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「問」を土から見て
13.
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動画サイト。
鐘搗麗慈のスマホ画面。
でかでかと『お詫び』の文字。
「そうそうこの子の話」
道路向かいのコンビニ前に居る。
鐘搗麗慈と杝直。
「しーあとれっく」
「そう」
「獅堅もこの子を知っていた気がする」
「うん。お詫びっていうのは企画失敗へのお詫びだってさ」
「なんか怖い事務所への、そんで警察さんへの企画か?」
「うんそう。事務所が突然の通信障害に巻き込まれたらしいの」
「通信障害」
「映像がブラックアウトしたって。だからSe-ATrecは、自分の配信がちゃんと行ってなかったことについて、『お詫び』。その配信動画なんだよ」
動画配信主の氏名欄には「Se-ATrec〖公式〗」。
動画投稿日は今から二日前。
「直にはその、ブラックアウトとか。よく分からないんだが」
麗慈と一緒にスマホ画面を覗く直。
ランドセルを背負っている二人。
一ノ勢小学校からの帰りである。
「ええと……」
赤くなる麗慈。
「なんて言ったらいいか。通信が突然ダウンしたって言ったら分かるかな」
「ふむ」
「怖い事務所のガサ入れの時なんだよ。ガサガサね」
「ふうん。しーあとれっくが動画を配信していた時に、事務所の通信がいきなりダウンした」
「そう」
「何だか変なこともあるんだな」
「Se-ATrecとしては普通に最後まで配信していたんだって。だがしかし事務所へ肝心の企画映像が、行っていなかった」
「お姉ちゃんなら、好きそうな話かもしれないな」
「寧唯ちゃんも謎っぽいの興味あるもんね」
「うん」
直は杝寧唯の妹だ。
寧唯は、麗慈とは慈満寺で知り合いになった高校生である。
幟のフラッペ。
幟の他にコンビニの壁にはポスターが貼ってある。
壁ガラス部分、外側に向けて見えるように貼られている。
ターコイズブルーの髪と瞳。
そんな3Dが特徴的なバーチャルアイドル。
西耒路署の刑事たちにアドバイスをした、「Se-ATrec」のポスターだ。
丁度この日は、麗慈のいう「怖い事務所へのガサ入れ」から三日経っていたところで。
Se-ATrecは、西耒路署の刑事へ向けた所謂捜査協力という形で、動画企画を行った。
大失敗に終わった彼女の配信。
西耒路署の刑事たちがガサ入れに入っていたのは、安紫会の事務所である。
事務所内で配信されていた動画企画。
突然のブラックアウト。
安紫会では立て続けに、盗難、抗争、とある人物の失踪と起こっていた。
Se-ATrecの動画企画はその矢先のことだった。
青い色を背景に。
美しく撮影されたフラッペの幟。
水滴やクリームの細密なひんやり感まで写し取られている。
直はかぶりを振った。
誘惑に負けてはいかん。
麗慈もかぶりを振る。
そのまま駆けて行き、路地へ入った二人。
麗慈は、事務所のガサ入れの話を、友人である数登珊牙から聞いていた。
数登は九十九社の葬儀屋。
麗慈は慈満寺という寺の子。
寺と葬儀屋ということで何かと付き合いがある。
数登は、謎のあるところに行く変な癖がある。
慈満寺に以前出向いたのもそのためである。
安紫会の事務所で起きたこともまた、数登にとっては「謎」の類だ。
路地を入っていく。
一種の迷路のような状態になる。
三丁目から、いきなりの十丁目。
道路の区切りが複雑な地帯。
三丁目の次、四丁目は存在する。
その並びが、隣り合っていないのだ。
麗慈と直は、三丁目を通って六丁目へ抜ける。
小店の立ち並ぶ通り。
西陣という地区だ。
いま麗慈と直の居るのは、西陣六丁目。
九丁目に九十九社があるので、「九十九社は九丁目」。
麗慈と直にとっては憶えやすい点だった。
慈満寺の「謎」が解決を見て以降。
寧唯の妹である直は、麗慈と知り合った。
西陣六丁目。
小店が多い。
あまり車通りがない。
麗慈と直はタッタと行く。
一丁目から始まる地区に出る。
春里という。
「春里一丁目~」
「相変わらずの入り組みようだ」
「うん」
「どこへ行く?」
「お花屋だよ」
「しみず」という店。
その花屋の前に来た。
店内だけでなく店の前も花々で沢山。
そんな様子が伺えた。
小さな店だ。
色とりどりの花と、彩りと香り。
直は花々に見入る。
ウィンドウとして、小さな花束で店の前が彩られている。
直は眼を遊ばせる。
あっちへ行きこっちへ行き。
やがて、青い色の花束の群の前で止まった。
じっくり吟味するようだ。
直ちゃんはそっとしておこう。
麗慈は店内へ入った。
店内の道は花々の配置や距離に配慮しながら、作られている。
そんな印象だった。
レジには一人の店員。
豊かでしなやかなその髪を、垂らすだけにして薄化粧。
長い髪は全て銀色に染まっている。
柔和な顔立ち。
淡い緑のツナギを着ており、上半分は着ないで腰の部分へ巻き付けている。
上衣に白いシャツ。
年の頃は不明だ。敢えて染めているであろう長い髪。
丁度肩甲骨辺りまで。
麗慈には、年齢については特に分からない点だった。
麗慈に気付くと彼女は、レジから出てきた。
「いらっしゃい。お母さんへの贈り物とか?」
麗慈はかぶりを振る。
「友達とこれから畑に行くんだよ」
「ああ……」
女性は言った。
「ならアンスリウムの花はどうかな。今みんな話題にしている畑に行くのでしょう」
