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「鳴」を取る一人
22.
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息せき切って走って来た、杝寧唯。
寧唯はたぶん、目立つのは好きなほう。
と思うから、髪を染めたりしているんだろう。
とか、杵屋依杏は勝手に思っている。
杝寧唯は今日、シンプルなワンピース姿。
目立つと言えば、六月の時のレストラン。
髪色がまず、あの日はそうだった。
銀色で、制服で。
今日は、寧唯の目立つ部分は? 電車の時、目立っていたポシェットくらいだろうか。
呼吸を落ち着けながらポツリ話す、そんな様子があるからか。
今、寧唯の印象がいつもと微妙に違う、と依杏には見えた。
鐘搗深記子を、地下へと誘導する。
といっても依杏の頭の中には、慈満寺の詳細な図面。
なんていう、便利なものはない。
その点は、寧唯のほうが詳しいはず。
趣向を凝らした建物群。
増えたり減ったりしながら、参道の方が進んでいるのか。
否。
いま依杏たちが歩いているから、道が進んで見えるだけで。
やがて見えて来たのは、短めの橋。
朱色に塗られた欄干と、木造の足場。
橋下に、水の流れる小規模エリア。
こちら側とあちら側で、少々の断崖が隔たっているのを、繋ぐ橋。
という感じ。
断崖という表現をするとしても、しきれないほどだが。
そこまで深く、切り込みがあるわけではない。
お香の話は、依杏たちの間で薄れる一方。
電話口の向こうの数登珊牙と、寧唯の間では話が盛んになる。
鐘搗深記子なりに、急いだのだろうか。
彼女も、ぐっと距離を詰め。
依杏たちに追いついた。
「そうなんですね~。ふわふわ漂っていた、あれは白檀っていう香り」
「ええ。慈満寺でも、お香は使っているとは思いますが。確か、白檀とは違うと思います」
「え~。私には全部、同じ香りにしか思えないな」
とかいう、寧唯と数登の会話を横目に。
「やっと追いついた! ああ疲れた」
と深記子。
「この衣。速歩になるには不便でね」
と苦笑。
「それで、数登が今、地下にいるということだったけれど」
「そ、そうですね。今から、向かおうとしてたところです」
と、依杏は深記子へ言った。
寧唯にも目配せをして。
電話の向こうとの会話も、鳴りを静めたほうが良さそう。
とか。
寧唯には伝わったようで。
「数登もきっと、梵鐘が勝手に鳴ったから地下へ。人が死んだ件もある。気になったのかもしれない」
と深記子。
それで、言い出しにくさがますます。
薄々、勘づいてはいるのかもしれない。
数登が梵鐘を鳴らしたのでは、と。
とりあえず、地下に誘導するのが優先事項。
「うん。それでさ」
と寧唯が小声で。
「本当に、地下へいま居るわけ? 数登さん」
「数登さんが地下に居ないから、逆に深記子さんを地下に誘導するの」
と依杏。
「数登から。じかに連絡が来ましたんで。確認も取れていますよ」
と釆原が、深記子に言う。
「そう。なら、行きましょう」
と深記子。
木造の足場に、脚が掛かって。
渡り始める。ギイギイと軋む音。
なんだか木馬に揺られているようだ。と依杏は思った。
木馬の思い出なんて、あっただろうか?
