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Past5(ローランド)
episode64
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豪華な披露宴も三日目の夜。
豪奢な肘掛椅子に腰掛け、疲れの滲む表情でぼうっと下を見やる。
数段下の大きなホールでは幾人もの人物が、昨日に引き続き飽きもせず楽しそうにダンスを踊っている。
昨日と同様皆顔をマスクで隠しており素性が知れないが、昨日と違うのはこのホールに居る者全てが王直々の招待状を受け取った選ばれた王侯貴族のみという所だろう。
「・・・殿下、ローランド殿下」
ふと後ろに控えていた従者が耳打ちをする。
「スガルド王国のマリド王女です。ご挨拶を」
さ迷っていた視線を真正面に向けると、ホールの中心に一人の女性がローランドへ頭を垂れて控えていた。
スガルド王国はローゼンにも劣らない大国であり、同盟国。
ローランドの母であるオリヴィアの策略がなければ、婚約相手はこの娘になっていたはずだった。
スガルド王国の婚約の申し出をオリヴィアが蹴った時は、同盟破綻寸前まで大事になってしまった相手だと聞く。
クラリサに変わり元婚約相手が選ばれたのは、ただ単にこの場の貴族たちの中で最高位という事だけでなく、マリド王女の損ねてしまった機嫌を伺う意味も込められている。
大袈裟ではなく、ローランドの態度によってはこのまま同盟破綻、ひいては戦争にならないとも限らない。
小さな声で囁いた控えの従者にちらりと視線を向け頷くと、ローランドが椅子から立ち上がり女性に手を差し出す。
「マリド王女」
「はい、殿下」
勝ち気そうな女の顔が嬉しそうに頬を赤らめ、気のない誘いに応えるように細い指先が男の手の上にのる。
気付けば楽しそうな喧騒は静まり、優雅な音楽だけがホールを満たしていた。
ホール中の視線を浴びながら踊る間も、相手の女はほうっと仮面越しに覗く男の赤い瞳を見つめていた。
❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋
「殿下、嬉しいですわ。こうしてまたお目にかかれて」
女が先程までローランドが座っていた椅子の隣、不安そうにこちらを見つめるクラリサを盗み見る。
「オリヴィアさまったらどうしてあんな田舎娘をお選びになったのかしら。挨拶にも来ないで。・・・それに、私ならきっと立派な跡継ぎ様を産んでみせるのに」
「・・・・」
スルスルと伸びてきた白く細長い女の指がローランドの胸板にそっと触れ、その指先がゆっくりと下腹部へ下がってゆく。
全く反応を示さず涼し気な表情のままのローランドにマリドが不服そうに頬を膨らませる。
「あら、貴方もしかして不能なのかしら?彼処の彼女との共寝を拒んだって聞いていたから、あの子に問題があるのかと思ったけど」
「・・・問題はありません。腹の子に何かあるといけないので、彼女にはあの場所に居るように私から言って聞かせたのです。彼女の無礼は私から詫びましょう」
マスクを取り表情も変えずに形だけの詫びを口にしたローランドの言葉に、意味を理解した女の顔が真っ赤に染る。
オリヴィアとマイヤーの差し金ではあったものの、昨晩体を交えたのは事実だ。
「あっ、あら、そう。私はただ、・・・上手くいっているようで安心ですわ」
「ええ」
微笑を浮かべるローランドの表情は冷たく、慌てて女が取り繕うのにも興味をなくしたようにぼうっと遠くを見つめる。
「・・・先程から、どなたか探しておられるの?」
「・・・いえ」
ローランドに倣って視線をホールへさ迷わせたマリドが驚きの声を上げる。
「嫌だあの方、どこのお家の方かしら」
マリドが気まづくなった話題を逸らすために標的にされた人物へローランドもなんとはなしに視線を向ける。
楽しそうに談笑する男女の奥、壁にもたれ掛かるように草臥れた男が1人立っている。
男とローランドまではかなり距離があり離れていたためハッキリとは分からない。
ましてお互いに仮面を付けているから、判断は難しいだろう。
「・・・っ、フィル?」
ボソリと呟いた名前は近くにいたマリドにも聞こえない程小さな声だったが、壁際に立っていたその男はローランドの声に応えるようにこちらに顔を向けた。
「あっ、陛下!」
マリドの制止も耳に入っていないのか思わずローランドが二三歩フラフラと確かめるようにフィリップに近寄ると、相手の男も青年の元に歩み寄る。
赤い瞳が男を映し、動揺するように揺れた。
男が呆然と立ち尽くすローランドの傍に跪き、仮面越しにローランドの姿を見つめ、優しく微笑む。
「ローランド陛下、クラリサ王妃、ご結婚おめでとうございます。このような姿を御前に晒すことをお許し下さい」
「・・・・」
「いえ、気になさらないで下さい。陛下の旧友だと聞きました。お会い出来て嬉しいですわ」
クラリサの華やかな声に我に返り、誤魔化すように跪く男にローランドが手のひらを差しだす。
「・・・っお久しぶりです、陛下」
「・・・フィリップ」
ローランドの指先を男の手が優しく包み、その指先に男が触れるか触れないか程度のキスをする。
ひりつく喉で男の名前を呼ぶと、仮面越しの表情が嬉しそうに微笑み、ローランドの胸がグッと熱くなる。