「そうだよ」
「最近お店には、そんなお客さんがよく来るの」
「へえ。じゃあみんな畑に花束を持ってくの」
「ええ」
女性はそう言った。
名前は清水アンネ。
名札にそうある。
麗慈とそよ夏は店内を見て回る。
一本一本、手に取られる花。
手持ちの鋏でときに剪定。
選んでいく。
レジに戻り、リボンと包装及び装飾用の紙を取る。
白いアンスリウムの花と、小さな白い花々を包んでいく。
「ワンコインでいいわ」
「ワンコイン!」
麗慈は、小さなガマグチから五百円玉を取り出した。
「それってぽっきり?」
「ええ」
「よし!」
ワンコインをカウンターの上へ。
麗慈は花束を受け取った。
「頭蓋骨のお墓参りに行くんだよ」
「そうね。そうだと思ったから、あなたのもそれにしたの。最近そのために、アンスリウムをくださいって人が多いから」
「友達も一緒にお墓参りなんです。いま選んでいるみたいだから、ちょっと待っていてください」
「いいわ」
麗慈は「しみず」を出た。
「直ちゃん選べた」
「どっちがいいか迷っているの」
直は熱心に眼を凝らしている。
「うむ」
麗慈も一緒に屈みこむ。
「直決めた」
「どれ」
直は示した。
「行ってこーい」
「行ってきます」
直も花束を手に取って店内へ。
麗慈と直は、アンネにペコリと頭を下げる。
「しみず」を出てタッタと行く。
直は青い花束で、小さな花が多めだ。
麗慈は白いアンスリウムの花束。
咳き込んだ。
香りを嗅ごうとしたのである。
「大丈夫か」
「大丈夫」
麗慈は鼻を擦る。
「ティッシュ」
直が言って、麗慈に手渡した。
「うん」
麗慈は一枚取って鼻を咬んだ。
小さいポケットティッシュ。
直もアンスリウムに近づいた。
「いい香りだな」
「よかった。ぼくはやめとく」
麗慈は、ずびずびやっている。
「あ、清水さんって言えばね。郁伽ちゃんたちは今日鑑識の、清水さんと一緒なんだよ」
「獅堅はよく知っているぞ」
麗慈は眼をぱちくり。
「何をなの」
「動画サイトの話」
「うん。でも動画サイトと清水さんは繋がらないよ」
「さっきの話の続きだから繋がらないでもない」
「そうか」
直は微笑んだ。
「シーアトレックの話を聞かせてほしい」
「うん。じゃあ動画を見てみようか」
「うーん」
直は考え込んだ。
「動画の他になんかもっとないの」
「ああ、例えば怖い事務所の話とか?」
「うんそう」
「あんまりぼくも詳しくないんだが」
「うん」
直は肯いた。
麗慈はスマホを取り出した。
「依杏ちゃんはもうその話、知っているのだろう?」
「うん。なんか珊牙さんと、じかに現場へ行ったらしい」
「九十九社だからか」
「そうだね。今からだと三日前になる。西耒路署の刑事さんと、清水さんも事務所に居たんだって」
「ならやっぱり、お姉ちゃんも好きそうだ」
「うん。よし分かった。とりあえずまずは、動画を流そう」
麗慈のスマホには再び「お詫び」の文字が出る。
シーアトレックの動画が再生に回る。
「安紫会っていうとこの事務所だったんだって。なんか刑事さんへの協力っていうか。手を組んで捜査の上のアドバイスー! って感じでやった。だから動画企画は長いものだった。リアルタイム動画」
「それが途切れたのか」
「だよ。寧唯ちゃんもだけれど珊牙さんも好きそうな感じ」
「そうだな」
西陣八丁目。
九十九社近くの畑。
麗慈と直は辿り着いた。
数登が以前に頭蓋骨を掘り出した畑だ。
アンネが花について麗慈に言ったことはそうだった。
沢山の花が供えてある。
麗慈は辺りをキョロキョロ。
数歩畑の中を進んだ。
「こんにちはー」
「おや」
麗慈の挨拶に眼をぱちくりしている畑の所有者。
「お花持ってきましたー」
「ああ、ありがとう」
所有者は笑顔だ。
直もやって来てペコリと頭を下げる。
『後からお話を訊きました。どうやら私が配信している最中に、電気系統がダウンしたというお話を後から聞いたのだけれど、私としては何も対処出来なくって』
Se-ATrecは動画の中でしゃべっている。
「ふむ。麗慈くんが『普通に最後まで配信していた』って、言っていたのはこういうことだったのか……」
『西耒路署の皆さんには、大変なご迷惑をごめんなさい』
Se-ATrecはペコリと頭を下げた。
ターコイズブルーの髪は後ろで束ねられている。
それがお辞儀と一緒に、前方へ垂れ下がる。
姿勢を戻した彼女。
色はウイスタリア。
お詫びの動画内で、Se-ATrecの3D容姿はサンドレス姿だった。
麗慈と直は顔を見合わせた。
「しーあとれっくが謝った。電気系統がダウンってどういうことなんだ?」
「ええっと。電気系統のダウンっていうのは安紫会の事務所で起きたことなんだ。Se-ATrec側で起こった出来事ではなかったってさ」
「うん」
「動画を配信側から送信する。すると受け取り手が動画を受信する。視聴者さんが動画を受け取る。今の場合、視聴者さんは安紫会の事務所であり西耒路署の刑事さんたちだ」
「うん」
「で、視聴者さん側が動画を受信出来なくなるわけ。例えば配信側が送信していたとしてもだ。視聴者さんが動画を受け取るためには何かしらつなぎが必要なの。今の場合なら電気系統ね。それが事務所でダウンした」
「うーん」
「Se-ATrecは動画を送信した。安紫会の事務所はブラックアウトして受信出来なかった」
「ほう」
「だから事務所と刑事さんはパニックでも、Se-ATrec側で何も起こらなかった。と思う。ただ、動画サイトにはエラーの負荷とかが掛かったんじゃない? それでお詫びの動画を撮るに至った」
