その恋、ガンバレよ

nekojy

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3. ガンバレよ、その恋

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 喫茶店を出たボクたちは、駅の改札へと続く階段を目指していた。
 もうちょっと、二人きりでいたかったけれど……けれども時は、止まってくれない。ボクらは、そのまま歩みを進めていた。

 先ほどまで二人で話していたこと、それをまとめ上げるような一言ひとことを、歩きながらボクは考えていた。彼女の背中を押す、何か気の利いた一言を。

「きっと大丈夫。アタックあるのみ、だよ」

「うん!」

 彼女が元気に応えてくれた。

 カン、カン、カン…… 
 すぐ近くの踏切が鳴り出す。

 それは二人がサヨナラしなければならない合図に聞こえた。彼女は、もうすぐ到着する電車に乗る。そしてボクひとり、駅前の駐輪場へと歩いて戻る。今日、チャリンコで来ていたことを、ボクは少し後悔していた。

 カタン、カタン…… 電車がレールの継ぎ目を刻む音だ。急がねば。改札口に続く駅の階段は、もう目の前だった。

「じゃ、今日は、ありがとう…」

 どちらからともなくそんな言葉を交わし、ボクたちは別れた。それぞれの家路につくために。

 あ…… 
 ちょ、ちょっと待って…… 


「浜村さぁーん!」

 思いっきりボクは叫んでいた。どうしても伝えたいことがあったから。
 彼女が振り返ってくれた。

「ガンバレよー!」

 ボクは彼女に向かって、右手の親指を立てる。彼女はニッコリ微笑み、ボクに向かって同じ仕草をした。
 そのままの格好で、後ろ向きに何歩か足を動かす彼女。遠目にもハッキリ見えるエクボが、ボクの胸の奥をポッと熱くさせた。

 暫くして彼女は帰宅する人波の方向に向き直り、軽やかな足取りでその波の中へと紛れて行く。そしてすぐにその姿は見えなくなった。



 改札に向かう階段。そこにいる人々。ひとりひとりが皆、なぜか足早に帰宅を急ぐように見えた。
 駅に向かう人々って、なんでみな寡黙にうつむきながら歩いて行くんだろう。
 暗く憂うつそうに見える人たち。誰しもこの寒々しい街中から温かい場所へと、一刻も早く帰り着きたいのだろうか。

 でもそれぞれの人の心の中は、たぶん違うんだと思う。決して他人なんかには見えない、それぞれの胸の内。みんなきっと心のどこかに暖かな気分を、しっかりと抱いて歩いているに違いない。
 ちょうど今の、ボクと彼女のように……

 そんなふうに考えていたら…… きっと、街全体にも暖かな気分が満ちて行くに違いない。そうすれば、みんなの心の中にも、幸せの花が咲くはずだ。一輪の小さなはかない花が……
 そんなふうにボクは思っていた。

 でも……はたして本当に、そうなのだろうか。ただ、今のボクが浮かれているから、そう思っているだけなんじゃないのだろうか……
 いや、大丈夫。たぶん……たぶんだけど。
 だって、ちゃんと今、季節は春が巡って来ているじゃないか……
 だから、大丈夫。そんな気がしていた。



ー終ー
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