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「鳴」を取る一人
10.
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新聞記事に載っていた、例の二人の人影。
種明かしをしたのは、どっちだったか。
たぶん先に言ったのは依杏だが、その後の話では釆原の方が会話の主導権だった。
依杏が「見憶えがある」と思ったのは、実際に見たことがあったからだった。
写真でだったけれども。
だから、倒壊したビルの写真の人影は、数登と釆原凰介ということだった。
一方は郁伽がバイトしている、レストランで。
更に一方は、いま慈満寺で。
郁伽は、なかなか戻って来ない。
やっと戻って来たと思ったら、逃げ出しそうな感じだった。
いつもの郁伽先輩の色がない。
と依杏は思った。
郁伽と釆原が知り合いというのは、郁伽が歌の活動をしているところにあるらしい。
たまに取材なんかも、受けるとか受けないとかで。
「あんまり、慈満寺に来ないほうが良かったんじゃない」
と釆原。
「いやでも、来ちゃっていますし」
と戻って来た郁伽、苦笑して言った。
「キャンペーンまではまだ、時間があります。境内の案内板にありましたけれど、会館のほうでキャンペーンのいろいろとか。詳しく説明があるみたいですね」
手元に視線。
それから、
「時間まだあるんで、あたし、その数登珊牙さんとやら、探してきますよ」
「いや、探すなら私が……」
と依杏は言いかけたが、郁伽の脚のほうが速かった。
「人のことを憶えるのが苦手」と、言っていたのに。
とか依杏は思ったが遅かった。
とりあえず、積んである敷石から、腰を上げた三人。
郁伽が走っていってしまった以上、座っていても何にもならない。
ザッと見た感じでは、会館とやらの方に、列が出来ている。
恐らく慈満寺の「御朱印」目当てとか。そんな感じだろう、という予想。
積まれた敷石の、近くにある弁財天の祠。
対角線上に様々、寺に纏わるものが配置されているというのが、境内のザッと見た感じの印象だ。
「数登さんが、会館の中にいるとか。そういう情報あったりしません?」
と寧唯が、釆原に尋ねる。
「どうだろう。とりあえず行ってみる?」
「じゃあ釆原さんも、恋愛成就キャンペーンに参加とかいう名目で」
「は?」
「いや、郁伽先輩行っちゃったでしょう。いつ戻って来るか、分からないし」
と寧唯。
「でも釆原さん、抽選に入っていないじゃない」
と依杏はツッコんだ。
寧唯。
「まあそれはそうなんだけどさ。三人枠でしょう? いちいちキャンペーン中に、確かめないんじゃない」
「三人枠に入る、前提になっちゃっているけれど」
と釆原は苦笑。
「渡すものって、一体なんですか」
「ああ、これ」
と言って釆原はファイルを取り出した。
電子ではない、物理的なファイルだ。
「本当に来た!」
と声がした。
三人が声のほうを向くと、竹箒を持った少年が居る。
「ええっと、釆原?」
「呼び捨てにされていますけど」
と寧唯。
「知り合いですか?」
「敷石の上、座っていたでしょ!」
と少年。
「そこ、ダメだから! つぎ座ったら言うからね!」
と言って、これまた脱兎のごとく駆け出した。
「知り合いです?」
と依杏。
「一応。鐘搗の息子さん」
「へえ」
と寧唯。
少年の容姿としては、竹箒はそう。
それと作務衣に雪駄。
慈満寺だから衣というのは、そうだろう。
石畳の多い参道の上、釆原の持って来たファイルを見る二人。
「あの子の名前、なんていうんです?」
と寧唯が訊いた。
釆原。
「鐘搗紺慈が親父で、確か鐘搗麗慈じゃなかったかな」
「鐘搗紺慈さん、ありますね」
と寧唯はファイルを示した。
慈満寺に居るであろう人物の?
