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「問」を土から見て
3.
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賀籠六絢月咲が書いたメモには以下のようにあった。
外出先というかほぼ、「T―Garme」名義の時に持ち物をなくした、ということが示されている。
・万年筆:『インパッシVA!』のインタビューを終えたあと午後くらいに、ないことに気が付いた。なくした場所は楽屋の三号室
・ハンカチ:生歌のイベント中、モーションキャプチャスーツを着てスクリーンの後ろで歌っていたから、なくす確率は低いはず。スーツ下に着ていたインナーのポケットに入れていたのに紛失
・扇子:自宅でなくす
・ポイントカード:特別企画で有名料理店ツアーに行った時になくす。憶えがあるのは「八重座」駅のステーキ料理店じゃないかと
「扇子以外は、T―Garmeさんになっている時、ですね」
「郁伽に言われた通りなんか書き出してみると、意外と書けた! そうね大体ガルメの時ね」
絢月咲は苦笑しながら依杏に言う。
郁伽は言った。
「要するに不特定多数の人と、接触する機会があった場合っていうのが、なくし物と関連がある気がする。盗まれたっていう実感とかは?」
「そうね。盗まれた実感は全くない。だってね、警察の出入りもあったから盗めるような感じじゃなかったの」
「ということは逆に訊くけれど、何か事件とかトラブルでも?」
郁伽は尋ねた。
絢月咲はかぶりを振る。
「そうじゃないのよ。何もなかったわ。ちゃんとした警備目的ってだけ」
「ふーむ」
郁伽は考え込む。
絢月咲は続けて言う。
「特定の人と常に接触っていう感じは、私はなかった。あったとしても、それはスタッフさんとかで、ちゃんと『よろしくお願いします』って言ってある。なくした物を四つ書いたけれど、私が居た場所と状況で、それぞれスタッフさんは違った。一緒に活動する人も違った。なくし物について何か知らないかって皆さんに話も訊いたの」
「絢月咲さんのご自宅で、いろんな人が出入りするとかはあったんですか?」
依杏は尋ねた。
「家に人を呼ぶってことは普段しないの。ただ扇子をなくした日の前日は、確かに不特定多数を呼んでいたことになるか……」
絢月咲は考えながら言った。
「私たちみたいに、所謂バーチャルの体を持っていて活動する人を沢山ね。呼んだの。つまり中の人ね。中の人って基本、表に出ないでしょう。私的でバーチャルの体ではない集まりなら顔出しとか声出しを、したくないなあっていう人もいたりするの。だから、そんな人も気兼ねない『仮面舞踏会』みたいな感じの集まり」
「す、すごいですね。なんていうか」
あとの言葉が続かない。
依杏は自分と縁がないような、そんな世界を想像しなければならなかった。
少し思いも馳せてみる。
依杏には絢月咲の家がますます異国の地に思えてきた。
だが今は依頼を受けているんだぞと自分を現実に引き戻した。
依頼そのものがフィクション、にも思えてくる。
「何か指紋とか痕跡が残っていれば……」
「おお杵屋良いこと言うじゃない! なかなか本気度があるわね」
郁伽はそう言った。
依杏は苦笑してしまう。
で、続けて絢月咲に尋ねる。
「その仮面舞踏会はいつやったの?」
「一ヶ月くらい前かな」
「そうか一ヶ月かあ」
郁伽も依杏も考え込んだ。
「それじゃ何か痕跡が残っていることの方が難しい、ですかね」
依杏はそう言った。
「何か痕跡って言えばさ、麗慈くんから電話が来たの。さっき」
郁伽はスマホを取り出した。
「麗慈くん?」
依杏はきょとんとした。
「釆原さんと劒物大学病院に、一緒に行ったって。たまたまそこの整形外科で鑑識さんに会った、らしいよ」
「すごいタイミングだ」
依杏は眼をぱちくりして言った。
「え、え、なに、誰? 整形外科で鑑識?」
絢月咲はポカンとして言った。
郁伽は笑って言う。
「一ヶ月くらい前でも、薬品とかで痕跡炙り出してくれたり。そういうこと、鑑識さんなら出来そうじゃない? なかなかの本気度に対抗して言ってみたりな」
「知り合いに鑑識さんが居るなんて。九十九社は葬儀屋だったね! そっか……。じゃあ、なくし物は解決ってこと!?」
