上 下
68 / 94
April

やっぱこの学園は普通じゃない②

しおりを挟む
 その時ふと、今まで聞いたことがなかった小さな疑問が頭をよぎった。


「そういやナギは、小5でここに来たんだよな」
「そうやけど、どしたん急に?」


 聞いて良いのか少し悩んだものの、ナギなら許してくれる気がして、俺は恐る恐る尋ねてみる。


「ここに来る前に通ってた学校ってどんなだったのかなーって思って。あ、こういう質問はご法度なら、忘れてもらえれば!」
「そんなこと? むしろ何で聞いたらあかんと思うんよ? 全然問題ないよ」


 意表を突かれたとばかりに脱力するナギに、俺は拗ねたように口を尖らせて見せる。


「だって、いまだに覚えらんねーんだもん。この学園の暗黙の了解ってやつ。下手したら地雷踏み抜くかもしれねーじゃん」
「そんな可愛い顔してもぅ。見張りを使い物にならんようにせんといてよ? せっかくの安息の地なんやから」
「可愛い顔って、ナギがそれをいうか。いやむしろ、『だもん』とか言った自分に気持ち悪さを感じたほどなんだが」
「それは自分やからやよ。周りから見たら普通に、美しい《女神様》が拗ねてらっしゃるように見えるん。慕ってる人からしたら、その表情はご褒美でしかないんやからね?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししていい? 今のナギも最高に可愛いぞ」


 キュッと眉を吊り上げて、頬を膨らませて怒っている姿は、服装がいつもよりかっこいいとはいえ、可愛いのに違いない。案の定、取り巻きさんたち──主にプリン頭さんと赤髪さんが、若干前屈みになってしまっている。

 気づいたナギは仕切り直すかの如くこほんと咳払いをする。もしかして今の天然? 天然なの、ナギさん?
 そんな若干混乱した俺の思考を読み取ることはなく、「何の話してたっけ?」とさっきの質問に答え出した。


「ここに来る前にどんな学校に通ってたか、やったね。大阪にある私立の学校やったよ。小学受験して入る学校やったから、賢くて大人しい子ばっかりやったな。あ、わかってると思うけど、陽希もおんなじとこに通ってたよ」
「それはそうかと思ってたけど。やっぱ同じ学校出身なんだな」
「そ。で、小5に上がる時にこの学園にきたんよ」
「そういや、転入の理由って? 何か前の学校に居られなくなる事情とかあった感じ?」
「んーん。ただ親に言われたからなだけ。こうゆう世界の子どもは、親の道具みたいなもんやから」


 嘆息したナギは、「でもね」と顔を上げる。


「親に入れられたのは間違いないけど、僕は嫌いじゃないんよ。この学園のこと」


 とても優しげな声で言葉を紡ぐ。


「アイツらがゆってたみたいな事件も多いし、家の権力とかも関わってきて、人間関係複雑でめっちゃ大変な世界やけどさ。ここにはいろんな立場の人がおるやん?」
「まぁそりゃ、日本随一のおぼっちゃま学校だもんな」
「僕が元々おった学校は、ここまで多種多様じゃなかったもん。社会に出たって、ここまでいろんな人間と関われるとは限らんし。今ここでしか味わわれへんよ、こんなん」


 世界でも名を馳せる名家の子息が数多く通う天照学園この学園
 それだけでもすごいが、その執事や使用人、俺のようなごく普通の一般ピープルまで揃い踏みなので、確かに飽きることはない。
 まぁその分、さっき言っていたような価値観の違いからの事件が絶えないのだけど。


「こうやって改めて考えてみりゃ、やっぱこの学園って普通じゃないよな」
「むしろ、普通じゃあかんのとちゃうかな? だって、この学園にとって特別なのがウリで、良さなんやもん」
「間違いないな」


 俺は腕を組んで、大きく頷いて見せる。そういえば、この学園にいてこういう話をするのは少し新鮮かもしれない。

 俺が関わるメンバーは、そのほとんどが幼稚舎か小等部からの内部生なため、所謂普通の学校生活を送ったことがない。
 だからわからないんだ。世間一般の普通がどんなものなのか。


