。
白い提灯がある。
それから神棚、ソファとテーブル。
監視カメラの類はないと以前から数登は、伊豆蔵自身から聞いていた。
「今回の抗争では、あなたの仰るようなことはなかったようですよ。幸いに」
数登は肯いて聞いている。
伊豆蔵。
「あまり事務所へ顔を出す者が、多くはありません」
「女性の組員の方がということでしょうか」
「ええ」
「では」
伊豆蔵は抜かりのない視線で数登を見つめた。
伸ばした手は湯呑へ。
啜って、数登は続ける。
「事務所で起きた盗難の件についてです」
「それについてはもう」
伊豆蔵はかぶりを振った。
「我々としても。何も考え得るところはありません」
数登は続ける。
「なくなった物品です。今もまだ戻ってはいないと」
「ええ」
「入海先生は無事にご自宅へ戻られた、そうですね」
「ええ。先程私もそう申し上げました」
「その情報は、若頭ご自身はどこから手に入れられたのでしょう」
伊豆蔵は何も表情を変えなかった。
「どういうことです?」
「入海先生が戻られたというその日、あなたはまだ西耒路署へいらしたはずではないかと」
「ええ、その通りですよ」
伊豆蔵は茶を啜る。
数登は続けた。
「いらしたということ。ではあなたは、取調を受けていた」
「確かに受けてはいました」
「ほう」
「私自身には何もないと判断されました。ですからこうして」
「ええ。こちらへいらっしゃると。入海先生が戻られた時間帯は午前中だったそうですね」
数登は伊豆蔵を見据える。
「その日の同じ時間帯もまだ西耒路署へいらした」
入海が自宅へ戻ったとされる日は十六日だった。
「ええ。ですがその日は取調を受けていなかったと記憶しています」
「なるほど」
「それが何か。何かあるのでしょうか」
「署に居てはそういう入海先生の動向といった情報を、手に入れるのは難しい」
「それで、『署へ居らしたはずではないか』と?」
伊豆蔵は苦笑する。
「要するに矛盾を言っているではないかと。あなたは私へ仰りたい」
「ええ」
数登と伊豆蔵で茶を啜った。
「そうでしょうね」
伊豆蔵は言った。
「確かに一理あるでしょう。あなたの仰ったことは。私はそれに加えて、疑われることが多い立場だ」
言って笑みを作った。
「私らこうしたナリでしょう。下に居た若いモンに関してはお許しを願いたい」
数登は肯いた。
何も言わず。
「私らはね」
伊豆蔵は姿勢を直してから言った。
「ただ漫然と捕まっているわけにはいきません。自然、ヒネの元にいれば、多くを感じ取らなければならない。そうしないと生き死にに関わるんです」
「ほう」
「ヒネと言っては西耒路署さんもまた同じだ。入海先生が失踪されたことについて、署内全体で捜査に血眼になっていたことも事実でしょう」
「阿麻橘組の組員の方々へ、連れ去られたと入海先生は仰ったそうです」
「私にそれをお話下さるのですか」
「少々口が、滑ったかもしれません」
「その辺の細かい部分は話が違う」
「というと」
「私はよく知りません。先程あなたは仰った。署にいらしてから入海先生の情報を得ることは不可能に近いと。そうですね。ですから細かい情報はそれこそ論外だ」
「では、多くを感じ取るとは」
「何かに血眼になっているヒネがいるとします。それは、我々としても反応しないわけにはいきません。署の様子を見れば一目瞭然でした」
「なるほど」
両者ともに一呼吸置いた。
「我々のうち多くは署へご厄介になりました」
「ええ抗争の件で、ですね」
「そう。ですから私が情報を知らなくても、誰か一人が感じ取ればそれは自然私の方へも入ってくる情報となります」
「分かりました」
数登は微笑んだ。
「取調のことについてです。あなたの担当刑事さん、お名前は憶えておいでですか」
「ええ。ここで」
伊豆蔵は部屋を見回すようにして言った。
「確かあなたもあの時、ご一緒ではありませんでした」
「ええ。やはり憶えておられる」
「確か強行犯係の方と、組対の刑事さんでした」
「怒留湯さんと炎谷さんです。彼らが入海先生に関してどうしたという情報は、感じ取られましたか」
「いえ刑事の方個人の動きとなると、感じ取るだけで判断とは参りません」
