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「問」を土から見て
14.
しおりを挟む「欲求を満たしうる。生きる上で必要なことが、何らかの形で満たせなくなった場合。さて、どうするかです。手っ取り早く、なんとかしなければ。衝動的にしかなれない場合、『盗む』という行動ですね。あくまでも極論です。衣食住の話にもなってきますね」
「衣食住……」
賀籠六絢月咲。
どこか、ポカンとして言った。
「ええ。食べること、安全の確保、体温と体の保護。生活には最低限必要でしょう。一般的に盗みというのは基本的な欲求、生きるために基本必要になるものへの、衝動から起こる。衝動というのは必要になるものです。何かしらはね。生きなければならない。しかし生きるための必要、それを満たすことが出来ない。その『どうしようもない』という状況と、盗む側。盗難はそういったものが重なって起こる。私個人はそう考えていましてね」
清水颯斗はそう言った。
西耒路署の鑑識である清水。
「盗難の動機」について、話題に取り上げている。
「何度も言いますが極論です。盗む側の動機としてね、例えばよくあるのは『お金のため』。それから衣食住に関係した動機です。生活する。衝動と言うか、謂わば『生理的欲求』とも言いましょうか。欲求が満たされないのであれば、人間は枯渇してしまいます。誰かのそうした枯渇からの欲求で、絢月咲さんのなくし物が出ると仮定する。なくし物は今の場合、四つでしたかね。四つのなくし物。その中の一つは少なくとも、『お金』になると考えることも出来る。動機が基本的欲求によるものであればですね。お金が盗まれていても、あまり違和感はない。だけれど、実際にはお金は盗まれていない」
「なくし物」の依頼を出したのはバーチャルアイドル。
賀籠六絢月咲。
「T―Garme」という名義で活動している。
絢月咲の依頼は「四つのなくし物が出てこない」というものだった。
それを解決して欲しいんだ。
依頼を受けたのは、九十九社である。
葬儀屋というのが本来だ。
だが、絢月咲のような個人的依頼を受けることも、しばしばである。
八重嶌郁伽はアイドル繋がりということで、絢月咲と友人である。
自然、杵屋依杏と郁伽が依頼を受ける形になった。
清水は、依杏が呼んだ助っ人である。
絢月咲のなくし物は、四つ。
扇子、ポイントカードと万年筆とハンカチ。
どれも小物ばかり。
清水の言葉に、絢月咲は肯いていた。
続けて言う清水。
「絢月咲さんは、なくし物を四つした。ただ四つのどれも、日常的に『使う』ための小物です」
「そうです。なくしたのは小物ばかりでした」
絢月咲はそう答えた。
「するとですね、私が今言ったような『欲求』に関すること。人間の関係性とつながる何か。絢月咲さんの場合が『盗難』であると仮定した場合に考えられる、盗んだ側の動機は。そうした欲求に関わるものになってくるのではないか。なくし物を盗んだ者が仮に、いるとしてですがね。杵屋さん」
今は清水と依杏と郁伽と絢月咲の四人。
絢月咲の自宅に居る。
ダイニングキッチン。
絢月咲はここで、なくし物の一つである扇子をなくした。
四つのなくし物は、いまだ出てこない。
「あたしの方はさておきなのでしたが……ええと……」
依杏はポカンとして言った。
「盗難の話題」について話を、一番初めに出したのは依杏だった。
「絢月咲さん自身も、なくし物イコール盗難に繋がっているという確信は持てない状態、でしたよね」
「ええ。そうなんだ。なくし物は出たけれど『盗難された』っていう確信はないの」
絢月咲は苦笑した。
清水が言う。
「俺の言ったことはまあね。あくまで個人的意見なんですよ。ただこの部屋で採らせていただいたサンプルには、興味が持てるかもしれません」
清水は言った。
絢月咲は眼をぱちくり。
「え。そ、それはどういう」
「おっと解決まで一気にいくとは、思わんでくださいな」
「あ、いや、その……」
絢月咲はシュンとした。
「なくし物は高価な物ではないですから。あくまで日常でよく使う物」
「そう気を落としなさんな。とにかく情報は多い方がいいんだ。思い出したことがあればそれも含めて、遠慮なく教えていただきたいですね」
「はい……」