写真付き、そして説明付きの物理的な、情報の種々雑多。
「これを、数登さんに渡す」
と依杏。
「なんだか、やっぱり調査の色が濃いですね」
「そう。濃いね。何しろ、そういう頭の作りらしいからな」
と釆原は苦笑。
「美野川の時も、そんな感じだったな。葬儀屋やるより、珊牙は派遣のほうが良いのかもしれない」
「とにかく、郁伽先輩は探さないといけない案件です」
と寧唯。
「釆原さんには、とりあえず三人枠に入ってもらって。傍ら、キャンペーンまでの時間、このファイルとか調査」
と彼女が言いかけて、急に音が鳴り出した。
鐘の音。
鐘を撞く音だ。
「時間、だっけ?」
と依杏。
*
取材以外も、あった。
例えば、戸祢維鶴とのこと。
維鶴は釆原の妻である。
たまに、郁伽は維鶴と食事に出掛けたりしていた。
ただ、そういうことがあっても。
あんまり「美野川嵐道」とか「倒壊した建物」の件についての話には、なったことがない。
気付いてもよかったのだが、気付かずにいた。
それを、依杏が気付いたという点。
その点でも、郁伽はいたたまれなかった所がある。
「探す」とは言ったものの。
ハタと思い当たった。
どうしたら探せるか?
そう言えば数登珊牙とやらの、人相も憶えていないのだ。
杵屋に任せるべきだったか。
いや、でも境内を走って来てしまっている。
郁伽は走るのを一旦やめた。
やめて、今の位置が何処かを確かめる。
とりあえず参道の幅が、先程よりも大きくなった場所。
石段を上がり切った所、積まれた敷石のあった辺りよりは。
郁伽はスマホを出して、打ち込み始めた。
「数登珊牙の人相を送って欲しい」的なことを書く。
だが待てよ。
そんな写真、杝も杵屋も持っているかどうか。
アルバイト先のレストランで、会っただけなのだ。
だったら、釆原さん?
と郁伽が思っている中で、通り過ぎた人影があった。
随分背が低いな。私より?
手に竹箒。
背が低い少年。
慈満寺の関係者だろう。
郁伽は再度、歩を運ぶ。
種明かしをしたのは、どっちだったか。
たぶん先に言ったのは依杏だが、その後の話では釆原の方が会話の主導権だった。
依杏が「見憶えがある」と思ったのは、実際に見たことがあったからだった。
写真でだったけれども。
だから、倒壊したビルの写真の人影は、数登と釆原凰介ということだった。
一方は郁伽がバイトしている、レストランで。
更に一方は、いま慈満寺で。
郁伽は、なかなか戻って来ない。
やっと戻って来たと思ったら、逃げ出しそうな感じだった。
いつもの郁伽先輩の色がない。
と依杏は思った。
郁伽と釆原が知り合いというのは、郁伽が歌の活動をしているところにあるらしい。
たまに取材なんかも、受けるとか受けないとかで。
「あんまり、慈満寺に来ないほうが良かったんじゃない」
と釆原。
「いやでも、来ちゃっていますし」
と戻って来た郁伽、苦笑して言った。
「キャンペーンまではまだ、時間があります。境内の案内板にありましたけれど、会館のほうでキャンペーンのいろいろとか。詳しく説明があるみたいですね」
手元に視線。
それから、
「時間まだあるんで、あたし、その数登珊牙さんとやら、探してきますよ」
「いや、探すなら私が……」
と依杏は言いかけたが、郁伽の脚のほうが速かった。
「人のことを憶えるのが苦手」と、言っていたのに。
とか依杏は思ったが遅かった。
とりあえず、積んである敷石から、腰を上げた三人。
郁伽が走っていってしまった以上、座っていても何にもならない。
ザッと見た感じでは、会館とやらの方に、列が出来ている。
恐らく慈満寺の「御朱印」目当てとか。そんな感じだろう、という予想。
積まれた敷石の、近くにある弁財天の祠。
対角線上に様々、寺に纏わるものが配置されているというのが、境内のザッと見た感じの印象だ。
