推測と仮眠と

六弥太オロア

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  無を以て追跡と

3.

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スキャンダル、この場合五味田ごみた心櫻みお嬢のということになるのだが、それに遭遇したのは二階で、だった。
案内され、再び階段を下る。
だが、下っている最中に大柄な男とぶつかった。
頭二個分、釆原うねはらより高いと言えるかもしれないし、そうでないかもしれない巨体。

衝撃はすごかった、釆原は自分が吹っ飛んだのではないかと思った。
相手はコックのようだ。酒の匂いが鼻を衝く。





飲んだのか? 仕事中? しかも昼間から? と釆原は思った。

だが『偲ぶ会』にしては、心櫻嬢の件といい、大柄な男といい、随分ピンとくるものが多いな、とも。
とりあえずの体勢を立て直す。





大柄な男は慌てた様子で、釆原の元へ来た。

「お怪我は?」

「大したことない。大丈夫です。何かスポーツでも?」

「ええ、まあ、その……」

名札に喜々津良賢ききつりょうけんとある。

「ちょっと、人を探していましてね」

「どんな人です。酒の相手ですか」

喜々津の鼻腔は膨らんだ。顔も紅潮している。

「ヤツの知り合いで?」

『ヤツ』と言われて、釆原は再度ピンとくる。

「自分、記者なんですよ。何かスキャンダルでも?」

喜々津の態度が軟化し、釆原は助け起こされた。

「スキャンダルといやあ、まあ、スキャンダルかもしれません」

肩をすくめる。
喜々津は目顔で「一緒に来い」と合図した。





到着したのは会食場だった。そこでは僧侶が寝ていて、取り巻きだろうか、これまた僧侶がおろおろしていた。
寝ているというのは文字通り、起きそうにないということである。

赤い袈裟にころも、赤い顔。
一方傍らの取り巻きは真っ青に見える。





白と黒じゃなくて、赤と青か。
だがまあ、ピンと来ないわけではないと釆原は思った。
それに、酒の匂い。喜々津からしたのよりも強烈だ。





「酔っている、ということですね?」

「ええ。泥酔ですよ。それにホラ」

言って、喜々津は腰に巻いていたエプロンを外した。白服が赤く染まっている。

「あれです」

言って喜々津が指差した先にはピッチャー。
なみなみ注がれているであろう薄紅うすべに色。
近くに寄って、嗅いでみる。どうやらこれが匂いの元らしい、と釆原は思った。
だがピッチャーは二つある。





「何があったんです? それに、ヤツとは?」

「葬儀屋ですよ!」

喜々津に尋ねたつもりだったのだが、割って入り釆原を遮ったのは取り巻きだった。

「私は鐘搗かねつきと申します。そして、こちらは実透宝覚じっとうほうかく様です」

実透じっとう……、ああ、一年の締めくくりのやつですか」

「『やつ』ではありません、『今年の一言』、御存知ありませんか?」

鐘搗と名乗った取り巻きは、かなり苛立っているようだ。

「知っています。それで、葬儀屋とこの状況とは、どういう関係が?」

「私も信じられないのですが……」

鐘搗は喜々津ききつを見る。

「たった数分のことなんですよ」

喜々津が引き取って、言った。

「実透さまに、酒をぶちまけられましてね。それで、この有り様です」

白服は、薄紅色で汚されたということらしい。





鐘搗が更に引き取って言う。

「正体をなくしてしまったんですよ。師匠は下戸なんです。ああ、このあと経を読むことになっておりますのに……。私が席を外さなければ」

「少しお話が見えないのですが、実透さんと貴方はなぜ会食場にいるんです?」

釆原が尋ねると、鐘搗は眉をしかめた。

「偲ぶ会ですので本来、きょうは読まなくても良いんです。ですが師匠は引き受けました。『食べたあとの方が、良い発声が出来る』というのが師匠の持論です。その意向を汲んでいただき、料理をいただくために、こちらへ」

「それで、葬儀屋というのは?」

「先ほども申しましたが、師匠は下戸ですから、ジュースを注文したのです。男女の葬儀屋が運んできたのが、その二つのピッチャーで。どちらもジュースかと思ったんですが」

「違ったということですね」





喜々津が言った。

「ジュースをお届けするのは自分らの役目だったのですが、葬儀屋が勝手に持ち出したんです。慌ててこちらに来てみました。葬儀屋が二人でグラスに注いでいたから、ますます分からない。何でも、男の方が女に飲ませようとしていたんですよ」

鐘搗は困ったように、かぶりを振っている。喜々津は続けた。

「差し出されたグラスを女は拒否した。だが実透さんがそれを飲んだ。で、これです」

白服を再び示す喜々津。

「女はともかく、男の方は締め上げないと自分の気が収まりませんので」

「それで、『ヤツ』と仰っていたと」

「ええ」

釆原はやっぱりピンと来ていたが、どちらかというとハテナの方が多かった。





白と黒。光と影。

レブラは今、休止中である。理由は外部に漏れていない。
恐らく個人的なことだろう。
事務所はどの情報を記者に与えるか徹底しているが、中には網を掻い潜って踏み込もうとする者もいる。
だがレブラの休止に関して、網は網ではなく、鉄壁のようだった。

釆原も詳しいことは知らないし、スキャンダルの好きな五味田も、同僚の菊壽きくじゅもその辺を掴みかねていた。
先ほどの会食場のような、酒に関することではないだろう、もちろん。



嵐道らんどう氏が亡くなって、ずっと影を潜めていたレブラが偲ぶ会に現れそうだと。
お世話になった師なのだから、レブラも恩を感じていたのだろう。
だが実際の葬儀に顔を出したという情報はない。
やはり個人的な理由、それが強いのだろうか、休止の原因は。
と、釆原は思う。





葬儀屋の件はピンと来た。男女の葬儀屋。
偲ぶ会に相応しくない、小さいが『騒動』を引っ提げた葬儀屋。
レブラに繋がるとは必ずしも言えないが、手掛かりのない今、釆原には頭を使っている余裕がない。
即、感覚に従う。
喜々津も『ヤツ』を探すのだろうが、俺も探そう。
だが、肝心の特徴は何も分からない。男女の葬儀屋、という情報だけだ。



厨房の辺りに、釆原は行ってみることにした。
小さい騒動と釆原は思ったが、あの鐘搗や実透じっとう美野川みのかわ一族にとっては、重大だったのかもしれない。
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