依杏が尋ねる。
「ええとちょっと、話題を変えちゃう感じになります。絢月咲さんの方は『盗難かもしれない』状態です。盗難でほぼ確実だったと言われるのは、先日の安紫会の事務所の中。清水さんは、安紫会の件に関しては、どう思われます」
安紫会の事務所というのは、所謂組事務所である。
そちらでは、依杏の言うように「ほぼ確実に」盗難が発生勃発エトセトラ。
依杏と清水は実際に、当の現場である事務所へ赴いていた。
清水は肩をすくめる。
「さあ……。安紫会の方はね。盗難の動機って言っても今度のは組員だろう。それに組事務所の中ときた。ならですね。俺の言ったような考えでまかり通るかどうかだ。そういう通る、通らないの話になってきちまうな」
依杏は考え込んだ。
「状況としては全く違うでしょう。安紫会の場合、盗難の起こったのは抗争の最中だったから。だがまあ物がなくなった。という大枠で見れば、似たようなものか」
「安紫会の盗難の件については、『基本的欲求』とか、そんな話題に出来なくなってしまう。ということでしょうか」
「盗難であっても、仮に組員となれば。『欲求』の形は複雑になってくるだろうから」
一概には言えないのかな。
欲求といっても組員とか誰かだったら、例えば型にはまらない欲求なんかも持っているのかもしれない。
清水さんにとっても複雑になる領域なのだろうか。
そんな風に依杏は思った。
*
釆原凰介はキーを叩いている。
日刊「ルクオ」の記者である彼。
そしてパソコンである。
退院してから二日が経過していた。
安紫会で起こった抗争。
釆原はそれに巻き込まれた。
匕首で背後から刺され、その腹部を貫通。
怒留湯基ノ介や桶結千鉄。
西耒路署の刑事も同行していた矢先の出来事である。
釆原。
すぐに劒物大学病院へ搬送された。
手術は成功。
それから、安静のための入院と相成る。
怒留湯と桶結、彼らは強行犯係である。
組事務所とくればマル暴なのだが、怒留湯は安紫会について端緒で噛んでいた。らしい。
で、釆原。
様子を見ながら、退院から今日までは自宅で作業。
今パソコンのキーを叩いている。
翌日からは、連絡が来ようが来まいが釆原としては、日刊「ルクオ」へ出向くようである。
釆原は、入院を早めに切り上げていた。
お預けの、コンビニ幟のフラッペ。
そして鐘搗麗慈と杝直があり着いたのは、焼かれた出来立てホットケーキ。
誘惑はバスを経て、こちらに。
麗慈と直は小学校の帰りだ。
麗慈は寺の子。
釆原は記者。
入院自体、釆原は複数回経験しており。
その内の一回、麗慈は釆原を見舞った。
その頃からの付き合いだ。
「生クリームはあるか?」
直は維鶴へ尋ねた。
「生憎切らしていてね。あるのは蜂蜜だな」
「ぜひ! その蜂蜜を!」
一ノ勢小学校。
その向かいにコンビニがある。
麗慈と直はその、幟のフラッペに釘付けになった。
だが我慢だった。
「生クリーム、切れていないじゃないか」
「あら」
維鶴は眼をぱちくり。
直の言うように、「先ほどまでは」存在していたと考えられる。
生クリームである。
というのは、釆原の皿。
皿に載ったホットケーキの脇に、ちょこんと添えられていた。
戸祢維鶴は釆原の妻。事実婚。
「いいなあ」
直はシュンとした。
杵屋依杏と八重嶌郁伽は今、賀籠六絢月咲の自宅へ出向いている。
その一方。
九十九社の数登珊牙は、釆原の自宅に。
麗慈と直は二人で三枚。
対して釆原と数登は各々一枚ずつ。
焼き上げて皿に載せたのは維鶴である。
数登は蜂蜜を垂らすのに集中している。
皿の脇にクリームの存在は確認出来ず。
「珊牙さんパス」
麗慈が言った。
「ええ」
「ありがと」
麗慈は蜂蜜を瓶ごとかける勢いでかけた。
「ならば蜂蜜で勝つのだよ」
麗慈はそう言った。
何を勝つのだよ。
直にはよく分からない様子。
その言葉を聞いてくすりと、笑った。
「麗慈くん。こっちも」
直はそう言った。
麗慈は蜂蜜の瓶を差し出す。
「分かったパス!」
それから麗慈と直は手を合わせる。
「いただきます」
麗慈と直は、頭蓋骨が掘り出されたという畑へ献花に行っても来た。
「そっちはどうだったんだ」
釆原は数登へ尋ねた。
「そっち」というのは、安紫会の事務所についての話題だ。
釆原が巻き込まれて怪我をした抗争。
