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「鳴」を取る一人
4.
しおりを挟む仕事をしている姿勢は、素敵だと依杏は思う。
郁伽の肌は、自然な色だが地黒。
そして、瞳の色が菫色に近い。
寧唯がよくやるコスプレのカラーコンタクトレンズのそれではない。
地黒ではない依杏と寧唯は、郁伽の小柄な体格と瞳と肌に惹きつけられる。
確か、郁伽に彼氏は今いないということだった。
誰と別れただの何だのぶうぶう言っている私と、寧唯より何倍も素敵だ。
なんて依杏は思ったりする。
郁伽はそのまま、銀のトレーを脇へ置いた。
慈満寺のパンフレットを捲り始める。
あくまで仕事中である。
「寧唯が、今度の抽選の三人枠。あたしと郁伽先輩も含めて取ったそうなんです」
「恋愛成就キャンペーンか」
郁伽はパンフレットを閉じた。
「行ってやってもいい。ただ、あたしは杝とは違うからね。調査のために行くのよ。あと仏像を見に行く。慈満寺って言ったら、今や立派な曰く付きスポットだし」
要するに、古美術建物研究会には打ってつけの場所。
そして、ついでに人が死んだことの調査をすると。
何某かの得るものがあれば、研究会の名声も高まるというわけ。
十五畳の更に細かく区切ったスペースではなく、もっと広い部屋に部室を移す計画もある。
郁伽は蘊蓄が多い。
「こんなに大量にパンフレットあるけれど。杝、ちゃんと調べたの?」
郁伽が寧唯に言った。
「調べてますよ! だってね、ほら、仏像に宝物殿に、お布施」
「お布施より。歴史に目を向けないと。どうして。何故。宝物殿のある地下でばかり人が死ぬのか。そこを考えなさい。古美術建物研究会の名が廃る」
「廃るのは嫌ですね」
依杏が言った。
「とりあえずあんたたち、客なんだからパフェ食べなさい。その間はあたしが喋る」
「慈満寺の建っている染ヶ山。土偶や埴輪、貴金属が出土していて、慈満寺の宝物殿にそういうのが保管されている。遺跡って言うのは、正しい情報かは分からないけれど。染ヶ山には古墳があったらしい。慈満寺はそれを潰して建てたんじゃないかっていう噂もある。一九四三年建立」
そう言われて、依杏の頭には研究会で飛び交った『特攻隊』という言葉が浮かぶ。
食べているのはパフェだ。だが遡ってしまっていて話題に合わない。
寧唯。
「歴史って、そういうことですか」
「要するに、墓荒らしは昔からいろいろとマズいってことよ」
依杏と寧唯は頷いた。
「例えば、ピラミッドとか、そういう話ですか? 慈満寺も? 曰く付きとか?」
依杏が訊いた。
「そうそう。墓荒らしと探検家の死」
「うわあ、それってまさか、慈満寺で人が死ぬっていうのもその類って言う」
寧唯はパフェを食べるのをやめて言った。
郁伽が寧唯の手からスプーンを取り、パフェをつつく。
「噂だけれど、キャンペーンは経営難対策なんじゃないかって。慈満寺マニアの間ではね。曰くつきに経営難。さて、今言った情報までは、もちろん知っているのよね」
寧唯は何も言わない。
依杏はかぶりを振った。
「あの、美野川って人のなんちゃら会でお経を読んだっていう。鐘搗紺慈は知っていますよ」
「そっちは逆に知らなかったな」
郁伽はパフェの中間部分を一口掬った。スプーンで。
「あたし、名前憶えるの苦手だからな」
「ここ、載っているのでは」
依杏は言って写真を指差す。
何名かの僧侶と、あと巫女さんのような姿も。
写真は祈祷時のもののよう。
「キャンペーンは週三回。あたしたちのは七月の回。あとは隔月。溜が死んじゃった時は当然そのあと、取りやめになったみたいですけれど。キャンペーン」
「そうでしょう。でも、なんだか、随分厳つい坊さまね」
「テレビで見たときは、もうちょっと細く見えた感じで」
依杏が言った。
「テレビって太って見えるんでしょう? 鍛えたのかもね」
寧唯が言った。
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