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April
過激派親衛隊からのお呼び出し②
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「……陽希」
「は、陽希様!?」
俺たちの間に降り立ったのは、立派な一眼レフカメラを首に掛けたお祭り男こと陽希だった。
慣れた様子ですとんと静かに着地した陽希は、挨拶代わりにこの場にいる全員にひらひらと手を振る。
「双方落ち着け~。こら蒼葉。その握りしめた拳、開きなさいよ~」
「……」
言い当てられて、思わず両手を後ろに隠す。
陽希の登場があと数秒遅ければ、きっと俺はこの4人に飛びかかって殴り倒していた。
少しほっとした俺に気づいているのかいないのか。手を下ろした陽希はくるりとチワワどもの方を振り返った。
そんなに広くない通路なので、今はもう背中しか見えない。だけど振り返る直前に見えた顔は、いつもとは違ってどこか真剣な表情に見えた気がする。今この背中からも、不思議な威圧感を感じるくらい。恐らくいつも笑顔の人が怒ると怖いのと同じだろう。
明らかにいつもとは違う、ついでに王子モードでもない陽希の様子に取り巻きチワワたちがわたわたと焦る中、ボスチワワは真っ直ぐに向かい合っていた。なるほど、やっぱりボスをやってるだけあるな。肝が据わってる。正直俺は、今の陽希とはまともに向かい合えそうにない。
「御機嫌よう、陽希様。こんな場所にいかがされました?」
「御機嫌よう。皆さんは会計さんとこの親衛隊員の3年生らですね。その言葉、そっくりそのままお返しさせてもらいますわ。こんな場所で、一体何されてるんです?」
陽希の言葉に、ボスチワワが黒い笑みを浮かべる。
余裕綽々に口を開きかけたボスチワワの言葉を遮ったのは、質問を投げかけたはずの陽希だった。
「なんて、あんま性に合わんことはせんとくわ。回りくどいんは嫌いや。どっからどう見ても4対1なこの状況で何してるかなんか、見たらわかるしな。せやけど先輩方。今回のこと気に入らんのは分かるけど、文句ゆう相手が違いますわ」
「……あら。それはどういうことでしょう?」
ボスチワワの顔がぴくりと歪む。
突如ちらりと振り返った陽希が、俺を指で指し示す。
「どうゆうことって、こいつを澪と組ませるにあたって、名前書いてたんは澪の方。澪が蒼葉を指名したんや。そんで、俺がマッチングさせた。つまり、蒼葉からしたら寝耳に水な話やったんやで」
事実を述べる陽希に、「そうだそうだー」とヤジを入れたくなるのをすんでのところで耐える。こんなに真剣に、かつ穏便に事を鎮めようとしてくれているのにそんなことして火に油を注ぎたくないし、あまりにも空気が読めなさすぎる。
何より、いつもおしゃべりな陽希から「黙れ」とか言われたら、それはそれで癪だ。
いつものような無駄話は一切ない、淡々とした陽希の言葉。それを受けて、自信に満ち溢れていたボスチワワの声にも徐々に震えが混じっていく。
「……まさかそんなわけないです。澪様が、どうしてこれまでほとんど関わりのなかった人をわざわざ指名するんですか……? しかも庶民ですよ? 理解できない……。意味がわかりません……!」
「意味わからんゆわれても、ホンマのことやからね。まぁそうゆうことやから、蒼葉に文句ゆうんは間違ってる。詳しいこと聞きたいんやったら他人に当たってやんと本人に聞き。あと、今年度に入って蒼葉が生徒会と関わるようになったんも、蒼葉のせいとちゃう。ってかそれに関しては、誰かのせいってわけとちゃうやろ」
「でもっ――」
なおも食い下がろうとしたボスチワワだったが、陽希を見て押し黙った。
一瞬の沈黙が辺りを包み込む。
次に口を開いた陽希の声は、いつもよりも低く威圧感があった。
