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彼女が水着に着替えたら

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 梅雨明けが夏を連れて来る。それが季節のルーティーンだ。そしてオレたちは、期末試験が終わればあとはもう、夏休みを待つばかりだった。

 ただ……今年のオレたち中学三年は、どうやら出来が悪いらしい。だから全国の統一模試が始まる前に、夏休みの補講があるんだって。面倒くせぇ……
 でもそんなの関係ねぇさ。オレ夏休みは絶対、彼女と一緒にお祭りに行くんだもん。あ、海でもいいかなぁ。あー楽しみだ……
 オレの頭の中は、夏色一色に染まっていた。

 クラスの誰もが、オレと同じように夏休みを心待ちにしていることは、教室内に漂う空気で分かる。いまも後ろの方の席で、男子が何やら盛りあがっているし。

「さっきさぁ、女子じょしがキャッキャしてたからよぉ、何?って聞いたらね……」

「え、何なに?」

「あの鹿島かじまハルカが新しい水着買いに行くんだって」

「マジか! 試着、見たいなぁ」

 鹿島ハルカはクラス随一と言っていいほどの、大きな胸の持ち主だ。男の悲しいさがで、自然とオレも聞き耳を立てていた。

「しかも……ウフ……ビキニだってょ」

「ウホウホッ!」

「なんだよ、お前。ゴリラかよ」

 オレの頭の中で、言葉のひとつひとつが映像化されて行く。

「ハルカと仲良しの奈緒なおはさぁ、どんな水着、着るのかなぁ」

「あいつ最近よぉ、ニキビだぜ」

「……シャレかよ、ったく。でもマジメ少女の水着って、想像つかねぇー」


 ん?なんだ? 奈緒の……水着だぁ?
 いまオレがアタックしかけている彼女に対して、変な妄想をするんじゃないってば!

 オレは心の中で、彼らを叱り飛ばす。だが…… 確かに奈緒がプライベートで着る水着って、すぐにイメージ出来ない。はたしてどんなのを着るんだろう。マジメ少女の水着姿って、なんか萌える……

 ♪キン~コン~カン~コ~~ン……

 エッチな妄想をしているうちに、昼休みが終わってしまった。五時限目の始まりのチャイムが鳴り、生徒たちがそれぞれの席に戻り始める。

「あ、じゃぁこれ、クイズな。放課後までに俺が聞いておくから。お前ら、奈緒が持っている水着ってどんなのか考えておけよ」


 オイオイ本気かよ。セクハラだぞ、それ……とオレは心の中で注意する。
 中途半端な正義感を自分の胸に仕舞い込む一方、その頭の中では奈緒の水着姿のことで一杯だった。
 ゲスの極みだな、オレ。そう自覚しながらも、オレの妄想は止まらない。気がついたらオレは妄想の中で、奈緒の「ニキビお肌の悩み相談」に乗っていた。

「海の塩分は洗浄効果があるから、いいかもよ」
 そんなことを言いながら、一所懸命に彼女を海へと誘い出していた。

 ……潮騒が聞こえる。ここはリゾートのビーチ。奈緒は早くも水着に着替えていた。オレたち二人を照らす、夏の陽射しが気持ちいい。
 正面から見た彼女の水着は、ごく普通の花柄ワンピースだ。裾が僅かにスカート状になっているのがキュートだった。
 奈緒が後ろを振り向く。すると背中側は、大胆にも完全オープンだった。いかにもキメ細かな色白素肌が、オレをドキリとさせる。細い紐がクロスしながら、正面側の生地に結び付く様子が、たまらなくセクシーだ。
 もっと、彼女を眺めていたい……


 ♪キン~コン~カン~コ~~ン……

 五時限目の授業、そしてオレの妄想の終わりを告げるチャイムが鳴る。あっという間の時間だった。
 授業中はあんなに静かだったのに、急に教室全体が騒がしくなる。六時限目が無い今日は特に、生徒たちは生き生きとしていた。
 例のセクハラ男子が、ニヤニヤしながら奈緒の席の方から戻って来た。


「おーぃみんな、奈緒の水着……何だと思う?」

「まぁ、地味なワンピースだろ」

「いゃ、意外と大胆な……」

 皆、口ぐちに応えていた。

「正解は、何と……」

「何?」「早くぅ」

「正解は……」

「うん……」

 皆が固唾かたずを呑んで、次の言葉を待っていた。

「正解は……水着持ってない……でした」

「うゎ、ヤラレタ」


 なぜかほんの少しだけ、ホッとしているオレがいた。なんだか急に奈緒がいとおしくなる。
 そうだ、声がけして一緒に帰ろう。そう思いつき、さほど広くもない教室内を探す。だがこんなときに限って、彼女が見当たらない。
 さいわい親友のハルカがいたので、奈緒の行方を訊いてみる。

「あぁ奈緒ならね、水泳部の友だちにプール掃除手伝って欲しいって頼まれて、もう行っちゃったよ。なんかブツブツ言ってたけど」

「ありがと」
 
 ハルカに礼を言い、オレはプールに向かった。



 この暑さでプール掃除なんて、大変だな…… まさか奈緒、授業のスクール水着で掃除……じゃないよな…… もしそうなら、一緒に手伝ってもいいかな。
 オレ、先程の妄想をまだ、引きずってるな……

 金網が張られたフェンスが見えてきた。そこにプール掃除用のデッキブラシが立て掛けられている。その向こう側には、体育のハーフパンツに着替えた奈緒の姿があった。

 奈緒はヘアゴムをくわえながら、両手で髪をポニーテールの形にまとめ直していた。オレの姿に気づき、曖昧な笑みがこぼれる。

「暑いのに、ご苦労さん」

「本当。ご苦労よ……ね」

 一筋の汗が逆光に輝き、奈緒の頬を伝う。ひたいの辺り出来たニキビが目立つものの、その素肌は唇を這わせたくなるほど美しかった。
 呆けたように、その顔を見つめる。
 
「最近……キレイになった?」

 思わずオレは、そうつぶやいた。

「え! …………そんな」

 戸惑いを隠せない奈緒……
 ほんの少し、二人の時間が停まった。
 



「奈緒~、何やってんのよ~」

 水泳部の声がした。
 オレのひと言にポーとしていた奈緒が現実に引き戻されていた。

「あ…… ところで何の用だった?」

 アタシ忙しいのに、と言わんばかりの顔をしながら、突慳貪つっけんどんな物言いの奈緒に圧倒される。


「あ、うぅ海、行こうよ……」

「え?」

「あ、今じゃないけど。あ、でも水着、持って無いんだよね」

「はぁ?」

 暑さとKY・・な会話が、奈緒をイライラさせている。それが痛いほど伝わってきた。

「あ、なんでもない。じゃ」

 オレは速攻で、この場を撤収した。



  *  *  *



「あぁ、タイミング間違えちゃったな……」

 オレは独り、自宅のベッドに転がっていた。
 
「この夏、終わったな……もうダメ……」

 煤け汚れた天井を見つめながら、ひとりごと。完全にオレは凹みきっていた。



 ブブーブブー…… 

 ん?
 携帯が鳴っている。メールだ。
 あ、奈緒からだ。
 なんかヤベー予感……
 画面をけてみる。


「こんど水着買うんだけど…… どんなのが好き?」

 えっ♪
 一転、オレの夏の扉が、いま開いた。



ー終ー

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