「ちんぷんかんぷんだ」
「うん。ぼくもそう思う」
「それで、捜査の上のアドバイス! ってのは、何だったんだ?」
「事務所で盗難があったんだって。だからSe-ATrecはそのアドバイスに回っていた。噂じゃ、西耒路署にもバーチャルアイドルおたくが多いらしいんだ」
「獅堅が喜ぶな。直に分かりやすく言えば、とにかくいろいろあるということだ」
「いろいろあったということさ」
直は麗慈のスマホに向かって頭を下げた。
麗慈は眼をぱちくり。
「ご苦労」
「Se-ATrecに言ったの?」
「うんそう」
それから花束を供えた。
丁度、数登が頭蓋骨を掘り起こした辺りだ。
直も麗慈の花束の隣へ、青い花束を置いた。
手を合わせる。
*
数登珊牙はいま一時的に、杵屋依杏と八重嶌郁伽のシェアハウスで一緒に過ごしている。
一、二。
三日前から。
主に安紫会の事務所の件について。
情報を共有するため。
調査のためになるように。その目的からだ。
起こった「盗難」、西耒路署の鑑識対組親分のやりとり。
杵屋依杏はそのやりとりを、安紫会の事務所に居て聞いていた。
違和感を感じた依杏。
その情報を共有した。
そして動画の途中で途切れた、Se-ATrecの話。
八重嶌郁伽は聞き役に徹していた。
数登珊牙と依杏は安紫会の事務所へ繰り出していたが、郁伽は居眠りをかましていた。
丁度その時間にである。
数登の話は主に、事務所で起きた入海暁一の失踪の件。
それに終始だ。
手掛かりは現段階でゼロである。
安紫会事務所のガサ入れから三日経った今も、それは同様だった。
手掛かりなしならば、情報共有だけではさすがに足りないと、三人で意見が纏まりつつあった。
しかし。
珊牙さんの頭のジグソーパズルはピースを集めかけているんじゃないかなあ、とか依杏は思ったりする。
手掛かりゼロであったとしても。
安紫会の事務所の件から三日目の午後。
依杏と郁伽は依頼を消化しに来た。
以前失敗。再度リベンジ。
賀籠六絢月咲の自宅である。
依杏の財布から金が飛ぶ。
二千五百円ナリ。
「清水さんへのワンコイン分です」
「ワンコインどころか五倍になったんだな」
「そうです」
依杏は胸を張って言った。
清水颯斗を呼んだのは依杏だ。
以前、清水から「依頼で解決出来ないこと」があったら「ワンコインでなら、請け負うかもしれない」ということを言われていたのである。
かくかくしかじか。
「なんで自信満々なのさ」
郁伽は苦笑した。
今がその、「依頼で解決できないこと」のタイミングであった。
絢月咲から依頼された件の、リベンジだったので。
「先輩見てくださいこれ! 清水さんが鑑識として持って来て下さった道具類が一式……それも、それもこんなに!」
と依杏が言いかけたところで絢月咲に制される。
清水颯斗は床へ這いつくばっている。
西耒路署の鑑識である。
「確かに道具類はすごいのだけれど。清水さんの集中を邪魔するのは、あなたも私も本望じゃないわ」
「そ、そうでした……」
依杏は赤くなった。
絢月咲は苦笑する。
清水は依然、床へ這いつくばっている。
賀籠六絢月咲。
T―Garmeというバーチャルアイドルの中の人。
絢月咲は、依杏と郁伽に個人的な依頼をしていた。
なくし物が出てこない、何とかして欲しいという依頼。
依杏が清水を呼んだのは、なくし物で活躍出来るのは鑑識さんだ! という依杏と郁伽と絢月咲の独断と偏見によりである。
一方の清水。
何かブツブツ言っているのだ。
だがマスク越しでよく聞こえない。
依杏が、清水持参の「道具類」と言ったもの。
床の上に置いてあり、念のために小さなブルーシートを更にその下に敷いてある。
あまり大掛かりそうにも見えないその道具類。
薬品の類もありそうな感じ。
それが材質の粗い、青いバッグへ入れてある。
絢月咲の自宅。
割と広さのあるダイニングキッチン。
二十人ぐらいは入れるのではないかという広さだ。
たまに打ち合わせで使用するらしい。
以前依杏と郁伽が訪問した時には、スクリーンが設置されていた。
清水が来るためと絢月咲は気を遣ったのか、いまスクリーンは外されている。
調理コンロ以外の場所ではほぼ、何も物がなくガランとして見えている。
「私の二千五百円が、あの清水さんの道具類になったわけです。だから私が胸を張ります。ちゃんと調べてもらう感あるじゃないですか!」
「なるほど」
郁伽は苦笑しながら言った。
「でも本当に鑑識さんを連れて来てくれた。さすが九十九社ね」
「絢月咲の依頼を受けた最初の日に本当は、一緒に来られればよかったのだけれど。なっかなかタイミングというのは合わないものだ」
郁伽は頭の後ろで手を組んで言った。
「何だっけ、安紫会の事務所とか、頭蓋骨の話も同時の同時に重なっちゃったのよね。私が家に来て! って頼んだその日に」
絢月咲は続けて言った。
「そうです。事務所でも、調査っていうかガサ入れをかなり大掛かりにやったんです」
依杏は眼を輝かせながら言った。
「ただ解せないのは、若頭のライターがなくなったとか。あと若頭と親分が盗難の件について記者さんより知るタイミングが、遅れたっていう……」
「それねえ。確かに変なのよ。その手の情報網なら普通、組の方が早いと思うし」
郁伽はそう言った。
「ライターって着火する方のでしょう。私も扇子をなくしている。なんだか小物がなくなるっていうのが最近多いのかしらね」
