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「鳴」を取る一人
8.
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依杏。
山を登る人々。
その人々を示して、寧唯が言う。
「ツアーみたいになっちゃった」
郁伽。
「何それ。要するに人が多いと? あんた慣れているんじゃないの?」
「いやそらま、そうですけどね」
確かに人が多い。
御一行みたいな感じだ。
「数登珊牙っていう名前」
と寧唯。
石段を上りながら言う。
誰だっけ?
ああ、そうだレストランで会った葬儀屋。と依杏は思った。
寧唯は小さい紙片を取り出した。
あの時の名刺か?
「これ。独特の匂いがする」
「匂い?」
「そう。なんか特別に香りづけしているような」
依杏も嗅いでみる。
「確かに。自然な感じではない」
「何かな。お香とかじゃない?」
郁伽が言う。
「たぶんそれです。あんまり自信はないけど、ビャクダンじゃないかって」
「ふうん。で、何? 葬儀屋?」
「あれ。郁伽先輩もあの日居たじゃないですか」
「言ったでしょう。あんまり人のこと憶えているの苦手だって」
依杏は憶えていた。
あの瞳の色。
なんだか不思議な色だった。
数登珊牙。葬儀屋。
葬儀屋なら、慈満寺とは関係ありそう。
中腹に到着する。
軽い山登り状態は本当だった。
郁伽のサンダルは、郁伽の想像に反して汚れていた。
サンダルでは、雨の次の日では無理もないだろうに。
そこは、寧唯の意見が当を得ていたらしい。
一軒家。アパートらしき建物のその他。もろもろ。
小さな店舗で野菜を売っている店。
点々と建物が見えるエリアだ。
そこで石段が途切れた。
郁伽は、一旦脇へ逸れた。
スニーカーを出した郁伽。
彼女の言っていた、替えの靴である。
寧唯は靴持ちの役を買って出た。
上下関係。
ちなみに寧唯は、古美術建物研究会の正式なメンバーではない。
「あの人見たことあるな」
郁伽が言った。
寧唯。
「どの人です?」
「いま前を歩いて行った人。釆原さん?」
郁伽の考えが確信に変わったようで、さっきよりも大きな声で。
で、その人が振り向いた。
サングラス。ワイシャツ。
スーツは黒灰色。
上衣は脱いで脇へ抱えている。
「やっぱり釆原さんだ」
「知り合いですか?」
「そう。取材かな?」
「取材?」
彼は言いながら歩いて来る。
「違うよ。ちょっと野暮用」
「野暮用……。あ、やっぱり釆原さんだった」
「他の名前が浮かんだ?」
言って彼は、寧唯のほうを見る。
寧唯はまだ名刺を持っている。
「へえ」
と釆原は言った。
「数登を知っているんだ」
依杏と寧唯は顔を見合わせた。
「あたしは知らないですけど、うちのレストランに来ていた人みたいです」
「ふうん」
「ああ、この人記者の釆原凰介さんね。こっちは同じ高校の」
「そう。何かバイトとか?」
「いや、そうじゃなくて。恋愛成就キャンペーンですよ。こっちは杝寧唯、それから杵屋依杏」
「は、はじめまして」
と依杏。
釆原はサングラスを外した。
薄茶色の瞳と下まつ毛。
釆原はかなり背が高い。
ので、三人は否が応でも見下ろされる形だ。
「慈満寺へ来るってのは、郁伽ちゃんには合わないと思うけれど」
「そう言わないで下さいよ。私だって恋愛成就キャンペーンが目的じゃないんですから」
「と、言うと?」
「釆原さんだって来てるっていうことは、そっち方面でしょう。あたしもそうなんです。慈満寺で人が死んだこと」
「ああ」
と釆原。
「やっぱり珊牙の影響が大きそうだね」
「そっちの二人は多少、そうかもしれませんけれどね。あたしは元々、調べたいと思っていたところで」
と郁伽。
「あたしはよく知らないんですよ。その珊牙って人」
「そう」
依杏。
「六月に郁伽先輩のバイト先で。レストランです。そこで慈満寺の話はしていました」
「やっぱりなあ」
と釆原。
「今日は数登珊牙も居るはずだよ。渡すものがあって来たんでね」
「渡すもの」
と寧唯。
昨年十月。
鐘搗紺慈。
音楽プロデューサーの美野川嵐道氏を、偲ぶ会に出席した。
そこには数登珊牙も居たという。
いろいろあって、数登は鐘搗の寺へ派遣になった。
所謂「罪滅ぼし」目的だという。
その偲ぶ会で、宝物の香炉がなくなったりと一悶着あったとか、なかったとか。
詳しい話は割愛されたが、要するに鐘搗と数登の間には、因縁があるとかないとかで。
「葬儀屋の派遣、ですか」
と寧唯。
「僧侶の派遣は知っていたけど。葬儀屋の派遣ってのは知らなかったな」
「それも慈満寺に、でしょう」
と郁伽はくすくす笑った。
「よく知らないけれど、鐘搗っていう人は気難しそう」
「ですね」
「一年前、ですか」
と依杏が言った。
「そう。慈満寺への派遣が始まったのは、正月あたりだったと思うけれどね」
と釆原。
「ただ、珊牙が派遣で行くっていうこと自体。あまり穏やかじゃない感じはするがね」
「さっき人が死んだ件って」
と寧唯。
「そう。そっちの方が、珊牙は興味があると思うけれど」
「じゃあ、郁伽先輩と同じじゃないですか! よかったですねえ」
寧唯が言う。
「よかったの?」
と依杏。
「うーん、とりあえず、恋愛成就キャンペーンより調査の方がメインになりそうだってことだね」
と寧唯。
「釆原さんは記者さんらしいし」
山を登る人々。
その人々を示して、寧唯が言う。
「ツアーみたいになっちゃった」
郁伽。
「何それ。要するに人が多いと? あんた慣れているんじゃないの?」
「いやそらま、そうですけどね」
確かに人が多い。
御一行みたいな感じだ。
「数登珊牙っていう名前」
と寧唯。
石段を上りながら言う。
誰だっけ?
