腐男子な俺が全寮制男子校で女神様と呼ばれている件について

茅ヶ崎杏

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April

誰にも言えない秘密

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 その後も、巧くんとマリモペアとか、里緒と菅野くんペアとか、ちりちゃんとバスケ部のお友達のペアとか、すっかり元に戻った双子ペアとか、賢心先輩と親衛隊長さんペアとか、他にも色んなペアの介入がありつつ、俺たちは遊園地デートを満喫していた。
 
 そして辺りが暖かい茜色に染まり始めた頃、俺たちは遊園地の最後の定番アトラクションである、観覧車に向かった。
 
 向かい合わせになるように座り、窓の外の景色を眺める。
 山の上に建つ学園の屋上も結構景色はいいのだけど、それとはまた違うタイプの見晴らし。人気の無い山奥とは違い、車や電車が行き交い人々の生活が垣間見える風景は、なんだか少しほっとした。


「綺麗だねぇ」
「だな」


 お互い外を眺めつつ、しみじみと呟いた俺たちの間に心地良い沈黙が流れる。
 ゆっくりと上がっていくゴンドラの中、その沈黙を破ったのは澪の笑い声だった。


「ふふ」
「? どうした?」
「いやね~、初めはあんなに警戒されてたのに、最後の方は慣れてくれてたなぁって思っちゃって~」
「あーまぁ否定はできないな」


 自覚はものすごくある。
 朝は半径3メートル圏内に近づきたくないくらいに警戒していたのに、今では一緒に観覧車なんていう密室に入ってしまっている。しかも、沈黙を心地良いと思っているなんて。自分でもびっくりするくらいの変わりようだ。

 
「今日1日一緒にいて、意外と共通点が多いなって感じて。学園の他のやつよりも、親近感があるっていうか」


 時期は違えど実は同じ外部生だったり。あのバ会長が「庶民の食い物」となじったハンバーガーを大口開けて食ってたり。この遊園地という場所にも馴染みがあったり。
 学園の花形かつ金持ちの象徴である生徒会という組織に属していながら、これだけ価値観が合ってしまうと、親しみを感じずにはいられなかった。
 なんて、我ながら単純だよな。


「親近感、か……」


 笑いながら言った本音に、澪は少し顔を曇らせた。
 え。俺、何か地雷踏んだか……?

 少しずつ、澪を纏う雰囲気が変化していく。
 《貴公子様》としてのチャラいが紳士な雰囲気は形を潜め、寂しそうで儚げな少年が、そこにいた。


「オレと蒼葉は、全然違うよ」
「え?」
「………………いや」


 何か言いたげに暫く見つめてきたが、澪は言葉を飲み込んで首を振る。言いたくないんだろう。今日は何度もこんなことがあった。
 
 でも、聞くなら今だ。今しかない。
 
 そう直感的に思った俺は、澪に向き直った。


「言いたいことがあるなら言えよ。はぐらかすのはもう無しだ」


 外を眺める澪の整った眉がきゅっと寄る。
 

「できるならお前とは、良い関係を築きたいから」


 これは、紛れもない本音。
 あの事件以降、周りの人と狭く浅くの付き合いをしてきた俺にとって、自分からこんなふうに思える相手は本当に久々だった。

 俺たちはどこか似ている――。
 
 今日1日一緒にいてそう感じたから、こんな台詞が溢れたのかもしれない。
 
 だがしかし、返ってきたのは予想もしていなかった嘲笑だった。
 

「良い関係? だから隠し事はなしってこと? ……ははっ、絶賛家族にすら隠し事をしてるキミがそんなこと言っちゃう?」
「な……っ!?」


 どうしてそれを?

 驚きに固まる俺に、澪はすっと目を細めた。


「いいよぉ、ちょっと教えてあげる。蒼葉を選んだのは、初めに言ったように興味があったのもそうだけど、何より自分と似てると思ったから」
「……」
「でも今日1日一緒にいて、思い知ったんだよねぇ。蒼葉とオレは、全く違うって」
「……そんなことないだろ。似てるところは多いと思う。俺は1日一緒にいて、どこか似てるなって思った」

 
 俺がそう言うのを澪は緩く頭を振って否定する。

 
「蒼葉には守ってくれる人がたくさんいる。何も言っていないのに、頼んでないのに、全力で守ってくれる人が。慕ってくれる人も、好いてくれる人も、周りにたくさんいる。何より――」

 
 一旦言葉を区切った澪。長い睫毛が揺れる。


「綺麗だ」
「綺麗……?」


 何を言っているのかわからない。

 そんな人、澪にだっているだろう。
 親衛隊のみんなは文字通り“慕ってくれる人”だし、中には“好いてくれる人”もいるに違いない。
 “守ってくれる人”になるかはわからないが、澪には生徒会の面々がいる。
 一般庶民の俺なんかよりずっと恵まれた環境にいるだろうに、何を言っているんだ。

 何より、“綺麗”ってなんだ?
 何に対して言っているんだ?
 話の流れから、容姿のことじゃないだろう。でもだったらなんなんだ?

