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「鳴」を取る一人
5.
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テストの出来は、この日は中の下だった。
成績も、いつも大体中の下である。
塾の講師でもある空羽馬に、依杏は言われたことがあった。
もう少し偏差値を上げた方がいいと。
協力してもらったこともあるけれど、依杏の実力はやっぱり中の下。
良くて八割。
依杏はテストの前の日に、空羽馬と会っていた。
そしてマリウィルに来ている。
で、寧唯と郁伽と過ごしている。
依杏が空羽馬と付き合ったのは、二年ほど。
「慈満寺で人が死んだのは去年で二回。実際のキャンペーン実施回数と比べれば。さほど多くはないように思えるけれど、宝物殿への扉近くで、同じ場所で。怪死が二回もっていうのは決して多くはない。ということは、分かるわよね」
郁伽が言った。
「分かります」
依杏は我に返った。
郁伽は続ける。
「だから、今年四月に、慈満寺全体のセキュリティ強度を上げたらしいの。地下入口に防犯カメラを付けた。地下入口に入るためのIDカードが必要になった。セキュリティのことが一切書いていない、このパンフ」
「ちょっと古いのかもしれませんね」
寧唯は他人事のように言った。
中のチョコレートブラウニー。寧唯はほとんど食べてしまったようで。
郁伽はいきなり腰を上げた。
レジへ向かうようで。
「郁伽先輩、慈満寺に行くことには、かなり乗り気だね」
「そうね。でも、あたしはキャンペーン参加メインだから」
と、寧唯。
依杏は普段、あまり物事に対して熱意を持たない。
なんとなく、勉強は義務でやっている。選択の余地なし。
生きていること自体にも、極論するとあまり熱意がない。
ただ、慈満寺のことは面白いとも思った。
「抽選、三人枠で取ったんだよね」
「そう」
「じゃあ、行ってみようかなあ」
依杏は言った。
寧唯の表情が光る。
寧唯には、依杏は空羽馬と別れたことは言っていない。
この際言ってしまいたかったけれど、やめておいた。
で、依杏は慈満寺のキャンペーン参加と相成った。
郁伽は忙しそうである。
慈満寺の巫女のバイトも、あんなかなー。
と、依杏が思った時。
依杏と寧唯のテーブルの前を通り過ぎる、黒い衣に身を包んだ二人。鋭い眼。
ここマリウィルはファミリーレストランである。
黒い衣とは、あまりにも場違いだ。
寧唯も同じ感覚だったようで。
「なんでお坊さんがいるの」
依杏は言った。
寧唯。
「たぶん慈満寺の人だ。さっき言っていたでしょう。鐘搗紺慈とかいう」
「このタイミングで!?」
「出張葬儀とかかなあ、その帰りとか」
「なにそれ」
「知らないの? 要するにさ、仕事終わりでマリウィルに、ご飯食べに来てたってことよ。僧侶の派遣」
「なんだかあれ、取り巻きの人かなあ。鐘搗さんのほか」
「たぶんあれは鐘搗住職だね。その他は分からない。どうしよう、これ」
寧唯はパンフレットを見回した。
「完全に、睨まれていたけれど。私ら」
「それは分かるよ。ただ、お坊さんが何か、クレームっていうのはないんじゃない」
郁伽は今、レジに立っている。
いずれ、鐘搗と他の取り巻きのレジもするのかもしれない。
大変だなあと依杏は思いながら、空になったパフェのグラスを見つめた。
依杏と寧唯の座るテーブルの脇を、通る一人が居た。
と思いきや、寧唯の隣に腰掛けた。
さっきの二人は丸刈りだった。
ただ、座ったその人も頭を刈っていた。そして、肌が浅黒い。
彼はおもむろに一冊パンフレットを取って、捲り始める。
依杏と寧唯は固まった。
黒いスーツ。黒いネクタイ。
腕にウェアラブル。
葬儀のスタイル?