ああ、そうだレストランで会った葬儀屋。と依杏は思った。
寧唯は小さい紙片を取り出した。
あの時の名刺か?
「これ。独特の匂いがする」
「匂い?」
「そう。なんか特別に香りづけしているような」
依杏も嗅いでみる。
「確かに。自然な感じではない」
「何かな。お香とかじゃない?」
郁伽が言う。
「たぶんそれです。あんまり自信はないけど、ビャクダンじゃないかって」
「ふうん。で、何? 葬儀屋?」
「あれ。郁伽先輩もあの日居たじゃないですか」
「言ったでしょう。あんまり人のこと憶えているの苦手だって」
依杏は憶えていた。
あの瞳の色。
なんだか不思議な色だった。
数登珊牙。葬儀屋。
葬儀屋なら、慈満寺とは関係ありそう。
中腹に到着する。
軽い山登り状態は本当だった。
郁伽のサンダルは、郁伽の想像に反して汚れていた。
サンダルでは、雨の次の日では無理もないだろうに。
そこは、寧唯の意見が当を得ていたらしい。
一軒家。アパートらしき建物のその他。もろもろ。
小さな店舗で野菜を売っている店。
点々と建物が見えるエリアだ。
そこで石段が途切れた。
郁伽は、一旦脇へ逸れた。
スニーカーを出した郁伽。
彼女の言っていた、替えの靴である。
寧唯は靴持ちの役を買って出た。
上下関係。
ちなみに寧唯は、古美術建物研究会の正式なメンバーではない。
「あの人見たことあるな」
郁伽が言った。
寧唯。
「どの人です?」
「いま前を歩いて行った人。釆原さん?」
郁伽の考えが確信に変わったようで、さっきよりも大きな声で。
で、その人が振り向いた。
サングラス。ワイシャツ。
スーツは黒灰色。
上衣は脱いで脇へ抱えている。
「やっぱり釆原さんだ」
「知り合いですか?」
「そう。取材かな?」
「取材?」
彼は言いながら歩いて来る。
「違うよ。ちょっと野暮用」
「野暮用……。あ、やっぱり釆原さんだった」
「他の名前が浮かんだ?」
言って彼は、寧唯のほうを見る。
寧唯はまだ名刺を持っている。
「へえ」
と釆原は言った。
「数登を知っているんだ」
依杏と寧唯は顔を見合わせた。
「あたしは知らないですけど、うちのレストランに来ていた人みたいです」
「ふうん」
「ああ、この人記者の釆原凰介さんね。こっちは同じ高校の」
「そう。何かバイトとか?」
「いや、そうじゃなくて。恋愛成就キャンペーンですよ。こっちは杝寧唯、それから杵屋依杏」
「は、はじめまして」
と依杏。
釆原はサングラスを外した。
薄茶色の瞳と下まつ毛。
釆原はかなり背が高い。
ので、三人は否が応でも見下ろされる形だ。
「慈満寺へ来るってのは、郁伽ちゃんには合わないと思うけれど」
「そう言わないで下さいよ。私だって恋愛成就キャンペーンが目的じゃないんですから」
「と、言うと?」
「釆原さんだって来てるっていうことは、そっち方面でしょう。あたしもそうなんです。慈満寺で人が死んだこと」
「ああ」
と釆原。
「やっぱり珊牙の影響が大きそうだね」
「そっちの二人は多少、そうかもしれませんけれどね。あたしは元々、調べたいと思っていたところで」
と郁伽。
「あたしはよく知らないんですよ。その珊牙って人」
「そう」
依杏。
「六月に郁伽先輩のバイト先で。レストランです。そこで慈満寺の話はしていました」
「やっぱりなあ」
と釆原。
「今日は数登珊牙も居るはずだよ。渡すものがあって来たんでね」
「渡すもの」
と寧唯。
昨年十月。
鐘搗紺慈。
音楽プロデューサーの美野川嵐道氏を、偲ぶ会に出席した。
そこには数登珊牙も居たという。
いろいろあって、数登は鐘搗の寺へ派遣になった。
所謂「罪滅ぼし」目的だという。
その偲ぶ会で、宝物の香炉がなくなったりと一悶着あったとか、なかったとか。
詳しい話は割愛されたが、要するに鐘搗と数登の間には、因縁があるとかないとかで。
「葬儀屋の派遣、ですか」
と寧唯。
「僧侶の派遣は知っていたけど。葬儀屋の派遣ってのは知らなかったな」
「それも慈満寺に、でしょう」
と郁伽はくすくす笑った。
「よく知らないけれど、鐘搗っていう人は気難しそう」
「ですね」
「一年前、ですか」
と依杏が言った。
「そう。慈満寺への派遣が始まったのは、正月あたりだったと思うけれどね」
と釆原。
「ただ、珊牙が派遣で行くっていうこと自体。あまり穏やかじゃない感じはするがね」
「さっき人が死んだ件って」
と寧唯。
「そう。そっちの方が、珊牙は興味があると思うけれど」
「じゃあ、郁伽先輩と同じじゃないですか! よかったですねえ」
寧唯が言う。
「よかったの?」
と依杏。
「うーん、とりあえず、恋愛成就キャンペーンより調査の方がメインになりそうだってことだね」
と寧唯。
「釆原さんは記者さんらしいし」
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