「数登さんが、会館の中にいるとか。そういう情報あったりしません?」
と寧唯が、釆原に尋ねる。
「どうだろう。とりあえず行ってみる?」
「じゃあ釆原さんも、恋愛成就キャンペーンに参加とかいう名目で」
「は?」
「いや、郁伽先輩行っちゃったでしょう。いつ戻って来るか、分からないし」
と寧唯。
「でも釆原さん、抽選に入っていないじゃない」
と依杏はツッコんだ。
寧唯。
「まあそれはそうなんだけどさ。三人枠でしょう? いちいちキャンペーン中に、確かめないんじゃない」
「三人枠に入る、前提になっちゃっているけれど」
と釆原は苦笑。
「渡すものって、一体なんですか」
「ああ、これ」
と言って釆原はファイルを取り出した。
電子ではない、物理的なファイルだ。
「本当に来た!」
と声がした。
三人が声のほうを向くと、竹箒を持った少年が居る。
「ええっと、釆原?」
「呼び捨てにされていますけど」
と寧唯。
「知り合いですか?」
「敷石の上、座っていたでしょ!」
と少年。
「そこ、ダメだから! つぎ座ったら言うからね!」
と言って、これまた脱兎のごとく駆け出した。
「知り合いです?」
と依杏。
「一応。鐘搗の息子さん」
「へえ」
と寧唯。
少年の容姿としては、竹箒はそう。
それと作務衣に雪駄。
慈満寺だから衣というのは、そうだろう。
石畳の多い参道の上、釆原の持って来たファイルを見る二人。
「あの子の名前、なんていうんです?」
と寧唯が訊いた。
釆原。
「鐘搗紺慈が親父で、確か鐘搗麗慈じゃなかったかな」
「鐘搗紺慈さん、ありますね」
と寧唯はファイルを示した。
慈満寺に居るであろう人物の?
写真付き、そして説明付きの物理的な、情報の種々雑多。
「これを、数登さんに渡す」
と依杏。
「なんだか、やっぱり調査の色が濃いですね」
「そう。濃いね。何しろ、そういう頭の作りらしいからな」
と釆原は苦笑。
「美野川の時も、そんな感じだったな。葬儀屋やるより、珊牙は派遣のほうが良いのかもしれない」
「とにかく、郁伽先輩は探さないといけない案件です」
と寧唯。
「釆原さんには、とりあえず三人枠に入ってもらって。傍ら、キャンペーンまでの時間、このファイルとか調査」
と彼女が言いかけて、急に音が鳴り出した。
鐘の音。
鐘を撞く音だ。
「時間、だっけ?」
と依杏。
*
取材以外も、あった。
例えば、戸祢維鶴とのこと。
維鶴は釆原の妻である。
たまに、郁伽は維鶴と食事に出掛けたりしていた。
ただ、そういうことがあっても。
あんまり「美野川嵐道」とか「倒壊した建物」の件についての話には、なったことがない。
気付いてもよかったのだが、気付かずにいた。
それを、依杏が気付いたという点。
その点でも、郁伽はいたたまれなかった所がある。
「探す」とは言ったものの。
ハタと思い当たった。
どうしたら探せるか?
そう言えば数登珊牙とやらの、人相も憶えていないのだ。
杵屋に任せるべきだったか。
いや、でも境内を走って来てしまっている。
郁伽は走るのを一旦やめた。
やめて、今の位置が何処かを確かめる。
とりあえず参道の幅が、先程よりも大きくなった場所。
石段を上がり切った所、積まれた敷石のあった辺りよりは。
郁伽はスマホを出して、打ち込み始めた。
「数登珊牙の人相を送って欲しい」的なことを書く。
だが待てよ。
そんな写真、杝も杵屋も持っているかどうか。
アルバイト先のレストランで、会っただけなのだ。
だったら、釆原さん?
と郁伽が思っている中で、通り過ぎた人影があった。
随分背が低いな。私より?
手に竹箒。
背が低い少年。
慈満寺の関係者だろう。
郁伽は再度、歩を運ぶ。
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