伊豆蔵は考え込んだ。
「入海先生の自宅へどなたかが駆けつけた、という情報はありました」
「それは入海先生が解放されたという情報が入って、その後に」
「ええ」
肯いた。
それから数登は姿勢を正す。
茶を啜った。
伊豆蔵も同時に茶を啜る。
そして彼は二度ほどテーブルを叩いた。
先程すっ飛んで行った若者がまた、やって来る。
湯呑を二つ載せた盆。新しい茶だ。
若者は静々とテーブルへ置いていく。
緑茶だったが、それはほうじ茶へ変わった。
若者は一礼して、それから出て行くために脚を踏ん張った。
今にもまたすっ飛んで行きそうな勢いで。
「少し、いいですか」
数登はその後ろ姿を呼び止めた。
「な、なんです」
若者はびっくりしたように言う。
しばし沈黙が出た。
数登は続けた。
「お聞きします。何故、そんなに慌てているのです」
「ええと……」
若者。
「自分、お茶役を済ませれば後は、そうです。お邪魔になりますから」
「そうでしょうか」
「あまりこの部屋へ長居出来るモンではありません。自分」
「長居が出来ないと」
数登は改めて、伊豆蔵へ向き直る。
「何かこの部屋へ来られる方を限定していると。以前もお聞きしましたが、それに何か理由はおありでしょうか」
笑うというよりも口角を上げたという形だ。
伊豆蔵は微笑して言った。
「理由ですか。あなたにとっては、私らに関することであれば。何でも疑問になってしまうのですね」
「ええ」
若者は慌てて言った。
「で、では自分はこれで」
すっ飛んで出て行く。
数登はそれを眼で追った。
伊豆蔵はほうじ茶に手を伸ばす。
数登は言った。
「女性の組員について刑事さん方に、お話しをなされたことは」
数登も啜る。
伊豆蔵は答えた。
「いえ。特にありません」
「特にはないと」
「ええ」
数登の手から置かれる湯呑。
言った。
「先程から質問ばかりで申し訳ない」
「ええ」
「では僕からも少し、情報提供をさせていただきます」
伊豆蔵は眼をぱちくりする。
「情報提供ですか。何か抗争に関係する。ようやく本題ということでしょうか」
「現時点では僕としても判断しかねています。ただ安紫会の組員の方々に関係するお話かと」
「関係、ね」
「先程若頭自身が仰られました。女性の組員の方々は、事務所へ顔をあまり出さない方が多いと」
「ええ」
「では。女性の組員の方だけでなく、事務所へ顔を出さない組員もまた多いということでしょうか」
「あなたのお話というのは」
伊豆蔵は今まで表情を崩さなかった。
だが今は違う。
「どんどん入り組んで込み入るようですがね」
押し殺した笑いを抑えきれない。
そんな表情になる。
数登は続ける。
「安紫会の組員の方々のお話を、僕はしているつもりです」
「それは分かっておりますが」
伊豆蔵は微笑を浮かべた。
「真意はなんでしょう。そうだ。真意は何でしょうか。あなたはどんどん脱線していくようにしか私には思えませんね」
「では、情報提供を」
数登は微笑んだ。
「西耒路署さんからの情報を」
伊豆蔵は笑い出した。
可笑しくて堪らないというふうに。
「あなたが私へヒネの情報を渡して、どうするのです。先程もでしたがね。ご自分の立場を分かっておいででないようだ」
「西耒路署さんからの情報ではあります。ですがこれは僕の管轄内の、情報でもある」
「情報でもある?」
伊豆蔵は笑いを止ませるのに、少し時間を取った。
「ええ。それで?」
「過去あなたがた安紫会の組内、全体でのお話。そう捉えていただければ」
「ほう。ええ、で?」
「何か仲間割れが起こったということは」
「そんなもの、私らこんなナリの人間です。しょっちゅうだ」
「では、やはりお伝えしておくべきだ。情報を。DNA鑑定の結果が出ました」
伊豆蔵は笑っていた、その表情を急に強張らせた。
「DNA鑑定の結果」
「ええ。今仰った仲間割れですが、大いに関係してくると。今までの若頭の、お話の中で僕はそう判断いたしました」
「何のDNAだと」
若者がすっ飛んで入って来た。
「何だ急に。呼んでいないぞ」
苛立って言う伊豆蔵。
「それが、あの……」
若者は息せき切っている。