絢月咲のなくし物は扇子、その他ポイントカードと万年筆とハンカチ。
どれも小物ばかりだ。
「お嬢さん方お喋りの所恐縮ですがね、床以外も調べさせていただきますよ」
清水はいつの間にか、立っていた。
三人は姿勢を正す。
清水の邪魔にならないように部屋の隅へ。
三人は清水の邪魔をしないように、というか部屋を荒らさないようにと。
それぞれ恰好は完全防備に徹していた。
手には手袋。
脚は靴下。
更に袋をその上から巻いている。
自分たちでも、やりすぎかなとは思っている様子である。
「一番知りたいのはね、情報なんです」
清水は言って、それからテーブルへ向かった。
手に持った拡大鏡。
それから彼は床に置いてある道具類を漁ってからまたテーブル。
往復に往復を重ねつつ。
とにかく動く。
依杏と郁伽と絢月咲。
清水の集中ぶりを唖然として見つめている。
絢月咲がハッとしたように切り出した。
「情報っていうと、それは例えばどのような」
「照合の対象ですね。いま現にこのお部屋から情報を集めている。私が欲しいのはこの部屋に、どんな人が居たかっていう情報なんです。今のところは、何かの痕跡を調べているだけだ」
「なるほど……」
絢月咲は考え込んだ。
「扇子をなくしたのはこの部屋だったはずで、その他のポイントカードと万年筆とハンカチも、それぞれ別の場所、家ではない場所でなくしたんです」
「ええ」
清水はテーブルへ向かって作業をしながら言った。
「それぞれなくし物と、なくした場所は違います。違う場所だけれど共通点はあって。それは不特定多数の人が居たってことなんです」
「特定の人を判別することは、賀籠六さんにとっては難しかったと」
「そうですね、よく顔を合わせる人以外は……たぶん。扇子をなくしたその日はこの部屋でパーティみたいなことをしていたんです。私はバーチャルアイドルをやっていますから、同じバーチャルアイドルやっている人たちを集めて」
「ほう」
「所謂仮面舞踏会みたいな感じです。それで……」
絢月咲は考え込んだ。
「どした」
郁伽が言った。
「うん。清水さんは人の情報をって言うのだけれど……あたしも情報を持っていないの」
清水は顔を上げて絢月咲を見た。
郁伽と依杏は眼をぱちくり。
「あくまでも仮面舞踏会でしょう。いろんな人が顔には仮面を付けていました。あまり顔出しをしたくない中の人も居たから」
「中の人?」
「ああ、ええと。ええとバーチャルアイドルは生身の体で人前へ出たりっていうのは、よほどでない限りしません。アイドルとしてなら活動は全て、各々みんな、自分の好きな3Dの体で活動をしている。リアルで付き合う場合も、あまり生身の顔を合わせないっていうのが私の場合で」
「なるほど」
「当日集まった人の中の七十パーセントくらい。私としてはその人たちの情報は分からないんです。親しい人なら情報をあげられます。事前に連絡も取れる。でも、名前も顔も知らない場合。清水さんに情報をあげることが出来ません。だから、照合も出来ないんじゃないかって」
「その辺は我々一応鑑識ですんでね。一応匿名ならその匿名の情報だけでも構いません」
絢月咲は眼をぱちくりした。
「そう、ですか……」
依杏は話を訊きながら頭では別のことが駆け巡っていた。
言った。
「絢月咲さんには四点のなくし物がある」
「ええそうよ」
「なくなったものがあるとして、それが仮に盗難だったとします。その動機は何だったんでしょうね……」
「今は……そうね。盗難と決まったわけではないのだけれど」
絢月咲はシュンとして言った。
「盗難と決まったわけではない」
清水が尋ねる。
「あ、その……」
絢月咲は慌てた。
「あまり清水さんに詳しく言っていなくて、すみません」
「続けて」
「ええと……あくまで物はなくなりました。ですが盗難であるかどうかは分からないんです。たまたま、大勢の人が私と同じ場所に居た。同じ部屋で集まっての仮面舞踏会だった。そうしたら扇子がなくなったという事実が、あるだけなんです」
「そう、ですかねえ」
絢月咲は更にシュンとなる。
「私だって、手掛かりは欲しかったんです。なくし物は自分で探しても出てこなかったから、この子たちに依頼を」
清水は苦笑した。
それからまた作業に戻った。
依杏は別の考えが頭を駆け巡っていた。
同じ「なくし物」でも、盗難とされている方の。
安紫会の事務所の件だ。
なくなったのは、若頭の着火する方のライターと、事務所に装飾として置かれていた小皿五点である。
ライターを盗んだという点が、依杏にはいまだに分からなかった。
手に入れようと思えば手に入る物なのだ。
その点も、珊牙さんと郁伽先輩とで話題に出したいものだなあ。
一方こちらのなくし物。
絢月咲さんの言うように盗難であるかどうかは定かではない。
「手掛かりは欲しい。確かにそうかもしれないがね」
ある一点を見つめて凝視する清水。
その眉をしかめつつ、サンプルを収集する。
「動機って、なんだと思います」
依杏は我に返ったように言った。
「杵屋さんはまずさておきだ。とりあえず、情報については考えておいて下さいな。賀籠六さん」
清水は絢月咲へ言った。
「え、ええ……」
「で、杵屋さんの仰った動機の件ですがね。絢月咲さんのなくし物とやらが仮に盗難だったとします。その前提で話をしますね。衝動的な動機であればだ。人間対人間の関係性の話になってくると思われます。絢月咲さんのなくし物は、少なくとも基本的な欲求を満たし得るものじゃない」
「欲求を満たし得る?」
