推測と仮眠と

六弥太オロア

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  「鳴」を取る一人

32.

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じゃあ結局、いま宙を覆っている。
無数に、舞っているスクリーン。
上に。
絵のように。

麗慈れいじくんのデバイス。
スマホから、出ているということで。

そういう解釈でいいのか?

とか八重嶌郁伽やえしまいくかは脇で見ていて、自由に結論付けた。

デバイスが何であれ、結局。
この宙を覆うスクリーンの仕組みは、素人には謎である。
郁伽いくかは、自らを素人として見て。

それなりに専門知識がなければ、スクリーンだの何だのというのは。
むろん踏み込めない領域、だということ。
この場合、眼で見なくても、誰かに豪語されるより明らかだ。
だが、一部。
彼が何の操作をしているかというのは、鐘搗麗慈かねつきれいじ自身から、郁伽は聞いているので。

連絡を取るかたわらで、郁伽も結局。
自ら、青いスクリーンを見て、その一片に触れている。
麗慈は変わらず、スマホ片手にスクリーンと格闘している。

郁伽。

「結局、地下入口は。今の場合でというか。今回は、閉じないってことなのよね」

麗慈。

「ぼくの予測ですけれどね。まあ、無論。見張りとか、ぼくの仕事が増えるんだけれど」

「それって、つまり地下入口のでしょう?」

「ですよ」

「少し私のほうも、その見張りとかジャックとかなんとか。そのへん見ておこうかな~とかさ」

郁伽は苦笑した。
じゃあ、麗慈に。
勝手に、スクリーンへ触るなとか言われるのがオチだろう。
とも思いつつ。

で。
麗慈が何も言わないので。

郁伽はまた無駄に、いじってみる。
音声ファイルじゃなければ、映像のほうかな?
既視感のある拡張子が、あるかどうか。

まあ、五十項目は超えるだろう。
この場合、郁伽にはよく分からなかった。






なんやかんや、郁伽がスクリーンをいじって。
上、下。
辿り着いたのは、さっきのような拡張子というよりも。
リアルタイムの、映像のような感じだった。

それはそうだ、地下入口の監視カメラの視覚。
ハックしているのは、そこへの視覚。
カメラが作動しているということは。
見えるのは要するに、リアルタイム映像なのだろう。

とか、郁伽は納得出来たり。

ノイズも結構ある。

走って来て、そこを郁伽も通ったかもしれない。
見落としていた地下入口の、その横から一片。
周辺を録っていると思われる映像。
午後の光。

リアルタイム?
地下から出て来たと思われる、二人が映って、ノイズが少々。
じゃあ、やっぱり場所は地下入口。
その映像なんだと、まず郁伽は思って。






いつの間にか、スクリーン上で。
何故か、アップにするコツを掴み。
気持ち、「拡大」、「拡大」。
と続け。

横からリアルタイム映像だから。わかりづらいところはあったものの。
カードリーダーの、線だか筋だか。
そこが、ペンの形のように。
黒く窪んでいるのが見える。

なるほど、じゃあここに慈満寺じみつじの会員証?
IDカードを通すわけか。

「ここ、でしょう? ペンみたいな形の。地下入口を開けるためのロック盤」

と郁伽は、麗慈へ尋ねた。

「IDカードを通すところ自体を塞げば、いいんじゃない。そうしたら、今日は誰も地下に入ることは出来なくなる。まあ、あなたのジャック仕事も減る。そういう、むしろ単純な感じにはいかないわけ?」

「せっかく参拝に来てくれているお客さんに、どうだとかこうだとか」

と、麗慈。

「どうせ文句がでますよ。ええと、人が死んだことに関連したことで、繋がるような内容は。慈満寺側から参拝客には、覆うというか。出さないようにしてる。表立ってロック盤を塞ぐとか、それこそ目立ちますよ」

「さすがね。寺の人は、午後の寺事情に詳しいと」

と郁伽は苦笑。

麗慈。

「その映像、スクリーンの。自由に見るのもいいですけれどね。釆原うねはらさんたちに、連絡入れた方がいいのでは。ぼくの方も、珊牙さんが受け取るはず資料を。見といたほうがいいんでしょう。郁伽さんが云ったんですよ」