「入海先生が、こちらへ」
伊豆蔵は数登を見つめた。
数登は微笑んでいる。
再度若者へ向き直る伊豆蔵。
「お通しを」
*
一度、杵屋依杏は劒物大学病院へ電話を掛けていた。
特に非通知とかそういうことはしない。
受付には女性が出た。それから八重嶌郁伽が依杏と電話を交代する。
流れというか話の方向は結局、よく分からないままになった。
そのまま電話は終わってしまう。
それが一日前だ。
数登が外回りの一方で、依杏たちは九十九社で日常の仕事に当たっていた。
釆原凰介と軸丸書宇が会った日。
数登が安紫会の事務所へ若頭を訪っていた日の話だ。
その日の依杏。
通信制高校の課題はやらなかった。
頭蓋骨のDNA鑑定の結果が早く出たという報告を得たのだ。
それで、そっちの話題で全体的に盛り上がっていた。
だがDNA鑑定の話については、数登は刑事たちとの情報共有に留めた。
依杏や郁伽その他九十九社の人間、そして普段数登の個人的調査で関わる人々への情報共有を避けたのである。
それに関しては、依杏にはどうもしようがなかった。
小さな法要が何件かあった。
頭蓋骨の出た畑の所有者に「DNA鑑定の結果が出ました」と伝えた。
ただ結果がどうというのは、依杏も郁伽も分からないのでしようがなかった。
そして病院への電話。
九十九社として、劒物大学病院へ話を訊きたいというのがまず第一。
九十九社は九十九社で、葬儀屋であり警察のようにはいかない。
何か話を訊きたいと思っても正規でないので、正面から行くと難しい場合が多い。
なら直接病院に行って診察してもらったら。
とか、そんな形しか依杏たちには思いつかなかった。
だが仮病を使うわけにもいかないのである。
電話は名乗らずに切ってしまった。
依杏と郁伽が、劒物大学病院へ電話を掛けたのには、理由がある。
それから一日経った。
賀籠六絢月咲の自宅。
絢月咲はバーチャルアイドルをやっている女性だ。
郁伽の友人。
数登が安紫会の若頭を訪ねていた翌日に。
依杏と郁伽には三度目の訪問と相成った。
有刺鉄線を張り巡らされている。
それは、一部の箇所にだ。
屋敷の敷地内。
青々とした芝生。
芝生は丁寧に刈りこまれている。
数登珊牙。
彼は門構えを潜った。
そして歩いている。若い衆が三人ついた。
安紫会の事務所だ。
一度、数登は西耒路署のガサ入れに同行した。
その際にも安紫会の事務所を訪れている。
扉の外側では酷く乱暴で、殺気だっていた若い衆たちだ。
三人。数登へ食ってかかった。
それが扉の内側、つまり今の屋敷内ではどうだろう。
屋敷自体も鳴りを潜めている。
そしてこの若者三人もまた、鳴りを潜めたようになった。
だが、背中へ突きつけられた柄はそのままだ。
数登の背中へ。
といってもブルゾンのポケット越しに。
事務所の敷地は門の外と、内側でえらい違いがある。
外側は小店の多い通りだ。
とても事務所があるとは思えない一帯が広がっている。
一方で門構えの、内側である方は緑の多い地帯になる。
三人の歩いていくのは、樹木の間。
背の高い木々。
そこへ立って何年になるのだろう。
筋の覆う木肌。
数登は見上げていた。
ところへはらはら葉が降って、一枚頬に当たった。
樹木の緑は、事務所外側からでも確認出来る。
安紫会の事務所は正面を門構え、脇を高い塀が囲っている。
その他には、監視カメラが数台だ。
案内を受ける以外では、屋敷敷地の内側を視認するということは容易ではない。
通常の状態のままでは、である。
歩く。さくさくと音を立てる芝生。
数登の背中へ柄を突き立てている若者のその手、力が少し緩む。
庭が広がっていく。
その先、更に脇へ回れば日本庭園へ出る。
数登は以前のガサ入れの際、屋敷へ入り込んだのはその日本庭園側からだった。
いまは樹木の多い地帯をゆっくり進む。
やがて数名が眼に入る。
組員だ。
手入れへ回っているのであろう。
自身の腰へ各々括り付けたベルトには、種々の工具。
頭にはタオル。白いタオルを巻いている若い衆たち。
せっせと草刈りをしている。
あるいは土の状態を整えている。
いわば庭仕事なのだろう。
安紫会は、多く部屋住みを抱えた組だ。