「もうここらへんでやめとき。今回は手ぇ出したわけとちゃうし、桜花ちゃんは白城院くんの相手で忙しいし、夕凪はもう学園に帰ってもうたから見逃したるけど、次はないで」
「……っ、行くよ……」
普段とは違う、落ち着いていて真剣味を帯びた陽希のその一言に、チワワたちは悔しそうに立ち去って行った。
ってか、視線だけで黙らせた陽希の表情、どんなだったわけ? 怖すぎるんですけど。
通路から4人の姿が見えなくなると、陽希はぱっとこっちを振り返った。少し身構えたものの、視界に映った陽希はいつもの天真爛漫な笑顔を浮かべていた。
「いや~、間一髪やったな~!」
「……あぁ。さんきゅな」
「ホンマやで~。蒼葉、俺の登場があとちょっとでも遅かったら、手ぇ出しとったやろ?」
「いや、そんなことは……」
「ない、やなんて言われへんやろ」
「おっしゃる通りです」
諦めて白状した俺に、陽希は「お前なぁ~」と呆れた表情を浮かべる。
え、なんかこいつにそんな顔されるとか心外なんですが。
「蒼葉って、“庶民”ってゆわれんの地雷なんか? 前もそれで会長さんと揉めたやんな?」
「別に“庶民”が禁句なわけじゃなくて、それを馬鹿にされるのが許せねぇんだよ」
「なるほど。そらまぁそうなるわな。せやけど手ぇ出したらあかん。1発でもやってしもたら、いくら桜花ちゃんがおるとはいえ、下手したら学園におられんようなるで」
「それは困るな……」
陽希に窘められて、流石に自分の行動を反省する。
権力に屈するつもりは無いが、やっぱりこの学園は権力が支配している。後ろ盾が大きい方が強い。
そんな学校で俺がある程度好き勝手できているのは、桜花ちゃんのおかげなわけだけど。ダメだよな、あんまり迷惑をかけちゃ。
なんたって、俺と桜花ちゃんの関係って、俺の隣に住む幼馴染みのいとこで、直接的には小さい時に1回一緒に遊んだことがあるってだけ。
そんな、99%他人な俺をここまで守ってくれてるんだ。ほんと、ありがたい。
「ところで、蒼葉。会計さんは?」
「あー、トイレ行ってる」
「トイレぇ? そんなもんもうとっくに終わってるんちゃうん?」
「だな」
「お前なぁ……。はよ連絡でもとって合流しぃ。俺がしたろか?」
面倒臭いと思いつつ、陽希から連絡されるのもなんか嫌だったからTSPを取り出す。
「そういや、澪のことあんまりわかんねって言ってたのは、中等部からの外部生だからなのか?」
「お、聞いたんか! そうそう。まだ付き合いが3年弱しかないから、いまいち掴みきれんのよな~」
「まぁ、そりゃそうだよな」
「それにアイツ、自分のことあんま喋らんやん? 聞いてもホンマか嘘かわからん返事やったり、はぐらかされたりするし。せやから、なんとも言いづらいんよな~」
ふぅ。と大きくため息を吐く陽希。
やっぱりこいつ、すごいな。分からないと言いつつしている分析は、きっとその通りだ。
アイツはわざと、掴みどころのないキャラクターを作っている。誰にも核心を見せないように。
そう考えると、さっきの親衛隊員たちも可哀想だ。あぁまでするほど好きな相手なのに、本心は一切見せてくれないんだから。
どうメッセージを送るか軽く悩んだ後、『ちょっと離れてたけどすぐ戻る』みたいな内容を送った。陽希にも送ったことを伝えて、画面を閉じる。
真っ暗になった画面。それにつられるように、視界からも光が消える。
弾かれるように見上げた空にも、もう光はない。いつの間にか曇っていたみたいで月や星も何もなく、辺りは正に暗闇だった。
それを理解した途端、えも言われぬ恐怖が身体中を駆け巡る。呼吸が浅くなっていく。
やばい。
慌てて前を歩く陽希を追う。
幸い歩き出している陽希は、鼻歌交じりに取り留めもない話をしていて俺の様子には気づいていなかった。
だけど、さっきまでは普通に認識できていたはずの陽希の顔が、暗さで上手く見えない。いや、実際はそんなに暗くないかもしれないのに、認識ができなくなっているだけかもしれない。
