とける。

おかだ。

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拾弐

第62話

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「お待たせしましたぁ。ブラックコーヒーといちごパフェ、ロコモコ丼でーす」

店員のキラキラした視線が隠されること無く善に注がれる。

「ありがとう」

店員の声に顔を上げることなくスプーンを手に取りハンバーグを口に運ぶ善の代わりに、木下が店員に声をかける。
しかし、ほうっとため息を着いた店員は善から視線を逸らすことは無い。

「ご注文は以上ですね。・・・っこれ、レシートです」

女がテーブルの端にレシートを置くのを見て初めて善が顔をゆっくりと持ち上げると、店員の女と青年の視線がかち合う。

「・・・何?」

女が初めて聞いた善の声は明らかに不機嫌そうで、警戒するように下から店員を見上げていた。

「あっ、」

青年の手がレシートを握り潰すと女の顔が冷たく歪められクリクリした瞳からポロリと涙の粒がこぼれ、木下の慌てた声にも振り返らず足早にテーブルを離れていった。

「善さん、流石に失礼ですよ。にこやかに対応してもらったのに、レシートを丸めて睨みつけるなんて」

細長いスプーンに持ち替えてパフェに口をつけた善が、不満げに向かいに座る薄緑色のポロシャツに着替えた木下を睨みつける。

「・・・フン」

「ご機嫌ななめですか?」

小さく舌打ちをした善が窓から外を見据える。
陽真悠太を見失った雑居ビル群の路地がこのカフェの窓からはよく見える。

もし、陽真がまたおかしな事を考えて行動しているなら、再度この近辺に現れるかもしれない。
現れなかったら、それでいい。

サラリーマンが目立つ路上で張り込んでいてはそれこそ浮いてしまう。
そこで善が入ったのが雑居ビル群の向かいに建つカフェだった。

カフェなら長居もできて、外を眺めていても怪しまれる事は無い。

「・・・木下、お前はコーヒーだけでいいの?腹減らない?」

外を眺めていた善の切れ長な目が木下を捉える。

「っあ、いえ。俺は大丈夫です」

「そ、」

慌てて首を縦に振ると、善の視線がまた窓の外に注がれる。

窓の外を注視する善は、木下が自分の横顔をじっと見つめている事に気付いていない。

「・・・」

「・・・陽真は「」って言ったんだっけ?研修先が会社なら、スーツくらい着てくよな?髪の毛黒染めするだろうし・・・」

善が小さく唸り、唇に付いたクリームを真っ赤な舌が舐め取る。

「研修でオフィス街ココに来たのは合点がいくけど、格好がおかしいだろ?」

すっかり空っぽになったパフェのグラスに善がスプーンを突っ込み同意を求めるように木下に視線をやると、男はぼんやりとしたまま青年の口元を眺めていた。

青年が怪訝そうに首を傾げる。

「何?・・・ついてる?」

「っ、・・・いや、

「はぁ?何それ、嫌味かよ」

顔を下げ、口元を手で覆った善がくつくつと笑う。

「っいえ!そうじゃなくてっ、・・・ただ、俺はもう腹いっぱいなので、」

「・・・ふーん、でも木下まだなんも食ってないじゃん。俺と会う前、なんか食ってきたの?」

冷えた笑みではなく、世間一般に、そんな温かい笑顔を浮かべた善が木下をじっと見つめる。

「木下?」

「・・・あ、」

絵画から抜け出て来たかのように美しい目の前の青年は、他者からもてはやされるのを極端に嫌った。
それには理由があり、木下もよくよく知っている。

きっと、あの日病室での木下の発言には幻滅しただろう。

青年が求めるのは崇拝にも似た一方的な愛ではなく、一定の距離間を保てるだ。

「・・・あの、スーツと言えば、なんで俺着替えさせられたんですか?オフィス街のカフェならスーツでも怪しまれないんじゃ・・・?」

このカフェは朝や昼時にはスーツ姿の男女で溢れる。
確かに親子連れが溢れるゲームセンターやお菓子売り場と違ってスーツ姿でも怪しくは見えないだろう。

「・・・俺がスーツ着た所でサラリーマンには見えない。だからと言って俺が普段着このままで木下がスーツ姿でカフェに来て、パパ活疑われるくらいなら親子だと思われる方がマシだろ?」

「パパ活・・・」

思ってもみないワードに木下が茫然自失とする。

確かに木下がスーツのままだと、サラリーマンと大学生のやけによそよそしい不可思議な構図に見えてもおかしくない。

「んじゃ、木下父さん。今日はハズレっぽいから俺もう帰るね。支払い宜しく」

「・・・えっ、ちょっと!善さん?!」

いたずらっぽくヒラヒラと手を振って出ていった善をしばらくの間呆然と見送り、ふと丸まったレシートが目に止まった。

「・・・」

小さく丸まったレシート裏には先程の店員のものと思われる電話番号とメールアドレス、プリクラ迄もが貼り付けられていた。

不機嫌の原因はこれらしい。

相手がどれほど息を飲む様な美女だろうと、善がその誘いにのることは決してないだろう。

カフェに一人取り残されたポロシャツ姿の男が再度レシートを握り締めると、不覚にも笑みがこぼれる。

「帰るか」

レジに並び、会計をする。

「オイ。そこどけ、急いでんだ」

金を支払おうと財布を開いた木下が、今しが入店した客にドンッと押され後方によろめいた。

「何だあんた!列に並べよ」

「店員、で持ち帰り注文頼んでたろ?早く持ってこい」

木下をギロりと睨みつけたスキンヘッドの男がレジの店員に低くそう告げると、怯える店員が大きな紙袋を抱えて奥から戻ってきた。

「っお待たせしました山田様」

「おっ、早いじゃないか!・・・急かして悪いな。早く帰ってやらないと家で腹空かせた猫が待ってんだ」

強面の男はだいぶ猫好きなのか、強面をニヤつかせながら会計を終わらせるまでしきりに猫について話していた。

「はぁ、迷惑な客で大変ですね」

大柄な猫好きの男を木下がレジの店員と見送り、ため息混じりに改めて財布から金を出す。

「・・・ハハ、ですね。最近よく来られるんです。お昼時にお一人で食べに来られたり、かなりの量をテイクアウトだったり」

窓際の席に案内されなかった時には既に座っていた窓際の先客と揉めて暴れた事もあるのだと店員がため息を着く。

スキンヘッドの男に睨まれた際に、直感的にカタギじゃないなと頭で理解した。

相手を萎縮させるようなピリピリとした空気。

伊武会では見ない顔だった。
きっとこの辺りを仕切る別の組織の構成員という所だろう。

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