絢月咲はポカンとしてそう言った。
「ええ」
清水は話を続ける。
鐘搗麗慈のスマホ画面。
でかでかと『お詫び』の文字。
「そうそうこの子の話」
道路向かいのコンビニ前に居る。
鐘搗麗慈と杝直。
「しーあとれっく」
「そう」
「獅堅もこの子を知っていた気がする」
「うん。お詫びっていうのは企画失敗へのお詫びだってさ」
「なんか怖い事務所への、そんで警察さんへの企画か?」
「うんそう。事務所が突然の通信障害に巻き込まれたらしいの」
「通信障害」
「映像がブラックアウトしたって。だからSe-ATrecは、自分の配信がちゃんと行ってなかったことについて、『お詫び』。その配信動画なんだよ」
動画配信主の氏名欄には「Se-ATrec〖公式〗」。
動画投稿日は今から二日前。
「直にはその、ブラックアウトとか。よく分からないんだが」
麗慈と一緒にスマホ画面を覗く直。
ランドセルを背負っている二人。
一ノ勢小学校からの帰りである。
「ええと……」
赤くなる麗慈。
「なんて言ったらいいか。通信が突然ダウンしたって言ったら分かるかな」
「ふむ」
「怖い事務所のガサ入れの時なんだよ。ガサガサね」
「ふうん。しーあとれっくが動画を配信していた時に、事務所の通信がいきなりダウンした」
「そう」
「何だか変なこともあるんだな」
「Se-ATrecとしては普通に最後まで配信していたんだって。だがしかし事務所へ肝心の企画映像が、行っていなかった」
「お姉ちゃんなら、好きそうな話かもしれないな」
「寧唯ちゃんも謎っぽいの興味あるもんね」
「うん」
直は杝寧唯の妹だ。
寧唯は、麗慈とは慈満寺で知り合いになった高校生である。
幟のフラッペ。
幟の他にコンビニの壁にはポスターが貼ってある。
壁ガラス部分、外側に向けて見えるように貼られている。
ターコイズブルーの髪と瞳。
そんな3Dが特徴的なバーチャルアイドル。
西耒路署の刑事たちにアドバイスをした、「Se-ATrec」のポスターだ。
丁度この日は、麗慈のいう「怖い事務所へのガサ入れ」から三日経っていたところで。
Se-ATrecは、西耒路署の刑事へ向けた所謂捜査協力という形で、動画企画を行った。
大失敗に終わった彼女の配信。
西耒路署の刑事たちがガサ入れに入っていたのは、安紫会の事務所である。
事務所内で配信されていた動画企画。
突然のブラックアウト。
安紫会では立て続けに、盗難、抗争、とある人物の失踪と起こっていた。
Se-ATrecの動画企画はその矢先のことだった。
青い色を背景に。
美しく撮影されたフラッペの幟。
水滴やクリームの細密なひんやり感まで写し取られている。
直はかぶりを振った。
誘惑に負けてはいかん。
麗慈もかぶりを振る。
そのまま駆けて行き、路地へ入った二人。
麗慈は、事務所のガサ入れの話を、友人である数登珊牙から聞いていた。
数登は九十九社の葬儀屋。
麗慈は慈満寺という寺の子。
寺と葬儀屋ということで何かと付き合いがある。
数登は、謎のあるところに行く変な癖がある。
慈満寺に以前出向いたのもそのためである。
安紫会の事務所で起きたこともまた、数登にとっては「謎」の類だ。
路地を入っていく。
一種の迷路のような状態になる。
三丁目から、いきなりの十丁目。
道路の区切りが複雑な地帯。
三丁目の次、四丁目は存在する。
その並びが、隣り合っていないのだ。
麗慈と直は、三丁目を通って六丁目へ抜ける。
小店の立ち並ぶ通り。
西陣という地区だ。
いま麗慈と直の居るのは、西陣六丁目。
九丁目に九十九社があるので、「九十九社は九丁目」。
麗慈と直にとっては憶えやすい点だった。
慈満寺の「謎」が解決を見て以降。
寧唯の妹である直は、麗慈と知り合った。
西陣六丁目。
小店が多い。
あまり車通りがない。
麗慈と直はタッタと行く。
一丁目から始まる地区に出る。
春里という。
「春里一丁目~」
「相変わらずの入り組みようだ」
「うん」
「どこへ行く?」
「お花屋だよ」
「しみず」という店。
その花屋の前に来た。
店内だけでなく店の前も花々で沢山。
そんな様子が伺えた。
小さな店だ。
色とりどりの花と、彩りと香り。
直は花々に見入る。
ウィンドウとして、小さな花束で店の前が彩られている。
直は眼を遊ばせる。
あっちへ行きこっちへ行き。
やがて、青い色の花束の群の前で止まった。
じっくり吟味するようだ。
直ちゃんはそっとしておこう。
麗慈は店内へ入った。
店内の道は花々の配置や距離に配慮しながら、作られている。
そんな印象だった。
レジには一人の店員。
豊かでしなやかなその髪を、垂らすだけにして薄化粧。
長い髪は全て銀色に染まっている。
柔和な顔立ち。
淡い緑のツナギを着ており、上半分は着ないで腰の部分へ巻き付けている。
上衣に白いシャツ。
年の頃は不明だ。敢えて染めているであろう長い髪。
丁度肩甲骨辺りまで。
麗慈には、年齢については特に分からない点だった。
麗慈に気付くと彼女は、レジから出てきた。
「いらっしゃい。お母さんへの贈り物とか?」
麗慈はかぶりを振る。
「友達とこれから畑に行くんだよ」
「ああ……」
女性は言った。
「ならアンスリウムの花はどうかな。今みんな話題にしている畑に行くのでしょう」
「そうだよ」
「最近お店には、そんなお客さんがよく来るの」
「へえ。じゃあみんな畑に花束を持ってくの」
「ええ」
女性はそう言った。
名前は清水アンネ。
名札にそうある。