こうした作業というのも幹部の命令とあらば、行う。
そんな感じでこなしていくようである。
今この手入れが行われている、少し前。
数日前だ。そこで抗争が起き、庭は荒れ放題になっていた。
それは数登も見ていた。
ただあった緑も襲撃を受けた際に、多く踏み荒らされた様を。
幸い現在は、手入れはおさおさ怠りない様子。
日本庭園側には榑縁がある。
数登は以前、そこから屋敷内へ入ることと相成った。
だが今回はきちんと、正面玄関へ案内される。
正面玄関前には白い提灯が二つ掛かっていた。
事務所としての演出という意味もあるだろう。
数登を案内している若い衆のうち、その一人が先に歩き始めた。
そして扉を開け放つ。
数登はそこへ導かれる。
中へ。
どうやら、洋見仁重はいない様子だ。
数登が見回した。
それでもいない様子。
洋見は安紫会の幹部候補である。
親分である鮫淵柊翠と、若頭である伊豆蔵蒼士は既に事務所へ戻されている。
今は他の疑わしい組員だけが、西耒路署へ残っているという状態。
疑わしいというのは抗争に関わることに関してだ。
洋見もまた、疑わしい候補とされている一人である。
抗争が起きるに当たって、いろんな物事が絡んで来た。
特に洋見が絡むとされるのは、阿麻橘組で出た他殺体の件だった。
証拠はない。
ないものの、安紫会へ乗り込んで仕掛けた阿麻橘組側がそう言っている。
洋見が殺った。だから洋見は絶対に捕らえろ。
洋見としては「心当たりがない」としている。
西耒路署側の捜査は続いている。
数登は屋敷へ上がった。
室内へのまず一歩。
脚を踏みいれる前に飛び込んで来たのは、列。
並んでいる。
組員たちだ。
一列になり通路両脇を固めている。
「出迎え」というところか。
数登の一歩で、ついていた三人も一歩。
室内への脚だ。
そして上がってしまうと、脇の一列は一斉に頭を下げた。
だが挨拶はない。
そして一人が進み出る。
「どうぞこちらへ」
その一人も数登に付いている若い衆へ、加わった。
列の組員たちが、その声を合図にした。
再度頭を上げ、立ち尽くす状態へ戻る。
と、その中から一名がどこかへ、すっ飛んで行った。
「出迎え」の列に居たのは十数人だ。
その列を越えて更に、数登たちは歩を進める。
視野が明るくなっていく。
廊下は少々日当たりが悪いのか薄暗かった。
だがそれは廊下を過ぎれば別だった。
荒れていた廊下も、今は整然としている様子。
荒れていたのはガサ入れの時がそうだった。
居間へ出た。その先。
荒れていた一番はそこだ。
西耒路署の鑑識たちが入り、抗争で荒らされていた上を、更にガサ入れで表面まで探り尽くした場所。
横からは開放的である。
外は晴天。縁側。榑縁だ。
数登は少し横へ眼をやる。庭。日本庭園。
芝と松。大きな石。
初々しい緑が午後の光に映えている。
抗争後では大変に乱れていたその場所も、今は平穏そのものだ。
ただ午後の光を浴びる、静かな緑の一帯を保っている。
歩く場所はまだまだある。
すぐさまその横も通り過ぎ、上の階へ行くための階段に辿り着いた。
数登は周囲を見回した。
一階にはまだ見るものがあるだろう。
そのような感じで彼は見回した。
「どうしました」
並んだ組員の列から新たに加わった、四人目の若者が数登へ言う。
「若頭についてです。彼は抗争の際、一階へ下りて来られたと仰っていた。そう思い出しましてね」
数登は、再度見回す。
四人は顔を見合わせる。
だが歩を止めたまま動くことはなかった。
数登はそれへ倣っている。
結局動かなかった。
「上の階へご案内します」
四人目が言った。
数登は以前もここへ来た。
西耒路署の刑事二人と話を聞きに来た。
その時は洋見仁重も居たが、今は一人だ。
伊豆蔵蒼士、若頭。
彼は一人で部屋にいる。
数登は入ると、ついてきた四人目は一礼をして出て行った。
四人目のみがついてきた。
代わりに部屋へ入って来たのは、並ぶ組員の列の中からすっ飛んで行った若者だ。
茶を持って来たのである。
茶を二つほど手荒に置いた。
そして再びすっ飛んで出て行った。
数登はその様子を見て眼をぱちくり。
伊豆蔵は以前と比べると、若干髪が伸びたようだ。
