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1. 相談ごと
しおりを挟むそれはちょうどハンバーガーショップのシフトが明けた時のことだった。バイト割引で買たココアを手にボクがスタッフルームの扉を開けると、そのすぐ目の前にボーっと立っている彼女がいた。
「うゎ!」
鉢合わせになったはずみで溢れそうになった手元のカップ。それに気を取られながらも、ボクの目は彼女を見つめたまま固まっていた。変に気まずい空気が流れる。それを取り繕うかのように、ボクは声を掛けた。
「あ、お疲れさま…」
ん? 彼女の様子がなんか変だ。妙にモジモジしているし。どうしたの、とボクが言葉を続けようとしたちょうどその時、彼女のほうから口を開いた。
「あのぅ……ちょっと相談したいことがあるんですけど」
一瞬、意を決したような表情を見せながら、真剣な眼差しで彼女がそう言った。
「え、浜村さんがボクに?」
「はい……」
ちょっと、あらたまった口調だった。何だろう、相談って。相手がボクなんかでいいのかな。
浜村さんとボクは、同じハンバーガーショップのバイト仲間だ。彼女はカウンターでの接客業務、ボクは厨房でミートパティを焼いたりポテトを揚げたりしている。言葉を交わすのは、夕方、シフトが重なったときだけだった。
だがそんな関係でも、ボクたちの間には多少の信頼関係が芽ばえていたのだろうか。
それにしても相談ごとって、何だろう。
彼女は女子高校生、でボクは大学生。ほんの少し人生の先輩。って、それだけで相談相手として頼られている? ボクはまだ半分以上残ってる紙コップのココアを見つめていた。
すっかり冷めてしまった手元のカップ。その淀んだ表面を軽く揺らし、ボクは一気に飲み干す。そして言葉を続けた。
「じゃ…駅裏にある喫茶店に行こうか」
「うん…いいよ」
返事がいつもの、ちょっと生意気なタメ口に戻った。それで少し安心する。
* * *
午後七時までのシフトを終えたボクたちは、駅前の商店街を通り抜け、駅裏方向に向かって歩いていた。
仕事終わり。それは拘束から解放された瞬間。ボクはこのとき感じる自由な空気感が好きだった。
歩きながら、小さく深呼吸をしてみる。鼻の奥のほうが、少しツンとした。
「三月だけど、まだ寒いね」
「うん。暗くなると冷える…」
何気ない会話を交わし、プライベートな気分を高めようとしていた。寒さのせいか、気持ちの暖機運転がもう少し必要なようだ。こころなしか歩みが速まった。
早くあたたかい場所に飛び込みたい。そして熱いお茶を飲もう。普段は入れないミルクも、たっぷり入れるんだ。
幸福な気分は、この時点ですでに始まっていた。
「あのね、主任に一つ聞きたいこと、あるんだけど」
「え、何?」
ボクは彼女から主任と呼ばれている。だがそれは職場の役職なんかではない。彼女が通う高校の学年主任に風貌が似ている、ただそれだけの理由で、そう呼ばれていた。
「主任は、どんな女性が好きなんですか」
「え、それって好きなタイプってこと?」
「うん。そう」
「ん……なんだろう…」
それにしても、なんか今日の彼女、気になる言い回しをしてくる……それって、変にキミのこと意識しちゃうじゃん……
そういえば最初に彼女と親しくなったキッカケも、ボクの感情を掻き回す一言だったっけ……
* * *
それは、妙な注文が入った時のことだった。
──オーダー入ります! ハンバーガーのピクルスとケチャップ抜きひとつお願いします……
普段、カウンターと厨房の間の業務連絡は、顔を見ながら話すことはなかった。その理由はただひとつ、作業中の手元に集中するためだ。でも変な注文が入った時は別だった。
今、注文されたバーガー、味しないと思うけど……ボクはオーダーを聴きながら、そう思っていた。でもマジの注文だな。伝えている彼女の目を見れば、それが分かる。
──あ、オーダーOK、サンキューです
ボクはその時、オーダーを伝えていたバイト女子、つまり浜村さんと、初めてのアイ・コンタクトを行っていた。
──あ!
浜村さんの素頓狂な声。あ……って、何よ? ビックリした顔の浜村さんがボクの顔を見て固まっていた。その目が点になってる。
そしてその後、カウンターに居るもう一人のバイト女子に、こうツブやいていたのをボクは聴き逃さなかった。
──やだ、ちょっと聞いて。か、顔が……声と全然違うの! 声はステキなのに……
おいオイ、それって褒め言葉じゃないよね。ほっといてくれって! そんなこと言われてもさぁ……
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