絢月咲の表情は輝いた。
「すごく良いタイミングだったわけだ! ってことで電話してみる~」
郁伽は電話を掛けるためにソファを立った。
「依頼してよかった~」
絢月咲の笑顔は眩しい。
「あ、あのまだ解決は、していないですよお」
依杏は苦笑して言った。
ドラマみたいに誰かの痕跡とか、指紋採取は、自分たちには出来ないものなあ。とも。
*
「ええ!? そんないきなり!? だって清水さんは、というか整形外科終わっちゃったよ。今ぼくは畑にいる。清水さんはいないよ! 残念だが少しタイミングが遅かったね!」
「お電話?」
直は麗慈に尋ねる。
「う、うん。郁伽ちゃんから。整形外科の鑑識さんと一緒じゃないかって訊いてきたんだ」
「直はその鑑識さんを認識していない」
直は眼をぱちくりしながら言う。
麗慈はちょっと赤くなる。
「し、清水さんはカフェには来ていなかった人だから、直ちゃんが知らないのは仕方ない! と思う」
「そうなのか」
「そうなの! ちょ、ちょっと」
『分かったわ』
「分かったわって何さ! 珊牙さんはいるよ。ね。今はねえ」
『土いじり中、でしょう。当たり?』
「え! 知っていたの!?」
『今ねえ、珊牙さんとこっちで両方、依頼を受けている最中でね』
「そうなんだ。じゃあ珊牙さんが受けた依頼は土掘りってことか。郁伽ちゃんたちが受けた依頼は何?」
『それがね、AIアイドルからの依頼なの』
「九官鳥からですか!?」
『アイドルだってば! 九官鳥を引きずってどうするのよ。あたしの友達だしな。でもAIってことにしといて』
「そうなの」
麗慈はポカンとして言った。
シャベルの先は硬い何かに当たった。
「ありました」
数登は言った。
様子を見ていた周りの人々も皆、土と泥だらけである。
数登は丁寧に手で、土を掬うようにして更に、土に埋もれた硬い物を露出させた。
釆原は今この場にいないが、維鶴がいる。
維鶴は眼を丸くしている。
「そ、それ。凰介に電話を! いえ、それより刑事さんの方がいい」
「ええ。怒留湯さんに……。ああ、麗慈は確か鑑識の清水さんと、一緒ではありませんでしたか」
「途中まで一緒だったっていうか、整形外科で鉢合わせになっただけだよ。それに、それは」
麗慈は数登が掘り起こした物を覗き込むようにして、言った。
「年月はあまり経っていないようです」
数登はそう返す。
集まっていた中の一人が言う。
「や、やっぱり……! おかしいと思ったんだ。あまりにも土が、均されていたんだ!」
そう大声を上げたのは畑の所有者のようで。
「均されていなくても、土の様子がおかしいのには気が付いたかもしれないが……」
「そうですね、あなたなら確実に気が付いたでしょう」
数登の言葉に、所有者はしゅんとして肯いた。
数登が土の中から取り出したのは、頭蓋骨だった。
*
絢月咲は、整形外科でたまたま会ったという鑑識が、数登たち一行と一緒にいないのを聞いて、少しだけしょんぼりした様子だった。
扇子をなくしたかもしれない場所と、扇子をしまってあった場所を眼で見て確認するべく、依杏と郁伽と絢月咲三人でソファ周辺から移動。
絢月咲が「T―Garme」としてバーチャルアイドル仲間、その人たちを集めたのはダイニングキッチンとテーブルのある部屋。
打ち合わせなども兼ねるための造りなのか、二十人は人が入れそうなスペースが確保されている。
壁には大型スクリーン。
映像や音楽を流しながらおしゃべりをしたという。
「あんまり声出しは重視しない、おしゃべりなの。おしゃべりで声出しをしないのよ」
絢月咲はくすっと笑って言った。
「そ、それは難しそうです」
依杏はきょとんとして言う。
「3Dの体を動かしているから成せる技ね」
「なるほどですね」
「あんまり本気にしなくてもいいわよ」
絢月咲は微笑む。
依杏はどうしても、ガルメと絢月咲を同一人物と思うことが出来なかった。
何か秘密があるのかな。
「ところで声出し云々は良いとして、なくした扇子は手に持っていたの?」
郁伽は絢月咲に尋ねた。
「扇子でキャラを作っていたところもある。だから手に持っていたわ。それに顔には仮面をしていたからね~」
「所謂雰囲気重視ってことだな」
「大事よ雰囲気って」
絢月咲は微笑んだ。
