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癒し

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 強めの酒にいやされたい。目の前のグラスを見つめ、そう考えていた。
 カラン…… 
 透きとおる音。ダブルロックの氷が半回転しながら位置を変えた。

 しかし、本当の癒しとは……どうもそれではないような…… 酒場のカウンターの隅で、ずっとそんなことを考え続けていた。傍らにはいつも、いい音楽と酒がある。この世に酒があってよかった。もう、それで十分じゃないか。
 そんなふうに思いながら、耳を澄ませてみた。聴こえてきたのは、人生のアヤマチだった……

 ひとり寂寥感を噛みしめる。
 だが、ここにもう一人いたところで、この孤独感は去らないはずだ。だからといって、三人以上では疎外感が増すばかり……
 一体、この私は何者なんだ。

 遠くで雷鳴が轟いていた。時計を見る。24時50分。雨が降って来る前に帰ろう。


  *  *  *


 歩き出して間もなく、一粒の雨が私の行く手に落ちた。風が強い。気温の急降下が肌で分かった。ほどなくして大粒の雨の一斉攻撃に見舞われる。走るしか無かった。

 私は傘を持つのが嫌いだ。男なんざぁ、少し濡れているくらいがちょうどいい。そう考えていた。たがこれは…… 
 少し濡れるどころではなかった。白いシャツが濡れて肌に貼り付く。なりふり構わず私は走った。心臓が爆発しそうに苦しい。吐く息が荒かった。
 怒涛のような雨水が、道路脇の排水溝を目がけ流れて行く。……もっと激しく降るがよい。この汚れた街に漂う暴言、虚言、吐き出された体液、腐りかけた虚栄心……すべて綺麗さっぱり、洗い流してくれ。
 雷鳴が響き渡る。世の中をなめきった人間どもに対する神の怒りが、ついに爆発したんだ。
 おまえら、ざけんなよ! 私にはそう聴こえた。

 雨が小降りになった頃、ようやく家に到着する。寒冷前線は足早に通過したようだ。呼吸は元に戻っていた。
 濡れてしまった自分の服装を、壁際の鏡で点検する。生温かく肌に貼り付くシャツ。乳首が透けて見えていた。そこを隠すかのように、そっと指で触れてみる。乳頭が立っていた。指はそのまま、私を慰め続ける。身体の中に一条の稲妻が走るのがわかった。

 寒い。身体が冷えきっていた。
 全身を早く暖めるには、首と名のつく箇所をさするとよい。昔、そう聞いたことがあった。襟もと、手首、足首、そして……乳首。
 確かに私は乳首を擦っていた。身体は少し暖まっている。私がやっていることは正しかった。そう、なにより私は癒されていた。

 これが…… 私が探し求めていた、真の癒しだ……

 私の中で、何かが変わって行く。鏡に映る自分自身を眺めながら、そう感じていた。


ー終ー


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