「でもま、男しかおらんってゆうのは玉に瑕やんね~」
「マジでそれ──って、元々共学だったのか!」


 ナギを見てみると、意地悪そうに口が弧を描いている。何だかちょっと色っぽい。
 だなんて思っているのは俺だけではないみたいだ。ドアを見てみると、さっきまでとは比べ物にならないほど顔を赤らめて注意散漫になっている2人が窺えた。銀髪さんも視線をチラチラとこちらに向けている。

 気持ちわかるよお三方。可愛い子のオスみのある表情っていいよな!

 緩みそうになる表情筋を引き締めながら、楽しそうに話し続けるナギの薄い茶色の瞳を見つめる。


「そうやよ~。小学校で男子校なんて、そんなに多くないんとちゃうかな?」
「あぁ、言われてみれば確かに……」


 よくよく考えてみれば、小学校の段階で男子校・女子校みたいなのってあんまり聞かないかもしれない。
 男しかいない毎日は、女性への気を遣わなくていいから楽ではある。共学出身者からすると、ませた女子なんかに揶揄われたりしなくて済むのは最高だ。
 でも、やっぱり未だにどこか慣れないし、変な感じがする。

 男勝りではあるが、美女と称される幼馴染みがいつも隣にいて、家に帰れば愛する妹や母さんもいる毎日だった。
 今はそんなことないが、男性と距離を取っていた時期もあったため、どちらかといえば女性に囲まれて育った方だったりする。
 何より、恋愛対象は女性。ノーマルだ。それが尚更変な感覚を生むのかもしれないな。


「そういやナギはノーマルだっけか?」
「んー? 僕は好きになった人が好きなんよ。性別なんて関係ないかな」
「やっべぇ、超カッコいいじゃん。惚れそう」
「蒼葉くんやったら大歓迎やけど、下手したら桜花に怒られそうやわ~」


 そう言って肩を竦めたナギに、俺もにっこりと微笑んだ。


「ついでに聞いちゃうけど、今現在好きな人は?」


 笑顔のまま何の気なしに尋ねてみると、ナギは一瞬驚いたように目を丸くする。
 そして少し寂しげに微笑むと、視線を逸らした。長い睫毛が揺れる。


「……おるよ。全然気づいてもらえてへん、片想いやけどね」


 その表情が、何だか胸を締め付けられるみたいに切なくて。
 誰だか知らないが、ナギにこんな顔させる不届き者に、俺は若干の怒りすら覚えてしまう。
 そんな俺の怒りは顔にまで出てたらしく、ナギは俺を見てくすくすと笑っていて。

 しばらくして、流れとしては至極当然な質問が飛んできた。


「で、蒼葉くんは? 好きな人、いるの?」


 ──失敗した。

 どうして考えていなかったのか。
 こういう質問は、相互でするもの。返ってきて当然だったのに。


「……言いづらいんなら大丈夫やよ?」


 目を見開いて固まってしまった俺に、ナギは申し訳なさそうにまた眉を下げていた。
 いけない。ナギにそんな顔をさせたいわけじゃない。

 俺は小さくかぶりを振り、努めて明るく振る舞う。


「いや……。好きな人は、別にいないな。この1年、学園に慣れることやら趣味を追っかけるのでいっぱいいっぱいだったからさ~」
「ふふ、そっか。まぁ、僕らはまだまだこれからやもんね」
「そうそう! ナギは、その片想いの相手に告ったりなんかしないのか? ナギの魅力に気づかないような鈍感な相手なら、ちょっと押してみても良いんじゃねぇの?」
「えー。僕からアピールするのは、負けた気するから却下です~」
「何だそりゃ」


 プイッとそっぽを向くなんて可愛らしい仕草をするナギに安堵する。

 この短い間に、2回も気を遣わせてしまった。どちらも完全に俺のミスだ。
 我ながらここまでやらかしてしまうなんて。

 ──久しぶりに、ピアスなんて気にしたからだろうか。
 あーもう、ほんと参ったな……。

 未だうるさく鳴り響く鼓動を落ち着けるため、俺はひっそりと深呼吸した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オレが受けなんてありえねえ!

