128 / 136
無を以て追跡と
16.
しおりを挟む
だが顔を見合わせていても仕方がない。
釆原と僚稀は物音を立てないようにそっと階段を上りきり、数登と【葬儀屋の女性】がいる部屋の床を踏みしめる。
すぐさま物陰へ。
赤、黄土色、砂色の色とりどりは変わらない。
「あの人たちに気付かれていましたかね、僕ら」
僚稀が尋ねた。
「上方から下がよく見える状態だったけれど、下を見ている様子はなかったな」
「でも本当にレブラなんですかね」
大穴からの赤い日に溶けない金の香炉の光。
それが持ち主の顔を照らしている。
確かに女性のような、それでいて端正な顔立ち。
釆原が取材していた頃のレブラの面影が見当たらないのだ。
数登とレブラかもしれない人物の葬儀談義は続いている。
「レブラではないとしても、あの金の香炉は本物に見える。盗んだということじゃないか」
「さっき守ったって言っていましたよ。偽物の香炉を置いてきたってことでしょう」
下からの物音を釆原は聞いた。
「だとしてもあいつらは、追われている」
僚稀はかぶりを振った。
偽物を置いてきてまで守りたいのはなぜか、そして本当にあの香炉は本物か。
しかも単独というか個々人二人で逃げたら追跡の的になりやすいのに、敢えてその方法を取っていること。
自分が追ってきた変な手掛かりを、数登かそのもう片方がわざと残していたということ。
「やっぱり俺らは、先方に気付かれているのかもしれないな」
「分かんないっすよもう」
数登の声。
「嵐道さんが大切にしていたそれを、その手で持ち出したことに後悔はありませんか」
「ありません。何しろあの会場には記者やパパラッチやその他大勢が沢山いました。宝物に何があるか分からないでしょう。だから私は敢えて、葬儀屋として、自分の脚で当然のことをしたまでです」
「その香炉が本物だと云いきれますか」
「ええもちろん」
「その根拠は」
「私はこれでもいろんな宝物や遺品に触れてきた身ですよ」
笑いながら言う。
その声の音程が少し変わったように釆原は思って、レブラかもしれない人物の顔を見た。
双眼鏡がないのでよく見えないが振り返った、その眼の奥が光っている。
違う。何かが違う。
釆原は思った。
下からの気配は抑えの効かないものになりつつある。
奴らは気付いていないのだろうか。
いや、気付いていない方が変だ。
「あなたもそのはずです。精巧な造りの純金で、小さな細かい装飾は全て手作業で作られています。装飾の一つ一つが全て表情を変えてここにある。それは宝石一粒とってもです。あなたにも分かるはずだ。ただあなたにも分からなかったことはありますけれどね。下の気配に気付きませんか?」
「知っていますよ」
「仲間なんです。だから」
そう言って振りかぶった。
投げ落とされる香炉。
開いた大穴から投げ落とされたのである。
「あなたにそれは分からなかったでしょう」
長い髪の縛りを解く。
その表情と声は女性のそれではない。
釆原と僚稀は物音を立てないようにそっと階段を上りきり、数登と【葬儀屋の女性】がいる部屋の床を踏みしめる。
すぐさま物陰へ。
赤、黄土色、砂色の色とりどりは変わらない。
「あの人たちに気付かれていましたかね、僕ら」
僚稀が尋ねた。
「上方から下がよく見える状態だったけれど、下を見ている様子はなかったな」
「でも本当にレブラなんですかね」
大穴からの赤い日に溶けない金の香炉の光。
それが持ち主の顔を照らしている。
確かに女性のような、それでいて端正な顔立ち。
釆原が取材していた頃のレブラの面影が見当たらないのだ。
数登とレブラかもしれない人物の葬儀談義は続いている。
「レブラではないとしても、あの金の香炉は本物に見える。盗んだということじゃないか」
「さっき守ったって言っていましたよ。偽物の香炉を置いてきたってことでしょう」
下からの物音を釆原は聞いた。
「だとしてもあいつらは、追われている」
僚稀はかぶりを振った。
偽物を置いてきてまで守りたいのはなぜか、そして本当にあの香炉は本物か。
しかも単独というか個々人二人で逃げたら追跡の的になりやすいのに、敢えてその方法を取っていること。
自分が追ってきた変な手掛かりを、数登かそのもう片方がわざと残していたということ。
「やっぱり俺らは、先方に気付かれているのかもしれないな」
「分かんないっすよもう」
数登の声。
「嵐道さんが大切にしていたそれを、その手で持ち出したことに後悔はありませんか」
「ありません。何しろあの会場には記者やパパラッチやその他大勢が沢山いました。宝物に何があるか分からないでしょう。だから私は敢えて、葬儀屋として、自分の脚で当然のことをしたまでです」
「その香炉が本物だと云いきれますか」
「ええもちろん」
「その根拠は」
「私はこれでもいろんな宝物や遺品に触れてきた身ですよ」
笑いながら言う。
その声の音程が少し変わったように釆原は思って、レブラかもしれない人物の顔を見た。
双眼鏡がないのでよく見えないが振り返った、その眼の奥が光っている。
違う。何かが違う。
釆原は思った。
下からの気配は抑えの効かないものになりつつある。
奴らは気付いていないのだろうか。
いや、気付いていない方が変だ。
「あなたもそのはずです。精巧な造りの純金で、小さな細かい装飾は全て手作業で作られています。装飾の一つ一つが全て表情を変えてここにある。それは宝石一粒とってもです。あなたにも分かるはずだ。ただあなたにも分からなかったことはありますけれどね。下の気配に気付きませんか?」
「知っていますよ」
「仲間なんです。だから」
そう言って振りかぶった。
投げ落とされる香炉。
開いた大穴から投げ落とされたのである。
「あなたにそれは分からなかったでしょう」
長い髪の縛りを解く。
その表情と声は女性のそれではない。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

聖女の如く、永遠に囚われて
white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。
彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。
ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。
良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。
実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。
━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。
登場人物
遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。
遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。
島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。
工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。
伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。
島津守… 良子の父親。
島津佐奈…良子の母親。
島津孝之…良子の祖父。守の父親。
島津香菜…良子の祖母。守の母親。
進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。
桂恵… 整形外科医。伊藤一正の同級生。
秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。


無限の迷路
葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ミステリH
hamiru
ミステリー
ハミルは一通のLOVE LETTERを拾った
アパートのドア前のジベタ
"好きです"
礼を言わねば
恋の犯人探しが始まる
*重複投稿
小説家になろう・カクヨム・NOVEL DAYS
Instagram・TikTok・Youtube
・ブログ
Ameba・note・はてな・goo・Jetapck・livedoor
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる