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第十八話

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第十八話


打ち寄せては引く波の音。白い砂浜。久方ぶりに感じる潮風。そして、洞窟です。

「ちょっとメェちゃん、今日は海よ!」
「はい。ですから、海です」

砂浜を歩き、岩場を乗り越え、ぽっかりと空いた洞窟の入り口にやってきた。

「ここからは船ですね」

アイテムバッグから小さな木船を取り出して水の上に浮かべた。

「この先に、クリュの葉があるそうです」

船の上に飛び乗ると、シロさん達も同様に乗り込んできた。ピヨさんは、私の頭の上に。
船の先端に魔法で出した灯りを固定し、船の後ろに付いている魔道具に魔力を流した。すると、船がゆっくりと前進していく。確かこれも、トウドウさんと同じように異世界から来たという人が作ったと聞いた。
遠洋の様に波が高い場所では使えないが、流れの弱い川や波の無い湖等で使う道具。一度吸い込んだ水を船の後方へと勢いよく噴き出す事で、進む事ができる。
洞窟の奥へと進むうち、段々と光りが届かなくなり、周りが暗くなっていく。

「まったく‥‥今日はメェちゃんを一日ゆっくり休ませようと思っていたのに」
「すみません」
「今度は一日中ゴロゴロしましょうね!」
「ゴロゴロですか?」
「そうよ! 寝転がったまま本を読んだり、お菓子を食べたり!」

寝転がったままというのは、とてもお行儀が‥‥ここにはそれを見て怒る人もいませんね。

「日向ぼっこしながら、ゴロゴロするの!」
「それは‥‥とても魅力的ですね」

以前、皆さんと一緒にお昼寝をした時の様な感じだろうか。
暫く船を進めると、前方に薄っすらと光りが見えた。
真っ暗な洞窟の最奥、一筋の光が一本の樹を照らし出していた。そこに地はなく、水の中に根を下ろしているようです。
本来ならば幻想的な光景なのだが、その樹は黒いモヤに覆われ、神々しさと禍々しさでまるで燃えている様にも見える。

「そう言えば、あのモヤって何でしょうか」

出会った時の皆さんも、同じように黒いモヤに包まれていました。『浄化』で何とかなっていますが、正体が分からない。この島に来るまで、見た事もなかった。

「あれは、瘴気だ」
「瘴気?」
「世界樹が枯れ始めてからよ」

ピヨさん曰く、あの黒いモヤは世界樹が枯れ始めた頃から見るようになったのだそうだ。最初はほんの小さな煙のようだったらしい。地中から出でるその煙は、シロさんが踏めば消えてしまう程のものだった。それが段々と多く、強くなっていき、それは生き物にも影響を及ぼす程になっていったそうだ。

「瘴気って、本当はどこにでもあるのよ」
「え?」
「瘴気は、生きる物の不の感情から生まれる」
「痛い、辛い、嫉妬、憎悪‥‥あらゆる負の感情。感情と言うと、人種族だと思うかもしれないけど、それだけじゃないわ。無為に傷付けられた動物や、悪戯に枝を折られた植物。想いの大小に差はあるけれど、皆が持っている物よ」
「その瘴気を大地から吸収し、浄化するのが世界樹の役割だ」

世界を守ると言われている世界樹。それは、何から?

「瘴気の影響は、今はまだこの島の中だけだが、いずれは」
「ちょっと! そんなのは数百年後よ!」

この島に来て、初めて会ったのはシロさんでした。
黒いモヤに覆われ、正気を失いかけていた。聖獣がそれ程に影響を受けているのに、世界樹に連れて来られる途中で見た動物達は、大きさ以外に違和感は無かった。
確か、最初の頃はシロさんが踏めば消えてしまう程の弱さだったと‥‥もしかして。

「もしや‥‥皆さんが、瘴気を?」

二人を見ると、微妙に気まずそうな顔をした。

「あ、あ~‥‥」
「ほんっと、抜けてるわよね、アホ猫は」
「うるさい」
「メェちゃん。私達に瘴気を浄化する力は無いわ。けれど、少し散らす事くらいは出来るの。大きなお肉をかみ砕いて、飲み込みやすくする、みたいな?」
「お前、鳥だろ。歯無いだろうが」
「例えよ! この馬鹿猫!」

