推測と仮眠と

六弥太オロア

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  無を以て追跡と

22.

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「確かに、下は【書斎】のビル屋上部分ですね」

数登すとうは顔を上げ、釆原うねはらを見て言った。

釆原は捜査員に支えられながら、底にあいた穴の方へ。

「降りて下さい。僕らは後から」

数登は、一緒に来ていた捜査員たちに言った。



捜査員は一人ずつ底から体を通して屋上部へ着地していく。
たわむ音。
きしむ音。






「今ここが向かいのビルへ倒れるとどうなる」

「恐らく削れてしまうでしょうが、【書斎】部分は残るはずです」

数登は靴を脱いだ。

「脚を」

「え」

「そのままだと更に悪化します」

釆原は苦笑した。

「サイズが合わない」

数登は釆原に肩を貸し、下に居る捜査員の手も借りながら、降りた。

釆原はその場へ座り込む。

倒れかかったビルはもう少しで、屋上部分に接触するかいなかという所だった。






電話は菊壽きくじゅからだった。

途中で別行動になったものの彼も、僚稀と合流したらしい。



少しビル屋上でへたっている時に釆原うねはらはスマホを見て確認する。
スマホはあと少しで使い物にならないような状態だった。
割れた部分が多く無数の傷を、負っている。

釆原は脚の感覚がほぼなかった。
血が止まっているのかも分からず、少し気を抜くと意識を持って行かれそうになる。






砂と塵が降り注ぐ。

倒れかかったビルが、【書斎】のビルを少し侵食していくように。






数登すとうと捜査員は発砲と銃身で屋上部の一部を破壊し、抜け道をこしらえた。
そして釆原の肩を支えながら数登は素早く移動し、下の階へ降りた。

倒れかかるビルの下敷きにはならずに済んだ。

層になった空気を裂くような音を耳の端に捉える。






降りてみると書類やファイルが整然と詰め込まれた、スチールキャビネットやラックなどが林立する一室だった。
少々埃をかぶっているが「以前そこに人が居た」と思われるに足る調度類がそのままになっている。

数登たちが開けた穴から入り込んでくる砂煙と、釆原が耳の端に、音として捉えたヘリコプターが窓の外にホバリングしていなかったら、とあるオフィスの一室に過ぎない。

動き続けている秒針。釆原の左腕。






「【書斎】か……」

「ええ。先ほどオウスケに渡した香炉を」






釆原は金の香炉を数登へ渡して、とりあえずあったソファに腰を下ろした。
数登はそのソファとテーブルセットの近くにあるデスクに向かう。

タワー型デスクトップのパソコンにハードディスク。
何本か有線のコードが伸びている。



一緒に来た捜査員たちも、書斎の中を各々見回っていた。

天井の方がなんとなく騒がしいのはもちろん、倒れかかった向かいのビルがその上すぐにあるからで。
倒れるとすればこの【書斎】も、今いる自分たちもひとたまりもないだろう。

だが妙に、落ち着いた空気に包まれている気がすると釆原うねはらは思った。

それは脚からの出血と怪我の深さゆえ、意識が朦朧としているのもあったかもしれないが。






釆原は少しソファに座り直してみる。

「上のビルは気にしなくていいのか」

「気にはしていますよ」

作業した手を留めて数登すとうは、釆原にそう返す。

そしてまた作業に戻った。

「【書斎】の葬儀って、何をするんだ?」

釆原は数登に尋ねる。

「ありました」

林立する棚の間でファイルやら何やらを物色していた捜査員が、数登の元へ駆け寄って言った。

手渡したのは小さな、それでいて光る粒のようなものだった。

数登は捜査員から手渡されたあと掲げて見せたので、釆原にも分かった。



動こうとしてもやっとだった。

数登は香炉とその粒を持って、釆原の隣のソファに腰掛ける。
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