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拾参
第68話
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血溜まりの中に座り込み、床に落ちていたジャケットからタバコを取りだし口に咥える。
「あー・・・、ライターオイル切れなんだった」
「あ、っあの、善さん」
怯えた少年の声にゆっくりと首を向ける。
そう言えば居たな、くらいにしか思わなかった。
「何?怖がんなくていいよ。お前を殺す気は無いから」
「っそうじゃなくて、ライターならテレビ台の上にあります」
陽真がベッドフレームに繋がれたままの両手をテレビの方向に向ける。
ひとつに括られた両手首は軽く鬱血していて、きっと体を捩ったりして暴れたのだろうと思った。
「・・・両手、痛いだろ。外してやる」
おもむろに立ち上がり、右手で握っていた拳銃をベッドに放ると、繋がれたままの陽真の両手首に血まみれの善の指が触れる。
「血、痛くないですか?」
「あぁ、これ。返り血だから俺のじゃないよ」
フッと鼻を鳴らして口角を上げた善に、陽真が床に転がる死体を見つめた。
俯き、眉をしかめて固く結ばれた紐を解こうとする善を陽真がじっと見守る。
頭髪と同様に明るい色の長いまつ毛が揺れる。
「・・・お前、親は?」
「父さんは死にました。母さんは・・・今どこにいるのかな」
「・・・」
「善さんは?」
「両方生きてる。父親はどうしようもないクズで、借金が払えずに半殺しにされるのが怖くて橘の取引にのったんだ。俺を引き渡す前に海外にさっさと逃げてそれっきり。高校の下校中に息子が誘拐されたってのに、母親は橘に小遣いまで貰って家で他の男とセックス。笑えるよな」
自由になった両腕を両手で抱き、陽真が無表情で呟く善の頬に手を伸ばした。
「・・・悲しいね」
「っ、は?お前、何言って──」
「泣いてる」
青年の頬を陽真の掌が優しく撫でる。
次いで溢れこぼれる自らの涙に、善が意外そうに目を見張った。
「何で、泣いてるんだ?俺・・・」
パタパタとこぼれた涙が陽真の頬にあたって、少年の頬を伝い流れていく。
善を見上げる少年の瞳は優しく澄んでいて、青い目の善よりもよっぽど空のように晴れていた。
「・・・ハハ、ガキっぽい奴だと思ってたけど、俺よりも背が高くて大人びてちゃあな」
「?」
「ここで待ってれば、もう直ぐ木下と喜島さんが来る事になってる。・・・・最期に、迷惑かけちゃうけど──」
ふわりと笑った善が銃身を自らの額に向ける。
「え?」
強い力でベッドに引き倒された陽真が引きつった声を出した。
「お前の拘束、解くんじゃなかった」
暴れる少年の胸の上に座り動きを封じると、視界を遮るように善の手が陽真の顔をおおった。
産まれてから一度もこの整った容姿を喜んだ事なんてなかった。
いつ死んだって良かったのに、復讐を理由に今まで生き延びたのはまだ生に執着があったからだろう。
でも今なら死ねる。
やっとあの男を殺てやった。
あぁ、神様──!
