71 / 136
「鳴」を取る一人
11.
しおりを挟む
入屋高校の「古美術建物研究会」。
高校全体でも言われていることではあるが、研究会では特にだった。
それが、郁伽が慈満寺に来た第一に上げられること。
「慈満寺で人が死んだ件」。
それは何が引き金になって、誰かが死ぬ羽目になったのか?
定かではないし、単なる噂レベルのことではある。
実際に、実証研究したわけでもない。
ただ「古美術建物研究会」では、よくこんなふうに言っていた。
「慈満寺にある鐘が、鳴るからでは?」
と。
郁伽にとっては、ちょっと予定外だった。
慈満寺で釆原と会うことは、予定に入っていなかった。
で、今は単独で突っ走っている。
多少速度は緩まったものの、肝心の「数登珊牙」の人相も憶えていない状態。
いずれにしても、数登さんとやらは、慈満寺で人が死んだことについて興味が大ありらしい。
で、ちょっと眼の先には、慈満寺関係者と思しき少年。
大きなお堂だ。
と、郁伽は思った。
お堂で合っているかな?
威圧感と大きさと線香。
それは中に入ったら、更に大きく感じられるだろうなあ。
とか。
お堂の正面ではなく、裏に回ってみる。
たぶんメインのお堂なのだろう。今も人の出入りがある。
裏に回ると雑木林だった。
ちょうど、少年もそこへ向かっていたし。
背が低い、それは私もだが。
と郁伽は思う。
だがそれ故に、脚の速さには自信がある。
「ちょっと、そこの子!」
「は?」
と言って、少年は振り返った。
「そこの子って、ぼくですか?」
「そう。今はあなたしかいないよね」
「そうですかね。参拝客の他の人を見ていないだけ、じゃないですか?」
郁伽はいくらかムッとした。
「いや、明らかに関係者だろうなあと思ったから。声を掛けたの」
「なんですか? 案内とか?」
「あのね、ここへ派遣に来ているっていう人を探していて」
「派遣……」
少年の表情が、険しくなる。
「いきなり言われてもね」
「それは、うん。確かに訊き方も、訊き方かもしれないわね」
と郁伽。
「ただ、ちょっと渡したいものがあってさ。急務なのよ」
「あの、ぼくも今仕事があるんで」
「何の仕事?」
「ぼくのも急務なんですよ。結構報酬が良い感じにつくんで」
「例えば?」
「た、例えば……」
ここまで言って、後には引けなくなったようで。
「ええと。欲しかったカードの星がかなり多いやつが、貰えるって」
「へえ」
と郁伽はニヤリとした。
「それで、急務だと」
「そ、そうです。じゃ、これで」
「あのね。じゃあ名前を出すから。数登珊牙とかいう人なんだけど」
少年が固まった。
「よりによって、珊牙さんかよ」
「かよって何よ」
「いや、ぼくも今その、珊牙さんに仕事頼まれているんです。数登珊牙さん」
「なら話が早い。ちょっと、その人の所に案内して欲しい」
「えー」
少年はぶーたれた。
「なんかペースに飲まれてますよね。ぼく」
「大丈夫、飲んでないから」
「そうですか」
「で、数登さんは?」
「その前にちょっと、寄る所があるんで。先にそっちでもいいですか?」
「別に構わないけれど」
「うーん。やっぱりちょっと待っていてもらいたいです。一応、お名前は?」
「八重嶌郁伽。たぶん数登さんの方が、言えば憶えているかもしれない」
「じゃあ予約ってことで。ちょっと、表で待っていてください。ぼくは鐘搗って言います。麗慈」
サンダルの件は、迂闊ではあった。
最初からスニーカーで来れば良かったのだけれど。
とか郁伽は思う。
お堂の裏から表へ回る前に、郁伽はいくらか雑木林その他を眼に留めておいた。
前日は雨が降った。
今日は雨は降っていない。
「慈満寺にある鐘が、鳴るからでは?」
ということ。
それに加えて、郁伽が気になるのは、「雨かそうでないか」ということだった。
あの鐘搗とか言う子は、雪駄でも普通に歩いていた。
郁伽では無理でも、慈満寺関係者であれば気にならない程度の、地面の状態なのだろうか。
お堂は恐らく「本堂」。
そして例の鐘撞台、所謂「鐘楼」。
位置的には、一応眼に入る位置にはある。
で、肝心の「慈満寺で人が死んだ件」。
それは地下で起こったことだ。
今郁伽の居る位置では、地下入口については全く見えなかった。
あの鐘搗という子は、「表で待っていて」と言ったよな。と思う郁伽。
ならば先に、その気になる地下の方を見ておくのが、いいかもしれない。
そう思って、郁伽は駆け足の準備をした。
一応眼に入る位置にある、鐘楼。
誰か居るか?
恋愛成就キャンペーン開始前の、今の時間。
エリアには参拝客が居るには、居る。
御朱印目的ではなく、参拝目的の人も当然だが居る。
で、その他には?
郁伽がいくらか速歩になった所で、視線の先に入った人物。
どこへ行くか?
地下でもない。お堂でもない。
行く先は鐘楼のようだ。
そのまま郁伽は行こうとして、地下までは距離があるのに気付く。
で、いきなりだった。
鐘が鳴ったのである。
高校全体でも言われていることではあるが、研究会では特にだった。
それが、郁伽が慈満寺に来た第一に上げられること。
「慈満寺で人が死んだ件」。
それは何が引き金になって、誰かが死ぬ羽目になったのか?