「それで、なくしたってことは手放す瞬間があったということだから。扇子を置いた場所はどこか憶えている?」
「たぶんだけれど、テーブルに」
郁伽と依杏はテーブルを見て回る。
「何か痕跡を探るなら、やっぱり鑑識さんに頼りたいですね」
依杏は言った。
「そうね……。絢月咲、時間はあるのよね今日」
郁伽は尋ねる。
「え、ええ」
「よかったらさ。あたしたちじゃ鑑識さんの真似は出来ないけれど。なくし物をしちゃった、外の現場も一緒に見たり出来るかな?」
絢月咲は眼をぱちくりし、それから微笑んだ。
「私の依頼は別に急いでいるものではないから。一緒に見に行くのは全然構わないわ! なるべく」
依杏はハッとした。
「絢月咲さん、いえガルメさん」
「え、どうしたの?」
*
多くの職員が出払っているためか閑散としている。
そして今日は依杏が片手間に、通信制高校の課題をやることが出来るような閑にも恵まれている。
九十九社にはご遺体を預かるための部屋がある。
温度設定は他の部屋よりも低い。
土から出てきた頭蓋骨。
それは一種のインパクトだった。
数登が土から取り出してすぐか、二分と立たないうちに畑は、地域課と機動捜査隊の刑事で溢れかえった。
「頭の骨だけだなんて。それに畑から出てくるって、どういうことなのかしら」
維鶴は顔をしかめて言った。
調査はその地域課や機動捜査隊の分野とばかり、数登と維鶴たちは九十九社の、温度設定の低い遺体安置室へ。
埋められていたであろうその頭蓋骨は、若干の土の汚れはあるものの欠損は少ない。
数登の灰色の眼はそれを丹念に見つめ、時おり手で触れ顎の部分や、中の髄の状態などを確かめる。
同じく畑に居た麗慈、そこは寺の子、所謂「お骨」に慣れている。
直はそうではなかったので、いま二人は依杏が課題をしていた部屋で少し、頭蓋骨以外の話題を繰り広げている。
あるいはゲームをしているのかもしれない。
「怒留湯さんは今どちらへ?」
数登は尋ねる。
「他所へ出ていましてね。所謂端緒で噛んだってやつで、そっちに脚が向いていまして。いま阿麻橘組に動きがありましてね」
そう言ったのは桶結千鉄だ。
「一日で盛り沢山、何かある日なのね」
維鶴は苦笑した。
「我々マル暴では、ないんですがね」
桶結は強行犯係の刑事で、怒留湯の相棒である。
外出先というかほぼ、「T―Garme」名義の時に持ち物をなくした、ということが示されている。
・万年筆:『インパッシVA!』のインタビューを終えたあと午後くらいに、ないことに気が付いた。なくした場所は楽屋の三号室
・ハンカチ:生歌のイベント中、モーションキャプチャスーツを着てスクリーンの後ろで歌っていたから、なくす確率は低いはず。スーツ下に着ていたインナーのポケットに入れていたのに紛失
・扇子:自宅でなくす
・ポイントカード:特別企画で有名料理店ツアーに行った時になくす。憶えがあるのは「八重座」駅のステーキ料理店じゃないかと
「扇子以外は、T―Garmeさんになっている時、ですね」
「郁伽に言われた通りなんか書き出してみると、意外と書けた! そうね大体ガルメの時ね」
絢月咲は苦笑しながら依杏に言う。
郁伽は言った。
「要するに不特定多数の人と、接触する機会があった場合っていうのが、なくし物と関連がある気がする。盗まれたっていう実感とかは?」
「そうね。盗まれた実感は全くない。だってね、警察の出入りもあったから盗めるような感じじゃなかったの」
「ということは逆に訊くけれど、何か事件とかトラブルでも?」
郁伽は尋ねた。
絢月咲はかぶりを振る。
「そうじゃないのよ。何もなかったわ。ちゃんとした警備目的ってだけ」
「ふーむ」
郁伽は考え込む。
絢月咲は続けて言う。
「特定の人と常に接触っていう感じは、私はなかった。あったとしても、それはスタッフさんとかで、ちゃんと『よろしくお願いします』って言ってある。なくした物を四つ書いたけれど、私が居た場所と状況で、それぞれスタッフさんは違った。一緒に活動する人も違った。なくし物について何か知らないかって皆さんに話も訊いたの」
「絢月咲さんのご自宅で、いろんな人が出入りするとかはあったんですか?」
依杏は尋ねた。
「家に人を呼ぶってことは普段しないの。ただ扇子をなくした日の前日は、確かに不特定多数を呼んでいたことになるか……」
