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拾肆
第74話
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母が死んでから、無表情だった父がよく笑うようになった。
息子である恭介を気遣っているのか、母がいなくなりせいせいしているのか。
「恭介、これが今日からお前の兄さんになる喜島だ。
仲良くしなさい」
父に連れられやってきたのは、随分とみすぼらしい青年だった。
襟元の伸びたTシャツにジャージのズボン。
伸びた髪から覗く冷めた目は驚く恭介を一瞥し、普通であれば萎縮してしまいそうな強面の男ばかりの景色を落ち着き払った調子でぐるりと眺める。
「ポンコツロボットみたいだな」
無表情で動じない喜島が気に食わない。
二度も同じ質問を繰り返した青年に向かって思わず悪態をつき、望んでいたはずの喜島の一瞬見せた悲しそうな顔にグッと押し黙る。
「・・・よろしくな、恭介」
青年のぎこちない笑顔に何も言えなくなって、またも癪に障る。
十二歳、恭介に六歳年上の兄ができた。
❋❋❋❋❋❋❋
「恭介、芥はどうした。まだ寝てるのか?」
中学二年の夏休み、丸一日家にいないといけないこの長期休みが嫌だった。
二階から一人だけ降りてきた恭介の姿に聡一郎がもう一人の青年の姿を探す。
「知らないよ、あんな奴どうでもいいでしょ」
首に掛けたタオルで濡れた顔を拭く。
どうでもいい。なんでよそ者の心配なんて。
ふんっと鼻を鳴らして席につき箸を持ち上げると、父親が不機嫌そうに声を上げる。
「お前の兄貴だろう。朝飯も家族で摂る。きちんと起こしてきなさい」
今までそんなことは無かった。
母と二人で食事をとる事だってザラだったし、ましてや母が入院してからは一人で食べたり橘や他の組員と食べる事だってあった。
なのに今更になって仕事を押してまで家族で顔を合わせることにこの目の前の父は拘るようになった。
「なんだよ今更」
眉間に深くシワを刻み乱暴に箸を置くと、立ち上がり部屋を飛び出す。
兄の部屋は自室の隣だ。昔母が住んでいた部屋。
一階から怒鳴りつけてやろうかとも考えたが、少し考えてやめた。
まだ寝ているのか生活音が全く聞こえない二階に、何となく気まづくなってゆっくりと階段を昇る。
「・・・ん?」
薄く開いた襖の手前には、スリッパが乱暴に脱ぎ捨てられている。
義兄じゃ無い。
不思議そうに茶色のスリッパに視線を落とす。
この茶色のスリッパは家族は使用しない。
たまに報告に来る組員の為に置かれたもので、兄も普段からスリッパは履いていなかった。
「・・・っん、!ぅ''う・・・、ぁ、はぁっ。やめっ」
襖の奥、兄の部屋から漏れ聞こえたのは間違いなく兄の声だった。
苦しそうに呻くその声には艶があり、何か嫌がる様にもがいている。
シーツが擦れ、抵抗するような声に混じってもう一人の人物のものであろう荒い息も聞こえる。
「はぁっはぁっ・・・芥ぃ!」
「っく、ぅ・・・!いやだっ来るなっやだ!くるな!」
言い合うような小さな声には熱が篭もる。
思春期の少年の頭に期待と好奇心、拮抗する様に不安がせめぎ合う。
そっと音を立てない様に襖に縋り付き、隙間から中の様子を伺った。
「・・・っ、橘?」
布団の上に横たわる喜島に、伸し掛る男が視界に映る。
間違いない。大きな体格にスキンヘッドの男には見覚えがある。恭介が驚き目を丸くする。橘だ。
「お前ェ、逃げやがって!逃げやがってェ!」