都合よく記憶を作ってしまうこともあるとか、ないとか。
依杏は、そういう論に納得していた。
後ろから来る団体、鐘搗紺慈を先頭にした人たち。
やがて渡る木造の足場。
下を流れる水の、細かい音。
お堂のあるエリア。
趣向を凝らした建物が一気に減る代わりに、参道の横幅が一気に拡がる。
開けたエリアで最初に眼についたのは、鐘のぶら下がった建物。
と分かるものだった。
あれが鐘楼だろう。
距離はあるものの。
僧侶と思しき数名が、周辺に屯しているのは分かった。
釆原はファイルを、深記子が居ても開いている。
当の深記子は、話に夢中で。
「地下って、どの辺りなんですか? ここからだと、まだ見えないけれど」
と寧唯が引き取って言う。
「鐘楼を過ぎないことには、見えて来ない。お堂と鐘楼と地下で、三点繋がるように配置されている」
と深記子が、微笑んで言った。
「三点繋ぎですか」
「ええ。私が慈満寺に来た時から、そういう配置だったの。まだ距離はあるわね。鐘楼に岩撫と田上が居るわ。見える?」
「え?」
と寧唯。
「名前を一人一人存じてなくって……。三人通ったお坊さんのうちの?」
「そう。二人よ」
開いたファイルの情報から。
岩撫衛舜、田上紫琉。
どちらも眼鏡。僧侶らしい頭。
あまり顔に特徴がないので、依杏には見分けがつかなかった。
岩撫のほうが、写真だと眼がぱっちりしていると。
表現出来ようか。
実物二人とはまだ、距離がある。
エリアが開けたと同時に、そこに散ったり集まったり、参拝客の人波。
今はまだ小規模なほうだと、寧唯は依杏に言った。
ピークはもっと多いという。
「地下へ行くんなら、ピークではない今のほうが。確かにいいわね」
と深記子。
「あと、通りすがりの面々の一人は、円山だったと思うのだけれど。どこかしらね?」
ばらばらと集まり散る参拝客群。
鐘楼の方に、眼を向ける深記子。
「円山も地下かしらね。彼、地下入口のID担当なの。IDカード、知っている?」
「知ってはいますが、二人ぶんカードはないです。持ってません」
と寧唯は苦笑。
「地下の宝物殿がなんとかって、いうのは微妙に知っています」
と、依杏は言ってみる。
深記子。
「やっぱり、微妙に気になる?」
「なります」
「とりあえず、岩撫と田上に。声を掛けてくるから」
と言って、深記子は小走りに行った。
鐘楼の方向に。
お堂、それから地下入口。
なんとなく、いま依杏たちの居る距離から見えて来た形。
寧唯はたぶん、目立つのは好きなほう。
と思うから、髪を染めたりしているんだろう。
とか、杵屋依杏は勝手に思っている。
杝寧唯は今日、シンプルなワンピース姿。
目立つと言えば、六月の時のレストラン。
髪色がまず、あの日はそうだった。
銀色で、制服で。
今日は、寧唯の目立つ部分は? 電車の時、目立っていたポシェットくらいだろうか。
呼吸を落ち着けながらポツリ話す、そんな様子があるからか。
今、寧唯の印象がいつもと微妙に違う、と依杏には見えた。
鐘搗深記子を、地下へと誘導する。
といっても依杏の頭の中には、慈満寺の詳細な図面。
なんていう、便利なものはない。
その点は、寧唯のほうが詳しいはず。
趣向を凝らした建物群。
増えたり減ったりしながら、参道の方が進んでいるのか。
否。
いま依杏たちが歩いているから、道が進んで見えるだけで。
やがて見えて来たのは、短めの橋。
朱色に塗られた欄干と、木造の足場。
橋下に、水の流れる小規模エリア。
こちら側とあちら側で、少々の断崖が隔たっているのを、繋ぐ橋。
という感じ。
断崖という表現をするとしても、しきれないほどだが。
そこまで深く、切り込みがあるわけではない。
お香の話は、依杏たちの間で薄れる一方。
電話口の向こうの数登珊牙と、寧唯の間では話が盛んになる。
鐘搗深記子なりに、急いだのだろうか。
彼女も、ぐっと距離を詰め。
依杏たちに追いついた。
「そうなんですね~。ふわふわ漂っていた、あれは白檀っていう香り」
「ええ。慈満寺でも、お香は使っているとは思いますが。確か、白檀とは違うと思います」
「え~。私には全部、同じ香りにしか思えないな」
とかいう、寧唯と数登の会話を横目に。
「やっと追いついた! ああ疲れた」
と深記子。
「この衣。速歩になるには不便でね」
と苦笑。
「それで、数登が今、地下にいるということだったけれど」
「そ、そうですね。今から、向かおうとしてたところです」
と、依杏は深記子へ言った。
寧唯にも目配せをして。
電話の向こうとの会話も、鳴りを静めたほうが良さそう。
とか。
寧唯には伝わったようで。
「数登もきっと、梵鐘が勝手に鳴ったから地下へ。人が死んだ件もある。気になったのかもしれない」
と深記子。
それで、言い出しにくさがますます。
薄々、勘づいてはいるのかもしれない。
数登が梵鐘を鳴らしたのでは、と。
とりあえず、地下に誘導するのが優先事項。
「うん。それでさ」
と寧唯が小声で。
「本当に、地下へいま居るわけ? 数登さん」
「数登さんが地下に居ないから、逆に深記子さんを地下に誘導するの」
と依杏。
「数登から。じかに連絡が来ましたんで。確認も取れていますよ」
と釆原が、深記子に言う。
「そう。なら、行きましょう」
と深記子。
木造の足場に、脚が掛かって。
渡り始める。ギイギイと軋む音。
なんだか木馬に揺られているようだ。と依杏は思った。
木馬の思い出なんて、あっただろうか?
都合よく記憶を作ってしまうこともあるとか、ないとか。
依杏は、そういう論に納得していた。
後ろから来る団体、鐘搗紺慈を先頭にした人たち。
やがて渡る木造の足場。
下を流れる水の、細かい音。
お堂のあるエリア。
趣向を凝らした建物が一気に減る代わりに、参道の横幅が一気に拡がる。
開けたエリアで最初に眼についたのは、鐘のぶら下がった建物。
と分かるものだった。
あれが鐘楼だろう。
距離はあるものの。
僧侶と思しき数名が、周辺に屯しているのは分かった。
釆原はファイルを、深記子が居ても開いている。
当の深記子は、話に夢中で。
「地下って、どの辺りなんですか? ここからだと、まだ見えないけれど」
と寧唯が引き取って言う。
「鐘楼を過ぎないことには、見えて来ない。お堂と鐘楼と地下で、三点繋がるように配置されている」
と深記子が、微笑んで言った。
「三点繋ぎですか」
「ええ。私が慈満寺に来た時から、そういう配置だったの。まだ距離はあるわね。鐘楼に岩撫と田上が居るわ。見える?」
「え?」
と寧唯。
「名前を一人一人存じてなくって……。三人通ったお坊さんのうちの?」
「そう。二人よ」
開いたファイルの情報から。
岩撫衛舜、田上紫琉。
どちらも眼鏡。僧侶らしい頭。
あまり顔に特徴がないので、依杏には見分けがつかなかった。
岩撫のほうが、写真だと眼がぱっちりしていると。
表現出来ようか。
実物二人とはまだ、距離がある。
エリアが開けたと同時に、そこに散ったり集まったり、参拝客の人波。
今はまだ小規模なほうだと、寧唯は依杏に言った。
ピークはもっと多いという。
「地下へ行くんなら、ピークではない今のほうが。確かにいいわね」
と深記子。
「あと、通りすがりの面々の一人は、円山だったと思うのだけれど。どこかしらね?」
ばらばらと集まり散る参拝客群。
鐘楼の方に、眼を向ける深記子。
「円山も地下かしらね。彼、地下入口のID担当なの。IDカード、知っている?」
「知ってはいますが、二人ぶんカードはないです。持ってません」
と寧唯は苦笑。
「地下の宝物殿がなんとかって、いうのは微妙に知っています」
と、依杏は言ってみる。
深記子。
「やっぱり、微妙に気になる?」
「なります」
「とりあえず、岩撫と田上に。声を掛けてくるから」
と言って、深記子は小走りに行った。
鐘楼の方向に。
お堂、それから地下入口。
なんとなく、いま依杏たちの居る距離から見えて来た形。
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