整えてはいるのだろうが、伸びた髪をそのままにしているために乱れはある。
そこへ眼鏡。
数登へ向けるのはレンズ越しの眼差しだ。
幾分穏やかさを含むものだった。
すっ飛んで行った若者。
誰かが通り過ぎたあとの余韻。
それが、少しずつ拡散されて部屋へ散らばったあと。
数登と若頭の二人だけになった。
「どうぞ」
伊豆蔵は言った。
「ええ」
言って数登は腰掛ける。
伊豆蔵の向かいである。
伊豆蔵は数登へ言った。
「入海先生は無事に戻られた、とお聞きしましてね」
入海暁一。
伊豆蔵を往診するために、安紫会の事務所へ来た医師。
そのことだ。
失踪していたが、失踪から戻って来たのである。
「ええ。そのようですね」
数登は言う。
「洋見さん。今はどちらに」
「西耒路署に厄介になっております」
伊豆蔵は苦笑する。
「往診はまあこの通り。私は結局入海先生の往診を受けることは、出来ませんでした。だからそのままですね」
「診察予定の部分がということですか」
「ええ。しかし、私らも考えました」
「考えたと云うのは」
「ええ。私らも今回の件で病院の先生へ、事務所へおいでいただくか否かということをですね」
「なるほど」
「何しろ事務所へ乗り込まれるなんて、私らも考えていなかった。日常的に詰めが甘いのかもしれません」
茶を啜る伊豆蔵。
「素人さんに迷惑を掛けたという。それは紛れもない事実だ。ですから今後はどうするか。よくよく考えなければならない」
「では今後、あなたは診察を受けないということですか」
「そういうことではありませんが……。どなたか先生方に事務所へおいでいただくことに関してですよ。それを控えようか否か、とね。お茶を」
「今はまだ」
数登は言った。
伊豆蔵は続ける。
「何かお話は抗争のこと、ということですが」
「ええ」
「具体的にはどのような」
「組員の方々についてお訊きしたいんです」
数登は湯呑へ手を伸ばした。
「組員と申しますと、我々の」
伊豆蔵は言う。
数登は茶を啜る。置いた。
「ええ。どなたか今回の抗争で、女性の組員の方が襲撃されたという情報はないでしょうか」
「それはまた、随分と物騒な話題ですね」
「ええ」
「起きた物騒を今一度、話題へなさろうとする」
言われて数登は苦笑する。
伊豆蔵の部屋。
数登はここへガサ入れの後に、一度訪れている。
白い提灯がある。
それから神棚、ソファとテーブル。
監視カメラの類はないと以前から数登は、伊豆蔵自身から聞いていた。
「今回の抗争では、あなたの仰るようなことはなかったようですよ。幸いに」
数登は肯いて聞いている。
伊豆蔵。
「あまり事務所へ顔を出す者が、多くはありません」
「女性の組員の方がということでしょうか」
「ええ」
「では」
伊豆蔵は抜かりのない視線で数登を見つめた。
伸ばした手は湯呑へ。
啜って、数登は続ける。
「事務所で起きた盗難の件についてです」
「それについてはもう」
伊豆蔵はかぶりを振った。
「我々としても。何も考え得るところはありません」
数登は続ける。
「なくなった物品です。今もまだ戻ってはいないと」
「ええ」
「入海先生は無事にご自宅へ戻られた、そうですね」
「ええ。先程私もそう申し上げました」
「その情報は、若頭ご自身はどこから手に入れられたのでしょう」
伊豆蔵は何も表情を変えなかった。
「どういうことです?」
「入海先生が戻られたというその日、あなたはまだ西耒路署へいらしたはずではないかと」
「ええ、その通りですよ」
伊豆蔵は茶を啜る。
数登は続けた。
「いらしたということ。ではあなたは、取調を受けていた」
「確かに受けてはいました」
「ほう」
「私自身には何もないと判断されました。ですからこうして」
「ええ。こちらへいらっしゃると。入海先生が戻られた時間帯は午前中だったそうですね」
数登は伊豆蔵を見据える。
「その日の同じ時間帯もまだ西耒路署へいらした」
入海が自宅へ戻ったとされる日は十六日だった。
「ええ。ですがその日は取調を受けていなかったと記憶しています」
「なるほど」
「それが何か。何かあるのでしょうか」