数登はその後の安紫会事務所内で、組員から話を聞いていた。
相手は若頭と幹部候補。
西耒路署の怒留湯とマル暴である、炎谷も一緒。
「湖月先生というお名前が、お話へ出てきましてね」
「湖月先生……」
釆原は二口目を頬張った。
「手術へ執刀してもらった先生かな」
「確かですか」
数登も頬張った。
「俺の記憶違いでなければ。慌ただしかったんだ」
「合っているわよ湖月先生だった」
そう言った維鶴。
数登は蜂蜜を垂らしていく。
追加で瓶から匙へ。
「劒物大学病院内でね。湖月先生は名手として名を馳せている。そう私も聞いている」
「それって外科の?」
釆原は尋ねる。
「そう。とにかく腕の立つ先生なのだとか」
「腕が立つ?」
直が尋ねた。
維鶴は続けて言った。
「ええ。切断された体の切り口の話ね。例えば場所によっては、神経をつなぐんだって。神経ってとても細くて、一本一本それを細かくつなぎ合わせるらしいのよ。そうして体がちゃんと動くように修復するの。精密な作業がいるのだそうでね。凰介のお腹もそんな感じだったのじゃない」
「匕首だったから筋組織とかかな」
釆原は言った。
匕首は組員の持ち物だった。
どちらかは果たして判然としない。
だが、匕首で来たのは阿麻橘組の組員ではないかという意見が多数である。
阿麻橘組が安紫会へ仕掛けた抗争。
「凰介」
「なに」
「お腹だからさ」
「うん」
「家で出来る仕事なら、それを優先させた方がいいかなって」
「そうか」
「料金、高かったじゃない。料金のことも考えて早めに出たからさ」
釆原は苦笑した。
空いておらず個室に入院だったのである。
確かに、四人部屋の三倍くらいだったなあ。
そう釆原は思った。
「維鶴さん」
麗慈は維鶴に言った。
「なあに」
「維鶴さんもう一回蜂蜜~」
麗慈へ蜂蜜を手渡しながら。
維鶴は苦笑した。
「若頭の失念したっていう執刀医だけれど。名前は湖月先生だったか」
釆原は数登へ尋ねる。
「ええ」
「そうか」
「若頭の場合、腫瘍の手術だったそうです」
若頭の名前は伊豆蔵蒼士。
彼に話を聞いた数登。
伊豆蔵もまた、劒物大学病院で手術を受けた。
阿麻橘組との抗争の少し前は、往診を受ける予定でいた。
そう数登たちに話した。
「それでだ。少しでも情報収集をして欲しいとか」
釆原は食べ終わる。
数登は微笑んだ。
「ご存知でしたか」
「だろうと思ったよ」
数登は一口頬張る。
「湖月先生の情報はあるけれど肝心の、入海先生の情報はないということ。進展は」
「若頭と洋見さんは、入海先生のご案内をしたそうです。事務所内でね。ですがお二方ともに、抗争後の先生の行方は分からないと」
「事務所内がてんやわんやなのは、そうだったろうが……」
「安紫会は組事務所です。往診や診察をする劒物大学病院側としても、多少のリスクは覚悟の上だったのかもしれません」
「リスクと言っても今回のは少し別だろう。失踪に関して手掛かりゼロ」
手掛かりゼロ。
入海暁一という劒物大学病院の医師。
若頭の往診については彼が担当だった。
入海が実際に事務所へ入って行く様子は、釆原と怒留湯、それから日刊「ルクオ」の菊壽作至も外からこっそり伺っていた。
その丁度に抗争。
入海は抗争の中忽然と、姿を消した。
「事務所は怖いところだったのだろう。そこの人に話を訊くだけでは、情報がもしかしたら都合良かったり良くなかったりするかもしれない」
そう直が言った。
「だから、事務所の人は話に出さないこともあるかもしれない。西耒路署の刑事さんと数登さんは、そこの怖い人たちとお話をして、手掛かりゼロだったのだろう。どこかに不十分はないのか」
維鶴は眼をぱちくり。
「入海先生の自宅を、直接訪問してみるとか」
釆原が言う。
「居る可能性は低いかもしれないが」
「居ないかもしれないのに訪ねるの」
麗慈がそう言った。
釆原が返す。
「少しでも可能性を追うんだ。食べないの」
「食べているよ」
釆原は麗慈の皿のホットケーキを見つめている。
「あ! 生クリームの隙だな」
小さな攻防戦が開始。
で、釆原は麗慈のホットケーキから二センチほど取って頬張った。
麗慈。
「いずれにしろだ。入海先生の失踪を調べるに関しては、段階を踏む必要がある」
釆原は言った。