麗慈とそよ夏は店内を見て回る。
一本一本、手に取られる花。
手持ちの鋏でときに剪定。
選んでいく。
レジに戻り、リボンと包装及び装飾用の紙を取る。
白いアンスリウムの花と、小さな白い花々を包んでいく。
「ワンコインでいいわ」
「ワンコイン!」
麗慈は、小さなガマグチから五百円玉を取り出した。
「それってぽっきり?」
「ええ」
「よし!」
ワンコインをカウンターの上へ。
麗慈は花束を受け取った。
「頭蓋骨のお墓参りに行くんだよ」
「そうね。そうだと思ったから、あなたのもそれにしたの。最近そのために、アンスリウムをくださいって人が多いから」
「友達も一緒にお墓参りなんです。いま選んでいるみたいだから、ちょっと待っていてください」
「いいわ」
麗慈は「しみず」を出た。
「直ちゃん選べた」
「どっちがいいか迷っているの」
直は熱心に眼を凝らしている。
「うむ」
麗慈も一緒に屈みこむ。
「直決めた」
「どれ」
直は示した。
「行ってこーい」
「行ってきます」
直も花束を手に取って店内へ。
麗慈と直は、アンネにペコリと頭を下げる。
「しみず」を出てタッタと行く。
直は青い花束で、小さな花が多めだ。
麗慈は白いアンスリウムの花束。
咳き込んだ。
香りを嗅ごうとしたのである。
「大丈夫か」
「大丈夫」
麗慈は鼻を擦る。
「ティッシュ」
直が言って、麗慈に手渡した。
「うん」
麗慈は一枚取って鼻を咬んだ。
小さいポケットティッシュ。
直もアンスリウムに近づいた。
「いい香りだな」
「よかった。ぼくはやめとく」
麗慈は、ずびずびやっている。
「あ、清水さんって言えばね。郁伽ちゃんたちは今日鑑識の、清水さんと一緒なんだよ」
「獅堅はよく知っているぞ」
麗慈は眼をぱちくり。
「何をなの」
「動画サイトの話」
「うん。でも動画サイトと清水さんは繋がらないよ」
「さっきの話の続きだから繋がらないでもない」
「そうか」
直は微笑んだ。
「シーアトレックの話を聞かせてほしい」
「うん。じゃあ動画を見てみようか」
「うーん」
直は考え込んだ。
「動画の他になんかもっとないの」
「ああ、例えば怖い事務所の話とか?」
「うんそう」
「あんまりぼくも詳しくないんだが」
「うん」
直は肯いた。
麗慈はスマホを取り出した。
「依杏ちゃんはもうその話、知っているのだろう?」
「うん。なんか珊牙さんと、じかに現場へ行ったらしい」
「九十九社だからか」
「そうだね。今からだと三日前になる。西耒路署の刑事さんと、清水さんも事務所に居たんだって」
「ならやっぱり、お姉ちゃんも好きそうだ」
「うん。よし分かった。とりあえずまずは、動画を流そう」
麗慈のスマホには再び「お詫び」の文字が出る。
シーアトレックの動画が再生に回る。
「安紫会っていうとこの事務所だったんだって。なんか刑事さんへの協力っていうか。手を組んで捜査の上のアドバイスー! って感じでやった。だから動画企画は長いものだった。リアルタイム動画」
「それが途切れたのか」
「だよ。寧唯ちゃんもだけれど珊牙さんも好きそうな感じ」
「そうだな」
西陣八丁目。
九十九社近くの畑。
麗慈と直は辿り着いた。
数登が以前に頭蓋骨を掘り出した畑だ。
アンネが花について麗慈に言ったことはそうだった。
沢山の花が供えてある。
麗慈は辺りをキョロキョロ。
数歩畑の中を進んだ。
「こんにちはー」
「おや」
麗慈の挨拶に眼をぱちくりしている畑の所有者。
「お花持ってきましたー」
「ああ、ありがとう」
所有者は笑顔だ。
直もやって来てペコリと頭を下げる。
『後からお話を訊きました。どうやら私が配信している最中に、電気系統がダウンしたというお話を後から聞いたのだけれど、私としては何も対処出来なくって』
Se-ATrecは動画の中でしゃべっている。
「ふむ。麗慈くんが『普通に最後まで配信していた』って、言っていたのはこういうことだったのか……」
『西耒路署の皆さんには、大変なご迷惑をごめんなさい』
Se-ATrecはペコリと頭を下げた。
ターコイズブルーの髪は後ろで束ねられている。
それがお辞儀と一緒に、前方へ垂れ下がる。
姿勢を戻した彼女。
色はウイスタリア。
お詫びの動画内で、Se-ATrecの3D容姿はサンドレス姿だった。
麗慈と直は顔を見合わせた。
「しーあとれっくが謝った。電気系統がダウンってどういうことなんだ?」
「ええっと。電気系統のダウンっていうのは安紫会の事務所で起きたことなんだ。Se-ATrec側で起こった出来事ではなかったってさ」
「うん」
「動画を配信側から送信する。すると受け取り手が動画を受信する。視聴者さんが動画を受け取る。今の場合、視聴者さんは安紫会の事務所であり西耒路署の刑事さんたちだ」
「うん」
「で、視聴者さん側が動画を受信出来なくなるわけ。例えば配信側が送信していたとしてもだ。視聴者さんが動画を受け取るためには何かしらつなぎが必要なの。今の場合なら電気系統ね。それが事務所でダウンした」
「うーん」
「Se-ATrecは動画を送信した。安紫会の事務所はブラックアウトして受信出来なかった」
「ほう」
「だから事務所と刑事さんはパニックでも、Se-ATrec側で何も起こらなかった。と思う。ただ、動画サイトにはエラーの負荷とかが掛かったんじゃない? それでお詫びの動画を撮るに至った」
「ちんぷんかんぷんだ」
「うん。ぼくもそう思う」
「それで、捜査の上のアドバイス! ってのは、何だったんだ?」
