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拾肆
第73話
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母が死んだ。
ほんの一日前、その日も仕事の父に代わり橘に付き添われて、母が入院する郊外の病院に見舞いに行った。
病室に案内され死に際の母と抱擁すると、随分昔に甘えた彼女とは思えない程痩せていて、思わず体を離した。
「・・・恭介?」
「・・・あ、、。か、母さん、痩せた?」
引きつった笑顔を浮かべて母の様子を伺うと、少し悲しそうな顔をした母が無理やり笑顔を作る。
「そりゃあね、母さん病気だから。アンタは見ないうちにおがったなぁ、恭介」
東北出身の母の抜けきらない柔らかな方言。
変わらない母の調子にほっと胸を撫で下ろす。
「・・・所で、橘。アンタなして息子といるのさ?聡一郎さんは?」
恭介の背後に立つ男へ母が不快そうに目を向ける。
「はぁ、姐さん。オヤジは仕事ですよ。時期若頭補佐の私が付き添いを任されているんです。ねぇ、坊ちゃん」
「え、?うん」
いつも優しい母の厳しい顔つきに気圧され、背後で恭介の肩に手を置いた男を見上げる。
「私の息子に気安く触るなっ!」
ベッドに寝ていた母が枕元のタオルを掴み、恭介の背後に向かって投げつける。
「・・・落ち着いて、姐さん。身体に障りますよ」
恭介の肩を抱いていた男の手が離れ、胸にぶつかり落ちたタオルを拾い上げる。
「煩いっ」
フゥフゥと息巻く母を初めて見た。
眉間に皺を寄せた顔には明らかに嫌悪感が滲み出ていて、動揺する恭介の腕を母が掴むと思いっきり抱き寄せる。
「恭介、恭介、この子は駄目さ!アンタなんかに!」
「だっ、大丈夫だよ、母さん。橘は優しいし、それに───」
「違うっ、違う!」
息子の白いTシャツを涙で汚す母の姿をよく覚えている。
何が違うのか。
なんで急に・・・。
愚図るように恭介の腹に顔を埋めて泣き出す母の背を訳が分からぬまま撫でチラリと橘を盗み見ると、心底不快そうな男の顔つきにドキリとした。
見下した目つき。
薄く細められた瞼からは、抑えきれない憤怒の色に染った瞳を覗かせていた。
「っ、母さん、大丈夫?」
「聡一郎さんに言わないと。恭介、明日ここへ呼んで来て!恭介とお父さん、二人で来るの!絶対!」
「え、?」
「アンタは普通に生きるの!こんな奴とつるんだら駄目!」
耳元で囁く母の声に力が入る。
「っもう時間だ!恭介っ、オヤジが心配する。帰るぞ」
じっと黙って二人を見つめていた橘が、業を煮やし語気を強めて母から恭介をひったくる。
「私の息子に乱暴しないでっ!」
悲鳴に似た母の声が病室に響き、慌てて駆けつけた看護師が母を宥める。
「伊武さん、落ち着いて!っ・・・貴方は?」
訝しげに橘を見つめる看護師に、橘が坊主頭を撫でて柔らかい笑顔を向ける。
「いやぁ、参った。この子のお見舞いの付き添いですよ。私が初めて付き添いをしたもんだからビックリしているようで。ね、坊ちゃん」
「・・・う、うん」
確かに昔は恭介が幼かった事もあり、お見舞いには父が付き添える時のみ来ていた。
今日は初めて橘と二人できたのだ。
「そうでしたか。恭介君もビックリしたね、大丈夫だからね」
看護師に宥められ落ち着きを取り戻しつつある母を心配そうに見つめる。
病院の帰り道、助手席に座った恭介が不機嫌そうにため息をついた橘と会話することは無かった。
次の日、父を説得し病院に向かう途中で母は急死した。
無感情に母を見下ろす父の顔をよく覚えている。
ほんの一日前、その日も仕事の父に代わり橘に付き添われて、母が入院する郊外の病院に見舞いに行った。
病室に案内され死に際の母と抱擁すると、随分昔に甘えた彼女とは思えない程痩せていて、思わず体を離した。
「・・・恭介?」
「・・・あ、、。か、母さん、痩せた?」
引きつった笑顔を浮かべて母の様子を伺うと、少し悲しそうな顔をした母が無理やり笑顔を作る。
「そりゃあね、母さん病気だから。アンタは見ないうちにおがったなぁ、恭介」
東北出身の母の抜けきらない柔らかな方言。
変わらない母の調子にほっと胸を撫で下ろす。
「・・・所で、橘。アンタなして息子といるのさ?聡一郎さんは?」
恭介の背後に立つ男へ母が不快そうに目を向ける。
「はぁ、姐さん。オヤジは仕事ですよ。時期若頭補佐の私が付き添いを任されているんです。ねぇ、坊ちゃん」
「え、?うん」
いつも優しい母の厳しい顔つきに気圧され、背後で恭介の肩に手を置いた男を見上げる。
「私の息子に気安く触るなっ!」
ベッドに寝ていた母が枕元のタオルを掴み、恭介の背後に向かって投げつける。
「・・・落ち着いて、姐さん。身体に障りますよ」
恭介の肩を抱いていた男の手が離れ、胸にぶつかり落ちたタオルを拾い上げる。
「煩いっ」
フゥフゥと息巻く母を初めて見た。
眉間に皺を寄せた顔には明らかに嫌悪感が滲み出ていて、動揺する恭介の腕を母が掴むと思いっきり抱き寄せる。
「恭介、恭介、この子は駄目さ!アンタなんかに!」
「だっ、大丈夫だよ、母さん。橘は優しいし、それに───」
「違うっ、違う!」
息子の白いTシャツを涙で汚す母の姿をよく覚えている。
何が違うのか。
なんで急に・・・。
愚図るように恭介の腹に顔を埋めて泣き出す母の背を訳が分からぬまま撫でチラリと橘を盗み見ると、心底不快そうな男の顔つきにドキリとした。
見下した目つき。
薄く細められた瞼からは、抑えきれない憤怒の色に染った瞳を覗かせていた。
「っ、母さん、大丈夫?」
「聡一郎さんに言わないと。恭介、明日ここへ呼んで来て!恭介とお父さん、二人で来るの!絶対!」
「え、?」
「アンタは普通に生きるの!こんな奴とつるんだら駄目!」
耳元で囁く母の声に力が入る。
「っもう時間だ!恭介っ、オヤジが心配する。帰るぞ」
じっと黙って二人を見つめていた橘が、業を煮やし語気を強めて母から恭介をひったくる。
「私の息子に乱暴しないでっ!」
悲鳴に似た母の声が病室に響き、慌てて駆けつけた看護師が母を宥める。
「伊武さん、落ち着いて!っ・・・貴方は?」
訝しげに橘を見つめる看護師に、橘が坊主頭を撫でて柔らかい笑顔を向ける。
「いやぁ、参った。この子のお見舞いの付き添いですよ。私が初めて付き添いをしたもんだからビックリしているようで。ね、坊ちゃん」
「・・・う、うん」
確かに昔は恭介が幼かった事もあり、お見舞いには父が付き添える時のみ来ていた。
今日は初めて橘と二人できたのだ。
「そうでしたか。恭介君もビックリしたね、大丈夫だからね」
看護師に宥められ落ち着きを取り戻しつつある母を心配そうに見つめる。
病院の帰り道、助手席に座った恭介が不機嫌そうにため息をついた橘と会話することは無かった。
次の日、父を説得し病院に向かう途中で母は急死した。
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