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2. 喫茶店にて
しおりを挟むカランコロン、カラン……
扉を開けると、聞き慣れた音に出迎えられた。そのまま店の奥へと、吸い込まれるように歩みを進める。どちらからともなくボクらは、小窓の横のテーブル席に着いた。
「ねぇ、まだ聞いてないよ。主任の好きなタイプの女性」
「あぁ…うん、そうだね」
好きなタイプか…… 正直いってそんなこと、あまり考えたことが無かった。好きになった人がタイプの人。これじゃ答えになってないし、なんかツマラナイし。
あ、そうだ。今の素直な気持ちを言えばいいのか。ボクの目の前に居る、気になるタイプ……
「ちょっと小生意気な女性、キライじゃないよ」
「ふーん」
ふーんって、それだけ? 反応、弱っ。まぁいいか。あ、そんなことより本題だ、本題。
「あのさ、浜村さんが相談って言ってたことなんだけど…」
「うん。実は今、好きな男性がいて…」
そこまで言って、彼女が言葉を飲み込んだ。
え、まさか……
ボクの自意識メーターが過剰に上がっていた。「オレのこと好きになっても、かまわないよ」的な顔になっているのが自分でもわかる。
ヤッター! ボクの人生、ついに花開くときがやって来た。そう思っていいよね、この状況。
そういえば、今やってるバイトも「彼女が見つかるかも」って動機で始めたものだった。
浜村さん…… ボクは正面に座っている彼女の目を見据える。彼女もボクに顔を向けていた。その瞳は明らかに「好きです」って言っている。
だが彼女の眼差しを辿ると、それはボクの顔の横を僅かにかすめ、宙に放たれていた。
「あのね、高校のクラスの子を好きになっちゃって…どうしたらいいか分からなくて…」
あぁぁぁ…………
そうなんだ。やっぱり……ね。
* * *
「お待たせしました」
その声とともに、ロイヤル・ミルクティーが彼女の前に置かれる。続いてボクの頼んだウインナコーヒーが届いた。自分一人じゃ絶対に注文しないメニューだ。たっぷり盛り上がるクリームを眺め、しみじみそう思っていた。
ぼんやりと彼女のほうを伺う。彼女は両手でティーカップを持ち、唇を丸め、それに息を吹きかけていた。
「わー美味しい、これ」
「よかった。ボクも浜村さんのお陰で、こんなにクリーミーなの飲めたし…」
満足そうな笑みが溢れる。
身体もすっかり温まったためか、彼女がぽつりぽつりと恋の悩みを話し始めた。
「その彼がね、他に好きな
娘がいるみたいで……」
恋の悩みか…… 女の子の相談相手になるのは、ボクも初めてだった。
「あまり参考になるかどうか、分からないけど…」
そう前置きをしたうえで、ボクもぽつりぽつりと思いを伝える。
おそらく彼女は、この先どうしたらいいのか、彼女なりの結論をすでに持っているような気がした。ただ誰かに、ほんの少し背中を押してほしい、そういうことなんだろう……たぶん。
「仮にさぁ… 上手くいかなかったとしても… そのことを気にしないほうがいいよ」
報われない恋にだって意味がある。恋って、どんな結果に終わったとしても、確実に人を成長させるものだ。
上手くいかない時、そのシクジリで得られるもの学ぶもの、それが貴重であることを、ボクは彼女に伝えたかった。
「後から、あぁそうだったんだ…って分かるはずだから。ね、だから思いきって行こうよ」
素直に話しを聞いている浜村さんの姿が愛おしい。ボクは彼女の柔らかそうな頬をじっと見つめていた。
キメの細かな頬が、フィッシュバーガーの蒸したてバーンズを連想させる……
………………
……あれ?
なんだろう、なんかドキドキする。この胸の高まりは……
恋?
うそ、やだもう……
ボクが浜村さんに恋してどうするんだ!
* * *
不覚にも恋に落ちてしまったのだろうか。なんでだろう……
あれ? なんかいい匂いがする…… こんな気持ちになっちゃったの、たぶん、それのせいかな……
でもこの匂い、どこから? まさか、ボク自身から?
首を軽く回し、自分の匂いを確認してみた。うっ… いつもの鼻につく、ハンバーガーを焼くときの牛脂の臭い。それしかしなかった。
では一体、この香りは……
どこからか漂ってきた、春風だったのだろうか?
いや、それは……
花の香りだった。テーブルの上に、小さな一輪挿しがあることに、そのとき気づいた。
その花の名は沈丁花。胸の奥へと、せつなく訴えかける香りだった……
彼女のこと、好きかも……
Non non。かも…じゃなく、確定だ。もう、好きが止まらない。
好きの気持ちに蓋をしたら、我慢がガマンを生み、増殖しちゃって膨らんで、その蓋を吹き飛ばした。もうだめ。
浜村さん! ボクはキミがス、ス、好きです……
なんか頭がクラクラしてきた。なんだろう、この感覚は…… え? あっ!
「しっ、黙って! 五秒間だけ、こうしていたいの…」
気づくと、浜村さんが後ろから抱きついていた。いきなりのことで戸惑ったが、彼女の言うとおりにする。
なんだか気持ちいい。久しぶりに感じる温もり。あ…当たっている…… 彼女の柔らかな胸が。その膨らみ……
背中で交わされる体温の囁きを感じながら、しばらくボクたちは同じ景色を眺めていた。
「主任? あのぅ…」
浜村さんの声で、何かから目が覚めた。笑いを堪えるように彼女が言葉を続ける。
「主任ったら、もぅ…… 今、鼻の穴、すごく開いてたよ」
え!
あらためて目の前の現実を見渡す。テーブルの壁ぎわには、先ほど目にしていた沈丁花があった。
地味ではあるが、ひとつひとつの花びらが大きく開き、芳しい香りを放っている。
まさしくそれは、恋の香りだった。幻想を呼び込む、少し危険な何かを含んだ、官能の芳香……
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