数秒間のその沈黙が名残惜しく、お互いの指先が触れ合ったままどちらからともなくやっとのことで離れた。
豪奢な肘掛椅子に腰掛け、疲れの滲む表情でぼうっと下を見やる。
数段下の大きなホールでは幾人もの人物が、昨日に引き続き飽きもせず楽しそうにダンスを踊っている。
昨日と同様皆顔をマスクで隠しており素性が知れないが、昨日と違うのはこのホールに居る者全てが王直々の招待状を受け取った選ばれた王侯貴族のみという所だろう。
「・・・殿下、ローランド殿下」
ふと後ろに控えていた従者が耳打ちをする。
「スガルド王国のマリド王女です。ご挨拶を」
さ迷っていた視線を真正面に向けると、ホールの中心に一人の女性がローランドへ頭を垂れて控えていた。
スガルド王国はローゼンにも劣らない大国であり、同盟国。
ローランドの母であるオリヴィアの策略がなければ、婚約相手はこの娘になっていたはずだった。
スガルド王国の婚約の申し出をオリヴィアが蹴った時は、同盟破綻寸前まで大事になってしまった相手だと聞く。
クラリサに変わり元婚約相手が選ばれたのは、ただ単にこの場の貴族たちの中で最高位という事だけでなく、マリド王女の損ねてしまった機嫌を伺う意味も込められている。
大袈裟ではなく、ローランドの態度によってはこのまま同盟破綻、ひいては戦争にならないとも限らない。
小さな声で囁いた控えの従者にちらりと視線を向け頷くと、ローランドが椅子から立ち上がり女性に手を差し出す。
「マリド王女」
「はい、殿下」
勝ち気そうな女の顔が嬉しそうに頬を赤らめ、気のない誘いに応えるように細い指先が男の手の上にのる。
気付けば楽しそうな喧騒は静まり、優雅な音楽だけがホールを満たしていた。
ホール中の視線を浴びながら踊る間も、相手の女はほうっと仮面越しに覗く男の赤い瞳を見つめていた。
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「殿下、嬉しいですわ。こうしてまたお目にかかれて」
女が先程までローランドが座っていた椅子の隣、不安そうにこちらを見つめるクラリサを盗み見る。
「オリヴィアさまったらどうしてあんな田舎娘をお選びになったのかしら。挨拶にも来ないで。・・・それに、私ならきっと立派な跡継ぎ様を産んでみせるのに」
「・・・・」
スルスルと伸びてきた白く細長い女の指がローランドの胸板にそっと触れ、その指先がゆっくりと下腹部へ下がってゆく。
全く反応を示さず涼し気な表情のままのローランドにマリドが不服そうに頬を膨らませる。
「あら、貴方もしかして不能なのかしら?彼処の彼女との共寝を拒んだって聞いていたから、あの子に問題があるのかと思ったけど」
「・・・問題はありません。腹の子に何かあるといけないので、彼女にはあの場所に居るように私から言って聞かせたのです。彼女の無礼は私から詫びましょう」
マスクを取り表情も変えずに形だけの詫びを口にしたローランドの言葉に、意味を理解した女の顔が真っ赤に染る。
オリヴィアとマイヤーの差し金ではあったものの、昨晩体を交えたのは事実だ。
「あっ、あら、そう。私はただ、・・・上手くいっているようで安心ですわ」
「ええ」
微笑を浮かべるローランドの表情は冷たく、慌てて女が取り繕うのにも興味をなくしたようにぼうっと遠くを見つめる。
「・・・先程から、どなたか探しておられるの?」
「・・・いえ」
ローランドに倣って視線をホールへさ迷わせたマリドが驚きの声を上げる。
「嫌だあの方、どこのお家の方かしら」
マリドが気まづくなった話題を逸らすために標的にされた人物へローランドもなんとはなしに視線を向ける。
楽しそうに談笑する男女の奥、壁にもたれ掛かるように草臥れた男が1人立っている。
男とローランドまではかなり距離があり離れていたためハッキリとは分からない。
ましてお互いに仮面を付けているから、判断は難しいだろう。
「・・・っ、フィル?」
ボソリと呟いた名前は近くにいたマリドにも聞こえない程小さな声だったが、壁際に立っていたその男はローランドの声に応えるようにこちらに顔を向けた。
「あっ、陛下!」
マリドの制止も耳に入っていないのか思わずローランドが二三歩フラフラと確かめるようにフィリップに近寄ると、相手の男も青年の元に歩み寄る。
赤い瞳が男を映し、動揺するように揺れた。
男が呆然と立ち尽くすローランドの傍に跪き、仮面越しにローランドの姿を見つめ、優しく微笑む。
「ローランド陛下、クラリサ王妃、ご結婚おめでとうございます。このような姿を御前に晒すことをお許し下さい」
「・・・・」
「いえ、気になさらないで下さい。陛下の旧友だと聞きました。お会い出来て嬉しいですわ」
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「・・・っお久しぶりです、陛下」
「・・・フィリップ」
ローランドの指先を男の手が優しく包み、その指先に男が触れるか触れないか程度のキスをする。
ひりつく喉で男の名前を呼ぶと、仮面越しの表情が嬉しそうに微笑み、ローランドの胸がグッと熱くなる。
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