「署に居てはそういう入海先生の動向といった情報を、手に入れるのは難しい」
「それで、『署へ居らしたはずではないか』と?」
伊豆蔵は苦笑する。
「要するに矛盾を言っているではないかと。あなたは私へ仰りたい」
「ええ」
数登と伊豆蔵で茶を啜った。
「そうでしょうね」
伊豆蔵は言った。
「確かに一理あるでしょう。あなたの仰ったことは。私はそれに加えて、疑われることが多い立場だ」
言って笑みを作った。
「私らこうしたナリでしょう。下に居た若いモンに関してはお許しを願いたい」
数登は肯いた。
何も言わず。
「私らはね」
伊豆蔵は姿勢を直してから言った。
「ただ漫然と捕まっているわけにはいきません。自然、ヒネの元にいれば、多くを感じ取らなければならない。そうしないと生き死にに関わるんです」
「ほう」
「ヒネと言っては西耒路署さんもまた同じだ。入海先生が失踪されたことについて、署内全体で捜査に血眼になっていたことも事実でしょう」
「阿麻橘組の組員の方々へ、連れ去られたと入海先生は仰ったそうです」
「私にそれをお話下さるのですか」
「少々口が、滑ったかもしれません」
「その辺の細かい部分は話が違う」
「というと」
「私はよく知りません。先程あなたは仰った。署にいらしてから入海先生の情報を得ることは不可能に近いと。そうですね。ですから細かい情報はそれこそ論外だ」
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「そう。ですから私が情報を知らなくても、誰か一人が感じ取ればそれは自然私の方へも入ってくる情報となります」
「分かりました」
数登は微笑んだ。
「取調のことについてです。あなたの担当刑事さん、お名前は憶えておいでですか」
「ええ。ここで」
伊豆蔵は部屋を見回すようにして言った。
「確かあなたもあの時、ご一緒ではありませんでした」
「ええ。やはり憶えておられる」
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「それは入海先生が解放されたという情報が入って、その後に」
「ええ」
肯いた。
それから数登は姿勢を正す。
茶を啜った。
伊豆蔵も同時に茶を啜る。
そして彼は二度ほどテーブルを叩いた。
先程すっ飛んで行った若者がまた、やって来る。
湯呑を二つ載せた盆。新しい茶だ。
若者は静々とテーブルへ置いていく。
緑茶だったが、それはほうじ茶へ変わった。
若者は一礼して、それから出て行くために脚を踏ん張った。
今にもまたすっ飛んで行きそうな勢いで。
「少し、いいですか」
数登はその後ろ姿を呼び止めた。
「な、なんです」
若者はびっくりしたように言う。
しばし沈黙が出た。
数登は続けた。
「お聞きします。何故、そんなに慌てているのです」
「ええと……」
若者。
「自分、お茶役を済ませれば後は、そうです。お邪魔になりますから」
「そうでしょうか」
「あまりこの部屋へ長居出来るモンではありません。自分」
「長居が出来ないと」
数登は改めて、伊豆蔵へ向き直る。
「何かこの部屋へ来られる方を限定していると。以前もお聞きしましたが、それに何か理由はおありでしょうか」
笑うというよりも口角を上げたという形だ。
伊豆蔵は微笑して言った。
「理由ですか。あなたにとっては、私らに関することであれば。何でも疑問になってしまうのですね」
「ええ」
若者は慌てて言った。
「で、では自分はこれで」
すっ飛んで出て行く。
数登はそれを眼で追った。
伊豆蔵はほうじ茶に手を伸ばす。
数登は言った。
「女性の組員について刑事さん方に、お話しをなされたことは」
数登も啜る。
伊豆蔵は答えた。
「いえ。特にありません」
「特にはないと」
「ええ」
数登の手から置かれる湯呑。
言った。
「先程から質問ばかりで申し訳ない」
「ええ」
「では僕からも少し、情報提供をさせていただきます」
伊豆蔵は眼をぱちくりする。
「情報提供ですか。何か抗争に関係する。ようやく本題ということでしょうか」
「現時点では僕としても判断しかねています。ただ安紫会の組員の方々に関係するお話かと」