普段は路地裏くらいの暗さなら問題ないのに。
きっと今日、あの人を意識したからだ。ここ最近、無駄に思い出すこともなかったのに。
耳元で揺れる青い雫をぐっと掴む。そのまま引きちぎりたい衝動を抑えて、瞼を閉じて立ち止まった。
ここは暗いものの真っ暗じゃない。
狭いけれど密室じゃない。
陽希もいる。ひとりじゃない。
そう繰り返し心で唱えていると、少し落ち着いてきた。
小さく息を吐いて瞼を開くと、顔が当たるんじゃないかってくらい目の前に、陽希のドアップがあった。
「うおあっ!?」
「ごめん」
可愛くない悲鳴を上げて後ろに飛び退いた俺に対し、陽希は眉を八の字にして困った大型犬みたいな顔で謝ってきた。
つか、何に対して謝ってるんだ? 俺が目を瞑ってる間に変なことでもしようとしてたのか? だとしたら怒るけど。
「……なんか変なこと考えとらん?」
「どうだかな?」
「……まぁええわ。それよりすまん」
「……何が? なんか謝られるようなことされたっけ?」
「いや、だってなんか思い悩んでるみたいやったから。ほんまは怖かったってことやろ? せやのに俺、空気読めんと……」
心配そうに紡がれる言葉に、思わず笑ってしまった。
色々勘違いされているものの、本気で心配してくれているのが伝わってきて、少し嬉しくなった。
「……なんで笑ってるん?」
「いや。陽希ってやっぱ馬鹿だなーと思って」
「はあ? 真摯に謝っとる俺に対して、馬鹿ってなんや!?」
「ははっ」
「せめてアホにしてくれるか!?」
「関西人のその感覚、マジでわかんねぇ」
陽希とのこの馬鹿馬鹿しいやり取りは、今の俺にはありがたかった。
謎に怒ってるものの、陽希もどことなく口角が上がってて、安心したような表情をしている。
確かに俺は、澪が言った通り、周りに恵まれている。こんなことで心配してくれる馬鹿なやつもいるんだから。
陽希と2人、どうでもいい話をしながら澪と別れたトイレ前まで戻ると、そこには2人の姿があった。
「は、陽希様!?」
俺たちの間に降り立ったのは、立派な一眼レフカメラを首に掛けたお祭り男こと陽希だった。
慣れた様子ですとんと静かに着地した陽希は、挨拶代わりにこの場にいる全員にひらひらと手を振る。
「双方落ち着け~。こら蒼葉。その握りしめた拳、開きなさいよ~」
「……」
言い当てられて、思わず両手を後ろに隠す。
陽希の登場があと数秒遅ければ、きっと俺はこの4人に飛びかかって殴り倒していた。
少しほっとした俺に気づいているのかいないのか。手を下ろした陽希はくるりとチワワどもの方を振り返った。
そんなに広くない通路なので、今はもう背中しか見えない。だけど振り返る直前に見えた顔は、いつもとは違ってどこか真剣な表情に見えた気がする。今この背中からも、不思議な威圧感を感じるくらい。恐らくいつも笑顔の人が怒ると怖いのと同じだろう。
明らかにいつもとは違う、ついでに王子モードでもない陽希の様子に取り巻きチワワたちがわたわたと焦る中、ボスチワワは真っ直ぐに向かい合っていた。なるほど、やっぱりボスをやってるだけあるな。肝が据わってる。正直俺は、今の陽希とはまともに向かい合えそうにない。
「御機嫌よう、陽希様。こんな場所にいかがされました?」
「御機嫌よう。皆さんは会計さんとこの親衛隊員の3年生らですね。その言葉、そっくりそのままお返しさせてもらいますわ。こんな場所で、一体何されてるんです?」
陽希の言葉に、ボスチワワが黒い笑みを浮かべる。
余裕綽々に口を開きかけたボスチワワの言葉を遮ったのは、質問を投げかけたはずの陽希だった。
「なんて、あんま性に合わんことはせんとくわ。回りくどいんは嫌いや。どっからどう見ても4対1なこの状況で何してるかなんか、見たらわかるしな。せやけど先輩方。今回のこと気に入らんのは分かるけど、文句ゆう相手が違いますわ」