 わからないことだらけすぎて、何が言いたいのか皆目見当がつかない。
 とにかく聞こうと身を乗り出すと、澪に「だめ」と制止された。


「これ以上は言わないよぉ。今日感じたことは全部言ったし、オレばっかり話すなんてフェアじゃないからね~」
「おい、ここまで言ったんなら全部話せよ。秘密って、困ってることだろ? 言ってくれれば、もしかしたら何か力になれるかも――」
「そんな力、キミにはないでしょ」


 食い気味に被せられた、初めて聞く刺々しい低い声に、一瞬たじろぐ。
 落ち着かせるように大きく息を吐いた澪は、歪な笑顔を向けてきた。

 
「これ以上知りたいなら、先に蒼葉のこと教えてよ。例えばそう、……そのピアスのこととか」


 指摘され、隠すように耳に手を当てた。

 この言葉に、深い意味はないのかもしれない。でも、澪の表情からは自信が垣間見えた。
 何か知っているのではと思うと、徐々に呼吸が浅くなる。

 澪から外し、定まらない視線を床に彷徨わせながら、言い訳のような言葉を吐く。


「別にこれは……ただの、ピアスだ……」
「ふうん。……ただのピアスって反応には見えないけどね」
「……」
「まぁなんでもいいよ」


 吐き捨てるようにそう言った澪。恐る恐る視線を上げると、視線が合った。
 その瞳には、光がなかった。

 
「キミが自分の内を見せないなら、こっちも見せない。見せる理由がない」

 
 沈黙。
 さっきは心地良いと思っていたのに、今は息が詰まりそうなほどに苦しい。

 どのくらい経ったか。
 ずっと見つめてきていた暗い瞳が俺から窓の外へと移動した時、やっと息を吸えた。


「……わかった、もう聞かない。でも、1つだけ教えてくれないか」


 ゴンドラは、いつの間にか頂点を超えていた。
 ゆっくり下へと降りていく。


「何で俺が、暗所閉所恐怖症だって知ってたんだ? その事を知ってるのは蓮だけのはずだ。蓮とお前が仲がいいなんて話は聞いたことがない」


 一息に言い切ると、澪を見やる。
 ゴンドラの外を眺めながら答えるその口調は、普段に近い軽いものに戻っていた。


「お察しの通り、城ヶ崎くんとはほぼほぼ話したことないよぉ。だから、彼から聞いたわけじゃない」
「じゃあ、どうして?」
「もちろん、聞いたんだよ~。ある人からねぇ」
「ある人って……」


 言いかけて、とある人物を思い浮かべた俺は、息を飲んだ。
 
 まさか……。
 まさか、あの人と繋がりが――?


「違う」
「え」
「蒼葉が考えている人じゃない。それは断言するよ、安心して」


 違うなんてどうして言い切れる?
 
 そう思ったが、口には出さなかった。出してしまえば、とある人を思い浮かべているのを肯定することになるから。
 気付かれていることはわかっていたが、それでも努めて小さく深呼吸をする。いつの間にか小刻みに震えていた身体を、抱えるように抱きしめた。
 
 あぁ馬鹿だ。なんで俺がボロを出す形になってるんだ。

 呼吸が安定してきた頃、見計らったかのように澪が「ごめんね」と振り返った。
 さっきの突き放すようなものとは違う、困ったような微笑み。緑色の瞳にも、光が戻っていた。


「そろそろ終わっちゃうねぇ。だいぶ地面が近くなってきた~」
「そう、だな」
「あんまり景色見れなかったなぁ、残念~」


 聞きたいことは山ほどあった。
 でも、聞けない。

 俺が家族にも言えない秘密を抱えているのは事実。
 澪が言うように、自分が言わないのに相手には抱えている秘密を言えだなんて、そんな無茶苦茶な話が通るはずがない。

 雑念を振り払うように顔を上げる。
 するとまた、困った子犬のような瞳とかち合った。


「……滅茶苦茶なこと言うようなんだけど」
「なんだ?」
「ここでのことは、全部忘れて? オレも忘れるから」
「……わかった」


 忘れられるわけがない。
 そう思いつつ、頷いた。
 澪だってそんなことはわかってるんだろうけど、「ありがと~」と笑いかけてくる。
 
 《貴公子様》と《女神様》という仮面の下に色々なものを包み隠している者同士、ここで探りあったところで意味もメリットもない。それがお互いにわかっているから。
 
 やっぱり俺たち、似てるだろ……。
 
 だからこそ、気になった。答えてくれるか分からないけど、聞いてみる。


「なぁ」
「ん~?」
「それ。生徒会のやつらは、知ってるのか?」
「……さぁ。どうだろうねぇ」


 今日だけで何度も聞いた、はぐらかすような口調。
 だが今回は、確認しなくてもわかった。
 
 言っていない。
 きっと、1人で抱えているんだ。

 仲間なんだから助けてくれるだろ、なんて、生徒会役員を詳しく知らない俺が軽々しく言うことはできない。
 それに、親しい間柄の人間にこそ秘密を打ち明けるのが怖い気持ちはすごくよくわかる。

 俺だってそうだ。
 いつも寄り添ってくれる家族にも。親身になって心配してくれている幼馴染みにも。
 本当のことは伝えていない。伝えられない。


「………………言えないよ」

 
 地面からの喧騒が大きくなる中、辛うじて耳に届いた、かき消されそうなほどの小さな呟き。
 その余りにも寂しげで辛そうな響きに、何も言えずに瞼を伏せた、その時。


「お疲れ様でしたー!!!」

 
 スタッフさんの眩しい笑顔と共に、ゴンドラの扉が開いたのだった。
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