定かではないし、単なる噂レベルのことではある。
実際に、実証研究したわけでもない。
ただ「古美術建物研究会」では、よくこんなふうに言っていた。
「慈満寺にある鐘が、鳴るからでは?」
と。
郁伽にとっては、ちょっと予定外だった。
慈満寺で釆原と会うことは、予定に入っていなかった。
で、今は単独で突っ走っている。
多少速度は緩まったものの、肝心の「数登珊牙」の人相も憶えていない状態。
いずれにしても、数登さんとやらは、慈満寺で人が死んだことについて興味が大ありらしい。
で、ちょっと眼の先には、慈満寺関係者と思しき少年。
大きなお堂だ。
と、郁伽は思った。
お堂で合っているかな?
威圧感と大きさと線香。
それは中に入ったら、更に大きく感じられるだろうなあ。
とか。
お堂の正面ではなく、裏に回ってみる。
たぶんメインのお堂なのだろう。今も人の出入りがある。
裏に回ると雑木林だった。
ちょうど、少年もそこへ向かっていたし。
背が低い、それは私もだが。
と郁伽は思う。
だがそれ故に、脚の速さには自信がある。
「ちょっと、そこの子!」
「は?」
と言って、少年は振り返った。
「そこの子って、ぼくですか?」
「そう。今はあなたしかいないよね」
「そうですかね。参拝客の他の人を見ていないだけ、じゃないですか?」
郁伽はいくらかムッとした。
「いや、明らかに関係者だろうなあと思ったから。声を掛けたの」
「なんですか? 案内とか?」
「あのね、ここへ派遣に来ているっていう人を探していて」
「派遣……」
少年の表情が、険しくなる。
「いきなり言われてもね」
「それは、うん。確かに訊き方も、訊き方かもしれないわね」
と郁伽。
「ただ、ちょっと渡したいものがあってさ。急務なのよ」
「あの、ぼくも今仕事があるんで」
「何の仕事?」
「ぼくのも急務なんですよ。結構報酬が良い感じにつくんで」
「例えば?」
「た、例えば……」
ここまで言って、後には引けなくなったようで。
「ええと。欲しかったカードの星がかなり多いやつが、貰えるって」
「へえ」
と郁伽はニヤリとした。
「それで、急務だと」
「そ、そうです。じゃ、これで」
「あのね。じゃあ名前を出すから。数登珊牙とかいう人なんだけど」
少年が固まった。
「よりによって、珊牙さんかよ」
「かよって何よ」
「いや、ぼくも今その、珊牙さんに仕事頼まれているんです。数登珊牙さん」
「なら話が早い。ちょっと、その人の所に案内して欲しい」
「えー」
少年はぶーたれた。
「なんかペースに飲まれてますよね。ぼく」
「大丈夫、飲んでないから」
「そうですか」
「で、数登さんは?」
「その前にちょっと、寄る所があるんで。先にそっちでもいいですか?」
「別に構わないけれど」
「うーん。やっぱりちょっと待っていてもらいたいです。一応、お名前は?」
「八重嶌郁伽。たぶん数登さんの方が、言えば憶えているかもしれない」
「じゃあ予約ってことで。ちょっと、表で待っていてください。ぼくは鐘搗って言います。麗慈」
サンダルの件は、迂闊ではあった。
最初からスニーカーで来れば良かったのだけれど。
とか郁伽は思う。
お堂の裏から表へ回る前に、郁伽はいくらか雑木林その他を眼に留めておいた。
前日は雨が降った。
今日は雨は降っていない。
「慈満寺にある鐘が、鳴るからでは?」
ということ。
それに加えて、郁伽が気になるのは、「雨かそうでないか」ということだった。
あの鐘搗とか言う子は、雪駄でも普通に歩いていた。
郁伽では無理でも、慈満寺関係者であれば気にならない程度の、地面の状態なのだろうか。
お堂は恐らく「本堂」。
そして例の鐘撞台、所謂「鐘楼」。
位置的には、一応眼に入る位置にはある。
で、肝心の「慈満寺で人が死んだ件」。
それは地下で起こったことだ。
今郁伽の居る位置では、地下入口については全く見えなかった。
あの鐘搗という子は、「表で待っていて」と言ったよな。と思う郁伽。
ならば先に、その気になる地下の方を見ておくのが、いいかもしれない。
そう思って、郁伽は駆け足の準備をした。
一応眼に入る位置にある、鐘楼。
誰か居るか?
恋愛成就キャンペーン開始前の、今の時間。
エリアには参拝客が居るには、居る。
御朱印目的ではなく、参拝目的の人も当然だが居る。
で、その他には?
郁伽がいくらか速歩になった所で、視線の先に入った人物。
どこへ行くか?
地下でもない。お堂でもない。
行く先は鐘楼のようだ。
そのまま郁伽は行こうとして、地下までは距離があるのに気付く。
で、いきなりだった。
鐘が鳴ったのである。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

聖女の如く、永遠に囚われて
white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。
彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。
ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。
良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。
実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。
━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。
登場人物
遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。
遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。
島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。
工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。
伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。
島津守… 良子の父親。
島津佐奈…良子の母親。
島津孝之…良子の祖父。守の父親。
島津香菜…良子の祖母。守の母親。
進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。
桂恵… 整形外科医。伊藤一正の同級生。
秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。


無限の迷路
葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ミステリH
hamiru
ミステリー
ハミルは一通のLOVE LETTERを拾った
アパートのドア前のジベタ
"好きです"
礼を言わねば
恋の犯人探しが始まる
*重複投稿
小説家になろう・カクヨム・NOVEL DAYS
Instagram・TikTok・Youtube
・ブログ
Ameba・note・はてな・goo・Jetapck・livedoor
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる