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拾伍
第79話
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「長い髪・・・、女みたいで女々しいなぁってずっと思ってたよ」
「えっ、?」
無意識だった。
恐怖で身体が固まる。
先程まで心地よく感じていた穏やかで低い声も、やさしい抱擁も、酷く怖い。
「恭介・・・」
「っ離れろ!くそっ・・・!!」
体重を加えて伸し掛る喜島の胸板を恭介の手が必死になって叩くが、その体はビクともしないどころかどんどん重くなり、恭介の身体を逃さないよう床板に手足を押さえつけた。
「騒ぐなって、悠太が起きちゃうだろ」
「っ!!」
じっとりと汗ばんだ青年の首筋を喜島の舌が伝う。
「・・・ハハ、緊張してるのか?」
ちゅっちゅっと皮膚に吸い付く音に恭介の顔がカッと赤く染まる。
たくし上げられたシャツの中に男の両手が滑り込む。
肩口に顔を埋めていた喜島が顔を上げ、可笑しそうに顔を歪めた。
「っ大丈夫。俺、こう言うの慣れてるから良くしてやるよ」
「良くっ、て・・・」
自らが組み伏せた青年の恐怖に染った顔を男が呆然と見下ろす。
──伊武聡一郎に拾われて、決して万人に歓迎される立場ではなかったが第二の人生を生きるチャンスをくれた。
──汚れきった自分を慕ってくれる可愛い弟が出来て嬉しかった。そんな彼を補佐として兄として支えてやりたいと思えた。
──何よりも、誰一人もう二度と、自分と同じ目には合わせたくない。そう思っていた。
「なぁ・・・俺、どこから間違えた?」
「っ、きじ、ま・・・?」
「・・・俺の両親、どうしようもないクズだったからさぁ、愛し方、イマイチ分からないんだ。歪んでるんだ。恭介も、悠太も・・・愛してるのに。俺ってそんなにからっぽかな、恭介」
「──きじっ、にいさ、、ッ!?」
薄くカサついた唇が恭介の唇に重なる。
ぶつかった歯がガチガチと音を立て、口の端から溢れた唾液が恭介の頬を伝い落ちる。
「恭介っ、許せない、どうしてもお前のことが許せないっ!!殺してやりたいっ、殺してやるっ!!」
首を絞められ霞む視界の中、ボロボロと涙を流す喜島を見上げる。
「ッ、ァ''、ぅ・・・に、さん。にぃ──」
親愛と恋愛の違いはあえど、喜島は恭介の事も悠太の事も愛していた。
しかし、恭介にとってその差はあまりにも大きかった。
告白を断られたあの日、ずっと想い慕ってきた義兄に自分の全てを否定された様で悲しかった。
それなのに途中で現れた見知らぬ子供に兄を奪われた。
陽真について話す時柄にもなく照れて微かに頬を赤らめる兄を見て許せなかった。
いつも視線の先は自分だったはずだ。
それなのに。
また大事な人が離れていく。
許せない。
振り向いてもらいたくて、またあの部屋でジュースを飲んで笑いあっていた頃のように自分だけを見て欲しくて。
本当は弱くて、追い詰められ一人部屋で泣いてしまう様な孤独な兄を自分だけが慰めて励まし助けてやりたかった。
「・・・──っ、てくれ」
床に転がっていた拳銃を握り、恭介が自らの腹に向ける。
「っ、恭介、・・・?なにを」
首に回っていた喜島の掌が慌てて拳銃を取り上げようと青年の握る上から掴み掛かるが、ぐっと腹に押し当てられていて奪うことが出来ない。
「あんたはどんな時も優しかった。なのに俺、助けてやれなかった。橘のこと・・・ 」
「ッお前っ、どうして、その事・・・」
ふっと力なく微笑んだ青年が拳銃の引き金に指を置く。
「俺を殺してくれ。兄貴」
今更震えはしない。
喜島の手の上から引き金に置いた指にぐっと力を込め、次の瞬間腹に殴られた様な重たい衝撃が走る。
「・・・恭介、?」
弱々しく弟の名前を呼んだ男の手が真っ赤に染る。
じゅくじゅくと腹が熱くなる感覚に、「ああ、思ったより痛くないもんだな」と奥で息絶えている橘をちらりと見詰めた。
「・・・はる、ま」
「・・・?、芥?」
「っ、あ、あぁ、ゆうた、悠太・・・俺、」
いつから立っていたのか、橘の更に奥、細い廊下の辺りに肩から毛布を掛けた陽真の姿が見える。