「なんだあ。あなたのほうが、乗り気になって来てるじゃない」

と郁伽。

「乗り気なのは、音の収集のほうです。そろそろ」

と麗慈は、一旦スマホを置いた。
スマホだけ、床に置かれる。
それとペン。

宙を舞うスクリーンは、上。
そのままである。
小さなスマホが、今の場合より小さくて。
白い空間と、ちんまりした格好の麗慈。

その麗慈が、更に身を屈める。
床に耳を押し当てる。
静寂。
瞬間の、無音。

で、郁伽。
この場で唯一背丈があるのは、布で覆われた秘仏くらいだろう。

麗慈。

「音の採集のための、準備をしますから。郁伽さんは、映像より連絡のほうを」

「はいはい。そろそろ、ジャックは休む感じ? 午後の専門家領域モードね」

と郁伽は苦笑。
で、杵屋依杏きねやいあに電話を掛けてみることに。






「代わりで、合流場所でファイルを受け取っておいて」

そんなニュアンスで。
数登さんは用事を済ませに行った、とかいうことだけれど。

と郁伽はふと、電話を掛ける前に思った。

どうせなら、用事を済ませに行った先へ。
釆原さんたちと、合流したほうが効率いいんじゃないか?

「結局、数登すとうさんから彼の行先。言ってもらっている?」

と郁伽。

麗慈。

「ないですね。珊牙さんがさんなりに考えがあるんでしょうから」

音の収集の装備とやら、その開始を始めた麗慈。
スマホと、宙を上へ舞うスクリーンだけだったのが、彼自身用意してきたと豪語。
何処から出て来たか、映像より多いか。
見ているうちに、いろいろ機材が出て来た。
着々と。
迅速に。






今の場所。
白い空間。
そこは寺だけあって、隠し戸のようなものがごろごろ、沢山。
無数にあるのかもしれない。しかし、把握しづらい。

麗慈の動きを見ていると、郁伽はそんな気がして。

「え、じゃあ。もくめがいないの?」

と郁伽。
すかさず。

映像でなく。
電話で。

「そうなんですよ。おー、郁伽いくか先輩に電話つながったんで。すっかり安心しました」

と、電話の向こうの。
杵屋依杏きねやいあ

郁伽。

「安心した、じゃないでしょう。もくめと一緒に恋愛成就キャンペーンに参加、とかじゃなかった? はぐれたの?」

半ば慌てている様子に見える。
いや、そう聞こえる声の、依杏。

「いや、それが……。途中まで一緒に居たはずだったんですけれど」

釆原凰介うねはらおうすけさんは?」

「います、今……」

音声が、少し途切れがち。

「もしもーし、聴こえている?」

「ええと、だいじょうぶ……」

見る間に音声も。

「ねえ、電波が急に悪くなったんだけ」

「ど」、と最後まで言おうとして。
急に周りが騒がしくなり始める。

「来たね」

と麗慈。

「そろそろ、お時間だ」

「恋愛成就キャンペーンの?」

「そう。たぶんパパも、この部屋の向こう。本堂の表側に、キャンペーン人員は皆入ったんじゃないかと思う」

麗慈はいそいそと、機材の用意を着々と。
進めている。

郁伽。

「ええとね、だから。急に電波が繋がりにくくなった」

「そう? こっちはそうでもないけれど」

と麗慈。

「麗慈くんのは、無論いろいろ細工がしてあるんでしょうに。あたしのは、そういうのないし。でも……」

ふと、宙に舞う絵のような。
そのままのスクリーンに。
眼を転じてみる。

やっぱり。
と郁伽は思った。
大きく、小さく。
ノイズが入っている。

「ねえ。なんかちょっと変じゃない。急に……」

と郁伽が言いかけた。
鳴った。

「うわ」

梵鐘ぼんしょうだ。

間近で聴いたのよりかは。
ちょっとでも音量は少ないほう。
それでも、間違いなく鳴った。

かなり、大きい音。
それは、今の場合も。

「来たな」

麗慈は、耳にヘッドホンまでしている。
絵面として。準備が出来ていないのは、私だけ?
とか郁伽は思った。

午後三時四十分。






表側でも、別の音が鳴り始める。

郁伽。

「キャンペーンの、祈祷のやつ……」

「そういうこと。つまり、かなり騒がしい中で。音。収集ってことになります」

と麗慈。
郁伽のほうには眼もくれないで、かなり忙しい様子だ。
特に明らかなのは、手。

今の場所。

郁伽の関心の行く先は。
もっと、見えない別のもので。
  
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