腐男子な俺が全寮制男子校で女神様と呼ばれている件について

茅ヶ崎杏

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April

お化けよりも怖いもの②

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 微かに聞こえた呟きは、身体が硬直するほどに、酷く冷たく重暗い響きを持っていた。
 声の主は背を向けていて表情が見えないため、どういう意図で言ったのかはわからない。続いて響いた足音に我に返った俺は、離れていく澪を慌てて追いかけた。
 
 右隣に着くと歩幅を合わせて、恐る恐る様子を伺う。視界に映った澪は既にいつもと変わらないちゃらっとした《貴公子様》だった。周りを歩く生徒たちに手を振っては、きゃあきゃあ騒がれている。

 でもどうしてもさっきの言葉が引っかかる。というか、いくつか気になることがこのデート内で起こっている。何度かあからさまに話題を変えられたりもしたし。事情を聞かれたくないことなのは確かだが、流石に気になってきた。
 聞くべきか否かしばらく逡巡した俺は、ゆっくり徐に、口を開いた。


「澪。あのさ」
「なぁに?」
「あの、……さっきのは──」
「蒼葉様あ!!」


 勇気を振り絞った俺の言葉を遮ったのは、我が親衛隊の隊長、雅楽代先輩ことユキ先輩の声だった。あたりを見渡すと、かなり遠いところから、ものすごいスピードで向かってきているのが見える。
 ……何なんだよそのマリモみたいな登場の仕方。さっきの悠真もそうだけど、みんな変なところマリモに毒されないでほしい。学園がマリモに染まってきているってことなのか? 何それこっわ。

 なんて考え込んでいる間に、ユキ先輩はぶつかるんじゃないかってくらいに近くまで寄ってきていた。


「ご機嫌麗しゅうございます、蒼葉様! あぁ、貴方様は本日も大変美しくていらっしゃる……! この広大な敷地の中でお会い出来ましたこと、恐悦至極にございますううう!!」
「……落ち着いてくださいよ、先輩」


 いやもうマジで、喋ったらかっこよさが台無しすぎる……。陽希といい勝負だよこれ。
 まぁ、俺相手の時だけってのがせめてもの救い……なのか?

 
「ごめんなさいね、蒼葉様。ユキったら、ずっと君を探し回っていたから、見つけられて感無量なんだと思うんです。少し付き合ってあげてくれるかな?」
「はぁ……」


 ユキ先輩の後ろから、レオン先輩が困ったように微笑みかけてくる。相変わらず爽やかスパダリな先輩に、思わず頬が緩んだ。ユキ先輩の嬉しそうな悲鳴が聞こえた気がしたけど、反応はしないようにした。

 いやーそれにしても、マジで当たり前のようにペアの立ち位置にいるんですね。今回の組み合わせって、陽希以下イベント実行委員会の面々が、普段とは一味違った意外性を求めて組んでいったはずだから、こんなに当たり前なペアも珍しい。
 つまりもうこれは公式。陽希達にとっても、これ以外の組み合わせはなかったってことですね!!!

 そこまで考えて、やっと真面目にユキ先輩を見つめた俺。


「ユキ先輩。着流し姿すごい似合いますね」


 思わず素直にそう告げる。
 紺色の着流し姿のユキ先輩は、いつも以上にかっこよく見える。お家柄的にも着慣れているのかもしれない。つか、そんな履物でよくあのスピード出せたな……。下駄……いや、草履だっけ? パッと見ただけじゃ分からないもんなんだな。


「そ、そそそそんな似合ってるだなんて……っ! すごく嬉しいです!! 聞いたかよレオ!!!」
「聞いたよ。よかったね」
「うん!!」


 満面の笑みで頷くユキ先輩と、優しげな眼差しで見つめるレオン先輩。俺的にはそれを間近で鑑賞できていることが最高に嬉しいです! あと、飛び跳ねる度に高い音が鳴ってるから、草履じゃなくて下駄ですね!

 その時、とんとんと肩をつつかれる。
 視線を向けた先にいる澪の眉は、困ったように八の字をしていた。


「……ねぇ蒼葉。だぁれ~、この人達?」
「ん? あぁ、知らないのか。えっと――」
「大丈夫です、蒼葉様。自己紹介は自分で致します」


 一瞬でスイッチが切り替わったらしいユキ先輩が、さっきまでとは比べ物にならないくらいの凛々しい表情で、すっと一歩下がった。着流しの裾がひらりと捲れる。
 

「大変失礼致しました、綾瀬澪様。お初にお目にかかります。私、蒼葉様の親衛隊長を務めさせていただいております、3-Sの雅楽代雪之丞と申します。以後、お見知り置きのほど、よろしくお願い申し上げます」
「…………え?」


 呆然としている澪。鳩が豆鉄砲を食ったようってことわざは、こういう状況のことを指すんだろうか?
 恭しくお辞儀をするユキ先輩のあまりの変わりようについていけてないらしく、何度もパチパチと瞬きを繰り返している。