「……あら。それはどういうことでしょう?」
ボスチワワの顔がぴくりと歪む。
突如ちらりと振り返った陽希が、俺を指で指し示す。
「どうゆうことって、こいつを澪と組ませるにあたって、名前書いてたんは澪の方。澪が蒼葉を指名したんや。そんで、俺がマッチングさせた。つまり、蒼葉からしたら寝耳に水な話やったんやで」
事実を述べる陽希に、「そうだそうだー」とヤジを入れたくなるのをすんでのところで耐える。こんなに真剣に、かつ穏便に事を鎮めようとしてくれているのにそんなことして火に油を注ぎたくないし、あまりにも空気が読めなさすぎる。
何より、いつもおしゃべりな陽希から「黙れ」とか言われたら、それはそれで癪だ。
いつものような無駄話は一切ない、淡々とした陽希の言葉。それを受けて、自信に満ち溢れていたボスチワワの声にも徐々に震えが混じっていく。
「……まさかそんなわけないです。澪様が、どうしてこれまでほとんど関わりのなかった人をわざわざ指名するんですか……? しかも庶民ですよ? 理解できない……。意味がわかりません……!」
「意味わからんゆわれても、ホンマのことやからね。まぁそうゆうことやから、蒼葉に文句ゆうんは間違ってる。詳しいこと聞きたいんやったら他人に当たってやんと本人に聞き。あと、今年度に入って蒼葉が生徒会と関わるようになったんも、蒼葉のせいとちゃう。ってかそれに関しては、誰かのせいってわけとちゃうやろ」
「でもっ――」
なおも食い下がろうとしたボスチワワだったが、陽希を見て押し黙った。
一瞬の沈黙が辺りを包み込む。
次に口を開いた陽希の声は、いつもよりも低く威圧感があった。
「もうここらへんでやめとき。今回は手ぇ出したわけとちゃうし、桜花ちゃんは白城院くんの相手で忙しいし、夕凪はもう学園に帰ってもうたから見逃したるけど、次はないで」
「……っ、行くよ……」
普段とは違う、落ち着いていて真剣味を帯びた陽希のその一言に、チワワたちは悔しそうに立ち去って行った。
ってか、視線だけで黙らせた陽希の表情、どんなだったわけ? 怖すぎるんですけど。
通路から4人の姿が見えなくなると、陽希はぱっとこっちを振り返った。少し身構えたものの、視界に映った陽希はいつもの天真爛漫な笑顔を浮かべていた。
「いや~、間一髪やったな~!」
「……あぁ。さんきゅな」
「ホンマやで~。蒼葉、俺の登場があとちょっとでも遅かったら、手ぇ出しとったやろ?」
「いや、そんなことは……」
「ない、やなんて言われへんやろ」
「おっしゃる通りです」
諦めて白状した俺に、陽希は「お前なぁ~」と呆れた表情を浮かべる。
え、なんかこいつにそんな顔されるとか心外なんですが。
「蒼葉って、“庶民”ってゆわれんの地雷なんか? 前もそれで会長さんと揉めたやんな?」
「別に“庶民”が禁句なわけじゃなくて、それを馬鹿にされるのが許せねぇんだよ」
「なるほど。そらまぁそうなるわな。せやけど手ぇ出したらあかん。1発でもやってしもたら、いくら桜花ちゃんがおるとはいえ、下手したら学園におられんようなるで」
「それは困るな……」
陽希に窘められて、流石に自分の行動を反省する。
権力に屈するつもりは無いが、やっぱりこの学園は権力が支配している。後ろ盾が大きい方が強い。
そんな学校で俺がある程度好き勝手できているのは、桜花ちゃんのおかげなわけだけど。ダメだよな、あんまり迷惑をかけちゃ。
なんたって、俺と桜花ちゃんの関係って、俺の隣に住む幼馴染みのいとこで、直接的には小さい時に1回一緒に遊んだことがあるってだけ。
そんな、99%他人な俺をここまで守ってくれてるんだ。ほんと、ありがたい。
「ところで、蒼葉。会計さんは?」
「あー、トイレ行ってる」
「トイレぇ? そんなもんもうとっくに終わってるんちゃうん?」
「だな」
「お前なぁ……。はよ連絡でもとって合流しぃ。俺がしたろか?」