相沢京
BL
母親の再婚で財閥の家族になってしまった勇人。 父親が後継者争いに巻き込まれないようにと全寮制の男子校に転入した。 そこには兄がいると聞かされていたが、すでにオレの偽者がいた。 どうするオレ? 拉致されたり、宇宙人みたいな奴が転校してきたり 兎に角厄介ごとに巻き込まれる主人公の話です。 お願い*********** お気に入り、誤字・脱字や感想などを頂き誠にありがとうございます。 未熟な私ですが、それを励みに更新を続けていきたいと思いますので よろしくお願いいたします。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

アダルトショップでオナホになった俺

ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。 覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。 バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。 ※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)

病んでる僕は、

蒼紫
BL
『特に理由もなく、 この世界が嫌になった。 愛されたい でも、縛られたくない 寂しいのも めんどくさいのも 全部嫌なんだ。』 特に取り柄もなく、短気で、我儘で、それでいて臆病で繊細。 そんな少年が王道学園に転校してきた5月7日。 彼が転校してきて何もかもが、少しずつ変わっていく。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 最初のみ三人称 その後は基本一人称です。 お知らせをお読みください。 エブリスタでも投稿してましたがこちらをメインで活動しようと思います。 (エブリスタには改訂前のものしか載せてません)

会長の親衛隊隊長になったので一生懸命猫を被ろうと思います。

かしあ
BL
「きゃー会長様今日も素敵ですね♪(お前はいつになったら彼氏を作るんだバ会長)」 「あ、副会長様今日もいい笑顔ですね(気持ち悪い笑顔向ける暇あんなら親衛隊の子達とイチャコラしろよ、見に行くから)」 気づいたら会長の親衛隊隊長になっていたので、生徒会に嫌われる為に猫を被りながら生活しているのに非王道な生徒会の中にいる非王道な会長に絡まれる腐男子のお話。 会長×会長の親衛隊隊長のお話です。 ※題名、小説内容も少し変更しております。

BLゲーに転生!!やったーーー!しかし......

∞輪廻∞
BL
BLゲーの悪役に転生した!!!よっしゃーーーー!!!やったーーー!! けど、、なんで、、、 ヒロイン含めてなんで攻略対象達から俺、好かれてるんだ?!? ヒロイン!! 通常ルートに戻れ!!! ちゃんとヒロインもヒロイン(?)しろーー!!! 攻略対象も! ヒロインに行っとけ!!! 俺は、観セ(ゴホッ!!ゴホッ!ゴホゴホッ!! 俺はエロのスチルを見てグフグフ言うのが好きなんだよぉーー!!!( ̄^ ̄゜) 誰かーーー!!へるぷみぃー!!! この、悪役令息 無自覚・天然!!

ずっと夢を

菜坂
BL
母に兄との関係を伝えようとした次の日兄が亡くなってしまった。 そんな失意の中兄の部屋を整理しているとある小説を見つける。 その小説を手に取り、少しだけ読んでみたが最後まで読む気にはならずそのまま本を閉じた。 その次の日、学校へ行く途中事故に遭い意識を失った。 という前世をふと思い出した。 あれ?もしかしてここあの小説の中じゃね? でもそんなことより転校生が気に入らない。俺にだけ当たりが強すぎない?! 確かに俺はヤリ◯ンって言われてるけどそれ、ただの噂だからね⁉︎

地味で冴えない俺の最高なポディション。

どらやき
BL
前髪は目までかかり、身長は160cm台。 オマケに丸い伊達メガネ。 高校2年生になった今でも俺は立派な陰キャとしてクラスの片隅にいる。 そして、今日も相変わらずクラスのイケメン男子達は尊い。 あぁ。やばい。イケメン×イケメンって最高。 俺のポディションは片隅に限るな。

処理中です...