「綾瀬様。同じく3-Sの二階堂玲音です。自分は親衛隊や委員会などに所属しておらず、肩書き等は何もないのですが、よろしければ以後お見知り置きいただけますと幸いです」


 言葉を無くす澪に優しく微笑みかけて、レオン先輩も挨拶をする。

 というか、澪って先輩たちと面識なかったんだな。さっきの悠真達はまだしも、同じS棟で生活しているのに。それに、前の報告会でレオン先輩が生徒会とか風紀とかの話をしてたから、てっきり知り合いなのだと思っていた。
 そういえばあの時に教えてくれた“戦争”は、レオン先輩が中2の時だって言っていた。対して、澪が学園に来たのは中2の時らしいから、レオン先輩は中3。すでに“戦争”は終わっている。
 考えてみればS棟とはいえ学年が違うわけだし、他のメンバーは幼稚舎の時からの付き合いだから知っているだけで、委員会にも入っていないユキ先輩とレオン先輩は、“生徒会”という組織と深く関わるようなことはなかったのかもしれない。

 やっぱりこの学園、外部生にはあんまり優しくないんだなって思うわ。
 幼稚舎から小等部までに学園にいた面子と、それ以降に転入してきた外部生とは、なんだか大きな隔たりを感じる。
 澪でさえこれなんだから、高等部からの俺なんか、まだまだ馴染めてなくて当然だよな。

 ふぅ……と息を吐くと、まだ放心状態の澪の肩を揺する。


「おーい、澪。大丈夫か?」
「…………あ、うん。ちょっとびっくりしただけだよぉ。えーっと、雅楽代先輩と二階堂先輩、でしたよねぇ? オレも改めて、2-Sで生徒会会計の綾瀬澪ですぅ。よろしくで~す」


 ようやく立ち直った澪が、いつもの人好きのする笑みを浮かべて挨拶をしたのをきっかけに、レオン先輩が当たり前のようにユキ先輩の肩に手を回した。

 
「さてと。ユキ、そろそろおいとましよう。お二人のお時間を邪魔しちゃいけない」
「うえぇ~! せっかくお会いできたのに!」
「お会いできるだけでも嬉しいって言ってたでしょう?」
「言ったけどぉ……。邪魔しないように、ただ後ろからついていくとかも無理?」
「無理。聞き分けがないこと言ってたら、蒼葉様に嫌われるよ?」
「バーカ! そんなことで嫌うほど、蒼葉様のお心は狭くないし! ね、蒼葉様!」
「ついてこないでくださいね」
「わかりました!!! ほらレオあっち行こ!」
「はいはい。大変お騒がせいたしました。それでは」
「蒼葉様!! 何かあったらいつでもお呼び下さいねーっ!!」


 満面の笑みで返事をしたユキ先輩に手を引かれ、来た時と同じように走って離れていく2人。
 
 最後、すっげぇ聞き分けよかったな、ユキ先輩。
 そして何より、レオン先輩のスパダリがハンパない。かっこ良すぎる。これからも公式で、ユキ先輩の良きスパダリさんでいてください。俺の観てるところで!


「嵐みたいな人だねぇ~……」


 2人が去っていった方を見つめながら呟かれた言葉に、大きく頷く。

 
「そうなんだよな……。すごい人なのはわかってるんだけど、俺の前だとあんな感じだから……」
「それだけ、蒼葉のことが好きなんだねぇ~」
「ま、困ることも多いけど何だかんだ俺を守ってくれてんだから、ありがたいことなのかもな」
「……」


 学園に来るまでは、“親衛隊”ってもっと問題のある集団だと思っていた。薄い本の中だと嫌われ役なことも多くて、自分の思いを突き通すために過激なことや自分勝手なことをする、どちらかというとチワワ系男子の集まりってイメージが強かった。
 まぁ実際、この前のマリモへの制裁みたいな問題行動を起こす人もいるものの、それはほんの一部。
 親衛隊全体としては、ただただ“推しを見守ろう!”って人が集まって緩く活動してる、ある意味“推し活”のようなものだ。
 俺の親衛隊でも、ユキ先輩は本気かもしれないけれど、ちりちゃんは俺に対して恋愛感情は多分ない。
 陽希の親衛隊なんか、一部は同志の集まりみたいな感じだし。


「そう考えると、親衛隊にも色々あるよなぁ」
「え? なんて?」
「あ、いや悪い。考えてたら声に出てた」


 いつの間にか声に出してたとか、どこの天然主人公だよ。
 ちょっと恥ずかしくなって、こほんと咳払いをする。


「……澪の親衛隊長ってどんな人なんだ?」
「オレの? えっとね、かわいい子~」
「チワワくんですね、それは予想してた」
「多分、予想通りなんじゃないかなぁ。あ、見て見てあそこのキッチンカー、チュロス売ってる~! ちょうどおやつの時間だし、買って食べよ~」


 そう言って駆け出す澪を追いかける。
 またもやさらっと話題を変えられたけれど、俺としてもこれ以上親衛隊の話題を続けるのはなんとなく嫌だったので、そのまま流されることにした。
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