面倒臭いと思いつつ、陽希から連絡されるのもなんか嫌だったからTSPを取り出す。
「そういや、澪のことあんまりわかんねって言ってたのは、中等部からの外部生だからなのか?」
「お、聞いたんか! そうそう。まだ付き合いが3年弱しかないから、いまいち掴みきれんのよな~」
「まぁ、そりゃそうだよな」
「それにアイツ、自分のことあんま喋らんやん? 聞いてもホンマか嘘かわからん返事やったり、はぐらかされたりするし。せやから、なんとも言いづらいんよな~」
ふぅ。と大きくため息を吐く陽希。
やっぱりこいつ、すごいな。分からないと言いつつしている分析は、きっとその通りだ。
アイツはわざと、掴みどころのないキャラクターを作っている。誰にも核心を見せないように。
そう考えると、さっきの親衛隊員たちも可哀想だ。あぁまでするほど好きな相手なのに、本心は一切見せてくれないんだから。
どうメッセージを送るか軽く悩んだ後、『ちょっと離れてたけどすぐ戻る』みたいな内容を送った。陽希にも送ったことを伝えて、画面を閉じる。
真っ暗になった画面。それにつられるように、視界からも光が消える。
弾かれるように見上げた空にも、もう光はない。いつの間にか曇っていたみたいで月や星も何もなく、辺りは正に暗闇だった。
それを理解した途端、えも言われぬ恐怖が身体中を駆け巡る。呼吸が浅くなっていく。
やばい。
慌てて前を歩く陽希を追う。
幸い歩き出している陽希は、鼻歌交じりに取り留めもない話をしていて俺の様子には気づいていなかった。
だけど、さっきまでは普通に認識できていたはずの陽希の顔が、暗さで上手く見えない。いや、実際はそんなに暗くないかもしれないのに、認識ができなくなっているだけかもしれない。
普段は路地裏くらいの暗さなら問題ないのに。
きっと今日、あの人を意識したからだ。ここ最近、無駄に思い出すこともなかったのに。
耳元で揺れる青い雫をぐっと掴む。そのまま引きちぎりたい衝動を抑えて、瞼を閉じて立ち止まった。
ここは暗いものの真っ暗じゃない。
狭いけれど密室じゃない。
陽希もいる。ひとりじゃない。
そう繰り返し心で唱えていると、少し落ち着いてきた。
小さく息を吐いて瞼を開くと、顔が当たるんじゃないかってくらい目の前に、陽希のドアップがあった。
「うおあっ!?」
「ごめん」
可愛くない悲鳴を上げて後ろに飛び退いた俺に対し、陽希は眉を八の字にして困った大型犬みたいな顔で謝ってきた。
つか、何に対して謝ってるんだ? 俺が目を瞑ってる間に変なことでもしようとしてたのか? だとしたら怒るけど。
「……なんか変なこと考えとらん?」
「どうだかな?」
「……まぁええわ。それよりすまん」
「……何が? なんか謝られるようなことされたっけ?」
「いや、だってなんか思い悩んでるみたいやったから。ほんまは怖かったってことやろ? せやのに俺、空気読めんと……」
心配そうに紡がれる言葉に、思わず笑ってしまった。
色々勘違いされているものの、本気で心配してくれているのが伝わってきて、少し嬉しくなった。
「……なんで笑ってるん?」
「いや。陽希ってやっぱ馬鹿だなーと思って」
「はあ? 真摯に謝っとる俺に対して、馬鹿ってなんや!?」
「ははっ」
「せめてアホにしてくれるか!?」
「関西人のその感覚、マジでわかんねぇ」
陽希とのこの馬鹿馬鹿しいやり取りは、今の俺にはありがたかった。
謎に怒ってるものの、陽希もどことなく口角が上がってて、安心したような表情をしている。
確かに俺は、澪が言った通り、周りに恵まれている。こんなことで心配してくれる馬鹿なやつもいるんだから。
陽希と2人、どうでもいい話をしながら澪と別れたトイレ前まで戻ると、そこには2人の姿があった。
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