絢月咲は考えながら言った。
「私たちみたいに、所謂バーチャルの体を持っていて活動する人を沢山ね。呼んだの。つまり中の人ね。中の人って基本、表に出ないでしょう。私的でバーチャルの体ではない集まりなら顔出しとか声出しを、したくないなあっていう人もいたりするの。だから、そんな人も気兼ねない『仮面舞踏会』みたいな感じの集まり」
「す、すごいですね。なんていうか」
あとの言葉が続かない。
依杏は自分と縁がないような、そんな世界を想像しなければならなかった。
少し思いも馳せてみる。
依杏には絢月咲の家がますます異国の地に思えてきた。
だが今は依頼を受けているんだぞと自分を現実に引き戻した。
依頼そのものがフィクション、にも思えてくる。
「何か指紋とか痕跡が残っていれば……」
「おお杵屋良いこと言うじゃない! なかなか本気度があるわね」
郁伽はそう言った。
依杏は苦笑してしまう。
で、続けて絢月咲に尋ねる。
「その仮面舞踏会はいつやったの?」
「一ヶ月くらい前かな」
「そうか一ヶ月かあ」
郁伽も依杏も考え込んだ。
「それじゃ何か痕跡が残っていることの方が難しい、ですかね」
依杏はそう言った。
「何か痕跡って言えばさ、麗慈くんから電話が来たの。さっき」
郁伽はスマホを取り出した。
「麗慈くん?」
依杏はきょとんとした。
「釆原さんと劒物大学病院に、一緒に行ったって。たまたまそこの整形外科で鑑識さんに会った、らしいよ」
「すごいタイミングだ」
依杏は眼をぱちくりして言った。
「え、え、なに、誰? 整形外科で鑑識?」
絢月咲はポカンとして言った。
郁伽は笑って言う。
「一ヶ月くらい前でも、薬品とかで痕跡炙り出してくれたり。そういうこと、鑑識さんなら出来そうじゃない? なかなかの本気度に対抗して言ってみたりな」
「知り合いに鑑識さんが居るなんて。九十九社は葬儀屋だったね! そっか……。じゃあ、なくし物は解決ってこと!?」
絢月咲の表情は輝いた。
「すごく良いタイミングだったわけだ! ってことで電話してみる~」
郁伽は電話を掛けるためにソファを立った。
「依頼してよかった~」
絢月咲の笑顔は眩しい。
「あ、あのまだ解決は、していないですよお」
依杏は苦笑して言った。
ドラマみたいに誰かの痕跡とか、指紋採取は、自分たちには出来ないものなあ。とも。
*
「ええ!? そんないきなり!? だって清水さんは、というか整形外科終わっちゃったよ。今ぼくは畑にいる。清水さんはいないよ! 残念だが少しタイミングが遅かったね!」
「お電話?」
直は麗慈に尋ねる。
「う、うん。郁伽ちゃんから。整形外科の鑑識さんと一緒じゃないかって訊いてきたんだ」
「直はその鑑識さんを認識していない」
直は眼をぱちくりしながら言う。
麗慈はちょっと赤くなる。
「し、清水さんはカフェには来ていなかった人だから、直ちゃんが知らないのは仕方ない! と思う」
「そうなのか」
「そうなの! ちょ、ちょっと」
『分かったわ』
「分かったわって何さ! 珊牙さんはいるよ。ね。今はねえ」
『土いじり中、でしょう。当たり?』
「え! 知っていたの!?」
『今ねえ、珊牙さんとこっちで両方、依頼を受けている最中でね』
「そうなんだ。じゃあ珊牙さんが受けた依頼は土掘りってことか。郁伽ちゃんたちが受けた依頼は何?」
『それがね、AIアイドルからの依頼なの』
「九官鳥からですか!?」
『アイドルだってば! 九官鳥を引きずってどうするのよ。あたしの友達だしな。でもAIってことにしといて』
「そうなの」
麗慈はポカンとして言った。
シャベルの先は硬い何かに当たった。
「ありました」
数登は言った。
様子を見ていた周りの人々も皆、土と泥だらけである。
数登は丁寧に手で、土を掬うようにして更に、土に埋もれた硬い物を露出させた。
釆原は今この場にいないが、維鶴がいる。
維鶴は眼を丸くしている。
「そ、それ。凰介に電話を! いえ、それより刑事さんの方がいい」
「ええ。怒留湯さんに……。ああ、麗慈は確か鑑識の清水さんと、一緒ではありませんでしたか」
「途中まで一緒だったっていうか、整形外科で鉢合わせになっただけだよ。それに、それは」
麗慈は数登が掘り起こした物を覗き込むようにして、言った。