「先生は自宅へ戻っていないと思います」
数登が言う。
「その可能性は高いとは俺も思う」
「美味しかった。維鶴さんご馳走さま」
維鶴は肯いた。
数登はナイフとフォークを置いた。
皿の上へ。
「DNA鑑定。そして入海先生のご自宅への訪問」
「DNA鑑定?」
維鶴は尋ねた。
「ええ。事務所のガサ入れの際、歯朶尾さんと清水さんもそこへいらしていた」
「うん。そうだったって聞いた」
「頭蓋骨のDNA鑑定が二十日間のところを、十日間に縮めて下さると。担当の方が西耒路署にいらして、電話で応じてくださいました」
「その電話って、何時頃だった」
維鶴は数登に尋ねた。
「事務所のガサ入れの日。残り数分で日付が変わる時間に」
「だったら十日から一週間」
数登は眼をぱちくりして言った。
「一、二、三……数えて三日経っている。数登さんのガサ入れ同行からはカレンダーで三日経った。少し日付の変わる前に、十日と言われた。なら単純計算で残り七日」
「なるほど」
数登は苦笑した。
「怒留湯さんの御計らいでしょうか」
「その隙だ!」
「あ」
釆原はポカンとして言った。
麗慈は釆原の皿から生クリームを採った。
スプーンをもぐもぐする麗慈。
釆原は苦笑した。
「おあいこだな」
麗慈は顔を赤らめる。
数登は更に言う。
「DNA鑑定までの期間は一週間」
「頭蓋骨ね」
「ええ。歯朶尾さんと清水さんにも僕は、頭蓋骨のDNA鑑定について話題を出しました。鑑識の歯朶尾さんが仰るに、『失踪は他人事ではない』と」
釆原と維鶴は眼をぱちくり。
直が言った。
「鑑識さんの失踪についての意見、ということか」
「ええ」
「鑑識さんが他人事でないっていうのは、失踪イコールおうちに戻っているような状況じゃないかもしれない。ということか。いなくなっちゃった人で鑑識さんは大変になるのだろう」
直が言った。
釆原は続ける。
「行方不明者が出た場合に、あまり自宅へ戻っているケースが少ない。とか。西耒路署ではね。そういう意味かな」
「いずれにしろ、誰か行方不明者が出た場合ね。捜査として取り扱う、となると結構大変になっちゃうのじゃない。鑑識さんにとっても他人事で、済まされないでしょう。それもあって数登さんは、入海先生が今自宅にいないのではないか。そんな予想を立てた」
維鶴は数登へ尋ねた。
数登は微笑んだ。
「西耒路署で他人事でないということは、入海先生の失踪はやっぱり事件性あり。とか言えるかもしれないね」
麗慈は言った。
皿はカラになっている。
直と二人で、皿を重ねて持ちキッチンへ。
「維鶴さんご馳走様!」
麗慈と直はそう言った。
「冷蔵庫、ジュース入っているわ」
維鶴が言った。
数登たちへ向き直る。
「事件性があったとしたら、捜査は大変になるのでしょう。いろんなことを、調べたり関係者に話を訊いたり。事務所以外の聞き込みもある」
維鶴は言って考え込むようにする。
「最悪の場合もあります」
数登は言った。
「最悪……」
維鶴は眉をしかめる。
釆原も考え込む様子だ。
「ねえ、釆原さんは入海先生の自宅訪問するの」
麗慈はジュースの紙パックを持ち戻って来て、釆原へ言った。
「珊牙の言うように、最悪の場合があるとする。仮に、入海先生と西耒路署の間で『何かあった』とすれば、どうなるだろう」
麗慈は言った。
「うーん」
「入海先生の訪問については少し考えるかな」
「そう」
数登は自分の分と釆原の分の皿を重ねて持ち、腰を上げた。
そのままキッチンへ。
インスタントコーヒーの入った容器へ手を伸ばす。
お湯にポットに。
用意を始めた。
「『何かあった』とすれば、安紫会と劒物大学病院じゃないのかな」
麗慈は釆原へ尋ねた。
「出発点で、最初はそこだな。次が西耒路署で。ただ怒留湯さんや桶結さんとは捜査協力中」
「うん」
「記者と警察は元々反目し合っている。西耒路署をあたるとしても、慈満寺のような情報収集は出来ないだろうな。あるいは出来たとしてもだ」
「慈満寺のようなってどんなのなの」
麗慈は尋ねた。
数登はコーヒーを三人分淹れてきた。座る。
「麗慈くんの分野だと思うよ。ネットワークの話に噛んでいる。警察側のネットワークに、記者はそう簡単に踏み込めない」
「そうか……」
麗慈は考え込んだ。
「少々規模が大きいでしょうか」