手や頬には古傷だろうか、それが目立っていた。
成績も、いつも大体中の下である。
塾の講師でもある空羽馬に、依杏は言われたことがあった。
もう少し偏差値を上げた方がいいと。
協力してもらったこともあるけれど、依杏の実力はやっぱり中の下。
良くて八割。
依杏はテストの前の日に、空羽馬と会っていた。
そしてマリウィルに来ている。
で、寧唯と郁伽と過ごしている。
依杏が空羽馬と付き合ったのは、二年ほど。
「慈満寺で人が死んだのは去年で二回。実際のキャンペーン実施回数と比べれば。さほど多くはないように思えるけれど、宝物殿への扉近くで、同じ場所で。怪死が二回もっていうのは決して多くはない。ということは、分かるわよね」
郁伽が言った。
「分かります」
依杏は我に返った。
郁伽は続ける。
「だから、今年四月に、慈満寺全体のセキュリティ強度を上げたらしいの。地下入口に防犯カメラを付けた。地下入口に入るためのIDカードが必要になった。セキュリティのことが一切書いていない、このパンフ」
「ちょっと古いのかもしれませんね」
寧唯は他人事のように言った。
中のチョコレートブラウニー。寧唯はほとんど食べてしまったようで。
郁伽はいきなり腰を上げた。
レジへ向かうようで。
「郁伽先輩、慈満寺に行くことには、かなり乗り気だね」
「そうね。でも、あたしはキャンペーン参加メインだから」
と、寧唯。
依杏は普段、あまり物事に対して熱意を持たない。
なんとなく、勉強は義務でやっている。選択の余地なし。
生きていること自体にも、極論するとあまり熱意がない。
ただ、慈満寺のことは面白いとも思った。
「抽選、三人枠で取ったんだよね」
「そう」
「じゃあ、行ってみようかなあ」
依杏は言った。
寧唯の表情が光る。
寧唯には、依杏は空羽馬と別れたことは言っていない。
この際言ってしまいたかったけれど、やめておいた。
で、依杏は慈満寺のキャンペーン参加と相成った。
郁伽は忙しそうである。
慈満寺の巫女のバイトも、あんなかなー。
と、依杏が思った時。
依杏と寧唯のテーブルの前を通り過ぎる、黒い衣に身を包んだ二人。鋭い眼。
ここマリウィルはファミリーレストランである。
黒い衣とは、あまりにも場違いだ。
寧唯も同じ感覚だったようで。
「なんでお坊さんがいるの」
依杏は言った。
寧唯。
「たぶん慈満寺の人だ。さっき言っていたでしょう。鐘搗紺慈とかいう」
「このタイミングで!?」
「出張葬儀とかかなあ、その帰りとか」
「なにそれ」
「知らないの? 要するにさ、仕事終わりでマリウィルに、ご飯食べに来てたってことよ。僧侶の派遣」
「なんだかあれ、取り巻きの人かなあ。鐘搗さんのほか」
「たぶんあれは鐘搗住職だね。その他は分からない。どうしよう、これ」
寧唯はパンフレットを見回した。
「完全に、睨まれていたけれど。私ら」
「それは分かるよ。ただ、お坊さんが何か、クレームっていうのはないんじゃない」
郁伽は今、レジに立っている。
いずれ、鐘搗と他の取り巻きのレジもするのかもしれない。
大変だなあと依杏は思いながら、空になったパフェのグラスを見つめた。
依杏と寧唯の座るテーブルの脇を、通る一人が居た。
と思いきや、寧唯の隣に腰掛けた。
さっきの二人は丸刈りだった。
ただ、座ったその人も頭を刈っていた。そして、肌が浅黒い。
彼はおもむろに一冊パンフレットを取って、捲り始める。
依杏と寧唯は固まった。
黒いスーツ。黒いネクタイ。
腕にウェアラブル。
葬儀のスタイル?
手や頬には古傷だろうか、それが目立っていた。
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