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第十四話

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第十四話


お風呂から出た師匠はクッションの上で寛ぐシロさん達を見て固まり、何か言いたそうに私の方を見たが、「人外タラシめ」とため息をついた。
お風呂に入っている間に夜が明けてしまい、結局そのまま朝ご飯を食べる事に。
シロさん達から少し距離を取っていた師匠ですが、少し経つと仲良くなっていた。流石、師匠です。

「よ~し、よしよし!」
「おお、中々やるな」
「「僕も~!」」

等と言いながら、撫でまくりです。
さて、今朝は何を作りましょうか。トウドウさんの残してくださった本を見ていると、ふと黄色い物に目がとまりました。よし、これにしましょう。

「ん? この匂い‥‥」

すっかりとろけたシロさん達を残し台所へやってきた師匠が、私の手元を覗いて驚いた様に声を上げました。

「ダシか!」
「はい。先程お話ししましたが、ここを作ったトウドウさんが残した魔道具があちらに」
「マジか⁉」

師匠は台所の裏へと走り込んだ。

「こっちはダシ、こっちはショウユ‥‥これ、少し貰っていいか⁉」

裏から師匠の嬉しそうな声が聞こえてきました。

「はい。魔力を流すと出ますので、お好きなだけお持ちください」

暫くして裏から出て来た師匠は、とても満足そうな顔をしていました。


「ふ~。あの国を出て何が一番困るって、食なんだよなぁ」
「困る、ですか?」
「あの国は、異常な程に食にこだわりがあるんだよ。元は小さな島の小さな漁村だったのが、ふらっと立ち寄った異世界人がダシやらショウユやら、色々な物の作り方や技術を与えて段々と国にまで大きくなったらしい。私みたいに国を出る者もいるが、国の味が忘れられずに戻る者も多いらしい」

そこまで来ると、少し怖いですね。かく言う私も、ダシやショウユを使うようになってから、以前のスープがとても味気なく感じて困ります。

「そろそろヤバかったから、助かったよ!」
「ヤバい‥‥依存性‥‥」
「あっはっはっ! そんなもん、ないない! だがそうだなぁ‥‥黒目黒髪で、シノビ国にたどり着いて泣きながら「ダシ、ショウユ」と言いながら崩れ落ちたら、そいつは確実に異世界人だ、なんて言われてはいるな」
「それは大丈夫と言わないような‥‥っと、出来ました。ダシ巻き卵の、さんどいっちです」

少し怖い気もしますが、私も既にダシに魅了された一人です。
もしもあの魔道具が壊れてしまったら‥‥あまり考えたくありません。
皿の上には、大量のさんどいっち。師匠はとても沢山食べます。それはもう、沢山。
それなのに、くびれる所は綺麗な曲線を描き、私には無いメローナもお持ちです。
そんな師匠はさんどいっちを一口頬張ると、目を輝かせて咀嚼します。この顔‥‥修行中に大型一角ボアに遭遇した時と同じ顔ですね。

「ん~~~、ふまい!」
「師匠、せめて飲み込んでから」
「オカンか」

悪寒?

「んぐんぐ‥‥は~、ほんっと、美味い! いやぁ、素朴な味付けと言う名の味無しスープばかり作っていたメェとは思えん!」

そんな風に思われていたのか。

「皆さんもどうぞ」

シロさん達にもそれぞれのお皿に入れると、勢いよく食べ始めてくれました。

「ふわふわで美味い」
「すっごく美味しいわ! 私、これ大好き!」
「「おいし~!」」

喜んでもらえたようで良かった。
やはり、もっと勉強しなければ。トウドウさんは料理好きだったようで、本にはかなりの数のレシピが記されている。

「ふっ」
「どうされました?」
「い~や? 楽しそうでなによりだと思ってな」
「楽しそう‥‥」

思わず自分の顔を触ってみた。

「まだその服を着てるから、聖女に戻りたいのかと思ってな」
「いいえ。アイテムバッグにこれと夜着しか入っていなかったので」

準備も無く馬車に放り込まれたため、準備も何も無かった。とは言え、一度家に戻っても良いと言われても、同じ事になっただろう。あの家に私の物など無いだろうから。

「自分の事に無頓着なのも相変わらずだな。ま、そんな事は想定内だ」

師匠は自分のアイテムバッグをゴソゴソと探ると、「あれとそれとこれと」と言いながら次から次へと洋服を取り出し、それはやがて小山となった。

「お前さんもいい年頃だと思って、色々と揃えて来た」
「あ、ありがとうございます」

妙に布面積が小さかったり、向こう側が透けている物もあるようですが‥‥経験上、掘り出さない方が良い気がする。

「せっかくの自由だ。好きに生きたらいい」
「好きに、ですか。そうですね‥‥シロさん達とのんびり過ごすのは、とても好きです。そろそろ畑も作りたいですし、この島の植物にも興味があります」
「隠居した婆さんか。まぁ、お前さんがそれでいいなら、いいさ」

ちょっと驚いた。いえ、かなり驚いた。
未だかつて見た事も無い、師匠の柔らかい微笑みに!

「なんだい、その顔は」
「‥‥生まれたままです」

そっと目を逸らしました。途端に、嫌な汗が背中を流れていきます。

「いや、それは怖いだろ」

師匠はとても厳しい方です。
どれくらいかと言うと、六歳児を滝へと落とす程です。
死ぬか生きるかのギリギリで助けてはくれますが、本当にギリギリです。

「まったく‥‥恋の一つでもすりゃ少しは変わるかも‥‥と思ったが、ここじゃ出会いも何もないか」

恋、と言われても困る。町で見た仲睦まじい二人や、人生を支え合って来た老夫婦も、私にとっては本で読む物語の様に感じる。
師匠が言う「出会い」というのは、どういう物だろうか? 一目会ったその瞬間? それとも、街角で偶然ぶつかって?

「出会い、ですか‥‥そう言えば、御一人、いらっしゃいました」
「こんな無人島で? 漂流者とかか?」
「いいえ。ジル様です」
「ジル?」
「はい。ジルフリート・リットランド様。前リットラ」
「はぁ⁉ なんだってジル坊が!」

ジル、坊?

「先日、竜に乗っていらっしゃいました。以前から気晴らしに来ていらっしゃるとか。その‥‥お知り合いですか?」
「まぁ、お知り合いだなぁ」

おぉぉぉ、師匠の顔が! 先程とは天と地ほどの差がありそうな、顔です! あの顔は、森の中で魔獣を見つけた時の顔です! そしてその後、「行ってこい」と、私を魔獣の前に放り投げた‥‥。

「また来ると仰っていました」
「へぇ~~~。メェ、少しの間世話になるよ」
「へ? あ、はい!」

師匠がまさか、ジル様とお知り合いだったとは。さすがと言うか、何と言うか。
弟子は師匠の背を見て育つと言いますが、この大きく広い背に、いつか手が届く‥‥などとは欠片も考えられませんね。
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