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無を以て追跡と
6.
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定金は延々と菊壽を責めているようだが、菊壽はとりあえずうんうん聞いている。
主役は美野川嵐道のはずだが、葬儀屋連としては、嵐道氏という夫を亡くしたご夫人の方を恐れているらしい。
数登は夫人を恐れてはいないのだろうか。
いや、夫人を恐れて出て行った可能性もある。
だが、そう簡単に仕事を抜け出せるものでもないだろう。
とすると、ドーム内にいるのだろうか?
釆原は考えていた。
とりあえずピンと来たものは見終わった。
大事かもしれないのは、自分の追っている対象が『数登』という名の葬儀屋かもしれないということ。
数登でなくとも、『葬儀屋』ということに間違いはなくて、数珠をしているらしい。
虎目石か。
にわかにアリーナが騒がしくなった。
釆原、菊壽、定金の三人は今、花祭壇の裏にいる。
表の気配と圧が増していく。
菊壽はスマホを取り出してかける。
同じようにドームに来ている記者仲間にかけるのだろう。
「盗みがあったらしい」
『騒動』を引っ提げた葬儀屋の次は盗み。
偲ぶ会に相応しくない状況のオンパレードだ、と釆原は思って
「騒いでいるのは、心櫻嬢か。それともご夫人かな、美野川の?」
そう言った。
定金が言う。
「祭壇の穴のことが『盗み』の部類に入れてもらえるなら、ぜひともそうしていただきたいな」
釆原は苦笑した。
数登という葬儀屋は、白い百合を盗んだというより、女性を宥めるために使っていた。という印象を、釆原は抱いていた。
しかし、はたと思い当たる。
数登は最初から心櫻嬢目当てで、アンスリウムの花束を作ったのではないか、と。
「今の時点では、数登さんの行動に不可解な点が多いとしか、言えませんね」
釆原は定金に言った。菊壽がすかさず
「盗まれたのは、一族の宝物らしい。香炉だって」
そう言った。
釆原はピンと来た。
なんとなくでピンと来たのとは違う。
「それって、金の香炉か」
「知っているのか」
「ドームで、一番最初に見たんだ」
「なら悪い情報を付け加えることになるな。盗んだと疑われているのは、記者だって」
「そらみろ、あんまりうろちょろしているから疑われるんだ!」
定金のおかんむりに、菊壽の宥めはあまり作用しなかったらしい。
「だがまあ……、お前らは私の元で話を聞いていたわけだからな。少なくとも香炉を盗む暇はなかったな」
転じて冷静になった。
「そう言っていただけると、ありがたいですね」
「あんまり悪い情報ばっかり言いたくないんだがな、宝物の香炉を盗んだのは」
「なんだ、まだあるのか!」
菊壽は定金に言われてしゅんとしながら、スマホを見せて寄越した。
釆原は見ながら苦笑した。
写真は、釆原と菊壽だった。
十月の並木通り。
ライトアップで有名な通りだ。
瀬戸宇治ドームを囲むここら一帯には遊園地なども併設されており、知る人ぞ知る人気スポットである。
寒さが増せば、並木のプラタナスがライトアップされる。
ライトアップに男女は不可欠。
ライトは白と黒より赤と青の方が多いだろうが、今は黒のスーツが三人である。
外というのは漠然としている。つかみどころがない。
空は青く、十月の空気は澄んでいる。
アンテナを張らないと、『ピン』も何も来ないので、釆原は集中したかったのだが、定金はいちいち声が大きい。
菊壽もちょいちょい説明を入れる。
「さっきのは仲間からの連絡だ。そしてこっちもさ」
前方のキッチンカーに菊壽は眼を向け、音が鳴った。菊壽の腹から。
スマホには写真。外。男女の姿が映っている。
「厨房があっただろう? 仲間も行ってみたらしいんだよ。それで、窓から見えたから撮ったらしい」
何か花束を持っているようにも見える。
「数登かな」
良い状態とは言えない、写真の解像度。
だが色の黒い服装であることは分かる。
「さあ……、どうだろうな」
菊壽が言い、定金にもスマホを向ける。
「なんとも言えんな」
三人はしばし立ち止まる。
「やっぱり、食べていないんだな」
釆原が菊壽に尋ねる。菊壽も返す。
「追うのか?」
「追うよ」
「ちょっと……、その前に……。いい?」
菊壽は顎でキッチンカーを示した。釆原は言った。
「いいよ」
主役は美野川嵐道のはずだが、葬儀屋連としては、嵐道氏という夫を亡くしたご夫人の方を恐れているらしい。
数登は夫人を恐れてはいないのだろうか。
いや、夫人を恐れて出て行った可能性もある。
だが、そう簡単に仕事を抜け出せるものでもないだろう。
とすると、ドーム内にいるのだろうか?