「関係、ね」
「先程若頭自身が仰られました。女性の組員の方々は、事務所へ顔をあまり出さない方が多いと」
「ええ」
「では。女性の組員の方だけでなく、事務所へ顔を出さない組員もまた多いということでしょうか」
「あなたのお話というのは」
伊豆蔵は今まで表情を崩さなかった。
だが今は違う。
「どんどん入り組んで込み入るようですがね」
押し殺した笑いを抑えきれない。
そんな表情になる。
数登は続ける。
「安紫会の組員の方々のお話を、僕はしているつもりです」
「それは分かっておりますが」
伊豆蔵は微笑を浮かべた。
「真意はなんでしょう。そうだ。真意は何でしょうか。あなたはどんどん脱線していくようにしか私には思えませんね」
「では、情報提供を」
数登は微笑んだ。
「西耒路署さんからの情報を」
伊豆蔵は笑い出した。
可笑しくて堪らないというふうに。
「あなたが私へヒネの情報を渡して、どうするのです。先程もでしたがね。ご自分の立場を分かっておいででないようだ」
「西耒路署さんからの情報ではあります。ですがこれは僕の管轄内の、情報でもある」
「情報でもある?」
伊豆蔵は笑いを止ませるのに、少し時間を取った。
「ええ。それで?」
「過去あなたがた安紫会の組内、全体でのお話。そう捉えていただければ」
「ほう。ええ、で?」
「何か仲間割れが起こったということは」
「そんなもの、私らこんなナリの人間です。しょっちゅうだ」
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伊豆蔵は笑っていた、その表情を急に強張らせた。
「DNA鑑定の結果」
「ええ。今仰った仲間割れですが、大いに関係してくると。今までの若頭の、お話の中で僕はそう判断いたしました」
「何のDNAだと」
若者がすっ飛んで入って来た。
「何だ急に。呼んでいないぞ」
苛立って言う伊豆蔵。
「それが、あの……」
若者は息せき切っている。
「入海先生が、こちらへ」
伊豆蔵は数登を見つめた。
数登は微笑んでいる。
再度若者へ向き直る伊豆蔵。
「お通しを」
*
一度、杵屋依杏は劒物大学病院へ電話を掛けていた。
特に非通知とかそういうことはしない。
受付には女性が出た。それから八重嶌郁伽が依杏と電話を交代する。
流れというか話の方向は結局、よく分からないままになった。
そのまま電話は終わってしまう。
それが一日前だ。
数登が外回りの一方で、依杏たちは九十九社で日常の仕事に当たっていた。
釆原凰介と軸丸書宇が会った日。
数登が安紫会の事務所へ若頭を訪っていた日の話だ。
その日の依杏。
通信制高校の課題はやらなかった。
頭蓋骨のDNA鑑定の結果が早く出たという報告を得たのだ。
それで、そっちの話題で全体的に盛り上がっていた。
だがDNA鑑定の話については、数登は刑事たちとの情報共有に留めた。
依杏や郁伽その他九十九社の人間、そして普段数登の個人的調査で関わる人々への情報共有を避けたのである。
それに関しては、依杏にはどうもしようがなかった。
小さな法要が何件かあった。
頭蓋骨の出た畑の所有者に「DNA鑑定の結果が出ました」と伝えた。
ただ結果がどうというのは、依杏も郁伽も分からないのでしようがなかった。
そして病院への電話。
九十九社として、劒物大学病院へ話を訊きたいというのがまず第一。
九十九社は九十九社で、葬儀屋であり警察のようにはいかない。
何か話を訊きたいと思っても正規でないので、正面から行くと難しい場合が多い。
なら直接病院に行って診察してもらったら。
とか、そんな形しか依杏たちには思いつかなかった。
だが仮病を使うわけにもいかないのである。
電話は名乗らずに切ってしまった。
依杏と郁伽が、劒物大学病院へ電話を掛けたのには、理由がある。
それから一日経った。
賀籠六絢月咲の自宅。
絢月咲はバーチャルアイドルをやっている女性だ。
郁伽の友人。
数登が安紫会の若頭を訪ねていた翌日に。
依杏と郁伽には三度目の訪問と相成った。
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