「事務所で盗難があったんだって。だからSe-ATrecはそのアドバイスに回っていた。噂じゃ、西耒路署にもバーチャルアイドルおたくが多いらしいんだ」
「獅堅が喜ぶな。直に分かりやすく言えば、とにかくいろいろあるということだ」
「いろいろあったということさ」
直は麗慈のスマホに向かって頭を下げた。
麗慈は眼をぱちくり。
「ご苦労」
「Se-ATrecに言ったの?」
「うんそう」
それから花束を供えた。
丁度、数登が頭蓋骨を掘り起こした辺りだ。
直も麗慈の花束の隣へ、青い花束を置いた。
手を合わせる。
*
数登珊牙はいま一時的に、杵屋依杏と八重嶌郁伽のシェアハウスで一緒に過ごしている。
一、二。
三日前から。
主に安紫会の事務所の件について。
情報を共有するため。
調査のためになるように。その目的からだ。
起こった「盗難」、西耒路署の鑑識対組親分のやりとり。
杵屋依杏はそのやりとりを、安紫会の事務所に居て聞いていた。
違和感を感じた依杏。
その情報を共有した。
そして動画の途中で途切れた、Se-ATrecの話。
八重嶌郁伽は聞き役に徹していた。
数登珊牙と依杏は安紫会の事務所へ繰り出していたが、郁伽は居眠りをかましていた。
丁度その時間にである。
数登の話は主に、事務所で起きた入海暁一の失踪の件。
それに終始だ。
手掛かりは現段階でゼロである。
安紫会事務所のガサ入れから三日経った今も、それは同様だった。
手掛かりなしならば、情報共有だけではさすがに足りないと、三人で意見が纏まりつつあった。
しかし。
珊牙さんの頭のジグソーパズルはピースを集めかけているんじゃないかなあ、とか依杏は思ったりする。
手掛かりゼロであったとしても。
安紫会の事務所の件から三日目の午後。
依杏と郁伽は依頼を消化しに来た。
以前失敗。再度リベンジ。
賀籠六絢月咲の自宅である。
依杏の財布から金が飛ぶ。
二千五百円ナリ。
「清水さんへのワンコイン分です」
「ワンコインどころか五倍になったんだな」
「そうです」
依杏は胸を張って言った。
清水颯斗を呼んだのは依杏だ。
以前、清水から「依頼で解決出来ないこと」があったら「ワンコインでなら、請け負うかもしれない」ということを言われていたのである。
かくかくしかじか。
「なんで自信満々なのさ」
郁伽は苦笑した。
今がその、「依頼で解決できないこと」のタイミングであった。
絢月咲から依頼された件の、リベンジだったので。
「先輩見てくださいこれ! 清水さんが鑑識として持って来て下さった道具類が一式……それも、それもこんなに!」
と依杏が言いかけたところで絢月咲に制される。
清水颯斗は床へ這いつくばっている。
西耒路署の鑑識である。
「確かに道具類はすごいのだけれど。清水さんの集中を邪魔するのは、あなたも私も本望じゃないわ」
「そ、そうでした……」
依杏は赤くなった。
絢月咲は苦笑する。
清水は依然、床へ這いつくばっている。
賀籠六絢月咲。
T―Garmeというバーチャルアイドルの中の人。
絢月咲は、依杏と郁伽に個人的な依頼をしていた。
なくし物が出てこない、何とかして欲しいという依頼。
依杏が清水を呼んだのは、なくし物で活躍出来るのは鑑識さんだ! という依杏と郁伽と絢月咲の独断と偏見によりである。
一方の清水。
何かブツブツ言っているのだ。
だがマスク越しでよく聞こえない。
依杏が、清水持参の「道具類」と言ったもの。
床の上に置いてあり、念のために小さなブルーシートを更にその下に敷いてある。
あまり大掛かりそうにも見えないその道具類。
薬品の類もありそうな感じ。
それが材質の粗い、青いバッグへ入れてある。
絢月咲の自宅。
割と広さのあるダイニングキッチン。
二十人ぐらいは入れるのではないかという広さだ。
たまに打ち合わせで使用するらしい。
以前依杏と郁伽が訪問した時には、スクリーンが設置されていた。
清水が来るためと絢月咲は気を遣ったのか、いまスクリーンは外されている。
調理コンロ以外の場所ではほぼ、何も物がなくガランとして見えている。
「私の二千五百円が、あの清水さんの道具類になったわけです。だから私が胸を張ります。ちゃんと調べてもらう感あるじゃないですか!」
「なるほど」
郁伽は苦笑しながら言った。
「でも本当に鑑識さんを連れて来てくれた。さすが九十九社ね」
「絢月咲の依頼を受けた最初の日に本当は、一緒に来られればよかったのだけれど。なっかなかタイミングというのは合わないものだ」
郁伽は頭の後ろで手を組んで言った。
「何だっけ、安紫会の事務所とか、頭蓋骨の話も同時の同時に重なっちゃったのよね。私が家に来て! って頼んだその日に」
絢月咲は続けて言った。
「そうです。事務所でも、調査っていうかガサ入れをかなり大掛かりにやったんです」
依杏は眼を輝かせながら言った。
「ただ解せないのは、若頭のライターがなくなったとか。あと若頭と親分が盗難の件について記者さんより知るタイミングが、遅れたっていう……」
「それねえ。確かに変なのよ。その手の情報網なら普通、組の方が早いと思うし」
郁伽はそう言った。
「ライターって着火する方のでしょう。私も扇子をなくしている。なんだか小物がなくなるっていうのが最近多いのかしらね」
絢月咲のなくし物は扇子、その他ポイントカードと万年筆とハンカチ。
どれも小物ばかりだ。
「お嬢さん方お喋りの所恐縮ですがね、床以外も調べさせていただきますよ」
清水はいつの間にか、立っていた。