ギャアギャアと言い合う二人と双子を、思わずまとめて抱きしめた。

「ありがとうございます」
「メェ‥‥」
「まぁ、散らすだけなんだけどね。いつの間にか飲まれちゃったし」

あんな姿になっても、世界を守ろうとしてくれていた。
何が聖女だ。与えられた役割をこなすだけで、環境に不満を抱いても甘んじていた。自分の為に。
皆さんをそっと船の上に降ろすと、自分の両頬を叩いて気合を入れた。バチン! と言う音が洞窟内に響く。

「なっ!」
「ちょ、メェちゃん⁉」
「「ひゃ~」」

あ、ちょっと痛い。

「よし。皆さんはここで待っていてください」

船から降りて、水の上をゆっくりと歩く。
黒いモヤがゆらゆらと揺らめいている。
よし、射程内に入った。

「『浄化』」

右手を樹に向けて唱えると、黒い瘴気が光りの粒となって消えていく。

「‥‥綺麗」

ピヨさんが小さく呟いたのが聞こえた。
根本の瘴気まで浄化が進み、瘴気が完全に消えた。

「ふぅ」

残ったのは、私の倍程の高さがある樹だった。葉は私の手よりも大きそうだ。

「これが、クリュの葉」

ゆっくりと近づき、葉を一枚取ろうとした瞬間、樹が淡く光りだした。
そしてその光はやがて枝の上で一つに集まり、現れたのは真っ白なフクロウだった。

「ふぁ‥‥あ~‥‥あ?」

フクロウは大きな欠伸をすると、フルフルと身震いをした。

「何じゃ、何じゃ。随分と珍妙なご一行様じゃのぉ」
「よし。丸焼きだな」
「私は嫌よ。硬そうだもの」

不穏な会話が聞こえてきた。どうもシロさんとピヨさんは好戦的な面がある。

「私はメルリアと申します、フクロウ殿」
「ふぉっふぉっふぉ。儂の名はクリュじゃ。ふむ‥‥先日葉を取りに来た嬢ちゃんとはまた違った別嬪さんじゃのぉ。名は確か‥‥アキ、じゃったか」
「アキ‥トウドウ・アキさんですね」
「そうじゃった、そうじゃった。また来ると言うておったが‥‥ふむ、どうやら儂は随分と長い事眠っておったようじゃなぁ」

クリュさんは目を細めると、シロさん達の方に一瞬視線をやりバサリと羽を震わせた。

「お前さんの欲しい物は、葉じゃろう。たぁ~んと持って行くと良い」
「トウドウさんの本には、クリュの葉と書いてありましたが‥‥」

てっきり、クリュという樹の種類かと思いましたが、それはフクロウの名でした。

「ほっほっ。この樹は儂が長年寝床にしておったからじゃろの」

なるほど。クリュさんの家でしたか。

「それでは、三枚程頂きます」
「もっとごっそり行っても大丈夫だが?」
「いいえ。それでは樹に負担が‥‥おや?」

クリュさんのお言葉に甘えて葉を一枚取ると、取った場所に新しい葉がひょこっと生えた。え、何これ怖い。でもちょっと楽しい、かも。
結局十枚取ってしまった。

「申し訳ありません‥‥つい」
「ふぉっふぉっ。アキなんぞ、袋一杯に詰めて持って帰っておった。十枚程度、可愛いもんぞ」
「あ、ありがとうございます」

うぅ、やってしまった。

「メェ、終わったか?」

皆さんの乗った船が、いつの間にか近くに来ていた。

「はい」
「よかった! じゃあ、さっさとこんな暗~い所からでましょうよぉ! そろそろお腹すいちゃったわ!」
「そうですね。クリュさん、ありがとうございました」
「いつでも取りに来るといい」

私達はそのまま船に乗って、洞窟の外へと戻ってきた。

「ん~! やっと出られたわ!」
「「おそと~!」」
「昼ご飯は甘辛い薄切りキノコの丼がいい」

師匠とトウドウさんのおかげで、随分と作れる料理も増えました。
そして、私が食べていたスープを、師匠が「野菜を煮ただけの汁」と言った意味も今なら分かります。

「ほう、それは美味そうだのぉ」
「「「「「⁉」」」」」

船の後方から聞こえて来た声に驚き、私を含めた皆が一斉に振り向いた。
そこには、船の縁にちょこんととまっているクリュさんがいました。
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