釆原は考えていた。
とりあえずピンと来たものは見終わった。
大事かもしれないのは、自分の追っている対象が『数登』という名の葬儀屋かもしれないということ。
数登でなくとも、『葬儀屋』ということに間違いはなくて、数珠をしているらしい。
虎目石か。
にわかにアリーナが騒がしくなった。
釆原、菊壽、定金の三人は今、花祭壇の裏にいる。
表の気配と圧が増していく。
菊壽はスマホを取り出してかける。
同じようにドームに来ている記者仲間にかけるのだろう。
「盗みがあったらしい」
『騒動』を引っ提げた葬儀屋の次は盗み。
偲ぶ会に相応しくない状況のオンパレードだ、と釆原は思って
「騒いでいるのは、心櫻嬢か。それともご夫人かな、美野川の?」
そう言った。
定金が言う。
「祭壇の穴のことが『盗み』の部類に入れてもらえるなら、ぜひともそうしていただきたいな」
釆原は苦笑した。
数登という葬儀屋は、白い百合を盗んだというより、女性を宥めるために使っていた。という印象を、釆原は抱いていた。
しかし、はたと思い当たる。
数登は最初から心櫻嬢目当てで、アンスリウムの花束を作ったのではないか、と。
「今の時点では、数登さんの行動に不可解な点が多いとしか、言えませんね」
釆原は定金に言った。菊壽がすかさず
「盗まれたのは、一族の宝物らしい。香炉だって」
そう言った。
釆原はピンと来た。
なんとなくでピンと来たのとは違う。
「それって、金の香炉か」
「知っているのか」
「ドームで、一番最初に見たんだ」
「なら悪い情報を付け加えることになるな。盗んだと疑われているのは、記者だって」
「そらみろ、あんまりうろちょろしているから疑われるんだ!」
定金のおかんむりに、菊壽の宥めはあまり作用しなかったらしい。
「だがまあ……、お前らは私の元で話を聞いていたわけだからな。少なくとも香炉を盗む暇はなかったな」
転じて冷静になった。
「そう言っていただけると、ありがたいですね」
「あんまり悪い情報ばっかり言いたくないんだがな、宝物の香炉を盗んだのは」
「なんだ、まだあるのか!」
菊壽は定金に言われてしゅんとしながら、スマホを見せて寄越した。
釆原は見ながら苦笑した。
写真は、釆原と菊壽だった。
十月の並木通り。
ライトアップで有名な通りだ。
瀬戸宇治ドームを囲むここら一帯には遊園地なども併設されており、知る人ぞ知る人気スポットである。
寒さが増せば、並木のプラタナスがライトアップされる。
ライトアップに男女は不可欠。
ライトは白と黒より赤と青の方が多いだろうが、今は黒のスーツが三人である。
外というのは漠然としている。つかみどころがない。
空は青く、十月の空気は澄んでいる。
アンテナを張らないと、『ピン』も何も来ないので、釆原は集中したかったのだが、定金はいちいち声が大きい。
菊壽もちょいちょい説明を入れる。
「さっきのは仲間からの連絡だ。そしてこっちもさ」
前方のキッチンカーに菊壽は眼を向け、音が鳴った。菊壽の腹から。
スマホには写真。外。男女の姿が映っている。
「厨房があっただろう? 仲間も行ってみたらしいんだよ。それで、窓から見えたから撮ったらしい」
何か花束を持っているようにも見える。
「数登かな」
良い状態とは言えない、写真の解像度。
だが色の黒い服装であることは分かる。
「さあ……、どうだろうな」
菊壽が言い、定金にもスマホを向ける。
「なんとも言えんな」
三人はしばし立ち止まる。
「やっぱり、食べていないんだな」
釆原が菊壽に尋ねる。菊壽も返す。
「追うのか?」
「追うよ」
「ちょっと……、その前に……。いい?」
菊壽は顎でキッチンカーを示した。釆原は言った。
「いいよ」
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