「年月はあまり経っていないようです」
数登はそう返す。
集まっていた中の一人が言う。
「や、やっぱり……! おかしいと思ったんだ。あまりにも土が、均されていたんだ!」
そう大声を上げたのは畑の所有者のようで。
「均されていなくても、土の様子がおかしいのには気が付いたかもしれないが……」
「そうですね、あなたなら確実に気が付いたでしょう」
数登の言葉に、所有者はしゅんとして肯いた。
数登が土の中から取り出したのは、頭蓋骨だった。
*
絢月咲は、整形外科でたまたま会ったという鑑識が、数登たち一行と一緒にいないのを聞いて、少しだけしょんぼりした様子だった。
扇子をなくしたかもしれない場所と、扇子をしまってあった場所を眼で見て確認するべく、依杏と郁伽と絢月咲三人でソファ周辺から移動。
絢月咲が「T―Garme」としてバーチャルアイドル仲間、その人たちを集めたのはダイニングキッチンとテーブルのある部屋。
打ち合わせなども兼ねるための造りなのか、二十人は人が入れそうなスペースが確保されている。
壁には大型スクリーン。
映像や音楽を流しながらおしゃべりをしたという。
「あんまり声出しは重視しない、おしゃべりなの。おしゃべりで声出しをしないのよ」
絢月咲はくすっと笑って言った。
「そ、それは難しそうです」
依杏はきょとんとして言う。
「3Dの体を動かしているから成せる技ね」
「なるほどですね」
「あんまり本気にしなくてもいいわよ」
絢月咲は微笑む。
依杏はどうしても、ガルメと絢月咲を同一人物と思うことが出来なかった。
何か秘密があるのかな。
「ところで声出し云々は良いとして、なくした扇子は手に持っていたの?」
郁伽は絢月咲に尋ねた。
「扇子でキャラを作っていたところもある。だから手に持っていたわ。それに顔には仮面をしていたからね~」
「所謂雰囲気重視ってことだな」
「大事よ雰囲気って」
絢月咲は微笑んだ。
「それで、なくしたってことは手放す瞬間があったということだから。扇子を置いた場所はどこか憶えている?」
「たぶんだけれど、テーブルに」
郁伽と依杏はテーブルを見て回る。
「何か痕跡を探るなら、やっぱり鑑識さんに頼りたいですね」
依杏は言った。
「そうね……。絢月咲、時間はあるのよね今日」
郁伽は尋ねる。
「え、ええ」
「よかったらさ。あたしたちじゃ鑑識さんの真似は出来ないけれど。なくし物をしちゃった、外の現場も一緒に見たり出来るかな?」
絢月咲は眼をぱちくりし、それから微笑んだ。
「私の依頼は別に急いでいるものではないから。一緒に見に行くのは全然構わないわ! なるべく」
依杏はハッとした。
「絢月咲さん、いえガルメさん」
「え、どうしたの?」
*
多くの職員が出払っているためか閑散としている。
そして今日は依杏が片手間に、通信制高校の課題をやることが出来るような閑にも恵まれている。
九十九社にはご遺体を預かるための部屋がある。
温度設定は他の部屋よりも低い。
土から出てきた頭蓋骨。
それは一種のインパクトだった。
数登が土から取り出してすぐか、二分と立たないうちに畑は、地域課と機動捜査隊の刑事で溢れかえった。
「頭の骨だけだなんて。それに畑から出てくるって、どういうことなのかしら」
維鶴は顔をしかめて言った。
調査はその地域課や機動捜査隊の分野とばかり、数登と維鶴たちは九十九社の、温度設定の低い遺体安置室へ。
埋められていたであろうその頭蓋骨は、若干の土の汚れはあるものの欠損は少ない。
数登の灰色の眼はそれを丹念に見つめ、時おり手で触れ顎の部分や、中の髄の状態などを確かめる。
同じく畑に居た麗慈、そこは寺の子、所謂「お骨」に慣れている。
直はそうではなかったので、いま二人は依杏が課題をしていた部屋で少し、頭蓋骨以外の話題を繰り広げている。
あるいはゲームをしているのかもしれない。
「怒留湯さんは今どちらへ?」
数登は尋ねる。
「他所へ出ていましてね。所謂端緒で噛んだってやつで、そっちに脚が向いていまして。いま阿麻橘組に動きがありましてね」
そう言ったのは桶結千鉄だ。
「一日で盛り沢山、何かある日なのね」
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