「っぐゔぅ・・・」
接点のなさそうな二人が揉みくちゃになって喧嘩をしているのに心底驚く。
橘の太い腕が喜島の首を締め付けると、いつも涼しい顔を崩さない喜島が苦しそうに顔を顰める。
キュッと引き結んでいた喜島の唇が酸素を求めてぱくりと開くと、待ってましたとばかりに橘がその唇にしゃぶりつく。
「ん''ぅ!?やっむぅぅ、・・・!」
「ふっふぅ、ふぅ、芥っ、芥ぃ!オヤジに横取りされやがってっ!俺のモンだっ!俺のっ!」
「ッガ、ァ・・・っ、ぐッげ、ァ''、あっ!」
ガタガタと痙攣するように暴れる手足を男が押さえつけながら、なおも夢中になって青年の唇にしゃぶりつく。
ぢゅるぢゅると唾液を啜る音や二人の吐息。
太い腕に首を絞められたまま顔を真っ赤にした喜島の両目が天井を仰ぎ、へっへっと動物の様な弾む呼吸を繰り返す。
すっかり抵抗の様子がなくなった青年から大きな体が退くと、じっと観察する様に橘が横たわる体を見下ろす。
「(・・・っアイツ、なにして?!もっと抵抗しろよ!なんで橘が?!このままじゃっ、アイツ、殺されるんじゃ!?)」
混乱した頭で、それでも恭介は張り付いた襖から視線を逸らすことが出来なかった。
口の中に溜まった唾液をゆっくりと嚥下する。
「・・・へへ。静かになったな。よし、よしよし」
橘が独り言を呟くようにそう言うと、ぐったりとしたままの青年の寝巻き、浴衣の掛衿を乱暴に引っ張る。
はだけた浴衣は一枚の布の様になって、顕になった小さく上下する腹に男の手が這う。
「芥、お前は俺のだ・・・」
整った腹筋に男が潰れた鼻先を擦り付けスンスンと匂いを嗅ぎ、次いでベルトを外すとスラックスを緩めた。
必死になって室内を覗いていた恭介の股間がズクズクと痛む。
それ以上はダメだと思うのに、その先を期待してしまう。
前屈みになって襖を覗き、焦る気持ちから足を一歩踏み出す。
息子である恭介を気遣っているのか、母がいなくなりせいせいしているのか。
「恭介、これが今日からお前の兄さんになる喜島だ。
仲良くしなさい」
父に連れられやってきたのは、随分とみすぼらしい青年だった。
襟元の伸びたTシャツにジャージのズボン。
伸びた髪から覗く冷めた目は驚く恭介を一瞥し、普通であれば萎縮してしまいそうな強面の男ばかりの景色を落ち着き払った調子でぐるりと眺める。
「ポンコツロボットみたいだな」
無表情で動じない喜島が気に食わない。
二度も同じ質問を繰り返した青年に向かって思わず悪態をつき、望んでいたはずの喜島の一瞬見せた悲しそうな顔にグッと押し黙る。
「・・・よろしくな、恭介」
青年のぎこちない笑顔に何も言えなくなって、またも癪に障る。
十二歳、恭介に六歳年上の兄ができた。
❋❋❋❋❋❋❋
「恭介、芥はどうした。まだ寝てるのか?」
中学二年の夏休み、丸一日家にいないといけないこの長期休みが嫌だった。
二階から一人だけ降りてきた恭介の姿に聡一郎がもう一人の青年の姿を探す。
「知らないよ、あんな奴どうでもいいでしょ」
首に掛けたタオルで濡れた顔を拭く。
どうでもいい。なんでよそ者の心配なんて。
ふんっと鼻を鳴らして席につき箸を持ち上げると、父親が不機嫌そうに声を上げる。
「お前の兄貴だろう。朝飯も家族で摂る。きちんと起こしてきなさい」
今までそんなことは無かった。
母と二人で食事をとる事だってザラだったし、ましてや母が入院してからは一人で食べたり橘や他の組員と食べる事だってあった。
なのに今更になって仕事を押してまで家族で顔を合わせることにこの目の前の父は拘るようになった。
「なんだよ今更」
眉間に深くシワを刻み乱暴に箸を置くと、立ち上がり部屋を飛び出す。
兄の部屋は自室の隣だ。昔母が住んでいた部屋。
一階から怒鳴りつけてやろうかとも考えたが、少し考えてやめた。
まだ寝ているのか生活音が全く聞こえない二階に、何となく気まづくなってゆっくりと階段を昇る。
「・・・ん?」
薄く開いた襖の手前には、スリッパが乱暴に脱ぎ捨てられている。
義兄じゃ無い。
不思議そうに茶色のスリッパに視線を落とす。
この茶色のスリッパは家族は使用しない。
たまに報告に来る組員の為に置かれたもので、兄も普段からスリッパは履いていなかった。
「・・・っん、!ぅ''う・・・、ぁ、はぁっ。やめっ」
襖の奥、兄の部屋から漏れ聞こえたのは間違いなく兄の声だった。
苦しそうに呻くその声には艶があり、何か嫌がる様にもがいている。
シーツが擦れ、抵抗するような声に混じってもう一人の人物のものであろう荒い息も聞こえる。
「はぁっはぁっ・・・芥ぃ!」
「っく、ぅ・・・!いやだっ来るなっやだ!くるな!」
言い合うような小さな声には熱が篭もる。
思春期の少年の頭に期待と好奇心、拮抗する様に不安がせめぎ合う。
そっと音を立てない様に襖に縋り付き、隙間から中の様子を伺った。
「・・・っ、橘?」
布団の上に横たわる喜島に、伸し掛る男が視界に映る。
間違いない。大きな体格にスキンヘッドの男には見覚えがある。恭介が驚き目を丸くする。橘だ。
「お前ェ、逃げやがって!逃げやがってェ!」
「っぐゔぅ・・・」
接点のなさそうな二人が揉みくちゃになって喧嘩をしているのに心底驚く。
橘の太い腕が喜島の首を締め付けると、いつも涼しい顔を崩さない喜島が苦しそうに顔を顰める。
キュッと引き結んでいた喜島の唇が酸素を求めてぱくりと開くと、待ってましたとばかりに橘がその唇にしゃぶりつく。
「ん''ぅ!?やっむぅぅ、・・・!」
「ふっふぅ、ふぅ、芥っ、芥ぃ!オヤジに横取りされやがってっ!俺のモンだっ!俺のっ!」
「ッガ、ァ・・・っ、ぐッげ、ァ''、あっ!」
ガタガタと痙攣するように暴れる手足を男が押さえつけながら、なおも夢中になって青年の唇にしゃぶりつく。
ぢゅるぢゅると唾液を啜る音や二人の吐息。
太い腕に首を絞められたまま顔を真っ赤にした喜島の両目が天井を仰ぎ、へっへっと動物の様な弾む呼吸を繰り返す。
すっかり抵抗の様子がなくなった青年から大きな体が退くと、じっと観察する様に橘が横たわる体を見下ろす。
「(・・・っアイツ、なにして?!もっと抵抗しろよ!なんで橘が?!このままじゃっ、アイツ、殺されるんじゃ!?)」
混乱した頭で、それでも恭介は張り付いた襖から視線を逸らすことが出来なかった。
口の中に溜まった唾液をゆっくりと嚥下する。
「・・・へへ。静かになったな。よし、よしよし」
橘が独り言を呟くようにそう言うと、ぐったりとしたままの青年の寝巻き、浴衣の掛衿を乱暴に引っ張る。
はだけた浴衣は一枚の布の様になって、顕になった小さく上下する腹に男の手が這う。
「芥、お前は俺のだ・・・」
整った腹筋に男が潰れた鼻先を擦り付けスンスンと匂いを嗅ぎ、次いでベルトを外すとスラックスを緩めた。
必死になって室内を覗いていた恭介の股間がズクズクと痛む。
それ以上はダメだと思うのに、その先を期待してしまう。
前屈みになって襖を覗き、焦る気持ちから足を一歩踏み出す。
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