数登は釆原へ尋ねた。
「裏ルートで収集というのはあまり使えないだろう。ただ現時点で手掛かりゼロ、手を拱いているだけでは進まない。なるたけ当たってみる」
「助かります」
各々コーヒーのマグを取って一服する。
麗慈と直はジュース。
*
で、数登はシェアハウスへ戻って来た。
依杏と郁伽のシェアハウス。
夜。
安紫会の事務所のガサ入れへ、参加してから三日目。
数登の一時滞在も三日目。
過ぎようとしている。
段ボールのあった部屋。
今は綺麗に片付けられている。
依杏の段ボールを置いて、しばらく荷物置きと化していた部屋だ。
数登はそこへ滞在している。
九十九社での、書類仕事も少々。
小さな香炉持参。
朝と夜が回って三回目、小さな香炉の煙が部屋へ染み込んだことは間違いなかった。
書類仕事、それから文庫本少々。
積んだり開いたり、そうしたままの本で形成される塔。
数登がよくやるその「本の塔」は、慈満寺の時と比べると背が低め。
だが壁と白檀の香りは慈満寺への滞在時とほぼ同等だった。
寝るときもここ。
それから話し合い、所謂情報共有と、依杏に言われていた「課題の手伝い」の際はダイニングキッチンだ。
数登の一時的滞在となって三日。
料理当番はローテーションで回している。
で、先程はパスタだった。
当番は数登。
玉ねぎの風味に強烈なパンチを効かせた味。
そんなふうに依杏は思って、食べていた。
今、依杏と郁伽は各々書類仕事兼アイスの吟味。
依杏は課題も兼ねている。
数登は風呂だ。
大抵は二人の入浴後に数登だ。
掃除は各々している。
依杏の課題は大幅に進む。
だが、脳内の経験値としては皆無に等しい。
理解する前に依杏なら時間の掛かる、特に数学だが。
それを数登は秒単位でポンポン上げる。
依杏は自分でやったことにならず。
依杏は、数登に「課題を手伝って欲しい」と言っていた。
それはその通りになった。
ただ確かに、手伝って欲しいと言ったが依杏は脳内経験値がない。
テストで自分自身、単位が取れるのか。
で、思考過程が分かるようにならないかと思いつつ、数学に今もかじりついている。
ちゃんと勉強せねばならぬ。
「杵屋の課題に関してはまずまずってところね」
郁伽は言った。
「いつだって机にかじりつくのは大変です」
「それもまずまずかしらね」
数登は香を、朝一番に焚くことが多かった。
夜は香りに関しては、静かである。
ただ焚かないというわけでもなく。
「で、それは放っておくから」
「はい」
「あたしが勝手にしゃべる」
「はい~」
「九十九社で今のところ大きな法要はなし。明日になれば状況は変わる可能性あり」
「小さいのはありました」
「うん。で、珊牙さんと杵屋とあたしにも、九十九社での細々以外大きい仕事は今日まではなし。頭蓋骨のDNA鑑定に関しては、今日を除いて残り六日。だから六日後を楽しみにしている。と。そんで盗難に関しての進展は今のところなし」
「それは安紫会の事務所のですよね」
「そう」
「絢月咲さんのは清水さんがサンプル収集してくれたりしました」
「そうね。そっちは展開がきっとあるわね」
「それで」
数登が入浴を終えてやって来た。
三人ともラフな格好である。
「アイスは残っていますか」
「あいあいありますよー。チョコのキャンディータイプかカップか、両方あるよ」
「ではカップで」
「了解」
言いながら郁伽は冷凍庫をガバッと開ける。
数登へ手渡した。
テーブルの上の依杏の課題。
数登は見ながら、匙で掬ってアイスを頬張る。
「杵屋の課題は割と進んでいる様子です」
「それはよかった」
数登は微笑んだ。
「珊牙さんは秒なんで、すごい速いしあたし経験値なくてついていけないんです。だから頑張るんです」
だが依杏はテーブルの上へぐんにゃりした。
郁伽は言う。
「で、ですよ。あたしの近況報告はそんなとこですけれど、新しい情報があるんです!」
「ほう、どんな」
依杏も姿勢を戻して尋ねた。
「新しい情報?」
「絢月咲の家へ行った時に一緒に聞いたはずだよう」
「今の課題でぶっ飛んでいるのかもしれません」
「そうね。いいやもう一回話すわ」
郁伽はそう言った。
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