三人は姿勢を正す。
清水の邪魔にならないように部屋の隅へ。
三人は清水の邪魔をしないように、というか部屋を荒らさないようにと。
それぞれ恰好は完全防備に徹していた。
手には手袋。
脚は靴下。
更に袋をその上から巻いている。
自分たちでも、やりすぎかなとは思っている様子である。
「一番知りたいのはね、情報なんです」
清水は言って、それからテーブルへ向かった。
手に持った拡大鏡。
それから彼は床に置いてある道具類を漁ってからまたテーブル。
往復に往復を重ねつつ。
とにかく動く。
依杏と郁伽と絢月咲。
清水の集中ぶりを唖然として見つめている。
絢月咲がハッとしたように切り出した。
「情報っていうと、それは例えばどのような」
「照合の対象ですね。いま現にこのお部屋から情報を集めている。私が欲しいのはこの部屋に、どんな人が居たかっていう情報なんです。今のところは、何かの痕跡を調べているだけだ」
「なるほど……」
絢月咲は考え込んだ。
「扇子をなくしたのはこの部屋だったはずで、その他のポイントカードと万年筆とハンカチも、それぞれ別の場所、家ではない場所でなくしたんです」
「ええ」
清水はテーブルへ向かって作業をしながら言った。
「それぞれなくし物と、なくした場所は違います。違う場所だけれど共通点はあって。それは不特定多数の人が居たってことなんです」
「特定の人を判別することは、賀籠六さんにとっては難しかったと」
「そうですね、よく顔を合わせる人以外は……たぶん。扇子をなくしたその日はこの部屋でパーティみたいなことをしていたんです。私はバーチャルアイドルをやっていますから、同じバーチャルアイドルやっている人たちを集めて」
「ほう」
「所謂仮面舞踏会みたいな感じです。それで……」
絢月咲は考え込んだ。
「どした」
郁伽が言った。
「うん。清水さんは人の情報をって言うのだけれど……あたしも情報を持っていないの」
清水は顔を上げて絢月咲を見た。
郁伽と依杏は眼をぱちくり。
「あくまでも仮面舞踏会でしょう。いろんな人が顔には仮面を付けていました。あまり顔出しをしたくない中の人も居たから」
「中の人?」
「ああ、ええと。ええとバーチャルアイドルは生身の体で人前へ出たりっていうのは、よほどでない限りしません。アイドルとしてなら活動は全て、各々みんな、自分の好きな3Dの体で活動をしている。リアルで付き合う場合も、あまり生身の顔を合わせないっていうのが私の場合で」
「なるほど」
「当日集まった人の中の七十パーセントくらい。私としてはその人たちの情報は分からないんです。親しい人なら情報をあげられます。事前に連絡も取れる。でも、名前も顔も知らない場合。清水さんに情報をあげることが出来ません。だから、照合も出来ないんじゃないかって」
「その辺は我々一応鑑識ですんでね。一応匿名ならその匿名の情報だけでも構いません」
絢月咲は眼をぱちくりした。
「そう、ですか……」
依杏は話を訊きながら頭では別のことが駆け巡っていた。
言った。
「絢月咲さんには四点のなくし物がある」
「ええそうよ」
「なくなったものがあるとして、それが仮に盗難だったとします。その動機は何だったんでしょうね……」
「今は……そうね。盗難と決まったわけではないのだけれど」
絢月咲はシュンとして言った。
「盗難と決まったわけではない」
清水が尋ねる。
「あ、その……」
絢月咲は慌てた。
「あまり清水さんに詳しく言っていなくて、すみません」
「続けて」
「ええと……あくまで物はなくなりました。ですが盗難であるかどうかは分からないんです。たまたま、大勢の人が私と同じ場所に居た。同じ部屋で集まっての仮面舞踏会だった。そうしたら扇子がなくなったという事実が、あるだけなんです」
「そう、ですかねえ」
絢月咲は更にシュンとなる。
「私だって、手掛かりは欲しかったんです。なくし物は自分で探しても出てこなかったから、この子たちに依頼を」
清水は苦笑した。
それからまた作業に戻った。
依杏は別の考えが頭を駆け巡っていた。
同じ「なくし物」でも、盗難とされている方の。
安紫会の事務所の件だ。
なくなったのは、若頭の着火する方のライターと、事務所に装飾として置かれていた小皿五点である。
ライターを盗んだという点が、依杏にはいまだに分からなかった。
手に入れようと思えば手に入る物なのだ。
その点も、珊牙さんと郁伽先輩とで話題に出したいものだなあ。
一方こちらのなくし物。
絢月咲さんの言うように盗難であるかどうかは定かではない。
「手掛かりは欲しい。確かにそうかもしれないがね」
ある一点を見つめて凝視する清水。
その眉をしかめつつ、サンプルを収集する。
「動機って、なんだと思います」
依杏は我に返ったように言った。
「杵屋さんはまずさておきだ。とりあえず、情報については考えておいて下さいな。賀籠六さん」
清水は絢月咲へ言った。
「え、ええ……」
「で、杵屋さんの仰った動機の件ですがね。絢月咲さんのなくし物とやらが仮に盗難だったとします。その前提で話をしますね。衝動的な動機であればだ。人間対人間の関係性の話になってくると思われます。絢月咲さんのなくし物は、少なくとも基本的な欲求を満たし得るものじゃない」
「欲求を満たし得る?」
絢月咲はポカンとしてそう言った。
「ええ」
清水は話を続ける。
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