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無を以て追跡と
14.
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譲歩的要請法。ドア・イン・ザ・フェイス。心理学と交渉術。
大きな要請をしてそれを拒否されたら、小さな要請を出してみる。
それで相手の承諾が得られれば、ドア・イン・ザ・フェイスが成り立つことになる。
だがそもそも逃走が大掛かりだ。
偲ぶ会というもの自体大掛かりに瀬戸宇治ドームで行われている。
大掛かりというのは、捜査隊まで駆り出されているという点でも。
大きな要請も小さな要請もない。
大きなドームから小さな金の香炉が盗まれる。盗まれた。
数登はレブラの何を承諾したのだろう?
レブラは数登の何を承諾したのだろう。
承諾をもって逃走しているのか。
逃走をもって承諾としているのか。
前方の二人が数登とレブラである確証は、接近しなければ分からないだろう。
だが『ドームで見た奴だ』という感覚だけは、釆原は拭うことが出来なかった。
ドーム内の酒、祭壇と続き花、そして金の香炉。
おかしな手掛かりばかり残したのは、あの前方を歩いている二人。
菊壽がいないので双眼鏡がない。
「特徴、見えるか」
釆原は僚稀に尋ねる。
「なんとなくですけれど……。男の方は肌が浅黒そうですね」
「そっちの片方も男だろう」
「でもやっぱり……、いや分かるんだけれど……、綺麗っすよね」
釆原は目を凝らす。
手首に数珠のようなもの。
今いる場所が荒涼としているので、土煙もあるが浅黒いとすれば数登なのだろう。
そして背の低い方。
スーツに包まれた引き締まった体。
しなやかな黒髪は一本に纏められている。
あれがレブラ……。
随分休止前と印象が違う。
釆原は思った。
僚稀の言った防弾チョッキを付けているにしろいないにしろ、並んだ背の高低を見る見ないにしろ、数登と並んだもう片方は女性にしか見えない。
ドームに入って最初に見た、葬儀屋の女性。
そしてビルの中へ入って行く。
釆原と僚稀は改めて、自分たちのいる周囲を見回した。
鉄骨剥き出しのビル、そうでないビル、事業をしていた土地か、とにかく時の止まったような土地。
傍を見ると、装甲車のような黒い車。
そして後方から慌ただしい音。
「捜査員かもですね、その黒い車もそうかな?」
僚稀が言うか言わぬかの間に一人、その表情は見えないものの黒い人影が走って来る。
釆原と僚稀も走って移動しつつ、並んだ二人が入って行ったビルへ。
全体的に『穴があいている』ビルだ。
筒抜けの声。
上方から聞こえてくる。
釆原が見積もったところでは推定五、六階建てくらい。
鉄骨は剥き出し。
仲睦まじそうに言葉が飛び交っている。
「偲ぶ会を置いて、出て来てしまいましたが……」
男の声。
どうやら葬儀関連の話をしているようだ。
と釆原は思った。
「ドームで会った時と同じだ。数登の声だ」
釆原は上りながら僚稀に言う。
上っているのは、鉄で出来た錆びた階段。
上方からも足音が響く中、何やらはにかむようなクスクス笑う声がする。
「なんか僕の見間違えだったんですかね。明らかに女性の声だな」
僚稀が言った。
「そうだな」
釆原は苦笑。
だが上る。
大きな要請をしてそれを拒否されたら、小さな要請を出してみる。
それで相手の承諾が得られれば、ドア・イン・ザ・フェイスが成り立つことになる。
だがそもそも逃走が大掛かりだ。
偲ぶ会というもの自体大掛かりに瀬戸宇治ドームで行われている。
大掛かりというのは、捜査隊まで駆り出されているという点でも。
大きな要請も小さな要請もない。
大きなドームから小さな金の香炉が盗まれる。盗まれた。
数登はレブラの何を承諾したのだろう?
レブラは数登の何を承諾したのだろう。
承諾をもって逃走しているのか。
逃走をもって承諾としているのか。
前方の二人が数登とレブラである確証は、接近しなければ分からないだろう。
だが『ドームで見た奴だ』という感覚だけは、釆原は拭うことが出来なかった。
ドーム内の酒、祭壇と続き花、そして金の香炉。
おかしな手掛かりばかり残したのは、あの前方を歩いている二人。
菊壽がいないので双眼鏡がない。
「特徴、見えるか」
釆原は僚稀に尋ねる。
「なんとなくですけれど……。男の方は肌が浅黒そうですね」
「そっちの片方も男だろう」
「でもやっぱり……、いや分かるんだけれど……、綺麗っすよね」
釆原は目を凝らす。
手首に数珠のようなもの。
今いる場所が荒涼としているので、土煙もあるが浅黒いとすれば数登なのだろう。
そして背の低い方。
スーツに包まれた引き締まった体。
しなやかな黒髪は一本に纏められている。
あれがレブラ……。
随分休止前と印象が違う。
釆原は思った。
僚稀の言った防弾チョッキを付けているにしろいないにしろ、並んだ背の高低を見る見ないにしろ、数登と並んだもう片方は女性にしか見えない。
ドームに入って最初に見た、葬儀屋の女性。
そしてビルの中へ入って行く。
釆原と僚稀は改めて、自分たちのいる周囲を見回した。
鉄骨剥き出しのビル、そうでないビル、事業をしていた土地か、とにかく時の止まったような土地。
傍を見ると、装甲車のような黒い車。
そして後方から慌ただしい音。
「捜査員かもですね、その黒い車もそうかな?」
僚稀が言うか言わぬかの間に一人、その表情は見えないものの黒い人影が走って来る。
釆原と僚稀も走って移動しつつ、並んだ二人が入って行ったビルへ。
全体的に『穴があいている』ビルだ。
筒抜けの声。
上方から聞こえてくる。
釆原が見積もったところでは推定五、六階建てくらい。
鉄骨は剥き出し。
仲睦まじそうに言葉が飛び交っている。
「偲ぶ会を置いて、出て来てしまいましたが……」
男の声。
どうやら葬儀関連の話をしているようだ。
と釆原は思った。
「ドームで会った時と同じだ。数登の声だ」
釆原は上りながら僚稀に言う。
上っているのは、鉄で出来た錆びた階段。
上方からも足音が響く中、何やらはにかむようなクスクス笑う声がする。
「なんか僕の見間違えだったんですかね。明らかに女性の声だな」
僚稀が言った。
「そうだな」
釆原は苦笑。
だが上る。
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