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無を以て追跡と
21.
しおりを挟む「依頼されている葬儀って、何」
釆原は数登に尋ねる。
「釆原さんも一緒に来ますか?」
数登は拳銃を拾い上げながら言う。
「葬儀は向かいのビルなんです」
「葬儀がビル?」
数登は微笑んだ。
「説明というのは難しい」
「そうかもね」
数登は釆原に金の香炉を渡して、自分は拳銃に弾を装填した。
いつの間に弾を抜いたのだろう。
と釆原は思った。
その間も床は傾き続けている。
レブラを追うためによく分からない手掛かりを追ってここまで来て、レブラに辿り着けば今度はビルが傾きはじめる。
なんとしていいか釆原にはよく分からなかったが、頭の中は冷静だと自分では思っている。
だが明らかに画としては危機感満載。
レブラは眼を丸くしていたのだが我に返ったように。
数登とじりじり距離を詰め始める。
数登はそれに気付いて少し構えの姿勢を取った。
「あるのなら本物の香炉を出してもらおうか」
レブラは言った。とても冷静に。
「その香炉は本物なのか」
数登はかぶりを振った。
床の傾きが一段と激しいものになった。
「九十九社としても美野川様の御夫人に酷く手を焼いていました。そしてあなたはアイドルとしての活動休止以前、集中的に御夫人から酷い扱いを受けていたと言いたい。僕の受けた依頼は、美野川嵐道様が【書斎】として利用していたビルの葬儀です」
数登のその言葉を皮切りにしたように床がドッとなった。
「その前にまずここを、出ましょう」
数登は言った。
「逃げるのか」
レブラは数登の言葉に抵抗しようとしたのだろうが体のバランスを、支えきれない。
僚稀はレブラを支えようとして移動を試みて、言った。
「ちょっと何が何だか分かんないですけれど、レブラさんを連れて降りますよ僕!」
そこに居た一同ポカンとなる。
僚稀は大穴の手前へたどり着き、そこから下を覗いた。
「飛び降りてもたぶん……下に居る人が準備してくれているっぽいんで。命あっての物種です」
レブラは抵抗しようとしなかった。
捜査員も「逃げる」ことを選択するものが多かった。
床、というよりビル全体が傾く中で逃げ道として確保できるのは、開いた大穴と、釆原たちがこのビルの上に上がるために使用した階段部分。
ただこちらはかろうじて。
「どうしますか。釆原さん」
数登は尋ねた。
僚稀はもうレブラを抱え込むようにして大穴へ向かっている。
「下で待っていますから!」
僚稀はレブラと共に飛んだ。
大穴から恐らく何事もなく、地面に向かって。
「オウスケさん」
「何でもいいが話している場合じゃないだろう」
数登は急斜面になった床を慣れた様子で、滑るようにして移動した。
レブラに関するいろいろをまだ全て、当の数登から聞き出せたわけではない。
手掛かりを追ってここまで来て、自分が姿を消すなんてことになったらどうしようもない。
釆原も数登の後に続いて、斜めになった床を滑ろうとした。
だが大穴側にあった物体も同じく滑って来て、それを避けようとして体をずらし、避けたはずが脚の方へ怪我をした。
思ったより傷は深そうだ。
数登の元へ着いた時には、血で赤く染まった自分の脚を見る破目になった。
釆原はスーツを裂いて脚へ巻こうとするが、手が覚束なかった。
痛覚よりも感覚の麻痺が先だったのかもしれない。
数登もまたスーツを裂いて、それで釆原の脚を止血する。
「耐えられますか」
「何とか」
スマホが振動する。
菊壽かもしれない。
数名の捜査員も数登の傍へやって来た。
釆原たちのいるビル内部にいた大体の人が、大穴から下へ降りた。
だが降りずに残った人々も。
その数名がいま数登の傍に。
どこかでまた爆発音がする。
「【書斎】だろうか」
釆原は数登に尋ねる。
「今の傾きから判断するに、【書斎】のビルはこのすぐ下でしょう」
数登は言った。
「であればもう少し、大きな衝撃があるはずです」
要するに別場所で爆発したのだなと、釆原は思うことにした。
「どこから出る」
数登は少し構え拳銃を発砲。
三、四回。
下へ向けて。
そして捜査員の持っていた銃の銃身全体を使って、衝撃を更に加える。
底が抜けた。
砂埃が舞った。
揺れがある。
釆原は体を支えきれない。
だが一人の捜査員に肩を貸されて、なんとか立った。
血が濃く重くなっていた。
釆原はシャツと破れたスーツ上下。残りの布を全て脚へ回した。
底が抜けた穴の部分を、覗き込むようにする捜査員。
数登と釆原たちにとって、「床面」となっている部分が更に傾く。
「下は向かいのビルの、屋上部分です」
捜査員が言うので数登も底から外を覗く。
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