引き金に指を乗せる。
「っ善!」
低く通る声に善の肩が跳ね、振り返った青年の構える拳銃がひったくられた。
「・・・喜島さん」
「何してんだ、お前ら」
取り上げた拳銃を握り締め、喜島が低く唸る。
目の前のベッドには、陽真に馬乗りになる血だらけの善と、その下で静かに涙を流す赤髪の少年の姿がある。
床には既に動かなくなった橘の死体がころがっていた。
「ッ善!無事ですか!」
「木下・・・」
後から駆けつけた木下が、放心状態の善に駆け寄る。
「善、お前。悠太に何をした・・・?」
「っ芥!違うっ!善さんは俺を助けてくれてっ」
喜島の殺気が隠されること無く善に向けられる。
「っ悠太・・・」
少年の体は青アザだらけで、部屋中が精液と血の混ざった匂いで噎せかえりそうな程だった。
「木下」
「っはい」
力なく陽真を見下ろしたまま喜島が口を開く。
「お前、落ち着くまで暫く善と隠れてろ。今一人にすると、何時また変な気起こすか分からないからな」
「しかし!」
「あとは俺が片づける」
住所の書かれたメモを渡し、喜島が部屋を出ていくように指示を出すと、ぼんやりとしたままの青年をおぶって木下が部屋を出ていった。
「あー・・・、ライターオイル切れなんだった」
「あ、っあの、善さん」
怯えた少年の声にゆっくりと首を向ける。
そう言えば居たな、くらいにしか思わなかった。
「何?怖がんなくていいよ。お前を殺す気は無いから」
「っそうじゃなくて、ライターならテレビ台の上にあります」
陽真がベッドフレームに繋がれたままの両手をテレビの方向に向ける。
ひとつに括られた両手首は軽く鬱血していて、きっと体を捩ったりして暴れたのだろうと思った。
「・・・両手、痛いだろ。外してやる」
おもむろに立ち上がり、右手で握っていた拳銃をベッドに放ると、繋がれたままの陽真の両手首に血まみれの善の指が触れる。
「血、痛くないですか?」
「あぁ、これ。返り血だから俺のじゃないよ」
フッと鼻を鳴らして口角を上げた善に、陽真が床に転がる死体を見つめた。
俯き、眉をしかめて固く結ばれた紐を解こうとする善を陽真がじっと見守る。
頭髪と同様に明るい色の長いまつ毛が揺れる。
「・・・お前、親は?」
「父さんは死にました。母さんは・・・今どこにいるのかな」
「・・・」
「善さんは?」
「両方生きてる。父親はどうしようもないクズで、借金が払えずに半殺しにされるのが怖くて橘の取引にのったんだ。俺を引き渡す前に海外にさっさと逃げてそれっきり。高校の下校中に息子が誘拐されたってのに、母親は橘に小遣いまで貰って家で他の男とセックス。笑えるよな」
自由になった両腕を両手で抱き、陽真が無表情で呟く善の頬に手を伸ばした。
「・・・悲しいね」
「っ、は?お前、何言って──」
「泣いてる」
青年の頬を陽真の掌が優しく撫でる。
次いで溢れこぼれる自らの涙に、善が意外そうに目を見張った。
「何で、泣いてるんだ?俺・・・」
パタパタとこぼれた涙が陽真の頬にあたって、少年の頬を伝い流れていく。
善を見上げる少年の瞳は優しく澄んでいて、青い目の善よりもよっぽど空のように晴れていた。
「・・・ハハ、ガキっぽい奴だと思ってたけど、俺よりも背が高くて大人びてちゃあな」
「?」
「ここで待ってれば、もう直ぐ木下と喜島さんが来る事になってる。・・・・最期に、迷惑かけちゃうけど──」
ふわりと笑った善が銃身を自らの額に向ける。
「え?」
強い力でベッドに引き倒された陽真が引きつった声を出した。
「お前の拘束、解くんじゃなかった」
暴れる少年の胸の上に座り動きを封じると、視界を遮るように善の手が陽真の顔をおおった。
産まれてから一度もこの整った容姿を喜んだ事なんてなかった。
いつ死んだって良かったのに、復讐を理由に今まで生き延びたのはまだ生に執着があったからだろう。
でも今なら死ねる。
やっとあの男を殺てやった。
あぁ、神様──!
引き金に指を乗せる。
「っ善!」
低く通る声に善の肩が跳ね、振り返った青年の構える拳銃がひったくられた。
「・・・喜島さん」
「何してんだ、お前ら」
取り上げた拳銃を握り締め、喜島が低く唸る。
目の前のベッドには、陽真に馬乗りになる血だらけの善と、その下で静かに涙を流す赤髪の少年の姿がある。
床には既に動かなくなった橘の死体がころがっていた。
「ッ善!無事ですか!」
「木下・・・」
後から駆けつけた木下が、放心状態の善に駆け寄る。
「善、お前。悠太に何をした・・・?」
「っ芥!違うっ!善さんは俺を助けてくれてっ」
喜島の殺気が隠されること無く善に向けられる。
「っ悠太・・・」
少年の体は青アザだらけで、部屋中が精液と血の混ざった匂いで噎せかえりそうな程だった。
「木下」
「っはい」
力なく陽真を見下ろしたまま喜島が口を開く。
「お前、落ち着くまで暫く善と隠れてろ。今一人にすると、何時また変な気起こすか分からないからな」
「しかし!」
「あとは俺が片づける」
住所の書かれたメモを渡し、喜島が部屋を出ていくように指示を出すと、ぼんやりとしたままの青年をおぶって木下が部屋を出ていった。
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