とける。

おかだ。

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第25話

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この屋敷に戻り、もうすぐ一ヶ月が経つ。庭先でじゃれ合う小鳥の鳴き声も耳障りな程に聞き慣れた。
だだっ広い畳の部屋に三人だけがぽつんと朝餉のお膳の前に座っている。これだけは慣れない。

「芥どうした、昔から食事の席にあまり顔を見せなかったお前が顔を出すなんて。二十八にもなって心変わりか?」

「・・・」

ニカッと豪快に笑う初老の男が喜島に声を掛けるが、どこか上の空なのか返事がない。

「?」

「・・・兄貴は疲れてるんだよ、親父。昨夜も手伝ってもらってて、最近あまり寝れてないんだ」

自分の膳を抱えて喜島の隣に座り直した恭介が、項垂れたままの喜島を労わるように背をさすった。

「む、そうか・・・。悪いな恭介、俺が組長だと言っても形ばかり。最近はお前達に任せてばかりだからな・・・」

伊武聡一郎はここ数年間、持病を拗らせ田舎の別荘で療養をしており、今日久々に体調を持ち直して本家の息子達の仕事ぶりを見に来ていた。

忌々しげに点滴パックを見上げた聡一郎が深いため息をつく。

「安心して親父は療養しておいてくれよ。俺たちは大丈夫だから。・・・ね、兄貴」

恭介が箸を握りしめたままの喜島の手を優しく握ると、微動打にしなかった喜島の肩が一瞬震え、手に握りしめていた箸がカラカラと畳の上に転がった。

「ッ・・・」

「・・・どうしたの、兄貴?箸、落としたよ」

恭介がいかにも心配だと言う様に驚いてみせる演技をする。

呆然としたままの喜島に変わり、恭介がため息混じりに箸を拾い上げ、給仕の女中に箸を手渡す。

「これ、変えて」

「かしこまりました」

女中が頭を下げて部屋から出ていくのを見送ると、一連を黙って見ていた聡一郎が驚きの声を上げた。

「がはは、恭介!昔からお前は「兄さん、兄さん」と喜島の後ばかり追っていたが、今でも相当だなぁ!芥も、少し会わないうちにだいぶ物静かになっちまったじゃねぇか!え?「俺はバックにしないと決まらねぇんだ」って言ってスーツでピッチリ決めた姿以外、ましてや俺に寝巻き姿なんて見せたこともなかったお前がなぁ」

「あはは、俺たちなんだから当たり前でしょ?憎い相手じゃあるまいし、。兄貴もごめん。昨日は寝かせてあげられるつもりだったのにもっとしたくなっちゃって・・・ごめんね、兄貴」

恭介が涼やかな笑顔で目の前に座る父親に返事をし、隣に座る義兄を盗み見た。

普段は前髪をワックスで全て後ろに流している喜島が、風呂上がりのためにサラサラの髪の毛のままだ。まだ毛先が濡れていて、首筋に溜まった雫が前に流れて整った腹筋を落ちてゆく。

緊張からか、もしくは怒りからなのか、呼吸が少し荒く、前に垂れた髪の毛をそよそよと揺らしている。

昨夜の痕が浴衣の胸元の隙間から覗く度に人目もはばからず渇いた喉が鳴った。

「む?芥、お前虫に食われたか?随分赤く腫れてるぞ」

「っ?!」

聡一郎の一言に、今までずっと惚けた顔をしていた喜島の切れ長の目が見開いた。

喜島が勢いよく立ち上がり胸元を正すと、真っ青な顔で聡一郎を見つめた。

「親父、今の、見たのか・・・?」

「ん?虫刺されだろ?昔も大きな蜘蛛に丁度同じような場所を噛まれたって騒いでいたろう。そんなに驚くことじゃない」

酒を煽った聡一郎が喜島を訝しげに見上げる。

「・・・俺、気分悪いから、」

吐き捨てるように短くそう言うと、箸を届けに来た女中とすれ違いに喜島が部屋を出ていった。

「お前、遅いよ。箸一膳なのに兄貴怒って帰っちゃったよ?どうするの?」

 不愉快そうに女中を責める恭介が、冷えきった瞳で女をとらえる。

「あっ、申し訳ございません!今すぐお詫びに・・・」

パタパタと喜島の後を追って行った女中に舌打ちをした。
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