その真っ青な顔が恭介の視線とかち合い引き攣った。
「っ────芥、何して」
血溜まりの中、掠れた声で誰かが叫んだ。
「えっ、?」
無意識だった。
恐怖で身体が固まる。
先程まで心地よく感じていた穏やかで低い声も、やさしい抱擁も、酷く怖い。
「恭介・・・」
「っ離れろ!くそっ・・・!!」
体重を加えて伸し掛る喜島の胸板を恭介の手が必死になって叩くが、その体はビクともしないどころかどんどん重くなり、恭介の身体を逃さないよう床板に手足を押さえつけた。
「騒ぐなって、悠太が起きちゃうだろ」
「っ!!」
じっとりと汗ばんだ青年の首筋を喜島の舌が伝う。
「・・・ハハ、緊張してるのか?」
ちゅっちゅっと皮膚に吸い付く音に恭介の顔がカッと赤く染まる。
たくし上げられたシャツの中に男の両手が滑り込む。
肩口に顔を埋めていた喜島が顔を上げ、可笑しそうに顔を歪めた。
「っ大丈夫。俺、こう言うの慣れてるから良くしてやるよ」
「良くっ、て・・・」
自らが組み伏せた青年の恐怖に染った顔を男が呆然と見下ろす。
──伊武聡一郎に拾われて、決して万人に歓迎される立場ではなかったが第二の人生を生きるチャンスをくれた。
──汚れきった自分を慕ってくれる可愛い弟が出来て嬉しかった。そんな彼を補佐として兄として支えてやりたいと思えた。
──何よりも、誰一人もう二度と、自分と同じ目には合わせたくない。そう思っていた。
「なぁ・・・俺、どこから間違えた?」
「っ、きじ、ま・・・?」
「・・・俺の両親、どうしようもないクズだったからさぁ、愛し方、イマイチ分からないんだ。歪んでるんだ。恭介も、悠太も・・・愛してるのに。俺ってそんなにからっぽかな、恭介」
「──きじっ、にいさ、、ッ!?」
薄くカサついた唇が恭介の唇に重なる。
ぶつかった歯がガチガチと音を立て、口の端から溢れた唾液が恭介の頬を伝い落ちる。
「恭介っ、許せない、どうしてもお前のことが許せないっ!!殺してやりたいっ、殺してやるっ!!」
首を絞められ霞む視界の中、ボロボロと涙を流す喜島を見上げる。
「ッ、ァ''、ぅ・・・に、さん。にぃ──」
親愛と恋愛の違いはあえど、喜島は恭介の事も悠太の事も愛していた。
しかし、恭介にとってその差はあまりにも大きかった。
告白を断られたあの日、ずっと想い慕ってきた義兄に自分の全てを否定された様で悲しかった。
それなのに途中で現れた見知らぬ子供に兄を奪われた。
陽真について話す時柄にもなく照れて微かに頬を赤らめる兄を見て許せなかった。
いつも視線の先は自分だったはずだ。
それなのに。
また大事な人が離れていく。
許せない。
振り向いてもらいたくて、またあの部屋でジュースを飲んで笑いあっていた頃のように自分だけを見て欲しくて。
本当は弱くて、追い詰められ一人部屋で泣いてしまう様な孤独な兄を自分だけが慰めて励まし助けてやりたかった。
「・・・──っ、てくれ」
床に転がっていた拳銃を握り、恭介が自らの腹に向ける。
「っ、恭介、・・・?なにを」
首に回っていた喜島の掌が慌てて拳銃を取り上げようと青年の握る上から掴み掛かるが、ぐっと腹に押し当てられていて奪うことが出来ない。
「あんたはどんな時も優しかった。なのに俺、助けてやれなかった。橘のこと・・・ 」
「ッお前っ、どうして、その事・・・」
ふっと力なく微笑んだ青年が拳銃の引き金に指を置く。
「俺を殺してくれ。兄貴」
今更震えはしない。
喜島の手の上から引き金に置いた指にぐっと力を込め、次の瞬間腹に殴られた様な重たい衝撃が走る。
「・・・恭介、?」
弱々しく弟の名前を呼んだ男の手が真っ赤に染る。
じゅくじゅくと腹が熱くなる感覚に、「ああ、思ったより痛くないもんだな」と奥で息絶えている橘をちらりと見詰めた。
「・・・はる、ま」
「・・・?、芥?」
「っ、あ、あぁ、ゆうた、悠太・・・俺、」
いつから立っていたのか、橘の更に奥、細い廊下の辺りに肩から毛布を掛けた陽真の姿が見える。
その真っ青な顔が恭介の視線とかち合い引き攣った。
「っ────芥、何して」
血溜まりの中、掠れた声で誰かが叫んだ。
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